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所々から木漏れ日が森の中を射しても、その湿度は変わらなかった。

森は太古の昔からどこにでもあり、伐採と侵入を許されてはいない。

理由はいくつかあるが、最も"理解されている"のは"魔力過多を防いでくれる"からだ。

魔力と魔術は、人で言う呼吸と一緒である。

魔術を発動し、放出する。放出したとき、微量ではあるが使用されなかった魔力が出てきてしまう。魔力はいわば、人体では処理されない粒子みたいなものだ。大気中に漂えば、魔力酔いと呼ばれる状態に陥り、最悪の場合、死ぬ。


それを防いでくれるのが木の役割である。木は魔力を吸って成長する。なので、不用意な伐採や侵入をしてしまえば、調和の乱れや成長の阻害になってしまい、世界にいる魔術師たちは死んでしまう。

不必要な伐採は重罪とされている。製鉄などで燃料としても使われるが、年間を通して伐採量が決められている。越えれば、いわずもがな。

この世界の魔術師にとってはなくてはいけない存在である。命を繋ぐのは生きものだけではないことは明白である。

森は傷付けていけないものの、侵入は許されているときがある。



別称、蒼氷。

女騎士、セルフィはそう呼ばれている。凍てつく氷魔法を使い、生きたまま敵を骸へ返すその姿に、人々はそう言った。

セルフィの名前よりも蒼氷の方が有名であり、その名で呼ぶことを許さない者には体の芯まで凍てついてしまう睨みをされる。それがどのような階級であってもである。


セルフィは建物の前で立ち止まる。校舎裏だ。オレンジ色が外壁を占領している。反対側にはセルフィが見上げるほどの木々があり、葉の間からもオレンジ色が差し込んでいた。踏みしめれば、ザクザク、と落ち葉や雑草の音が鳴る。

任務の位置情報と現在の位置情報を確認するために小型デバイスを懐から取り出す。少しズレているが、問題はない。自分のいる位置の前の方に表示されている。ここで間違いない。

現在敵との遭遇はなし。戦闘になったときは帰る分の膂力を残して使うことではあったが、これであったら氷魔法で地面を凍らせて帰還時間を短縮することができる。

デバイスのダイヤルを左に8.右に6.左に9.最後に通信ボタンを6回押す。繋がった。

「もしもし、私よ。今どこにいる?」

ザザザッ、通信が乱れる音がする。繋がってはいるようだ。

「セラフィマ、タクト。聞こえているなら返事して。これを3分おきに5回、計15分つか」

「おいおいおいおい、待てよ。聞こえてるつーの」

「早く出なさい。時間が惜しいわ」

キンッ、と冷えるその声と態度には慣れている二人。

顔は整っているし、スタイルもいい。氷魔法の影響か、長い髪は銀色で光が当たると、キラキラ輝きなびく。

きつい三白眼とすぐに物事を処理しようとする物言いさえなければ、上官との会話の摩擦がなくなって、事が進むんだろうな。タクトは通話越しに思った。



「セラフィマ、聞こえてる?」

「あいあーい、聞こえてるよー。今向こうとの通信を作っている最中だから、お話してていーよー」

「タクトは?」

「魔物を生成中。とりあえず3体作ろうかとは思ってるけど、通信が繋がることを考えれば2体だな」

「じゃ設置式にすればー?何かあったら大変でしょー?」

「設置式でもいいが、護衛用で作るんだったらちと心細いんだよなぁ……。セルフィ、突入時間は」

「3分」

「えー、早いよー!」

「早くなさい、きっとできるわ。あなたを信じているもの」

恥ずかしいこと、さらっと言えるよな。

えへへ、とセラフィマは照れていた。


タクトのいる場所はセルフィとは真反対の校門前の茂みに中だ。

校門は当時建てた校長の自己顕示欲の余りある高さが見え見えのとても大きく、とても立派で、とても見栄えの良い、校門である。

進んでいくと、とてつもなく大きいロータリーがあり、中央にはこれまた大きく、立派な噴水がある。

沈んでいく太陽は噴水を照らしてはいないが、朝日に当たった時は幻想的で、とても綺麗だろう。水は天高く吹いている。風が吹けば、木々が擦れる心地のいい音や噴水の水が水面に落ちる水音が耳によく入る。タクトは小枝と葉の間から周囲を見る。

下校時刻は過ぎているが、ここまで人がいないのはおかしい。学び舎特有の活気に溢れているわけでもない。校舎の奥にも人がいる気配すらない。ゴーストタウンの、あの寂しさを肌で感じている。

タクトは土魔法と水魔法を練り上げながら、最後の仕上げに入る。召喚術とは違い、タクトの魔術は構築をメインとしている。召喚術は自動で動いてくれるが、構築術は手動で動かす。命が宿っているかどうかの違いだが、構築術の場合、ストックできる。召喚術の場合、自動で動いてはくれるが、その分魔力消費をする。

召喚術は質量、構築術は物量で他を圧倒する。

構築術の調整がズレると動きが遅くなったり、付与している効果が半減や消滅してしまう。そろそろセラフィマも終わりそうだ。仕方ない、妥協するしかない。

「仕方ねぇ、2体連れて行く。後の1体は敵からの逆探知されないような小型の魔物を作る」

「及第点ね、それじゃ各自規定時刻になり次第、転生者を確保に当たってください」



戦う魔術師を育てるために設立されたそこは、敷地面積はとてつもなく広大であるため、捜索は困難と思われた。

戦う魔術師の校舎は、どこにでもある学舎だ。4階建てで、上から見たらL字である。4階は1年、3階は2年、2階は3年、4年は教員教職が主に使用されている。

なんと言っても、戦う魔術師を育成するにはフィールドが必要だ。どんな状況においても、使える魔術師が。そんなわけで数多くのシュミュレーションを重ねたフィールドが数多く点在する。たまたま転生者が校舎にいたから良かったものの、奥地だったら殺されている可能性もあったわけだから、セルフィ一同は内心、胸を撫で下ろしている。

非常時には全ての階の壁という壁が展開され、戦闘態勢や避難時に現場へと出向くことかできる仕組みとなっている。

タクトは2体の魔獣を従え、周囲を警戒しつつ、学び舎に入るとする。

部屋の電気はどこも点いていない。誰もいないとわざと教えているかのようだ。暗く、けど部屋の奥で誰かがこちらを見ているようだ。しかし、不思議だ。校門といい、玄関口といい、戦闘態勢にすらなっていない。大きな武器や校舎から外に出やすくするように壁が展開していると思ったが、全くしていない。

入口は観音扉が5つあり、どれも閉まっていた。戸を押してみると、閉まっていた。どうもおかしい。2つ試したが、閉まっていた。4つ目の扉を試す。ガチャリ。開いた。魔獣は警戒音を発していない。まだ大丈夫だ。

中へ入る。しん、と静まり返る校舎内は不気味だ。夕日が入らないからか、奥は薄暗い。どうか、奥から走って人が来ないでくれ。タクトは心の底から願った。

魔獣もなんだか奥の方へ行こうとはしない。自分の臆病さが伝染したのかもしれない。

「悪いな、俺がしっかりしなくちゃな」

震える声で魔獣を撫でる。

外履きのまま、校舎内に入るため靴箱は存在しない。段差のない、ただ広いだけの玄関。この広さだとかなりの生徒が朝登校するのだろう。


ざざざざざざ 




誰かが



いた。



目の隅、奥の方で



何かが    動いた。




魔獣は反応しなかった。

気配すらなかった。

全身に緊張が走った。

目の隅の方向、右手の廊下へ歩いていく。

音もなかった、ただ目がそれを捉えた。


長い長い廊下だった。

左にはスライド式のドアが。

右手には窓が。

通路の手前は薄暗いだけだが。

奥は闇一色。

心臓の音しか聞こえない。

建物の軋む音はない。

床を這いずる音もない。

たしかに、見た。

魔力があればそれをたどれば良い。

けどなかった。

部屋の中か?

しかし、動きもない。

このまま進んでみるか。

「やほ」





「きゃあああああああああ!!!」






甲高い声が、一つした。タクトは自分の声に驚くと同時になぜこいつがここいるのか、いら立ちを覚えた。

セラフィマだった。

「うるさぁ………」

「こいつ!てめぇ!」

「いや、怒ることないじゃん。あと、すごく、うるさい」

セラフィマの後頭部を叩いた。が、タクトの手は彼女の頭をするりと抜ける。情報体だった。どこにも向けることのできない怒りをどうしたらいい?怒鳴ればいい。

「なんで飛ばしてんだよ!?」

「…………女々しい」

「う、うるさいっ!用件を言いなさい!」

思わずオネエ言葉が出てしまう。

あまりの滑稽さにセラフィマは鼻で笑った。

「タクトがびびってるねぇー。ねぇフレディ?」

「おい、魔獣を撫でるな!用件を早く言え!」

「要件も何もさー。この場所、魔力がほぼないから、情報体を装備しないとそっちとコンタクトできんのよー。だから来たの」

じゃ少し待っててねぇー。とセラフィマの情報体は何かをし始めた。同期、というやつだろうか。

何もすることがないタクトは、セラフィマの発言に対して、考えることにした。







魔力がほぼない……か。

タクトはそれを聞いて少し冷静になれた。

セラフィマが言うということは、相当魔力がないのだろう。もしかすると、学び舎自体が魔力を制限している可能性がある。血気盛んな年齢であるから、何かがあっては遅い、という判断なのだろう。大変なことだ。

3人の同期が終わった。セラフィマがノイズ混じりに発言する。

「あーあー、テストテスト」

「お、聞こえた聞こえた。タクトはOKだね。セルフィはどう?」

「……………」

「セルフィ?聞こえる?」

「……………」

「情報体と合流したのか?」

「してるよー、ちゃんと。あれぇ、おーい聞こえてるー?」



「聞こえてるわよ、うるさいわね」



とても、怖い、声を、していらっしゃる。


「もー!ごめんってばー。そんなに怒らないでよぉー」

「怒ってはいないわただあなたがとても無意味なことをするから私はこういうことを言わざるを得ないのわかるいらない感情をいち早く取り除きたいのにあなたの幼稚な行動一つで作戦が終わってしまったどうするのあなたが責任取れるの」

「だーかーらー!」

あぁ、コイツもやっぱり怖かったんだな。タクトはホッとした。





ぐしゅりぐしゅり


肉の隙間から血が滴り落ちても、歩き続ける。


ぐしゅりぐしゅり


抉れた筋肉の筋からは骨が見えた。


ぐしゅりぐしゅり


それでも痛みすら感じていないようだ。


ぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅり


奴らの、目の焦点は合っていない。


ぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅり


うめき声を発しながら、奴らは求める。


ぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅりぐしゅり


魔力を求めて、自分の痛みに耐えながら、

魔力を補給するために、奴らは歩き続ける。

世界が崩壊をしたのは、こいつらのせい。

十文字翼を転生者にしたのも、こいつらのせい。


こいつらは欲するものはわからない。

こいつらを止める方法はわからない。

こいつらの数と配置も、わからない。


ただ一つだけ

分かることは


こいつらは、化け物だ。

全てを食い荒らす、化け物だ。

アウトブレイクを引き起こした、化け物だ。


逃げる術は、ない。

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