第6話『謙譲の罪』
戻ると視界に入ったボロボロの強欲と燃える城
俺はとにかくパニックで、なんで、とか誰が、とか…わけも分からず慌てていた。
取り敢えずジュリアさんが居れば回復はしてもらえるんじゃ、そう思って魔水晶で通信をしようとした時
「幻想だろ」
「…んぇ?」
黒色のそいつがそんなことを言った。
見れば随分と冷静に突っ立ってる。
フシルさんもやれやれって感じで俺の方を見ている
えっえ?これ幻想?
そんなふうに言われてやっと疑いの目で見る
するとぼろぼろだったはずのカイがばっと起き上がって「つまんねェ奴だなァ!」なんて
次の瞬間、あたりはいつもの風景へと戻った
幻想といえばのオルさんも俺たちの方へ現れた
…騙されたのか、俺……
心配して損した…と肩を落とせば上機嫌なカイさんが「いい慌てっぷりだったぜェ!」なんて言う
だって人が倒れてたらびっくりするじゃんか、しかもあんたは死なない…城だって燃えてたし
…そう、燃えてた。
ふと思い出すあの時の炎、俺から全部を奪ったあの憎たらしい竜
何も出来ない俺。
火事を見るといつも思い出させられる
いっそ忘れてしまったら楽なのに、それは許されない
ぐっと押し黙った俺に何かが触れた
触れたのはキルの手だった。
「…大丈夫か」
普段なら言わないような心配の声に内心で驚きながらも「なにが」なんて冷たく返してしまう俺。
素直じゃない、とかそういうんじゃなくて今更そんなふうに接するのが変な感じ
そんな俺の様子を見てキルは特に何を言うでもなく手を離した。
余計な事を今は置いておいてカイに一言いってやろうかと思っていた俺だったが、既にフシルさんにめちゃくちゃ怒られていた、共犯のオルも
すごい剣幕で「あなた達はいつもそうやって!」だとか「反省しなさいと何度言ったと思ったんですか!」と怒るフシルさんと、それを全く気にしてないカイとオル
ある意味尊敬だなぁ…よく笑ってられる…俺ならもう無理……だからといってあんなふうになりたいとは全く思わないけど。
これから怒られることまで思い出してしまって何故か俺が今怒られてるような錯覚までしてしまいそうだった。
あぁもうなんか、逃げたい……
俺のそんな気持ちを察してかなんだか気持ち悪いくらいに優しいキルが「部屋に戻るか」なんて聞いてきた
その言葉には甘えようかな…そんなふうに思ってはいたのだが逃げたらきっとその方がやばい。
直感でそう感じとった俺はキルの誘いに「大丈夫」と返した。
キルはもうそこにいる意味もないのだろう、その場から立ち去ってしまった。
…せめて一緒にいてくれるぐらいの優しさがあってもいいんじゃねぇのかな
なんて、直ぐにいつものあいつに戻ってしまったもんだから本当にさっきの優しさはなんだったのか……
なんて考えていればフシルさんの怒りも収束していってお説教も終わったようだ
そちらを見てみれば終わったかと思えばすぐさまどこかに行ってしまう反省の色を見せないふたりがいた…これはまたやるな。
「…はぁ、私よりも高齢なのにどうしてあんなに落ち着きがないんですかね…」
高齢なんて言い方するとなんかすげぇあれだけど、まぁたしかにそうだよな…
って二人とも何歳だ?
見た目は判断材料にならないことはオルと出会った時に分かったけど…
……今考えてわかる事じゃないことは確かか
ふとフシルさんが失礼しました、とこちらに近寄って少しだけ不思議そうな顔をした
「キル様…なら帰りましたよ」
「あら…まぁいる意味もないですしね」
特にそれに対して言うことは無いのかフシルさんはそれだけ返して向き直した。
行きましょうか、と声をかけて城内へと進む
俺は少し萎縮しながらも離れないよう足早に鮮やかな黄緑の従者について行った。
〜
コンコン、と規則正しい音で重厚な扉にノックをすると扉は独りでに開いた。
「失礼します」
そう声をかけて中に入るフシルさんに俺も「失礼します…」と続ける。
王の部屋…にはアルスディアさんが…様?がゆったりとした体勢で椅子に腰をかけていた。
入るなりなんだか紅茶の香りがした
貴族みたいだな…なんて、そりゃ王様だから当然か…と考えを打ち消す
ぼんやりと考えて居るといつの間にか話は進んでいた。
「やはりあなたの予想通りでしたよ」
「あぁそれは良かった」
先程の報告を行っている…と言ったところだろう
2人の空間って何だか特殊で、簡単には入れないような雰囲気がする。
特にそれが何なのかは分からないけれど
「そうだ、左綺君、魔法は使えたかな?」
入れない、と思っていた空間から声をかけられる。
ハッとしてそちらを見て口を開いところで別の声が入った
「手を下すまでもない雑魚でしたのでキルが全員斬りましたよ」
「おや…それは残念だ」
特に残念そうではない顔でそう返す褐色の鬼。
実践で使わないと確かに俺の魔法は上手く使えるような気はしない、もっと前に立つべきだったな…
そんな事をぐっと反省しながらも会話を聞いていた。
残念、とは口にしたがその実そこまでの感情はない
銀髪の男は暗い茶色の髪と黄色の瞳を持つ幸運の少年をちら、と見た
何やら考え込んでいるような表情だ。
あの様子ではこちらの話は聞こえていないだろうな
彼の前に立って私と話している従者はそのことに気づいてる訳もなく話を続けている。
「戦闘訓練が必要だとは思いますが…」
との提案だ。
まぁ確かに悪くは無いだろう、一体誰につけるのかが問題だが
うちには双剣使いなんて居ないからなぁ…
「戦闘訓練か…取り敢えずはキルで良さそうだな」
適任らしい適任ではないが後輩を鍛えるのは得意だったはずだ、その才能を見込んで私の方から伝えておこう。そう伝えれば満足した様子の従者は頷いた。
ふむ、では私からの話は以上だな、取り敢えず左綺君を帰らせてやるか
実はすっかりと日が暮れている外を見るとこちらの考えを理解したのかフシルが左綺くんの方を見た
「左綺君、話はもう終わりなので…」
「あ、の」
帰らせようとすると彼は声を上げた
ずっと何かを考えていた答えでも見つけたのだろうか
「今しか聞けねぇかなって思うんで、質問、してもいいですか」
話を聞きながら浮上した疑問
俺がここにいる意味はあるのかっていう単純なもの、そこからでてきた
なんでこの人らは集まったのか
質問をしてもいいかという問いに対して王様はゆっくりと聞く体勢に入った。「どうぞ」
低い優しい声音が聞こえて何となく安堵しながらも俺は問いかける。
「みんながここに居るのって、なんか目的があるんすか?」
そうでもなきゃ…なんというか癖のあるあの人らを束ねるのは難しいんじゃないだろうか。
でもって、俺はそれに加担することになってんじゃないだろうか
そんな疑問をぶつけてみる、お前にはまだ早いとか言われそうだけど。
「あぁ…そうだな、ちょうどいいから教えよう」
なんて、ちょっと拍子抜けな答えが返ってきた
悠然とした態度で話を続ける王様の…紅い目が、しっかりと俺を見る。
そのまま、薄い唇が開かれれば低い声が俺に向けて発せられた。
「我々の目的は七つの大罪制度の廃止だ」
「なな、つの…大罪」
それってつまり…?いや、えと、罪人になりたくないっていう…
言葉の意味を理解しようとして頭をフル回転させるがいまいちよくわからない、その制度がなんなのかも…
分からないなりに思考をまとめようとしていれば、なんだか面白いものを見るように少し笑ってからフシルさんが説明してくれた。
その内容はこうだった
【七つの大罪制度】
人間の欲…それにより行われた罪を持つもの達…七人の大罪人の内1人でも捕まえることが出来れば莫大な金を貰える。それにつき民は罪人を捉えることを考え、自らは罪を犯さないように出来るという制度
だが本当は
7人の罪人を古代魔法の所持というだけで決めつけてしまうものだった
その理由はとある男が古代魔法と…俺の使うような新生魔法、それらを集めるために全王を唆した…んだとか。
罪人にする前に捕まえる訳にはいかないのか?とはおもったんだがそれに気づいたアルスディアさんは「そいつはより楽しくなる方を選ぶからな」と返された
…なるほど、とは…思いたくないけど…なるほどなぁ
で、その七つの大罪制度を廃止したくてこの人たちはここに集まった…というか集められた、王様が皆をこの城に連れてきたらしい、から…
具体的にどうやって廃止するのかってーと…
戦争、しかないんだとか。
ラルメリア王国っていう先進国、そこに各国の王の中でも最も偉い人、全ての王、全王がいる。そいつを暗殺して…なんて方法をとればそれこそ罪人
この世界にはまだ正体不明な国というものは何個かあるらしく、小国が攻めてきたことにすれば戦争は引き起こせる、との事。
ラルメリアの制度に納得をしていないものはかなり多い、味方は多い方がいい訳だが…かといって外に出ると罪人だなんだと捕えられる。
そんな問題たちを解決しながらもラルメリアを討ち、この人が、アルスディアさんが全王になることでその制度をこわし、事実を伝える
…その後からは自由、らしい
みんなの目的はそれぞれだけど…それをするためには罪人というものが邪魔なんだな…って言うのはわかった
難しい話ではあったがなんとか理解はした、教えてくれたことに感謝の言葉を伝えると「いや、分からないままでは君も困っただろう。何かあったらまた聞きに来なさい」なんて言ってくれた。
フシルさんも
「本当は私から言うために呼んだのにすっかり忘れていて…ごめんなさいね」
なんて言われてしまった
…あっ…なん…だ…怒られるんじゃなかったんだ!
それがわかって俺は内心でとっても喜んだ。と同時に「全然!大丈夫っすよ!」と返した
「ふ、随分と仲良くなったようだ、今日はもう遅い、ゆっくり休むといい、明日からまた忙しくなるぞ」
「はーい、んじゃ、おやすみなさい」
「いい夢を」「おやすみ、左綺くん」
憤怒の主従2人におやすみなさい、と言って部屋をあとにした
あの部屋でも確かに暗いなと思ったけど…廊下出るとちょっとひんやりとした空気と静まり返っている音のなさに、今はだいぶ遅い時間なのだろうかと考えてしまう。
色んなことがあったな、ちょっと疲れたかも。
…今日なら寝れそうだ
〜
なんて、思ってた時期が俺にもありました
ぜーんぜんねーれねっ、部屋に戻ってベッドに潜り込んだけど全然!
…諦めて起きるか
元々あんまり寝れない体質で、1日中起きてるのなんてよくあること、明日忙しいみたいだし…明日なら寝れるだろ、なんて考えてベッドから出た。
温い毛布とおさらばするとやっぱり空気が冷たい
外に出るならやっぱ着替えておくか
ジュリアさんからいろんな服もらっちまってタンスの中がもう何も入らない…そんなとこから適当に似たようなものを選んで袖を通した。
寒そうだし上着も着ていこ
誰も居ない廊下を1人で歩くと自分の歩く音だけが響いて世界に1人だけのような、そんな気持ちになる
月の明かりが入り込んで道を照らす。ゆっくりと歩きながら視界に入ったのは扉から漏れた人工の光
誰か起きてるのか?そう思って近寄ろうとしたのだが話し声が聞こえて近くに行くのをやめた。
盗み聞きするみたいで気分が良くない
城の中じゃなくて外でも歩くかな
前なら脱走するからって怒られるから行けなかったんだけど今はちょっとお願いしたら外に出してくれる
ここにいる人達は妙に優しい
仕事に忠実って訳でもないし、俺にとっては接しやすい空間なのだ。
〜
なんやかんやと夜の街に足を踏み出すが、こんな時間では街灯も消えている。
夜の風を感じながら少年は、暗い道を歩いた
お化けとかでてきそう
…少しでもそんなことを考えた自分を呪う。
心霊系、昔っから怖くて無理なんだよね
そのくせ夜は寝れないと来た。毎日怖くて眠れない時間は長引く
真っ暗闇の中をただ一人で歩き続ける。目的もなく、ただ時間を潰すためだけに
無駄な時間の使い方をしていることはわかっているのだが城にこもっていても時計の音を永遠に聞いているだけだから。
でもなぁ、ちょっとでも怖いこと考えると全部やばく見えるんだよなぁ
ほら、あの暗がりとか…
闇に溶ける茶色の髪を揺らしながらも、静寂をまとっていた少年は動きを止めた
幽霊に出会ったわけではない
目の前に現れたのは
狼、だった。
少年がまっすぐこちらを見るそれにどう反応すべきかと黙り込む
狼…彼は灰色の髪に黒色のメッシュ、闇に消えそうな髪色とそんな暗がりの中はっきりと色を見せる鮮やかな水色の瞳
獣人。
オオカミのものと思われるのは大きな耳と柔らかそうな尻尾
獣人はその牙を見せないくらいの小さな口を開いた。
「俺はライオス、あんた…キルのだろ?」
「誰が…」
あいつの所有物みたいな言い方に眉が動いた
俺は別にあいつのものではない
…でも主従ではあるのか
否定してから考え直した彼が再度言葉を口にしようとした瞬間
ガクンっと世界が揺れた
俺の隣、暗くてあんまり見えないとはいえ近くにあるものぐらいは見える
植木鉢みたいなものが地面にめり込んでる
……ど、どういうことだ?
魔法?それとも物理?それすらよく分からない
ただ目の前の狼が暗闇の中で舌打ちをした気がする
「運がいいってほんとだね」
月の灯りが、俺の目の前の地面を照らしていた
その光が獣人照らす
「ッ!」
近い、と足を後ろに向かわせれば
「ぅわっ!?」
さっきまで歩いたはずの地面がなくなって……いや、押しつぶされて……?
ともかく足場が思った所になくて俺は地面に尻もちをつく
ライオスと言った男は水色の瞳を闇の中で光らせて俺のすぐ目の前に顔を突き出して
「俺のことを見てたのに」
この目は、この目には、見覚えが、あって。
嫉妬だ、きっとこれは嫉妬…急に来た俺にあいつを奪われたみたいな気がしている
縄張り意識も強いんだろうなとこんな状況ながらにぼんやりと考えて
俺はそんなの望んでないとか、言おうとしたかったのに
……声が出なかった、声を出せなくなった
「動くな。」
そう言われただけで俺の体は鎖に繋がれたかのように動かなくて、怖くて。
俺の身体なのに、言う事聞かないんだ
なんで、なんでだよ……!?
「そのまま焼かれて、皆のとこに行きなよ」
その言葉に背筋が凍るのを感じ取る
トラウマがフラッシュバックする
やける、焼ける感覚が、熱い…なんで……!
辛うじて見えた視界が周りに火をつけられたことを発見する
準備でもされてたんじゃないかって感じ
どうにかしないと、何をすれば……?魔法、魔法ね……動くなと言われてそれも使えない
どちらにしろ風じゃ悪化するだけだし
嫌だと言いたくても声も出せないんだもん
あぁ、こんなよくわかんないとこで俺終わっちゃうのかな
闇に溶けてしまう、茶色の髪が朱に焼き尽くされることを、受け入れなくてはならない状況へと
自分のことを簡単に諦めた男の綺麗な月色の瞳が、伏せることなく消える狼を見送った
こんな終わり方を、世界は許さなかった。
こんな、月が綺麗な日は、終わる事が許されなかった
火が広がる、どこまでいくんだろうなあ、あー、なんか壁にもいってない?住んでる人は平気なの?
俺に巻き込まれて、不幸にも、そう、こんなのは不幸だ
起きてるのも辛くなってきた、目を開けてるから煙が入って痛いし、泣けてきた
息ももちろん苦しい、焼けそう、焼けてるか
熱いし、痛い
もうさっさと終わらせてくれよ、それなら、まだ
「左綺っ!!!!!!」
「ぁ……?」
上手く喋れない俺の、ただ音になっただけの声が出る
声を追うように身体は動かない
はりつけられたわけでも、縛られた訳でもないのに
ただ動くなという命令をこなしている
なんて従順、心はまるで従うつもりを見せていないのに
肌を焼く熱さと、肺を焦がすような感覚、噎せ帰りたいのに上手く出来なくて簡単に死が迫ってることを予感していれば、何かに抱きしめられた
そういえばさっきの声、誰だったんだろう
黒い髪が、視界に入る
それは一瞬のことで
ぱっと、俺は気がついたら、城の中にいた
暗い、誰かの部屋なのはわかるんだけど
どさりと柔らかいベッドに寝かしつけられる
そうしてゆっくりと、力が抜けていく
薄れそうな意識の中で、見つけた者を、呼ぼうとする自分の手は、何も掴めずに落ちていった
恐ろしい夢を見た
また、何も出来ない俺が、みんなが死んでいくのを見る夢を。
何度とだって自分の無力さを感じて……そして、自分が縛られて、周りを焼かれる映像に変わって
みんなは、こんな苦しい思いをしながら死んだのかなんて思ったら
「泣いているのか」
「……、……?」
声が聞こえて、暗闇にいた俺は、ゆっくりと目を開いた
あたりはまだ暗くて、でもその人の顔は見えて
宵闇の髪を柔らかに揺らす男が、そこにいて
「きる……さま……」
息が苦しくない、肌も熱くない
きっとまた、彼女が癒してくれたんだろう
その前に、この人が、俺を救ってくれた
そんなことを考えたら、さっきのことを思い出してしまって、身体が震える
火は怖い、今でも、やっぱり怖いんだ
全部消してしまいそうで、その火の中から、彼らが出てきそうで
恐ろしくてたまらない
そんな俺の身体を、その人は優しく撫でてくるものだから
絆されそうになってしまって
ダメだ、俺は、こんな男と仲良くなってしまうのも、優しくなってしまうのも
そんな、そんな意地を張る方が、駄目なのだろうか
「……何も考えなくていい、もう一度眠れ」
優しい声が、俺の恐怖を溶かしていく
優しく撫でる手が、俺の不安を消し去っていく
夜は怖い、俺を恨んだ何かが現れて、どこかへ連れ去られそうな気持ちになるから
でも今は、今の間は、そんなの感じなくて
もう、少し明るくなるような時間かもしれないけど
今日は、ゆっくり寝れそうだ
少年が寝付いた頃、男は1人の獣人を呼びつける
今回の事件を起こした者
「……ライオス、何故こんなことをした」
「何故って。」
灰色の髪に黒のメッシュがある狼は、黒の部分をくるくると触れながら口を尖らせる
つまらなかったのだ、彼があんまりにも少年を気にかけているから
俺といる以上に彼といようとするから
「……別に」
「はぁ……お前をこの場から遠ざける気もない、仲直りはしてくれよ」
まるで子供に言い聞かせるようなセリフで
納得しきれない、そんな顔をする獣人に、かけてやる言葉は思いつかなかった
彼の気持ちはもう話しきってしまった
もう下がれ、そう言おうと思った時、獣人は口を開く
「なんで服従効いてんの?途中で消えると思ってたんだけど」
消えなかったらそこまで、死んでも別に構わないだろ、そう思っていた
自分には彼しか居ないというのに、急に現れた青年に持ってかれて、彼に呼ばれるのをどれだけ待ったと思う。紹介ぐらいしてくれてもいいんじゃない?
もしかして面倒くさくなると思ったわけ?
なんにも言ってくれないから面倒くさくなったんだよ分かってんの?
不安と不満ばかり脳内を駆け巡って、それが言い訳なのもわかった上で不服そうな顔をする
黒髪の罪人はため息をついて、ゆっくりと狼に近寄る
「服従が解けない理由は知らないが、殺していい理由にはならない。これは私の……───────」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
しっかり太陽が上がりきったあと
ぱちり、と目が開いた
なんだかすっきり寝たような感覚で、ぐい、と身体を伸ばす
こんなに体の調子がいいと昨日のことは実は夢?とか思うけど、こんな昼間まで寝てて誰も起こしに来ないんだから夢じゃないんだろうな
……夢じゃ、無いのなら
ちょっとだけ、ほんの、少しだけ
……彼のことを、俺の、主を。
認めてやらないといけないな、なんて。
ガチャりと扉が開く音、そちらを見れば見慣れた黒髪、起きていたと思わなかったのか、少し驚いたような顔をするが、すぐに戻される。
「なんだ、起きていたのか」
そうやって、柔らかく微笑むから、優しいんじゃないかとか思っちゃうんだって。
「……昨日は、ありがとぅ、ございました」
すこし言いにくい言葉を、彼へ向ければ、何やら面白いものでも見た、そんな顔をしてくすりとわらうからなんだか気恥ずかしくて、笑うなよっ!とか言ってもこの男は聞かないし
よくそんな顔するもんだよな
少し機嫌悪そうにすれば代わりにどんどん機嫌が良くなるそいつになんだかイライラしてきたからもういい!って離れてしまおうとしたんだけど、とめられてしまった
「もう平気なのか」
何が、そう問いかけようとした言葉が止まる
平気、怪我の事であればわざわざ聞かないはず、彼女の力を疑う必要がないから。
だとすれば
「何が?ああも〜こんなに寝かせられたらフシルさんに怒られるんだぞ」
俺は、いつものように。
明らかな嘘だと悟った漆黒の瞳はあっさりとそれを見破った
目の前の青年はあれほど毛嫌いしていた自分の主を心配させまいと?
これは現実の出来事だろうかとしばらく考えてしまった
だがきっと夢じゃない、そう思ったから男は少し距離を縮めた
「あれには言って聞かせた、もうあんなことはさせない」
真っ直ぐ見つめてやれば逸らされる。
だがまさかあの左綺がそんな嘘をつくなんて、そんな気持ちだけは消えなくて。こいつの見せる笑顔全部が偽物っぽくみえてるもんだから、そんなの、余計に心配してしまうのはおかしいことじゃないだろう?
本音を言えば怖かった。もう見ないと思った光景を全部みて、感じてしまったから
恐怖しないわけがないじゃないか
未だに震えそうなのを、優しい男は気づいてしまっていて
どこか声が震えてたかも、明らかな態度で顔を逸らしてしまったかもしれない
でも、考えたところでもう意味はなくて
ベッドの上で座ったままの俺はすっと近くに寄った俺の主人に少しの怯えを残した顔を見せる
いや、見せないように笑ったんだけど、男の目にはそう映ってくれなくて
心配するなだとかいっぱい言ってくる。らしくねーのって思ったけどもしかして、こっちのが本来の彼なのだろうか
他の罪人達にはいないいっぱいの部下のことを考えると少しだけ納得ができてしまうから
と、考えている間になんか言ってたらしくて
「聞いてないだろう」
「えーと、な…何が?」
はあとため息、そ〜いうことするから感じわるいやつだと思われるんだよ
ただ今は聞く気になってるから、彼の言葉を、俺の主の言葉を待っていれば黒髪の罪人は「いや、いい」なんて話を消してしまった
なんでだよ
あからさまにむすっとすればまた機嫌が良くなって
なにこいつ、まぞ?
茶色から覗く黄色は両方とも睨みがちになるけれど、対する黒が流してくるから俺の喧嘩は買われない
「お前はそんな顔してる方が、らしい、ぞ」
「あ〜っそ!」
しおらしくしてるのは似合わない、そういう意味?
なんとなく彼の意図を理解した従者がその上で生意気な態度をとる事すら、今の彼にとっては楽しいことのようだ
そうか、トラウマで脅えてないか心配だったけどこうして元気そうにしてるから安心したのか
わかりやすい男だ。
「だが確かに遅れているのは事実だ、なにか仕事を手伝ってくれるか?」
「そっすね……いいですよ」
彼は俺を助けてくれた恩人だから、尽くす意味はある、だから、言葉は意識するまでもなく変わっていく
動いていた方が、気を紛らわせられそうだ
「残念、殺せると思ってたのにな」
獣人は呟く、自分の主に強く強く言われてしまっては俺は従うしかない
自室にて不満を垂らすように独り言は続く
「戦闘させてくれないからこういう時に満足に殺せないんだよなぁ、俺だけ戦闘しない仕事ばっかりで……あいつはさっさと頼られちゃって」
いつもこうだ、いちばんは俺じゃない誰か、少しの間なれたとしてもすぐに変わる
いつも、いつも
俺は、あいつの為に何したっていいと思ってるのに、分かってくれないんだ。
謙譲
傲慢の罪人とは逆の存在、人に与える力を持った存在
正しく与えられているかは不明だが
狼の獣人、ライオスは魔力の少ない獣人にしては珍しく、3つの魔法を持つ存在だった
服従、重力、そして……
キル・ラースが全てを跳ね返す力だとすれば、こちらは全てを飲み込む力
魔法やら武器やら、好きなものを好きなだけ消してしまえる
そんな魔法を持って城に着いたというのに彼は1度も戦闘をさせてもらえなかった
その代わり彼は傲慢の最も近い従者として生きていた、はずだった、のに
「仲良くしろ……?ふざけたこと言わないでよ」
そんなの出来るわけない
ぼふん、とベッドに倒れ込む、過去を思い出せばだすほど憎い
自身にとってはもう多分二度と会えないほどに自分を理解してくれて、受け入れてくれた存在なのに
あいつもあいつでなんで俺の事捨てたんだよ、いや、そのつもりは無いんだろうな
それがまた、むかつく
昔なら分かってくれたことも全部忘れられて……あぁ、もう、ほんと……
トントン
「っ……?だれ」
怒りに任せて何か家具を蹴ろうとしてた時にノックされる
誰だと思いながら体を起こして扉に向かえば、嫌な匂いがする
「なんの用」
「ぁっれ……ばれちゃいました?」
向こうから聞こえる声も完全に「それ」だ
やり返しにでもしに来たのだろうか
……まぁいいか、別に
がちゃりと扉を開ければ、何を考えてるのか分からない顔をしたそいつが居て
「仲良くなりに来ました!!」
「……は?」