01
「っ、う……ん……?」
スメールチ・ザガートカ・アジヴィーニエは後頭部を襲う鈍痛により目を覚ました。身体は重く、思うように動かない。鈍痛のせいなのかなんなのか、頭がぐらぐらと揺れる感覚がし、正常な思考は出来そうにもなかった。
「え、あ、だ、大丈夫かな!? えっと、痛いところは……えっと、えっと……」
覚醒したばかりの頭にはややキツい音量の声が部屋中に響く。どうやらあまり広くない部屋のようだ。
スメールチは聞き覚えのある、しかし珍しく慌てている声にゆらゆらと反応する。
「んー……リヴェラ君、かい。……そんなに慌てちゃってー……どうしたのかな?」
「どうしたもこうしたも……ッ」呑気とも言えるスメールチの声にリヴェラトーレは逆上したように言う。「あんた、俺と誘拐されたっていうのに! 俺なんかを庇って、ぶん殴られて……目、覚まさないし、俺ずっと一人だし……ッ」
リヴェラの顔をよく見ると、リヴェラは既に涙目だった。無理もない。目の前で大の男が殴られて気絶する様を見せつけられた上、誘拐され、拘束され、狭い檻の中で目覚めぬスメールチと共にずっといたのだから。大分恐怖がリヴェラを支配している。
「やーっと起きたのか。いい加減俺も待ちくたびれたところだった」
リヴェラの表情を見たことで、やっと状況が掴めそうになったところで聞き慣れぬ男の声がした。スメールチは未だ身体が上手く動かせないので首だけを動かしてその姿を確認する。
男は、ワインレッドのシャツに黒いパンツというシンプルな服装をしていた。整った顔はニコニコと柔和な笑みを浮かべており、いかにも女性に人気の出そうなタイプだ。
男は鍵を開けて檻の中へ入ると、ついっと人差し指を持ち上げるように動かした。
「う、わッ!?」
すると、それを合図にスメールチの両手首に嵌められた手錠の鎖が天井に吸い込まれていく。結果スメールチは吊り上げられる形となり、一気に体重がかかりミシミシと手首に食い込んでくる手錠の痛みに顔をしかめた。
「初めまして、リヴェラトーレ君?」
男はスメールチの隣に立ち、腰を屈めてリヴェラに話し掛けた。
「…………」
リヴェラは恐怖からか何も言葉を返さない。ただじっと目の前の男の顔を見つめていた。
男はそんなリヴェラの反応に気を悪くした様子もなく、柔和な笑みのまま話を始める。
「リヴェラトーレ君。俺は君の家族から金を巻き上げるために君を誘拐したんだ。所謂、身代金ってやつな。あとは……そうだな、君のその大きすぎる魔力も魅力的だな。本当は、今すぐ身代金を要求して金を貰い次第、君から魔力を搾り取りたい」
魔力を搾り取るという行為は命に関わる。遠回しに殺したいと宣言され、リヴェラはびくりと身体を震わせた。そんなリヴェラににっこりと笑いかけながら男は「でも」と話を続ける。
「君を守るためについてきた……というか、俺がつれてきたんだけど。このおにーさん、きれーな顔してるよな。俺さあ、きれーな顔した奴を痛めつけて、きれーな顔が苦痛で歪むところを見るのが大好きなんだよね。だからさ、このおにーさんが頑張ってくれたら、リヴェラトーレ君から魔力を搾り取るのはやめてあげようと思うんだけど、どうだ?」
後半の言葉はスメールチに向けられていた。それを悟ったスメールチは「はは、とんだ変態だね」と鼻で笑って見せる。そして、その後男が何かを言うよりも早く「リヴェラ君には絶対手を出さないと約束するよね?」と言うのだった。その目に迷いはない。
「くくく、決まりだ。かっちょいいね、おにーさん。子どものためには自分のことは省みない」
「……僕はあまり温厚なタイプじゃないんだよね」吊り上げられた状態のまま、スメールチは声を低め、男に圧力をかけるように言った。「少しでもリヴェラ君に手を出してみろ。必ずお前をぶっ殺す」
「いいね」
男は恍惚の表情を見せた。人の表情を心の底からこんなにも嫌悪したのは、スメールチはこれが初めてだった。
「それじゃあ、手始めにこの邪魔なローブは切るぞ。いいよな?」
にっこりと笑って、男は何処からか大振りのナイフを取り出す。そしてスメールチのローブに手をかけると、迷うことなくそれをナイフで裂いていった。