03
男はスメールチの表情をある程度堪能すると、比較的丁寧にその頭を下ろして、一度檻から出ていった。勿論、「逃げるなんて思わないよな?」と釘を刺していくことを忘れない。
「あ……スメールチ、さん……」
「ッ……大丈夫、だよ。このぐらいは、ね」
恐る恐るリヴェラが声をかけるとスメールチはゆらゆらと身体を起こしながらリヴェラにそっと微笑んだ。安心させようとしたのだろう。しかし、既に今さっきの仕打ちから全然大丈夫なんかじゃないことが伝わっているため、リヴェラの不安を煽る結果に終わっている。
「心配、いらないから……。子どもが、目の前で殺される方、が、よっぽど……目覚め、悪い、し」
乱れた呼吸を整えるようにしながらスメールチは優しく言う。リヴェラは眉を下げて戸惑いの表情を見せたが、言葉が見つからなかったらしくなにも言えないでいた。その間に男が戻ってくる。
「おう、お待たせ。吐き気は落ち着いたか?」
スメールチを気遣うような言葉をかける男の手には水の入ったコップと、何かを包んだ白い紙。恐らく何らかの薬だろう。そして、この男が今スメールチに渡す薬ということは、ろくなものではない。しかし、スメールチには飲まないという手段がない。
「一人じゃ飲めないだろうから、俺が飲ませてやるよ。さ、口開けて」
「…………」
拒否権がないことを重々承知しているスメールチは、素直に目をつぶって口を開けた。男はそこに丁寧に薬を入れ、ゆっくりとコップの水を流し込んでいく。そしてスメールチが薬を飲んだことを確認すると、檻の外へコップを置いた。
「……で、この薬は?」
「急かさなくたって直に分かるさ。効き目が出るまではゆっくり雑談でもしよう」
男はそう言って檻の外から椅子を引っ張ってくると、そこに足を組んで座る。顔が整っているだけあって、その姿はとても優雅だ。
「くくく……なあ、リヴェラトーレ君。自分のためにこれから暫く、俺が満足するまでこのおにーさんはさっきみたいに痛い目に遭うわけだけど、それを見てるだけって気分はどうだ?」
「…………」
リヴェラは何も言わないが、その表情だけで十分だった。男に向けられた怯えた表情は、変態である男を一層興奮させる。
「あ、れ……?」
男がリヴェラからスメールチに視線を移すと、丁度そのタイミングでスメールチが崩れた。さっきまで座っていたのに、身体に力が入らないのか床に倒れたまま動かない。その状況に一番驚いているのはスメールチだった。
「思ってたよりも早いな。さっき殴ったお陰で血がよく回ったのか。うん。早いに越したことはない」
状況を冷静に分析しながら男はうんうんと頷く。どうやら順調に先程スメールチに飲ませた薬の効果が出ているらしい。
「は……っ、うぁ……、はっ……、うぅ、あぁ…………」
スメールチの息は段々荒くなっていき、あたまもボーッと回らなくなっていく。体温がどんどん上昇していくのが分かって、身体から発散されない熱はぐるぐると渦巻き、スメールチに苦しさを与えた。
「その薬は、時間と共にどんどん熱をあげていく。高熱ってのは苦しいもんだよな。毒の一種だけど、効果はそれだけで死ぬようなもんじゃない。ほっとけば三時間で効果は消えるさ」
男は得意気な表情で薬についての説明をする。
「ただし」ピンと指をたてると、男は口角を歪めた。「大抵の人間は、一時間ぐらいで意識がなくなる。で、三時間ぐらいで薬の効果が消えて意識が戻る」
「そこで、だ」と男は立てた指をスメールチに向けた。
「おにーさんがこの薬に耐えられるか、ゲームをしようと思う。耐えきれずに意識がなくなったらゲームオーバー。リヴェラトーレ君は残念ながら守れない。どうだ? 簡単だろ?」
「……っは、そうだ、ね……。っ、要は、僕、の……っん、根性試し、だ」
スメールチは強がるようにへらりと笑ってみせた。心のなかで、自分に「生憎毒は慣れてる」と言い聞かせて気を強く持とうとする。
「そうこないとな」
うんうん、と男は腕組みをして深く頷いた。そして、椅子から立ち上がると起き上がろうとしていたスメールチの身体を仰向けに押し倒し、その胸の上に足を置いた。
「うっ、ううううぅッ……」
その足に力を込めると、スメールチは分かりやすく呻く。その反応の良さに気をよくしたのか、男はとてもいい笑顔を見せた。
「それじゃあこれから三時間、ちょっと頑張ろう――か!」
「げ――うッ!?」
男は置いていた足をそのまま振って爪先をスメールチの身体へ叩き込む。ボキッと嫌な音と感触がスメールチの脳まで響き、スメールチは思わず叫んだ。
「がッ――ああああああああッ!!」
毒による高熱で呼吸がどんどん苦しくなっている中での肺への打撃。そして肋骨の骨折。
男は口許に手を当てて、顔を大きく歪ませた。