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VARIANTAS  作者: 機動電介
9/22

ACT9 IronMaiden

サンヘドリンへ中央軍からの研修生が派遣される。研修と共に開始される部隊の訓練。研修生はレイズに任せられるが……

Chapter 1

 『彼女』はふと、窓から外を眺めた。

 灰色の雲の向こうに、この艇と同じ様な艇が沢山飛んでいる。

 向かう先は全て一緒。


 “旧オーストラリア大陸に存在する都市”


 次第にそのシルエットが明確になっていく。

 尖塔?巨大なドラム缶?

 違う。全て『兵器』だ。迎撃兵器を満載したタワーに巨大な砲台。

 目に見える物全てが兵器の、異様な『森』。

 彼女は思わず、驚嘆の表情を浮かべていた。

 その、見る者全てが息を飲み、畏怖の念を抱かせるその森の中を抜け、艇は更に中心へ。

 巨大な、本当に巨大なドーム型都市。その外円にある樹の枝の様な発着ポート。

 その枝の一つに艇は横向きに近付き接続した。

 大きな『ガコンッ!ガコンッ!』という音の後に空気の圧縮音。艇と発着ポートの気密扉が開き、新鮮な空気が流れ込んでくる。

 彼女はポートに降り立った。

 長い時間座席に座っていたせいで、身体が強張っている。彼女は少し控えめに背伸びをすると、黒のベレー帽を被り直し、皆が歩む方へ向かった。

 暫く歩くと、閉鎖された空間から、巨大な開放された空間に出た。全面コンクリート造りの、見たことも無い程大規模なバスターミナル。そうだと言われなければ、駅のホームと間違う程大きなものだ。

 彼女は並んで駐車するシャトルバスの一つに乗車。大きめのバックを前に抱え、席を探す。奥の方に空席。

「失礼……」

 彼女の一礼で、先に座っていた男性士官が席を奥につめる。その席に座り一息つくと、彼女達を乗せたバスはゆっくり走り出した。

 ライン状に点在する灯りが、徐々に早く過ぎていくようになる。

 バスは薄暗いトンネルを抜け、巨大なハイウェイへ。6車線編成の、外縁を高い防音壁で囲まれた巨大な道路。

 窓から見える風景。清潔感にあふれた近代建築物。灯りと、生気に満ちた街。

 この都市こそ、彼女が求めた物がある街。戦うための術を教えてくれる街。

 この街こそ、サンヘドリンの総本部だ。





************





「お客、ですか?」

 グラムのあとを追って歩くレイズは、不思議そうな顔で、そう問うた。

「現在の支部建設プロジェクトの一環に、支部管理官の前線研修プログラムがあるのは知っているな?」

「ええ」

「その管理官補の一人を、うちの部隊でも預かる事になった」

「うちで、ですか?」

「うちに限った事ではない。他の部隊では既に仮配属が始まっているぞ?」

「ええ……」

 何か浮かない表情のレイズ。

「どうした?」

「えーっと、管理官補は、我が軍出の士官では無いのですよね?」

「ああ。そうだ」

「なんか緊張してしまって……」

 申し訳なさそうなレイズに対し、グラムは無表情で言った。

「お前が緊張してどうする。いつも通りにしていればいい」

「そうですよね!」

 司令官室の前で止まる二人。扉を開き、敬礼。

「グラム=ミラーズ、レイズ=ザナルティー両名、出頭しました」

 司令官室の中に入る二人。ガルスは、グラムとレイズの二人を見てから言った。

「両名ご苦労。知っての通り、一両日中に仮配属される管理官補の教導役を頼みたい」

「承知しております」

 表情一つ変えずに答えるグラム。

「では、大佐の部隊に仮配属される管理官補の、簡単な経歴とプロフィールを紹介しておこう。レイラ君」

「はい」

 ガルスの横に立つレイラが、ファイルを取り出した。

「アシェル=フランクリン中尉、25歳。大戦終結後、テラテア士官学校を首席で卒業。同年、統合体中央軍第八空中機動連隊第一空挺隊に配属。HMA搭乗経験有り。実戦経験無し。以上です」

 グラムが言った。

「珍しいですね。女性ですか?」

 咳払いをして、グラムを横目で睨むレイラ。

「失礼……」

 一方ガルスは、腕を組み、険しい表情をしはじめた。

「まるで、飴と鞭だ」

 グラムが聞き返す。

「どう言う事でしょうか?」

 ガルスは、大きく息をついてから、グラムに語り始めた。

「支部は我が軍では無く、統合軍の各有力軍閥に委託し、その兵力を配備する。対ヴァ機とメタニウム徹甲弾の配備……。軍閥にとっては、よだれが出るほど甘い飴だ」

「では、鞭とは?」

 ガルスはレイズに向かって言った。

「ザナルティー軍曹」

「は、はい!」

 カチカチに固まるレイズ。

「軍曹はどれほどの期間、教導部で訓練を受けた?」

「はっ! 一年程であります! 司令閣下!」

 礼儀正しく答えるレイズ。

 ガルスは大きなため息をついてから、グラムに言った。

「対ヴァリアンタス戦闘訓練を受けていない軍閥の兵士が、すぐに対ヴァ機に乗って、対ヴァ戦力になると思うか?」

 即答するグラム。

「思いません」

「統合体も、とんだ茶番を演じているものだ…」

 ガルスの言葉の後、沈黙するグラム達。

「しかし実際これに因って対ヴァリアンタス戦力は、名目上だけでも更に800万上乗せされる事となる訳だ」

「なるほど、“飴と鞭”……ですな」

 顔を見合わせるグラムとガルス。

「よろしい、以上だ。質問は?」

「ありません」

「では任せた。ミラーズ大佐」

「お任せ下さい。司令」

「あ、それと……、“彼”には、なるべく会わせない様に…」

 グラムは思わず聞き返した。

「“奴”……ですか?」

「“彼”は所謂……」

「“女好き”?」

「うむ、中尉はなかなかの美人だ。くれぐれも“失態”や“不祥事”が無いように……」

 グラムは一瞬笑ってから、もう一度敬礼。

「では、その様に」

 回れ右をして司令官室を出て行く二人。二人が出て行った後、部屋は奇妙な空気に満たされていた。

「……そんな目で見ないでくれたまえ、レイラ君」

 ガルスを微妙な目付きで見つめるレイラ。

「いえ、司令もやはり“男性”なんだなぁと、思いまして」

 くすりと笑うレイラを見て、ガルスは逃げる様に言った。

「ああ、レイラ君、済まんが……」

「コーヒー、ですね? 今お持ちします」

 微笑んでから向きを変え、部屋を出るレイラ。

 ガルスは彼女の背中を見送りながら頬杖をつき、一つ溜息をした。





************





 彼らは扉が閉まりきるまで敬礼し続けた。扉が閉まりきり、腕を下ろすグラム。レイズも後を追うように腕を下ろす。

「あの、大佐……」

「行くぞ、レイズ」

 おどおどとした口調で話しかけてくるレイズを無視するかのようにグラムは歩き始める。

 グラムを追うレイズ。相変わらず、歩くのが速い。

「それで、なんだ?」

 急に話を生し返すグラム。

「はい?」

「聞きたいことがあるんだろ?」

「あ、ええ、はい」

 レイズは、グラムの歩幅にあわせて歩きながら問う。

「さっきの“飴と鞭”って、つまりどう言う事なのでしょうか…?」

 グラムが、急に足を止めた。

「大戦終結直後の混迷の時代、統合体中央軍と各地方軍閥のタカ派が、一時衝突する事件があったのを覚えているか?」

「はい、“ロックウェル事件”ですよね?」

 グラムは、再びゆっくりと歩き始めた。

「その事件以来、統合体は早急に軍閥の取り込みを進めた。やがて、ヴァリアンタスとの戦闘が再開され、軍閥は、その闘争精神をもてあます事となった」

「なぜ、最初から軍閥を蚊帳の外にして、対ヴァリアンタス軍を作ったのでしょうか?」

「理由は一つだけではないが、一つに、対ヴァリアンタス戦闘を、統合体が人類全体を守るために行っている崇高な聖戦とするためだ」

「はぁ……」

 理解しかねる表情のレイズを見て、グラムはさらに説明を続ける。

「つまり今回のプロジェクトは、対ヴァリアンタス戦力と言う飴を軍閥に分与し、その動きを牽制、有事にはまず最初に前線に立たせ、その戦力を行使させる。最初のうちはたやすく殲滅されるのがオチだろうが、時間稼ぎにはなるだろう。統合体にとっては、『実戦を通して経験を積むもよし、全滅して我々の手に戻るもよし』という考えだろう」

「でも、もし、もしですよ? また軍閥のタカ派が決起でもしたら!」

「軌道艦隊に配備されている指向性熱核弾頭で攻撃するだろうな」

「ひどい……」

 思わず口走ったレイズの言葉に反応し、グラムが言う。

「『人が人を支配し、これに害を及ぼした』…。まさにその通りだな…」





Chapter 2

「(アシェル=フランクリン、2163年8月14日生まれ、18歳の時、軍学校に入学。大学部を首席で卒業後、士官学校に入学。在学中に最高学位まで取得し、これも首席で卒業、小尉相当官として、統合体中央軍第八空中機動連隊第一空挺隊に配属。同部隊で一年間勤務後、昇進試験を受け、『中尉』に昇進。支部管理官補の選定試験を受け、現在に至る……)」

 重厚な金属製のファイルを、ガルスは真剣な表情で何度も読み返した。

「(典型的なキャリアか。実戦経験は無し、部隊での訓練成績は悪くない。後はグラム達がどう仕上げるか……)」

 デスクの電話が鳴る。

「私だ」

「司令、フランクリン中尉がお見えになりました」

「分かった」

 受話器を置き、ファイルを閉じると同時に、部屋の扉が開いた。

「アシェル=フランクリン、本日より、統合体中央軍第八空中機動連隊第一空挺隊から、統合体対ヴァリアンタス特務機関所属対ヴァリアンタス軍へ、研修に参りました!」

 敬礼する女性。

「ご苦労、入りたまえ」

「はっ! 失礼します!」

 背筋を伸ばし、姿勢よく歩く。ガルスのデスクから、三歩離れた所で止まり、軍帽を脇に抱え、『気をつけ』をする。

「ようこそ、中尉。休みたまえ」

「はっ!」

「遠路遥々、ようこそ来られた。歓迎する」

「ありがとうございます!」

「さて、フランクリン中尉は、何かしらの媒体で“ヴァリアント”を見た事は有るかね?」

「はい! 資料で何度も」

「どう思ったかね?」

「どう、ですか……?」

 困った顔をするアシェル。

「私はだが、中尉、“彼ら”を美しいと思うのだよ。あれほど“戦闘のみ”に特化した兵器は他には無い。無限に生産され、何の躊躇も無く戦闘を敢行する」

「お言葉ですが、司令!」

 彼女は声を大にして言った。

「ヴァリアンタスは全人類の怨敵です! 地上を蹂躙し、人類に敵対する彼等を、私は美しいとは思いません! 全力を以って殲滅すべきです!」

「中尉!」

 部屋に響くガルスの恫喝。

「それで良い、中尉。我々はその為に生まれ、その為に存在する……」

 彼女はデスクの上に置いてあるファイルを見た。

 金属製のファイルの表紙に刻印されている“サンヘドリン”の紋章。それは、ヴァリアントを粉砕する鉄槌の証。

 彼女の背中に寒気が走る。

「はっ、失礼しました」

 姿勢を正すアシェルに、ガルスは言う。

「正式な研修期間は明日からだ。今日はゆっくり休みなさい」

「失礼します!」

 つま先を揃え、敬礼した彼女は扉まで歩いて行き、扉を出てから、もう一度敬礼。

 ガルスは、ファイルをデスクの引き出しにしまってから椅子に座り、何か遠い目で窓の外を眺めた。





************





「ん? あれ? くそ!」

「どした?」

 ビンセントは、ここに来てからずっと技術部に入り浸っている。

 機械が好きだし、何より大勢の仲間が居るのが、彼にとっては非常に落ち着くのだろう。

「このボルトのピッチが合わねぇんだよ…」

「ん~? それ3番のじゃね?」

「ぴったりだー」

「……」

 サブとも気が合うし、他の整備員ともうまくやっている。

「おい、ビンセント。見ろよ……」

 サブが指差した先をビンセントは見た。

「おぉ!?」

 そこには、軍服に身を包み、赤みのかかった髪を伸ばした女性が。

「あの軍服は中央軍だな」

「美人だ」

「こんな所で何してんだろう?」

「美人だ」

「聞いてる?」

「何が?」

 サブは呆れ顔で溜息。

「多分あれ、例の支部管理官補だぜ?」

「支部管理官補? 何だそりゃ?」

「中央軍からエリートの皆さんがお勉強しに来るって聞いてねぇの? まぁ、お前さんとこの部隊にもっておい……」

 ビンセントの姿は既に無く、彼はその女性の所に向かっていた。

「どうしました? 道に迷われましたかな?」

 上品に振る舞うビンセント。彼女は周囲を見回しながら言った。

「どうやらその様だ。情けない」

「居住区なら6ブロック先ですよ。お部屋までご案内しましょう!」

「いや、結構だ。一人で行ける」

「でもこの先、道が入り組んでますよ? ご一緒しますよ」

 彼女は眉を吊り上げた。

「結構だと言っている! 貴様も早く自分の仕事に戻ったらどうだ!?」

 そう言うと彼女は、ヒールの大きな足音を立てながら去って行った。

「うわっキツそうな女。あんなの、Mでもない限り無理だね、無理。ね?」

 ひょこっと横から顔を出したサブ。

 しかし。

「イイ!」

「えー?」





Chapter 3

 翌日早朝。朝霧晴れぬ、湿った空気を切り裂きながら、レイズは運動場を心を無にしてひらすら走る。

 それでも頭の中を思考が巡り、あの時のグラムの言葉が、頭から離れない。

 ――その時は、核で攻撃するだろう

 止まって、深く息を吸う。肩を揺らしながら、上がった息を落ち着かせる。

「レイズー!時間ですよー!」

 遠くの方から、サラの透き通った声が聞こえた。

「今行くよー!」

 彼はタオルで汗を拭き、サラの元へ歩いて行った。





************




「よっしゃ。イオ、そろそろ帰るか?」

「そうしましょう」

 彼は、機体をゆっくり降下させた。

 早朝にも関わらず、周囲に甲高い騒音を撒き散らしながらホバー移動中のロンギマヌスに向かって、サブは拡声器を向けた。

「朝っぱらから機体乗り回して、ゴキゲンだねぇ?」

 ビンセントはコクピットを開いて、大声で叫んで言った。

「よく乗ってやると、いざって時に違うんだよ!」

 答えるサブ。

「お前さんはいいけどよ、やたらに仕事は増えるし、朝からうるせぇで、俺ぁ泣きてぇよ、ホントに」

 ビンセントはそのままゆっくり機体を止める。

「で、あんだって?」

「大佐が呼んでる。イオちゃんも一緒にだって」

「グラムが?」

「私もですか?」

 『ほぇ?』と不思議そうな顔をするイオ。ビンセントとイオは顔を見合わせた。





************





 彼女の一日はまず、朝から腕立て10回5セット、腹筋15回4セットの運動で、汗を流してから始まる。

 それが終わると、ぬるめのシャワーを浴びて、支給品の無地の白い新しい下着を着る。決して、リサイクルはしない。

 自軍のカーゴパンツをはき、Tシャツを着る。軍靴を履き、靴紐をきつく締め、髪を上げて後ろで縛る。

「しっかりするのよ!」

 鏡の前で自分に激を入れるアシェル。

 突然、部屋のチャイムがなった。インターホンのスイッチを押す。

「フランクリンだ」

「おはようございます。フランクリン中尉。ミラーズ大佐のご命令で、中尉をお迎えに伺いました」

「御苦労、今出る」

 扉を開けるとそこには銀髪の少女、エステルが立っていた。

「それでは、参りましょう」

「あ、ああ」

 彼女はエステルの後に付いて行った。





************





「おはようございまーす」

 元気よく挨拶をするレイズ。

 グラムはパイプ椅子に座って、何かの資料を読んでいる。

「大佐、中尉ってどんな人でしょうね?」

 グラムが、横目でレイズを見た。

「美人かどうかか?」

 サラもレイズの顔を見た。

「いや、ちょっと!違いますよ!」

 頬を赤くするレイズ。

「レイズ、やっぱりそうなんですね……」

「サラまで!」

 グラムはくすくすと笑いながら言う。

「今エステルが連れてくる。おとなしく待ってろ」

「…う」

 レイズは反論できずに、そっぽを向くサラをなだめながら並んだイスに座った。





************






 ここサンヘドリンに、一つの特異な部隊が有る。

 まだ準備部隊の段階で、戦力は今の所、機動兵器がたったの三機ではあるが、精鋭で構成されたこの部隊は紛れも無く“最強”の部隊である。

 部隊名は、そうあの、“シェーファーフント”だ。

 さて、統合体中央軍から研修で、サンヘドリンに仮配属されたアシェル=フランクリン中尉管理官補は、一抹の不安を抱えていた。


「………」

「………」

 無言のまま歩く、エステルとアシェルの二人。

 エステルが前を歩き、アシェルがその後を歩く。

「あの…失礼だが…」

 思い切って、アシェルがエステルに話し掛けた。

「はい?」

「名前を聞いていなかったのだが……」

「エステルと申します」

 二言三言喋り、すぐに会話が途切れる。

 彼女は、おそるおそるエステルに聞いた。

「もしかして…『イクサミコ』…か?」

「はい。私はディカイオス搭載ユニット、ミラーズ大佐のイクサミコです。中尉…」

「ディカイオスの……」

 思わず、鼻で、すっと短く息を吸うアシェル。

 エステルはアシェルに言った。

「ディカイオスが恐いですか?」

「なぜ?」

「人は未知の物を恐がるから……」

 ルビーの様な美しい瞳をアシェルに向けるエステル。吸い込まれてしまいそうな不思議な瞳。

 気付けばアシェル達は、扉の前に止まっていた。

「改めてよろしく、歓迎します。アシェル中尉……」

 エステルは一瞬微笑んで言った。本当に一瞬だったが、美しい笑顔。

「よ、よろしく……」

 少しドキドキ……

 思考に一瞬のブランク。すべき事を思い出す。

 彼女はエステルに扉を開けさせ、中に入った。

 倉庫風の殺風景な部屋だが、パイプ椅子が五つか六つ程並べてある。

 端の方に座る、若い男女一組。

「おはよう。フランクリン中尉」

 アシェルが言うより早く、グラムが挨拶した。

「お、おはようございます! 大佐殿!」

 『気をつけ』をして敬礼。

「中尉も揃った所で、部隊の紹介をしたい所だが、まだ一人足りない様だ……」

 エステルがグラムの横に立った。

「御苦労、エステル」

「いえ……」

 少し小声で話す。

 暫くしてから廊下からビンセントとイオの大きな話し声が聞こえだした。

「まったく、グラムの野郎、こんな朝っぱらから人を呼び出して何だって言うんだ!」

「あんまり大きな声で話すと彼に聞こえますよ!」

 もう、充分聞こえてる。

 扉が開いて、ビンセントが大股で歩き、グラムに迫る。

「おい、大佐さんよ! 用事があるなら早いとこ済ませてもらいた――」

 ビンセントの言葉を遮るイオ。

「ビンセント!」

 イオが小声で呼びながら、ビンセントの上着を“つんつん”と引っ張った。

「何? 今大事な話を……」

 ビンセントを睨むアシェル。

「あれ? あの時の……?」

 キョトンとした表情のビンセントの肩に、グラムは手を乗せて低い声で短く言った。

「座れ」

「はい」

 思わず『ハイ』と言う。

 グラムはビンセントを座らせ、すぅっと短く息を吸ってから話し始めた。

「全員揃ったので、始めたいと思う。知っての通り、今日から我が部隊に研修で参られた、フランクリン中尉だ」

「アシェル=フランクリンです! よろしくお願いします!」

 立ち上がって皆の方を向き、敬礼するアシェル。

 続いてビンセントが挨拶をする。

「俺はビンセント=キングストン! で、こっちが俺のイクサミコのイオ」

「よろしくお願いします」

 イオがペコリとお辞儀。

「じ、自分はレイズ=ザナルティー軍曹であります!」

 カチカチのレイズ。

「私は彼のイクサミコ、サラです。よろしくお願いします」

 サラが、ニコッと微笑んでお辞儀をした。

「そう言えば、ビンセントとレイズ軍曹は、今が初顔合わせだったな」

 頭をかくレイズ。

「そうみたいです……」

「あ?」

 レイズを睨むビンセント。思わずすくむ。

 そんなレイズに、グラムは言う。

「レイズ、彼がその人だ」

 レイズの思考回路が繋がる。“奴”といわれたあの……

「えっ!?」

「なんだよ?」

 お互いを値踏みするような目で見合う二人。

「もっと早く会わせればよかったですね」

 エステルがグラムに言った。

「むぅ……」

 溜息混じりの声を上げるグラム。

 彼はとりあえず、今の用事を済ませようと話を進めるべく、一つのファイルを取り出した。

「さて、今日から二ヶ月間の予定で、研修期間が始まるのだが、監査役を決めたいと思う」

「ハイ!!」

 間髪入れずに、ビンセントが名乗り出る。

「……。監査役を誰かに頼みたいのだが!」

「無視かよ!」

「あの……」

 そーっと手を上げるレイズ。

「自分で良ければ……」

 それを見たグラムは“ニヤリッ”と笑った。

「では、レイズ軍曹。監査役に任命する」

「(ちっ)」

 ビンセントは心の中で舌打ち。

「しっかり頼むぞ。レイズ軍曹」

「はいっ!」

 グラムはそう言って、レイズに分厚いマニュアルを手渡した。期間中の日程と、研修項目が書かれている。シェーファー専用の特別メニューだ。

 そのマニュアルのページをパラパラとめくるレイズは不安そうな顔でグラムに問う。

「あのー、この今日の項目なんですけど、一番最初に『全員参加』って書いてあるんですが」

 答えるグラム。

「そうだ。実技訓練には、お前達も……逃げるな!」

「私たちも参加ですって…」

「ちっ!」

 部屋からそっと逃げようとしていたビンセントが渋々席に戻った。

 それを確認したグラムは、言葉を続ける。

「よく見てみろ。今日だけじゃないぞ」

 よく見れば、全ての日程に『全員参加』の字が…。

「こっ、これは!」

「レイズ軍曹と傭兵ビンセント両名! 両名に研修期間中の同時訓練を名ずる!」

「本当ですか……?」

「メンドクセ…」

 渋る二人。

「返事は!!」

「「サー・イエス・サー」」

「よろしい。では後は任せた。レイズ」

「はっ、はい!」

 去っていくグラムを、敬礼で見送るレイズ。

 こうして、レイズとビンセント、アシェルの三人による奇妙な訓練期間が始まったのである。





************





 格納庫に残されたレイズたち。彼は愛想よく笑顔で、アシェルに言った。

「じゃあ二ヶ月間よろしくお願いします。中尉」

「よろしく。軍曹」

 見合って握手をする二人。

「俺もよろしくね」

 ビンセントは二人の間に割って入った。

 むっとするレイズ。とりあえず我慢。

「じゃあまずは、えーっと……」

「どうかしたか?」

「えーっと、まずは、『20kmのニコニコ兵隊さんマラソン』、だそうです……」

 思わず吹き出すビンセント。

 アシェルは少し動揺した表情で、レイズに言った。

「それのマニュアルを作ったのは大佐か?」

「みたいです…」

「なら仕方ない、その通りにしよう……」

 アシェルは眉をぴくぴくさせながらそう言った。

「じゃあ、このすぐ向こうが広くなってますから、そこで走りましょうか…」

 レイズは苦笑いしながら、格納庫シャッターのスイッチを押す。格納庫のシャッター扉が開く。

「じゃあ、サラ。ちょっと待っててね」

 ぷいっとそっぽを向くサラ。

「よかったですねっ! 綺麗な人で」

 いじけるサラに、レイズは苦笑してから優しく言う。

「そうだ、サラ。今度の休日、シティーに行こう! おいしいケーキ屋さんを見つけたんだ」

 サラは横目で。

「約束ですよ?」

「うん。約束」

 サラはニッコリと微笑み、レイズも一緒に微笑む。

「レイズだっけ? 早く済ませて、飯にしようやー!」

 ビンセントの急かす声が聞こえた。

「じゃあ後でね」

「頑張って!」

 ゲートをくぐり、運動場を走り出した三人。

 次第に三人の姿が小さくなっていくのを、サラとイオ、エステルの三人は見つめていた。

「いい人ね、サラ」

 エステルが優しい表情でサラに話し掛ける。

「お姉様!」

 サラはエステルに抱き着いて、幸せそうに頬を擦り寄せる。

「サラはお姉様の事も大好きですっ」

 サラの頭を撫でるエステル。

「そう、サラ」

「なんです? お姉様」

「紹介したい子がいるの」

「あの子の事ですか?」

 サラはエステルに抱き着きながら横目でイオを見た。

「そう、私たちの新しい姉妹、イオ」

「よ、よろしく……お願いします……」

 少し人見知り気味の表情でおずおずと挨拶をするイオ。

「みんなきっと仲良くなれるわ。さあ、イオもこっちに来て……」

 おそるおそる二人に近付くイオをエステルは優しく抱き寄せる。

「私達は姉妹……、想い人を護る為の力を持った、“戦の乙女、戦場の女神”……」






Chapter 4

「あー、つまんねぇ。マラソンって、俺達パイロットとあんまり関係ないじゃん」

 ふて腐れた表情でテクテクとやる気の無い様子で走るビンセントは、グラウンドを五周もしない内に文句を言い出した。

「えーっと、ビンセントさん! 文句言わないで下さい! パイロットも体力が基本ですよ!」

 レイズ達の前をアシェルが一定のペースを保ちながら走っている。

「ねえ、歌唄っていい?」

 突然ビンセントがそう言い出した。

「どんなです?」

 問うレイズに答えるように、ビンセントは思いっ切り息を吸い込んで大声で歌い始める。

「エ、エ、エスキモーの○○は~冷凍○○で○○○~」

「なぁ!?」

 思わず飛び上がるレイズ。

 下品卑猥公然猥褻。某海兵隊よろしく、それは内容のほとんどが伏せ字になる下品な歌だった。

「止めて下さいビンセントさん! 中尉に聞こえます! 下品です! 卑猥です! セクハラです!」

 無視して歌い続けるビンセント。

「俺によーし! お前によーし!」

 前を走るアシェルが突然止まった。

「お? 止まった……」

「もう、ビンセントさん! 最低です!」

 ビンセントに怒るレイズ。突然、止まっていたアシェルが全速力で走り出した。

「なんでいきなり!?」

「あなたがそんな歌唄うからでしょうが!」

 二人は口論しながら、アシェルを追い掛けた。





************






 エステル達の見守る中、レイズ達は最後の一周に入った。

 息を上げながら、軍靴で地を蹴るアシェルにビンセントが追い付く。

「ねぇ、怒った?」

 ビンセントは並走して、アシェルに話し掛ける。彼女は息を切らせながら、苛立った声で返答。

「何が!?」

「何も聞こえなかった?」

 彼女は一瞬、唇をキュッと絞めて答えた。

「聞こえてない! 断じて、決して! 何も聞こえて無い!」

 アシェルは地面を思いっ切り蹴り、走り去って行く。

 残念そうな顔をするビンセント。

「あ~あ、多分嫌われたな」

「あんな歌唄えば、嫌われるに決まってるでしょうが!」

 レイズは呆れた顔でビンセントに言った。

「何だよ、やけに彼女の肩を持つな、おい」

「何ですか?」

 ビンセントは、にやけながらレイズに言った。

「さては惚れたか?」

「な! 違いますよ! 僕は監査役として!」

「またまたぁ! 照れちゃって! 軍曹さん!」

 肩をグイグイと寄せながら笑うビンセント。

 一方アシェルは、既に全20kmを走り終え、息を切らせながらエステル達の待つ格納庫へ入った。

「お疲れ様」

 エステルがアシェルにタオルを手渡した。

「ありがと……」

 汗を拭くアシェルに、エステルが言う。

「失礼ですが、中尉は何故軍に?」

 彼女は力強く答える。

「強くなりたかったからだ!」

「強く?」

「女だからと言って馬鹿にはさせない! 軍に入って強くなってみせる! 強くなって誰も彼も見返してやる! そのために軍に入った!」

 エステルは一瞬の間を置いてから、アシェルに言った。

「今、この子達の髪を結ってあげていたんです」

 サラの髪を撫でるエステル。

「それが何か?」

「私達イクサミコは、常に自分のユーザーと生死を共にします。実際に引き金を引く訳ではありませんが、自分のユーザーが一番強いと信じて、彼等パイロットをサポートしているんです。怖くなんかない、自分が強くなれば、『彼等』はもっと強くなれる……! そうやって“生きて”いるんです。ねぇ、中尉、本当の『強さ』って何なのでしょうか?」

「………」

 無言のアシェル。その時、遠くの方からレイズの声が聞こえた。

「おーい!」

 手を振るサラ。

「早くー! 中尉はもうゴールしてますよー!」

 その様子を見ながら、エステルはアシェルに言った。

「多分、私も妹達も、一人だけでは、自分が思っている程強くなんかないんです。だからこそみんな…」

 空を見つめるアシェル。

「はー疲れた」

「腹減った……」

 ビンセントとレイズの二人が同時にゴール。

「もう! レイズ! 遅いですっ!」

 レイズに駆け寄るサラ。

「お疲れ様。ハイ……」

 タオルを手渡すイオ。

「サンキュ…」

 彼女達は各々、自分のユーザーに優しく微笑んだ。

「だからこそみんな、誰かの側に居たいと思うんです…」

 エステルはアシェルと共に空を眺める。

「中尉ー! エステルさーん! 朝ごはん食べに行きますよー!」

 レイズが二人を呼んだ。

「行きましょう…中尉…」

「ええ…」

 レイズ達の所へ向かう二人。

 アシェルが、心の中でつぶやく。

「(でも私には…そんなもの…)」






************





「研修の進行具合はどうかね? 大佐…」

 ガルスは、重ね合わせた手の甲に顎を乗せ、グラムに言った。

「研修の監査役は、ザナルティー軍曹に一任してあります」

 グラムは表情一つ変えずに答える。

「その件なのだが…私は大佐に任せた筈だが?」

 ガルスは鋭い目付きでグラムを睨んだ。

 グラムは身じろぎ一つせずに、ガルスに言う。

「それについて、ご報告が有ります」

「何だ」

「今回、中尉の監査役をザナルティー軍曹に一任したのは、彼自身を、士官として訓練するためです。実際、研修初日から我が隊員の同時訓練を開始しています」

「彼自身の訓練は、別に行えば良かろう?」

「実戦に勝る訓練は有りません」

「仕上がるのかね?」

「彼ならやれます」

 ガルスの顔を見据えるグラム。

「…まあ良かろう…好きにしろ…グラム…」

 ガルスは溜息を一つこぼし、椅子の背もたれに寄り掛かった。

「しかしな…グラム…中尉も中々のくせ者だぞ?」

「くせ者…?」

「その言動、生活態度、性格から『あちら側』では『アイアンメイデン』…鉄の乙女と呼ばれていたそうだ…」

「それは大層な…」

「軍曹の手に負えるかな…?」

 口の端を持ち上げて、ニヤリと微笑むガルス。

「それも、訓練のうちです」

 グラムはそう言って、部屋を出た。





************





 最初の一ヶ月期間中、レイズとアシェルは真面目に訓練に励んだ。(ビンセントはどうか知らないが…)

 学科では基礎的な対ヴァリアンタス戦術や歴史を学び、実技では、シミュレーターを使用した基礎駆動訓練からHALO訓練、NOE(ノエ=超低空地形追従飛行)に至るまで様々な物を学び、レイズ自身も、実戦経験者として彼女に様々な事を教えた。

 そして、研修期間は最後の一ヶ月に入った。






Chapter 5

 演習場に立つ、三機のHMA。

 一機はレイズのラッシュハードロング。

 もう一機は、ビンセントのロンギマヌス。

 そして最後の一機は、一般仕様のレザーウルフ。

 全機、火器を装備している。

「じゃあ今日から、実機での射撃訓練を始めます。使用火器は通常通りM‐90です」

 レイズはビンセントを横目で見た。

 ビンセントは面倒臭そうに頭を掻いている。

「(はぁ…この人…戦闘の時、本当に戦えるのかな…)」

「レ…曹…」

「(何考えてるんだか、全然わかんないし…)」

「軍…曹…」

「(何でこんな人が、シェーファーに…)」

「レイズ軍曹!」

 アシェルの声で我にかえるレイズ。

「ハイ!?」

「早く始めないか?」

「あ、はい! そうですよね!」

 気を取り直す。

「今回は、実弾を使用します。目標は右から左へ移動しますから、それを射抜いて下さい。支援ユニットによるFCS自動照準は無し。手動射撃で発砲してください」

 マニュアルを閉じる。

「それから、フランクリン中尉の機体には、エステルさんが一緒に乗ってくれるそうです」

「エステルが…?」

「安心して撃って下さい」

 彼は少々意味不明な事を口走ったが、アシェルは気にしなかった。

 それより彼女は、エステルが『イクサミコ』である事を再認識させられた事に気を傾けていた。

 『人』にも言われた事がない言葉を、彼女はアシェルに言ったからだ。

 エステルが人でないことはわかっている。

 だが彼女は、エステルがもっと高位の『何か』であるような…

 そんな気がしたのだ。

「では、始めましょう」

 レイズの言葉を皮切りに、各々の機体へ乗り込んだ一同。

 最初にレイズ機が起動。

 続いて、ロンギマヌス。

 最後にアシェルのレザーウルフが起動した。

「こちらレイズ。目標はここから前方500m地点です」

 レイズからの無線を聞き、各機カメラをズーム。

 横一直線に走るレールが見える。

 この上を標的が走るのだ。

「じゃあ、まず自分からやってみますね?」

 ライフルを両手で構えるレイズ機。

「目標、今!」

 彼の合図で、レールの上を目標が走る。

 発砲。

 発射された砲弾は、動く目標を見事に撃ち抜いた。

「じゃあ、中尉、やってみて下さい」

「よし!」

 彼女はライフルを構えた。

「目標、今!」

 的が出される。

 彼女はよく狙ってトリガーを引いた。

 しかし、弾丸は的の右側を掠り、保安用の壁にめり込んだ。

「外した…?」

「みたいですね…」

 彼女は悔しそうに言う。

「もう一度だ!」

 もう一度やったが結果は同じだった。

 溜息をつくアシェル。

「手動射撃のフィードバックが早過ぎる! 照準が敏感過ぎて、狙えない! 貴官らはこんな調整で今まで戦って来たのか?」

「え? 手動フィードバックはデフォルトの筈ですよ? それは…」

「扱いきれていないのは私か…!」

「大丈夫です。中尉…その為の訓練なんですから…」

「わかった…」

 もう一度ライフルを構えるアシェル。

「軍曹、当て方を教えてくれ」

「よろこんで」

 レイズは彼女に、レザーウルフでの銃の撃ち方を教え始めた。

「まず、照準はセンターに置いて下さい」

「センターに…」

「次に、ライフルの照星をサブカメラで覗いて下さい」

「サブで照星…」

「的が出たら、無理に狙おうとせず、正面に来るのを待って下さい」

「わかった…」

「動かす時は、冷静に、少しずつ、慎重に…」

 彼女は深く深呼吸。

「落ち着いて…中尉…」

 エステルが声をかける。

「ありがと…エステル…」

 ライフルを構える。

「目標、今!」

 出される的。

 彼女はレイズの言葉を何度も反芻。

 そして発砲。

 発射された砲弾は見事、的の真ん中を撃ち抜いた。

「やった!」

 思わず声を上げるアシェル。

 その後何発も撃ち、その全てが命中する。

「やりましたね! 中尉!」

「ああ! 軍曹のおかげだ!」

「けっ…甘っちょろいなぁ…二人とも…」

 声を上げて喜ぶ二人を挑発するかの様にビンセントが言う。

「何ですか!? ビンセントさん!」

「実戦のヴァリアントは、あんなにとろかねぇぞ?」

 レイズは小さな声で言った。

「一度しか戦った事無いくせに…」

「なんか言ったか?」

「い、いや何も…」

 ロンギマヌスが左腕一本でライフルを構える。

「俺達の世界じゃ、撃ちゃ当たるは常識なんだよ!」

 笑いながら言ったビンセントの言葉にアシェルが食いついた。

「なら手本でも見せてみろ! 傭兵!」

 ニヤリと笑うビンセント。

「イオ、的のスピードを上げろ。とびっきりにな…」

「了解」

「よーし…よく見てろ。ルーキー」

 ビンセントがトリガーに指をかける。

「目標、出せ」

 物凄いスピードで出される的。

 それに向かってビンセントはトリガーを引いた。

「おりゃあああああ!」

 ライフルをフルオートで発砲。

 連射される砲弾。

 レールと的を隠す砂埃。

 音を立てて地面に落ちる空薬莢。

 あっと言う間の出来事だった。

「どうよ?」

 ビンセントが機体の親指を立てる。

「そんだけ撃てば当たるに決まってるじゃないですか!」

 苛立つレイズ。

 しかし

「軍曹! あれを!」

 アシェルの声を聞き、レイズは的に向かってズームした。

「なんだ? あれ…」

 ライフルから放たれた砲弾は寸分の狂いもなく、的の真ん中だけを綺麗にくり抜かれていた。

「あの弾全部、的にだけ当て続けたのか!?」

「どうだ? レイズ。これが経験の差って奴だよ」

 ビンセントは落ち着いた声で言った。

「あ~ぁ…つまんね…俺ぁふけるわ…」

 そう言って、機体を格納庫に向かわせるビンセント。

 それを、レイズは無言で見送る事しかできなかった。





************





[サンヘドリン中央会議室]

「ここ数ヶ月間は何の異変もなく、平和がつづいている…」

「不気味なものですな…」

「そのおかげで支部建設も、ごく一部を除いて順調に進んでいる」

 ガルスがグラムに言った。

「さて、貴官の方は順調かね?」

「順調です。何も問題ありません」

「管理官補は支部就任後、二階級昇進する…名実ともにエリートでなければ、いい笑い種となるからな…」

 ガルスはグラムを、少し睨んだ。





************






 夜空の下に、何発もの銃声が響いた。

 あれから、3時間…

 彼女はずっと射撃訓練を続けていた。

「ねぇ、レイズ…」

 サラが不安そうな顔で、レイズに言う。

「放っておいていいんですか…?」

「………」

 無言のレイズ。

「レイズ…」

 また銃声が響いた。





************





「(負けない!負けないんだから!置いてけぼりは嫌!もう置いてかれるのはイヤ!!)」

 アシェルは呪文のように、心の中で繰り返し言い続けた。

 HMAの足元には無数の薬莢が散らばり、ライフルのマガジンが無造作に山積みされている。

 アシェルは息を切らして、機体を操作し続けた。

「中尉…」

「ごめんなさいね…エステル…あなたにまで迷惑をかけてしまって…」

「迷惑だなんて…」

「私、強くならなきゃいけないから…強くなって戦わなきゃ…」

 残った力で必死に機体を操作し、ライフルを撃つ彼女を見てエステルは心の中でつぶやく。

「(何で、そこまでするんですか?中尉…一体何が、あなたをそうさせるんですか?)」

 数時間も前の事…

 アシェルは、ビンセントに負けじと、彼と同じ設定で何度も試みたが、当てる所か、一発も掠らなかった。実際にレザーウルフに乗るのは今日が始めてで、本来そうなるのは当たり前だが、彼女は状況に甘んじる事はなかった。

 訓練時間が終わっても、彼女はそうし続けた。

 終える様に言ったレイズにも、当たるような形で追い払ってしまった。

 彼女は、レイズにきつく当たってしまった事を少し悔やんだが、自分のやっている事を止めようとはしなかった。

 やがて夜になり、ドームの気象システムは、雨を降らし始めた。

 冷たい雨だった。

「あのまま放っておく気か? レイズ…」

 レザーウルフを見つめるレイズに、グラムが言った。

「大佐…」

 振り返るレイズ。

「噂通りだな…中尉は…」

「噂?」

「彼女は『鉄の乙女』と呼ばれていたそうだ…」

 レイズは自信の無さそうな表情。

「中尉に『放っておいてくれ』って言われちゃいました…」

「それからどうした?」

「何も言えずに…そのまま…」

「彼女が心配か?」

 グラムはレイズに言った。

「監査役としてですか?」

「そうだ」

「彼女は、僕みたいな出来損ないの教えなんて、必要としていませんよ…大佐みたいな立派な人じゃなきゃ…」

 グラムは一つ溜息をついた。

「出来ないと思う人間に、私が頼むと思うか?」

「え…?」

「出来ると思ったから、任せたまでだ…それとも、私の見込み違いだったか?」

「大佐…」

 グラムは一歩下がって向きを変え、レイズに背を向ける。

「なら、お前はなぜここに居る?」

「………」

 答えられないレイズ。

「いいかレイズ…鉄も砕ける時がある…」

 グラムはそう言い残し、去って行った。

「レイズ…あれ…」

 サラが異変に気付いた。

 さっきから銃声がしない。それどころか、機体に動き一つ無い。

 突然、機体のコクピットハッチが開いた。

「サラ! 毛布用意しといて!」

「はい!」

 レイズは雨の中、彼女の乗る機体に全速力で走り寄っていく。

 顔を覗かせるエステル。

「レイズ軍曹!」

「エステルさん!」

 ウインチでコクピットに上がる。

「やっぱり!」

 疲労からか、コクピットの中で意識を失っているアシェル。

 レイズは彼女の身体を抱き抱え、機体から降ろし、急いで医務室に連れて行った。





************





「(やだよ…置いて行かないで…一緒に…)」

 彼女が昨日、最後に見たのはHMAのコクピットの中で、次の日最初に見たのは、見知らぬ天井だった。

「(ここは…どこ…?)」

 ベッドから身体を起こす。

「あれ?確かHMAに乗っていたはずなんだけど…」

 彼女の結った髪は解かれ、服は緩い余裕のある物に変えられていた。

「あら? もう起きちゃったの?」

 アシェルは声のする方を向いた。

 そこには、食事のトレーを持った、エレナが立っていた。

「ここは?」

「ここは、医務室。私はここの軍医。何があったか知らないけど、今時過労だなんて…」

「私は確か、HMAに乗って射撃訓練をしていて…」

「そう…」

 エレナは関心無さそうに、背を向けた。

「私はいつ頃ここに?」

「昨夜の8時半頃よ…レイズ君がね…」

「彼が?」

「ええ…意識を失っているあなたを毛布に包んで、血相を変えて飛び込んで来たわ」

「じ、じゃあこの服も彼が?」

「それは私。あなた良い身体してるわねぇ」

 笑いながら話すエレナ。

「私…彼に謝らなきゃ…」

 突然アシェルはベッドから下り、近くに架けてあった自分の服に着替え始めた。

「ちょっと! まだ寝てなきゃダメよ!?」

 エレナの声を無視して出て行ったアシェル。

「フフ…悩め悩め…」

 エレナはいたずら笑みを浮かべた。





************





 レイズは朝のランニングを済ます所だった。

 夕べ降った雨で、少しぬかるんでいるが、彼は気にせずに走った。

 彼は、アシェルの様子が気掛かりでならなかった。

 監査役としてか、一人の男性としてか…

 それはわからなかった。

 彼はタオルで汗を拭き、建物に入る為のドアを開けた。

「わっ!」

 驚くレイズ。

 そこには、髪を下ろしたアシェルが立っていた。

「あ…中尉…もう…大丈夫なんですか…?」

 ぎこちない語調。

「もう…大丈夫だ…」

 アシェルも語調がぎこちない。

「それは、よかった…」

 レイズを睨むアシェル。

「な、何でしょうか…?」

 まるで蛇に睨まれたカエルの様に固まるレイズ。

 アシェルは何かを押し殺すような表情をしていた。

「ありがとう…」

「え…?」

 レイズは思わず、彼女の顔を見た。

 頬を赤く染めるアシェル。

「レイズ軍曹…私…!」

 その時突然、辺りに警告音が鳴り響いた。

「総員、第二級戦闘配置。HMAパイロットは、所定の部隊へ。繰り返す。総員、第二級戦闘配置…」






************





[サンヘドリン本部、中央官制室]



「接続ライン、全ライン切断!」

「『ゼロセカンド』との通信途絶!」

「プロトコルに異常無し!物理切断です!」

「『ゼロセカンド』応答ありません!」

「反応…途絶…」

 官制室内は騒然とした。

「『ゼロセカンド』が…消えた…!?」





************





「ディカイオス、起動完了」

「アンビリカルブリッジ、開放」

「こちらミラーズ、発進準備完了」

「こちら官制室、そのまま待機せよ」

 グラムは、ディカイオスの中で静かに息を吸った。

「大佐、レイズ機から通信です」

「繋いでくれ」

 レイズの声が響く。

「大佐!一体どういう事なんです!?自分はさっぱり訳が解らないのですが…!」

「そうだぜ?グラム!俺も訳がわかんねぇ!」

 無線に割って入るビンセント。

 グラムは少々苛立った調子で言った。

「建設中の最重要支部、通称『ゼロセカンド』との通信が突然消えた!」

「消えた!?」

 思わず声を上げるレイズ。

「ヴァリアントの襲撃を受けたと見て間違いない!」

 突然、無線にアシェルの声が響いた。

「大佐! 私も出させて下さい! 実戦を経験させて下さい! 大佐!」

 叫ぶレイズ。

「何を言っているんですか、中尉! 死ぬかも知れないんですよ!? そんな簡単に言わないで下さい!」

「死ぬ事を恐れていては強くなれない!」

「僕はあなたの監査役として、中尉を死なせる訳にはいきません!」

 言い争う二人を尻目に、グラムはエステルが受信した情報を見た。

「軍曹!」

「ダメです!」

「二人共、もうよせ…」

 二人の間に入るグラム。

「出撃命令は撤回された」

「撤回!?」

 グラムは静かな口調で言った。

「『ゼロセカンド』は、壊滅した…!」



TO BE CONTINUED...

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