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火酉堅固の人生集 12歳 夏の日の出来事 3

火酉堅固の人生集 12歳 夏の日の出来事 2の続きです。

会話中心で話を進めるのは、テンポがいい割に全く進みませんね。

ちぐはぐな部分もありますし、バランスが難しいです。

こんなお話に興味を抱いていただければ、恐悦至極です。

それでは・・・。

火酉堅固の人生集 12歳 夏の日の出来事 3


「こらこら、そう速く走るんじゃない。待てっ」

 後方から、そんな風に僕を制止させようとする声が聞こえてくる。

 ・・・いや、聞こえてこない。気のせいだ。

「何をそんなに慌てとる?母の乳房でも恋しくなったか?小僧」

 今度は、右耳のすぐ後ろから聞こえてくる。

 ・・・だから、気のせいだって。

「ワシも走るのは嫌いじゃないが、ちと休憩せんか?こう暑くてはのぉ、ちとまいる」

 今度は・・・真正面。

 目の前の道路の真ん中から聞こえてきた。

 正面の道端の上を見ると、そいつの瞳の色よりも黒色の猫がちょこんと鎮座している。

 僕はそいつを踏みつぶそうになり、慌てて足を止める。

 僕の右足は踏ん張った体制のまま少し地面を滑った後、黒猫の鼻先で止まった。

「おお~~。なかなかの瞬発力じゃな」

 お世辞の声は聞き流す。

 全力疾走を終えた僕は、息を切らしながら、周囲を確かめる。

 周りは家々の塀で囲まれた道路で通行人はおろか、家の窓から顔を出している人すらいない。

 黒猫が喋っている。

 今の僕がそう確信するには、十分な状況だった。

 なにせ、この声を聞くのは、かれこれ三度目だからだ。

 一度目は神社の鳥居の上でこいつを見つけたとき。

 二度目は気を失った僕が目を覚ましたとき。

 そして、今が三度目だ。

「何をそんなに急いでおる?ゆっくり話でもしながら歩けばよいではないか」

 黒猫はさも、当然のように人語を介して喋ってくる。

「な、なんでついてくる?」

 今は逆に、周囲に人の気配がないことがありがたい。

 端から見れば、猫に話しかける怪しい人物だからである。

「そうそう、そういう所を話しながら行こうぞ。全く、小僧は落ち着きがなくていかん。・・・ふむ。それはそうと」

 黒猫はゆっくりと僕に近づいてきた。

「小僧、あれを持っておらんか?」

「あれ?」

「あれじゃ、あれ」

「あれ?」

「二度も聞き返すな!あれじゃ、あれ!」

 そういう自分も二度言っているじゃないか・・・と言いたかったが、黒猫が言っているあれはすぐに見当がついた。

 僕とこの黒猫の接点はそう多くない。その中で、僕が持てるあれとはこれしかなかった。

 ポケットから水色で変な模様がかかれているお札を取り出す。お札は猫に引き裂かれたか、はたまか噛みつかれたかで少しぼろくなっていた。

「おお、それじゃ!これがなくてはのう」

 黒猫はそれを僕の手からひったくるように奪う。

 まるで人間がやるかのように、猫の手でお札を掴んだ。しかも、片手で・・・。

「・・・ふ~む」

 そして、お札を腹巻きのように体へ巻いた。本当に器用だ。今度は、二足歩行でもしそうな器用さだ。

「むむ~~~」

 そう言えば、黒猫の声が聞こえると言っても、黒猫の口が動いていないことに気付いた。

 気付いたが・・・どうして喋るのか、考えても泥沼にはまり、結局答えがでない気がしてすぐに疑問に思うのをやめた。多少、この暑さにも頭は慣れてきたらしい。

「おい小僧・・・返す」

「え?」

「さすがにこうぼろくては、効果がないようじゃの。まあ、また作ってもらえばよいことじゃが、おしいの~。今日は一頻り暑い日じゃというのに」

 黒猫の言ってることがよくわからなかった。もっとも、わからないのが普通だが。

 こんな目に遭ったきっかけの一つの答えを今、聞いた気がする。

「ちょ、ちょっと待って、と言うことは、このお札は・・・涼しいの?」

「おお、涼しいぞ。なんじゃ今更?」

「このお札。そんな効果があるのか?僕が触っても全然涼しくなかったぞ」

「ん?そうなのか?・・・と言うか、なぜお主がそれを知らん?」

「え?」

「あの娘っこの知り合いではないのか?小僧」

「そういうお前こそ、言ってる意味がわからないんだけど」

「・・・つかぬことを聞くが、お主そのお札をどこで手に入れた?」

 そんな質問に、僕は当たり前の言葉で返した。

「拾った」

「・・・と、言うことは、あの娘っことは?」

 そんな質問に、僕は当然の言葉で返した。

「知らない」

 正確には、少し知っている。この黒猫に遭遇した際に、お手製のお札を作ったとかどうとか言ってた女の子のことだろう。そのことは、返事をした後に付け加えて説明した。

「・・・その程度?」

「は?」

「その程度の縁かと聞いておるんじゃ!小僧!」

「う、うん」

 黒猫はピクンと耳を立てる仕草をしたかと思うと、犬が残念そうに尻尾を垂らすように、耳を次第に垂らしていった。

「そうか、その程度か・・・ワシ、はやまったかのぉ」

 後ろを見せる黒猫の背中は、さっきまでの威厳に満ちた雰囲気のわかりに、どことない哀愁を漂わせている。

 ・・・そんなことを思いもしたが、話の意味がさっぱりわからない僕は、躊躇なく文句を言う。

「おい、話の展開が、置き去りで、わけわからないんだけど」

「うるさぁあい!今から、それをわかるように話してやる!覚悟せいよ小僧!」

 黒猫がにゃ~~~~と叫ぶと同時に、そんな言葉が頭に響いた。

 やはり、声が聞こえると言うよりも、伝わる感覚だった。

 それにしても、今日はやたら猫に叫ばれる日だ。

「にゃ~!にゃぁああ!にゃぁああああぅうぉおおおお!」

「まったく!なんでワシがこんな目に!こんなエロ小僧なんぞほっとくんじゃったわい!」

 ますます、でかくなる泣き声に、僕は少したじろいだ。猫といえど、その癇癪は大人がするものとそう変わらない迫力がある。

 それに、その叫びを聞いて、周囲の家の窓から、ちらほらと顔が覗いてくるのを危惧して僕は黒猫に言った。

「わ、わかりました。その辺含めて話を聞きますから、どこか落ち着いたところに行きましょう」

 殊勝なことに、その口調からは猫に対しての見下しや余裕めいたものはなくなっていた。

 代わりに、道端には、ひたすら猫に平謝りする悲しい中学生の姿があった。

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