06
「ああ、失礼しました。正確には『やめさせる』です」
空中で一回転し着地すると、ビアンコ・ネーヴェはまずリヴェラのそっと抱き締めた。そして「もう大丈夫ですよ」と言いながらリヴェラを拘束していた手錠を破壊した。
「な、なんなんだテメェは! 俺のお楽しみを邪魔しやがって――」
「いや、なんなんだテメェは! はこっちの台詞だからな」
激昂した様子の男を今度は背後から倒れてきた鉄格子の扉が襲い掛かる。その後ろにはネロ・アフィニティーがおり、手には空き瓶が二本握られていた。
「スメールチとリヴェラ君にこんなことしてんだ、只で済むとは思ってないよな……?」
ネロはそう言って鉄格子の扉の下敷きになっていた男を引っ張り出し、胸ぐらを掴んで檻の外へぶん投げた。筋力のないネロだが、魔力を器用に使って力を増幅させたのだ。
「あっちは主が片付けるからいいとして、問題はこっちですね……すみません、スメールチさん。もう少しだけ、頑張ってください」
ビアンコはリヴェラから離れるとスメールチの顔をそっと撫でた。眉間にシワを寄せ、キッと唇を噛む。「せめて、私か主が回復魔法を使えたら……」
人には得意分野と苦手分野がある。それは魔法だって同じだ。かつて、クリム・ブルジェオンが回復魔法を使うことを苦手としていたように、ネロとビアンコも回復魔法を使えなかった。二人は元クリムの魔力で構成されているようなものだから必然と言えば必然だろう。
「……っ、一先ず止血しますね。痛いですが、耐えてください」
「……いた、い、なん、て……いまさ、ら……ッ」
「……痛いんじゃないですか」
ビアンコはカーディガンを脱ぐと、それをスメールチの胴体、ロングソードで貫かれた傷口の辺りできつく縛った。その際に貫かれた傷口だけでなく、折れた肋骨や大量の火傷の跡が同時に悲鳴をあげたため、スメールチは思わず眉を寄せた。
「……どいて、ビアンコさん。そこの傷口の止血ぐらいだったら、俺、やる」
中々止まらない血に焦りを覚え始めていると、いつの間にかビアンコの後ろに立っていたリヴェラがしゃがんで、スメールチの傷口に手を当てた。
するとリヴェラが手を当てた部分が青白い光を放つ。魔法だった。
「……俺、魔法使えるんだよ。凄く嫌いだけど、でも、言ってる場合じゃないから。俺のせいで、スメールチさんは……」
「……誰も、リヴェラ君を責めませんよ」
今にも泣き出しそうな顔で言い訳をするように言うリヴェラの頭をビアンコは抱き寄せた。そのぐらいしか、してあげられることが無かったのだ。
「ああ、主、終わったんですか」
「うん。動けないけどギリギリ生きてられるぐらいまで血も貰っといた。急いでロレーナの所に飛ぶぞ」
そこへ、事を済ませたネロが戻ってくる。空き瓶を捨て、右手で口許を拭いながら歩くその目は血色に輝いていた。ヴァンパイアの力の源は血液。それをほぼ人間一人分吸ったネロは力に溢れていた。
スメールチの隣まで来ると、スメールチに「お疲れ様」と声をかけてから、ネロは魔術を発動した。すると四人は影に沈んでいき、次の瞬間にはロドルフォの店のど真ん中にいた。
「スメールチさんッ!!」
帰ってきた四人を見るなり駆け寄って、スメールチの頭をロレーナ・フォルトゥナーテは抱き締めた。そのとき、スメールチはやっと「もう大丈夫なんだ」と安心することができ、はりつめていた意識をそっと手放したのだった。
「……はぁ…………頑張ったな、リヴェラ君も」
女性陣が慌ただしくスメールチをベッドのある部屋へ運んでいったのを見守ると、ネロはその場に座り込んで、リヴェラの頭にポンと手を置いた。そのままくしゃりと頭を撫でてやると、それがきっかけとなったのかリヴェラの涙腺が崩壊する。
「ふっ、うっ……うえぇ……っ」
「……うん、怖かったよな」
ネロは優しくリヴェラの頭を撫で続ける。
やっと安心して泣くことができたリヴェラは、その後しばらく泣き続け、やがて疲れたのか眠ってしまったのだった。