プロローグ
全力疾走。激しく呼吸をし、これでもかと言わんばかりに右腕を振る。左手には日本刀、その刀身は血にまみれ鈍い光を放っていた。
「くっ、シツコい奴らだな!」
恨み言の様にそう言い放つと。咄嗟に視界に入った路地にすべりこむ。
「はぁ…はぁ、糞っ、アイツ等も解ってんだろうによ!」
逃げ込んだ路地。そこの壁を右手で殴りつける。だが、返って来るのは返答ではなく鈍い痛み。それが青年を更に苛立たせる。
「あぁ、解ってたよこうなる事は!!」
誰に聞かせるでもない言葉。だが、口にすればするほど苛立ちは募るばかりだった。
「兎に角、今は追っ手をまかねぇと…」
と、呼吸を整えながら、少しずつ心を鎮めていく青年。返り血を浴びたスーツをただし、路地から見える通りをにらむ。
と。その時背後に気配を感じて振り返る。
「ほぉ、まさかと思い追って来てみたら、棚から何とかとは……この事か……」
中年の男が薄笑いを浮かべ、腰に下げた刀に手をかける。それを見ながら青年は舌打ち、抜き身の刀を無造作に構える。
「まさか、まだ生きていたとはな、かなりの追っ手がいたと思ったが……」
一歩、歩を進める。
「しかしながら、まだ生きている…」
更に一歩。
「ならば、この松前 貫一が……」
もう一歩。後少しで互いの間合い。
「くそっ…!!」
一歩だけ後退りし、青年も腰を落とし、戦闘態勢をとる。
…………………
緊張の一瞬。二人以外に誰もいないその路地が、言い知れない殺気に満たされた、その時。
ギィィィン!!
鈍い剣戟音が路地に響く。
「くっ!!」
「はっ、やるな小僧!!」
初撃を防いだ事に賞賛を送りながら、松前は更に一撃。
「くぉっ!」
と、青年は呻きつつ、その斬撃を半歩後退して回避、そして反撃とばかりに、下段から顎先に切っ先を走らせる。が、勿論松前は読んでいたかの様に、そのまま距離をとる。
「伊達に、追っ手をやり過ごしていたわけでは無いか……」
「そりゃどうも」
「いや、皮肉ではないよ、実際に賞賛に値する、が、それ故に残念だ、何故その力を、この都市の為に使わない?」
「この都市のため?」
「そうだ、その身のこなしかなりの手練れ、この松前貫一はそう見た、ならばなぜ仕官しない?」
と、松前がそこまで言った時。青年は苦笑を浮かべ。
「はっ、この都市のためだ?ふざけんな!!ここの幹部は糞だ!アンタは何も見てないのか…そうだな、同じ部隊にいた下っ端すら覚えてないんだ、無理も無いか…」
「小僧?何を言っている?」
「別に、アンタにはわかんねぇよ、俺らや住人の気持ちなんてな」
「訳の解らんことを、まあ貴様がこの都市の大幹部の一人を殺害したのは周知の事実、この私か引導をわてしてやろう」
刀を握りなおし松前は仕切り直す。と、それを見て青年も刀を握りなおす。間合いはまだ両者共に余裕がある。だが、殺気たけはお互いに隠せない。
ジリジリと距離を詰め、互いに必殺の間合いを計る。
「最期に聞きてぇ、アンタは幹部が不正や護るべき住人を虐げても、何も感じねぇのか?」
「……愚問だ、組織は上官の命令が絶対、どれほどの愚者か上官になっても逆らう事は出来んよ、それは組織の瓦解を助長する」
「そうかい」
「そうだ…」
……………
沈黙。
ギィィィン!!
刹那、再び剣戟音。二人が距離を詰め一合、更に一合、剣を交える。
飛び散る火花。息もつかせぬ攻防。互いの切っ先が互いをかすめ、命のやり取りを否が応でも感じさせる。
「くっ!!」
咄嗟、松前の放った一撃が、青年のバランスを崩し隙が生じる。
必殺の時
路地付近大通り
「…………はぁ」
追跡はしても相手は手練れ、実際にその剣捌きを見た時、正直自分の剣力ではどうにもならない事を悟ってしまった。それ故のため息。
だが、それでも組織の一員として追わなければならない。
「確かに、幹部がやられちゃこうなるわよね……」
そう独り言を呟きながら、人波をかき分ける少女。まだ学校帰りなのか、セーラー服、腰には不似合いな日本刀を差している。
「まぁ、それをやったのが、組織の人間とくればねぇ……」
歩はゆるめず、少女は更に呟く。
ギィィィン…………
と、その時少女の耳にかすかながら剣戟音か響く。
「……………」
瞬間、少女の顔が険しくなり、あからさまに迷惑そうな表情を浮かべる。
「はぁ、勘弁してよね…もう少しで捜索時間終了なのに」
大きく、とても大きくため息をつき、少女は微かに聞こえた音の方へと走り出す。
「雪乃ちゃん、今の?」
と、不意に雪乃と呼ばれた少女が、声の方へと顔を向けると。これまた雪乃と同じ様に、軽快に人波をすり抜けセーラー服の少女。
「真理も聞こえた?」
「うん、でもどうする、目標はかなりの手練れだよね、私達じゃぁ………」
走りながら、現着後の事を考える二人。だが、相手の剣力などは組織にいるときから解っている、だから自分達ではどうにもならない事も。
「確か、今日は松前班長がいるよね、大丈夫じゃない?」
「そっかぁ、松前班長は小隊長だから…それなら大丈夫かもね」
短絡的な二人。
「「……………」」
絶句。それしか出て来ない。現着し路地に入り込むと。そこには胴と首を落とされた松前が人形のように力無く地面に倒れこんでいた。鮮血が噴水の様に辺りを朱に染め、血溜まりが死体を更に朱に染め上げる。
だが、松前と戦っていた標的も、また無事ではなかった。