六話 それぞれのスタイル
ワクワクする試合を繰り返した。
でもね。3試合目にもなると流石に体力の限界が・・・。
「動け!」
ゼ~ゼ~
「もっと速く!!」
ハ~ハ~
ムリっす。
頭の中が真っ白になり始めたころ、ヘルタのCユニオーレンのメンバーの動きが変わった。
よく言うと動きに無駄がなくなった。
悪い言い方をするとサボっている。
でも、一度休んでしまうと動き出しが出来なくなってくるのが普通。
そこに追い討ちをかけるようなカールコーチの声。
「長いボールいらないよ!」
普通、蹴りたくなりますよ。
しんどいのに・・・。
そこで、ぼくたちがしたことはダイレクトでボールを動かし、その間にポジションの微調整をするということだった。
ぼくたちのこのスタイルはボールは動くけれど人はゆっくりと動くという少し変わったスタイルだ。
フォーメーションはもうほとんど2バック。
ホルガーとグンターの両センターバックがキーパーと最終ラインを作り、他の8人は真ん中でぐちゃぐちゃ動いている。
その中で特にプレイスタイルが変わったのは、王様マリウスが周りを気遣ったようなパスを出し始めたこと。
ラルフ、ゲラルト、レオがぼくとマリウスの周りをバランスよくポジショニングし始めたことだった。
そして、一人ひとりがダイレクトパスだけでなく、トラップで相手をかわし自分よりも相手を動かし続けたことだった。
「ミズホスタイル♪」
誰が銘々したんだ?
「トラップって使ってみると結構いけるな」
「フェイントで抜くよりもある意味相手にとってはショックだね」
対戦相手の選手はもう限界近い。チェイスできなくなってきている。
ぼくが右サイドにいたレオからのパスをトラップひとつで逆を向く。
そこにはマリウスがいて即パスを出しながら少し前に動くとダイレクトでボールが戻ってくる。
ボールの勢いを利用して左サイドに張っているラルフに・・・。
ラルフはボールに向かう動きをしたけれどスルーし、縦に動きを変える。
後ろにはゲラルトが・・・。ゲラルトはスルーしたラルフに縦にダイレクトパス。
これは大きい鳥かごだ。
鳥は10人もいるけれど、ぼくたち5人のパスを触ることすら出来ない。
パスを出しながら次を考えるから頭も疲れる。
指導者によっては試合前に鳥かごをしないほうがいいという人もいる。
遊びでするのと違い、真剣にやればやるほど神経を使うものだ。
それに練習で鳥かごするけれど、中にいる人数のほうが少ないのが当たり前だ。
でも、このときは中が多い。
”イメージを共有する”
この言葉がぴったり来る。
5人のイメージが合っているのだ。
普段のようにマリウスがコントロールするのではなく、それぞれが相手に求めるし相手もボールの出し手に細かい要求をしている。
”アイコンタクト”
言葉が通じないのもあるけれど、声に出したら相手も反応する。
その時のぼくたちは”眼”で会話をしていた。
共通の目的は・・・ゴールを奪うこと。
決してボールを回すことが目的ではない。
保持率だけを高めても負けない試合をすることが限界だ。
目的は大切にボールを相手のゴールまで運ぶこと。
その5人にヤーコブとアウグストも加わってきた。
もう、7人いると全員の動き、要求を理解し処理するの大変だ。
頭から煙でそう・・・。
でも、人数が増えるとパスの選択肢が増える。
動きが複雑になると相手も翻弄される。
最後はキーパーも抜いていた。
相手チーム全員が戦意喪失していた。
そしてトレーニングマッチが終わった。
「14のガキ達に好きにされるのしゃくだしな」
ヤーコブが言う。
「初めは何しようとしているのか理解できなかったけどね」
アウグストも言う。
「お前ら、よくミズホを中心に変な鳥かごしていたもんな」
「そうそう、相手は誰もいないのにフィールド全体を使っての鬼ごっこみたいなヤツ」
「ボールも使わずにな」
そう、マリウスたちはぼくのためにゲーム中に最低限の会話が出来るように声をかけて次の動きをどうするかという練習をしてくれた。
初めは会話のためだったのだけど、途中からアイコンタクトだけで動けるようになってきた。
副産物だね。もうこれは大きな武器だね。
そして動きが良くなってきたときにボールを使って・・・とはならなかった。
ボールを使ってミスをしたらやり直しなんて時間の無駄だと。
流石、合理的なドイツ人!?
「ボールコントロールなんてひとりでできるだろう」
「というか、そんな練習自分でして来いよ」
まあ、端から見たら広いフィールを使った贅沢な鬼ごっこのように見えていたのね・・・。
「お前たちのやってきたこと実践で使えたな」
カールコーチが嬉しそうに言った。
「まあ、相手も疲れていたから出来たんだろうけどな」
素直に褒めてよ・・・。
「これからどんどん実践で使ってみような」
「「ハイ!!」」
トレーニングマッチとはいえ、試合は大切だ。
実際の試合は”負けられない”ためになかなか練習のようなことは出来ないけれど、トレーニングマッチを重ねていくことでより完成度の高いスタイルが出来るのかもしれない。
また少し成長したかな?ぼくたち・・・。