火酉堅固の人生集 12歳 夏の日の出来事 6
火酉堅固の人生集 12歳 夏の日の出来事 5の続きです。
相も変わらず、思いついたことを書いてます。
こんなお話に興味を抱いていただければ、感謝です。
それでは・・・。
火酉堅固の人生集 12歳 夏の日の出来事 6
「そう、驚くな。思慮が足らんぞ。小僧・・・と言いたいところだが無理もないのぉ。ワシとて、貴様のお守りなぞ頼まれた日にゃ、しばらく口がふさがらなんだ」
「いや、待て開いた口がふさがらないのはこっちだ。詳しく話してくれ。婿ってどういう意味だ。お守りってなんだ?」
「詳しい話を聞きたいか。小僧?」
「ああ、そりゃもちろん」
「それは拙者も聞きとうござる」
「ふむ。ならば話そう。ただし、覚悟しろ小僧。これはすべて小僧の自業自得じゃ」
「じ、自業自得?」
「じ、ジチョウジバク?なんと、はしたない言葉でござる」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・ふむ・・・では小僧よ。話す前にちとやらねばならんことがある。これはワシの言葉を良く聞くために必要じゃ」
「わかった。何をすればいい?」
「せ、拙者は何をすればいいでござるか?」
「そうじゃの。まずは二人とも背丈の低い順に並んでもらおうかの。そこのチビ、貴様は前じゃ」
「こ、心得た」
「こうでいいのか?」
「うむ。そこで小僧。・・・後は、わかるな」
「わかるけど、いきなり振るな。・・・一応、聞くが、何したってかまわないな」
「うむ。小僧の思うままにせよ」
「む、拙者は何をすればいいかわからんでござる」
「貴様はわからんでいい。そのまま前を見よ。決して後ろを振り返るな」
「わかったでござる」
「うむ。では・・・やれ!小僧!」
「それじゃあ」
飛んで火にいる夏の虫。
今宵、火酉家には招かれざる一匹の虫が入り込んでいた。
それは、見た目は子犬ほどの小柄さをしているが、まさしく犬そのものの出で立ちをしており・・・わざわざ特徴を語るのがバカらしくなるくらいに忍者っぽい忍び装束を身につけた虫だった。・・・というかそれは犬だった。
今、僕の両手はその犬をがっちり掴んでいる。
黒猫から、婿だのなんだのについての説明を聞こうとした矢先、いきなり現れて会話に混ざってきたのだ。
初めは黒猫の知り合いかと思った。しかし、黒猫の素っ気ない反応から見て、どう考えても知人と言うわけではなさそうだった。それとも、知人に対していつもこんな調子で接しているのだろうかと、黒猫の性格を今さらながらに疑う。まあ、僕も人のことは言えない。後は、わかるな・・・という言葉と、わざわざ僕の位置が犬の背後となるように誘導したことと、知人ではなさそうという情報から、僕は犬を捕まえるように動いた。
実際、見るからに怪しい服を着ているので、捕まえることには何のためらいもなかった。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
僕は犬を、チャンピオンベルトを獲得したプロレスラーのように高々とあげている。そんな僕の表情は努めて冷静だった。この犬が突然部屋の中に現れたことも、犬が喋っていたことも、あと、何で忍者のような服を着ているのかだとか、そもそも何で犬なんだよとか、こんなに喋る動物が多いんならとっと誰か見つけてノーベル賞もらっとけよとか、そもそも拙者てなに拙者って?忍者のつもりか?忍者のつもりなのか?なんで犬が忍者っていう発想するんだよとか、それだけでノーベル賞ものじゃね?この犬ノーベル賞狙ってるのか?とか、そんなことには一切驚いていない。
当の犬は、捕まえてから一言も喋らず、ただ唖然と天井のシミを見つめているようだった。
犬を捕まえた後、黒猫は犬を凝視し続けるだけで説明しようとしない。だから、状況がよくわからない。
犬。
藍色の忍び装束を着ているが、何度見ても犬だ。
驚いたことに、こいつも人の言葉で喋っていた。
自分の部屋を見渡す、僕の部屋には、やはり僕と黒猫と犬しかいない。今日だけで、人の言葉を喋る動物に二匹も遭遇して頭がおかしくなりそうだった。
そして、気になる点がもう一つ、一体どうやって忍び込んできたのだろうか。
「小僧!」
いきなり黒猫が大声で語りかけてきた。
「小僧!そやつ、絶対に話すな!」
「えっ?」
「いいか、絶対じゃぞ!」
理由を聞こうとする前に、自分の両手の異変に気づいた。
ここで僕は、昼間覚えた教訓を全く生かしていないことに気づく。
小さい動物と言えども、人が不用意に接すると、傷つくのは覚悟のない人の方だと。
「ケン兄ちゃん。頬、血ぃ出てるよ?」
「ホントだ!出てる。出てる」
「猫のひっかき跡だ~~!」
「はい。絆創膏、ケンちゃん今度から気をつけてね。消毒はしたけど、猫の爪ってばい菌が多いから」
夕食後、頬のひっかき傷に絆創膏を貼ってくれたちぃ姉の言葉を思い出す。
「ばかもん!放すな!」
僕の隙をついて犬は、拘束している両手から逃れ、手の平と手の甲を挟む形で、僕の右手を噛んでいた。
右手から、猫のひっかき傷とは比較にならないほどの血が垂れていく。
「バレては仕方ない。覚悟されよ婿候補殿!」
犬は、僕の右手を噛んでいるままなのに喋ってきた。やはりこいつも黒猫同様、伝心とやらで話しかけてきているようだ。
「くっ!」
これ以上の痛みに耐えられない僕は、噛まれた恐怖から逃れるように犬から手を振りほどいた。
犬は、右手から顎を放すと、華麗に床へ着地した。
「放すなと言うたろうが!小僧!」
反論の言葉もない。そんな余裕もない。
今は、右手から滴り落ちる血を必死で止血しようとするだけで頭が一杯だった。
「拙者の侵入によくぞ気づいたな婿候補殿とマリネコとやら」
「バレぬとでも思ったかこの駄犬が。よくも堂々と現れたものよ!それにマリネコではない、守り猫じゃ!」
僕は、話の展開に置き去りにされていた。
なにかもう、言葉通り、人外の出来事になっている。
これ以上、新しい単語が出てくるのは勘弁してくれ・・・。頭に回す血だって今は貴重なんだぞ。
「ならば拙者も名乗ろう。忍びの犬と書いて忍犬と申す。今宵、依頼により、その婿候補殿のお命いただくでござる」
「ふん。もう来おったか。せっかちな奴もいたもんじゃ。誰の依頼じゃ?」
「うむ。依頼主は陣紀町のミ・・・・・・」
住所と名前まで言おうとして犬は思いとどまった。
「い、言えないでござる!おのれ口やかましい黒猫がぁ!卑怯でござるぞ!」
「おお~おお~貴重な情報ご苦労じゃな駄犬が。そこまで聞けば特定には十分じゃ。貴様がばらしたこと、今すぐにでも町内中に広めてやろうかのぉ」
「そ、それだけは勘弁してくだされ!後生でござる!」
・・・ちなみに、さっきから口やかましいのは両人ともだった。
ワンワンニャンニャンと鳴き声を出さないでいるだけまだマシだが。
「こ、こうなれば!容赦せん!どの道、二人とも命はないのでござるからな!」
犬は、犬らしく俊敏な動きで跳んだ。ほぼ水平に跳躍し、最短距離で獲物に近付いていく。
犬の口が開くのが見えた。口の中には鋭い牙が数本見える。
その牙の矛先は、無様に片膝をついて座り、右手の出血を左手で抑えている僕に向かってきた。犬は寸分たがわぬ狙いで、僕の喉元を狙ってきている。
捕まえたときには、よく見ていなかったが、犬の眼は鋭い眼光を放っている。小柄な大きさながらも、日々命をかけて生きている動物の眼だった。ただ純粋に黒く、慈悲のかけらもないが、眼の輝きに命の力強さを感じさせる。先程までの、忍者もどきのような口調からは全く想像できない野生の凄みだ。
蛇に睨まれたカエル・・・・・・犬に噛まれた僕。
右手を噛まれた程度で戦意を喪失した僕と、僕に向かってくる犬との間にはそれくらいの差を感じた。
「呆けるな小僧!」
多分。犬が跳躍してから一秒もなかったと思う。
走馬燈のような一秒だった。
その一秒の間に、犬は黒猫に吹っ飛ばされていた。
吹っ飛ばされて部屋の壁に激突した犬は、聞くと非常に申し訳ないことした気分になる鳴き声を上げる。
「あっ・・・」
「ただの野良犬じゃと思うなよ小僧。こやつは訓練されておる。多少おつむは弱いようじゃが、情けなどかけるでないぞ」
「く、訓練って・・・人が?」
「それはどうか判らんがな。ほれ、見てみぃ。すぐに立ち上がってくるぞ」
そう言われて、僕は犬へと視線を移す。
また、犬はピクリとも動かない。
起き上がりざま、また跳躍してくることを警戒して、僕はいつでも避けられる体勢を作っておく。
夕食前の僕には想像できなかったほどの緊張感が漂う。
・・・・・・・。
数秒経過してから見ても、犬は動かなかった。
そう言う作戦かもしれない。
僕は一層気を引き締めた。
・・・・・・・。
さらに数十秒経過しても、犬は動かなかった。
持久戦だ。一瞬たりとも、気が引けない。
それは黒猫も一緒だった。先程から犬を凝視し続けている。
・・・・・・・。
さらに数分・・・。
・・・・・・・。
さらに・・・十数分経過する。
・・・・・・・。
「っ!!」
瞬間、張り詰めた糸が切れるように、黒猫が動いた。
そして、全くの無警戒で犬に近付いていく。
そこで発した言葉は・・・なんとなく予想がつくから、余り聞きたくない。
「こやつ。のびておる。・・・よわいの~~」