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「ん……」

 十文字翼が目を開く。外からの強い光の刺激で、少し開いた瞼を急いで細目にする。じりじりと頭が痛みだすが、耐えられないほどの痛みではなかった。どうやら仮眠をするどころか、熟睡してしまったらしい。微かに喉がカラカラしていた。

 右手の平を顔に押し付け、光を遮る指の隙間から目を徐々に開く。段々慣れてくる視界の先には、真っ白な天井。シミがちらほら見えるが、数える程度にしかない。

 見覚えがある、翼は頭の中で思った。夢で見たのか? いや、違う。学校かここは。翼が通っている高校も同じような天井だった気がする。まぁ天井を見るなんて、つまらない授業の暇つぶし程度に上を見るぐらいしかないが。脳裏に見え隠れする記憶を模索するなか、ゆっくりと上半身を起こした。重い。なんなんだよ、本当。こんなに体が重かったの

なんて、今までない


「っとと」


 心の中で愚痴を言っていたら、頭がくらりと揺らいだ。目先が黒くなったり、白くなったり。立ちくらみをしてしまったようで、反射的に倒れる方向に右手を後ろの床に付く。


「のわっ!」


 床に手を付いたと同時に、何かが滑らし、体が前のめりになって倒れる。その際、思い切り後頭部を強打。脳が揺れ、脳髄から痛みの信号を拾った。強い痛みに、翼は悶絶するしか他なかった。ぐっと目をつむり、痛みに耐えていると強い鉄の味が口に充満した。

 最悪だ、日ごろの睡眠不足で学校で睡魔に襲われ、床にぶっ倒れて放課後まで寝ていただなんて。しかも、口内を切るとは………。一日の終わりがこんな無様な終わり方とは。笑われ者だぜ、全く。翼は、自嘲気味に嘲笑いながら、瞼を開く。今度は、光に慣れたのだろう、細目になることなく目を開くことが出来た。

 太陽の色がオレンジ色ということは、やっぱり今は放課後だ。教室には誰もいないのだろう、翼がこの状態だ。


「さて、帰ってゲームでもすっかな……?」


 今度こそという開き直りの気持ちを露呈するかのように、体を起こした。さて、帰ってからどうするか? クランの連中といちゃこらすっかなぁ。でも、あいつらすぐに遊ぶから、俺らの評判悪いから。今日は、野良プレイでもすっか。

 これからの予定を組み立てて、そして破綻した。


「へ?」


 翼が驚愕した。目先、足裏の近くに赤く染まった異物が転がっていた。それは、ゲーム内ではよく見る物体。大抵の人間が、目にしたことがない、死体。


「うあ………」


 人は恐怖を認識した瞬間、絶叫したり悲鳴を上げる。が、そんなの嘘だと翼は確信した。喉奥から声が出ない。

 目の前に死体。赤く染まっていて、服から染み出している血。人一人からここまで血液が出るものなのか? と疑問に思うぐらいの量。死体の肉片から、微かに黄色い液が床に流れ落ちる。

 食いつぶされた、とでも言うべきか。肉片の中から、骨のようなモノが顔を覗かせているが、どこの部位なのか全く見当がつかない。頭の箇所であったであろう部分からは、頭蓋骨のてっぺんであろう、ひび割れたところが見えるので、どうやら頭皮ごと引き千切られたらしい。脳みその断片がサイコロブロックのステーキの大きさが、床に転がっている。それが人間の死体だと分かるのは、臓器が自重することなく、淡いピンク色が見えたのと翼に命が尽きるまで助けを求めたのだろう、五本の指の先まで伸ばされて、肘より下が無い腕がそこにあるからだ。


「うわぁつ……っ……嫌だ………!」


 本当に現実味がない、もしかしたら夢でも見ているのか? グロいゲームをやり過ぎたか? だが、それは先ほど後頭部を強打した時に実証された。あのときは痛みが全身を走った。これは現実だ。そう、現実だ。

 翼が何かを口走った。それは言葉ではない。死体を見て、錯乱して、ズルズルと後ろへ下がりながら、何かを口走っている。嫌だと言っても、助けを求めている腕は口がないからしゃべらないし、第一これは翼の勝手な思い込みに過ぎない。だが、この最悪な状況下、プラス思考で考える方がおかしい。こいつは、俺が寝てても俺に助けを求めて叫んでいたというのかよ? 脳の中で聞いてもいない声が反響する。


 たすけてぇぇえええぇぇぇ! 痛い痛い痛い痛いッ! 止めろなぐっあああああああ!! ねぇ、起きろよッ! 起きてたずげぇううううう!!! 

 やめてやめ痛いてやめてやめてやめてェェぇぇェぇッ! なんで私の食ってるのよ! アイツがいっがああああああああ! あし!あしあしあし! このっ! このっ! はなれなさああいよぉおっ! 目の前にいんでしょ!

 ぜっ……たい……いっ…………しょ。うら……でっ………や。


 殺してやる。


「うわああああああっ!」

 恐怖が覚醒し全身を覆い、最近まで流していなかった涙が瞳から溢れだす。叫びが部屋中に響く。腹の奥底から込み上げてくる不快感に、手で口を抑えるも耐えきれずにその場で四つん這いになった。大粒の涙と交えて、口からは吐しゃ物がどうどうと流れ出る。苦手意識があるわけではない、ただ状況が状況なだけに、体が拒絶したのだろう。

 終われ終われ。翼は強く念じながら、目を固く閉じた。目を開けば日常では見られない、見てはいけない光景が広がっている。見なければいいが、どうも体が言うことを聞いてくれない。

 これは本当に現実なのか?この映画や漫画でよく目にする光景が、風景が、匂いが。僕の住んでいる、この世界に起きてしまったのか。

 一瞬、幻覚を見ているのだろうと思った。そうに違いない、そうであってほしい。でなければ、今を受け入れなければならない。苦しい表情を浮かべながら、翼は再度、肉片のあった場所を見やる。

 やはり、そこには肉片があり、翼に懇願しているかのように、体から切り離された腕がぽつりと置かれていた。ちくしょうちくしょうちくしょう! 唇を強く噛みしめた。痛みと同時に、ジワリと口の中で鉄の味がした。何度か口内を切ってしまったことはある。転んだりとか喧嘩したりだとか。その時に味わった血の味とは全くの別格だった。気持ち悪い、こんな液体が僕の身体の半分以上を占めているのか。嫌気が差し、唾と混ぜながら吐いた。

 教室内はオレンジ色に染まっていった。窓の桟の影が反対の壁に映る。机にも影が映り、ここが学校なのだな、と再認識させられる。翼は辺りを見渡すと、一つだけ違和感を覚えるところがあった。それはどこの学校の教室にあるものだ。

 時計だ。黒板の上で、壁に掛けられた時計。円形で木製、数字らしきものが掘りこんであり見やすくするためか、黒字で数字らしきものに塗りたぐられていた。が、翼はその数字らしきものを今まで見たことが無い。英数字? いや、そうじゃない。しかも、翼がいた世界では一~十二が普通だが、その数字らしきものは二十四もある。現在の針が示している時刻は、翼がいた世界でいう‘十六:二十五’の位置で止まっている。


「……わかんねぇ」

 翼はぼやいた。このまま、この疑問をなぁなぁにしてしまっても、あの肉片の事実を向き合わなければならない。それだけは避けたかった。途方に暮れる一方だ。落としきった肩をさらに落とすなんて。

 だが、その問題が増えた。それは突如として、死体である肉片がどういうわけか、緑の粒子となって消えていくではないか。目の端にキラキラと光るので、翼はそこを見たが思わず目を疑ってしまった。ゲームの世界で、死んでしまったプレイヤーはそこからいなくなるエフェクトとして、粒子となって消える光景は何度も見た。だが、それが今目の前で起こっている。この世界は、ゲームの世界? 

 現実味のない話だが、可能性はゼロではない。昨今のアニメやゲームの話の内容で、ゲームの世界に入ってしまって出られない、という次元を超えた出来事が主人公たちに襲いかかる。そういったことが本当に有り得るのだろうか? いやいや、これはただの仮説に過ぎない。しかし、そんな仮説は先ほどの緑の粒子によって論破された。翼がいた世界では、魂の抜けた肉体は腐るだけだ。燃やすか埋めるかしなければ、異臭を放ち場合によっては犯罪行為と見なされかねない。そうすると、あの掛け時計だってそうだ。静寂に包まれた教室に、かちこちと無機物が奏でる音色が部屋中を埋めていた。

「くっそ、どういうことだよ本当に………!」

 訳の分からない状況下に苛立ちを覚える。誰しも見知らぬ土地にいけば、不安と言う要素が蝕む。人がいないというマイナス効果が加われば、絶大なる効果となりその人間に加重となって襲いかかる。ここにいても仕方ない。そんなことを思ったのか、翼はすくりと立ち上がる。瞬間、脳みそが揺れる感覚に陥ったが、今度こそ踏ん張った。大丈夫だ、まだ行ける。

 肉片の死体を見たというのに、ここまで冷静にいられるのは日頃R指定のグロテスクな映画やゲームをしていたことが功を奏したのだろうか。決してそれだけで体が動けるはずもなく、立ち上がった今でも膝が笑っている。けど、ここで。この現状を知らないと動こうとも動けない。もしかしたら、これは勇気というものが働いているのかもしれない。はたまた、未知なる土地に足を踏み入れたことによる、好奇心か。分からない。分からないけど、やるしかねぇよな。

 ふいに窓の外を見る。日がかなたの地平線に隠れようとしている。まだ丸い太陽が、オレンジ色の暖色を帯びながら今日の仕事を終えようと顔を隠そうとしていた。

「嘘、だろ?」

 翼は声を出した。その声は今さっき声を震わせたより、数倍に震え瞳を大きく開かせる。彼の心情に何があったのかは最中ではない。摺り足気味に二歩三歩後退して、踵を机にぶつけた。彼の口からは痛みの悲鳴は上がらなかった。代わりに発狂ともよべる怒声が口から出た。

 目の前は、草木で覆われ緑一色。地平線の彼方には山山が連なり、日光の反射でそこにも緑があることが分かる。

 この建物の周りは、ジャングルだった

3話目から時間をおいているからか、文章を軽く書いています。

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