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VARIANTAS  作者: 機動電介
7/22

‎ACT7 considers‎

何を思って人は戦うのか。何を思って人は生きるのか。

Captur 1

[ビンセントの場合]

「ぬぶぁ!!」

 目を覚ましたビンセントの耳に入ってくる電子音。

 それは一定リズムを刻んでいた。

「どこだ…ここは…」

 ビンセントは、自分の腕を見た。

 点滴のチューブが繋がっている。

 身体を起こす。

 背中に走る鈍痛。

「いでででで…」

 腰をさすり、周囲を見回す。

 点滴のハンガー。心電図。酸素瓶。

 どうやら病院の様だ。

 口の中がべたべたする。

 長い時間寝ていた証拠だ。

「何で…?」

 一時的な、記憶の錯乱。

 ビンセントは、記憶を遡った。

「確か、なんか戦闘に巻き込まれて、ドンパチして、あーで、こーで…あれ?なんでこうなってんだっけ?…。そうだ!思い出した!事故ったんだ!」

 記憶を取り戻すビンセント。

 それは三日前の記憶。



「空母!アプローチに入るぞ!」

 ビンセントのロンギマヌスは、今にも分解しそうだった。

 煙をあげ、あちこちから火花が散っている。

「うわー…うわー…嫌な振動…もう少し、我慢してくれよ?相棒」

 コクピットにまで伝わる嫌な振動。

 ビンセントは、心配しながらも、空母のデッキへアプローチに入った。

「もうチョイ…もうチョイ…」

 今のところ順調。

 しかし次の瞬間、『ボンッ!』と、ロンギマヌスが背面から煙を吐いた。

 コクピットに響く警告音。

 重力制御、機能停止。

 一気に機体に加重が掛かる。

「ぬおおおお!?」

 機体の脚が、乱暴にデッキに突いた。

 膝がきしむ。

 加重を軽減しなくては。

 ビンセントはバーニアを噴いた。

 ノズルから、勢い良く出る煙。

 バーニアも故障。

 機体の膝が砕けた。

 ものすごい勢いで転げる上半身。

「ぎゃぁーーーー!」

 ビンセントは機体の腕で、コクピットをガード。

 まだ転げる。

 やがてクレーンの根元に当たり、停止。

 ビンセントは、そのまま意識を失った。

「くそー…あれもこれも、全部あの野郎のせいだ…!」

 拳を振るうビンセント。

 すると、部屋に看護婦が入って来た。

「もう、大丈夫みたいですね~」

「(お……? 美人)」

 鼻の下を伸ばすビンセント。

「なあ、看護婦さん?」

「はい?」

「ここどこ?」

「病院ですよ?」

 看護婦は、一本の注射器を取り出した。

「……? 看護婦さん、それ何?」

「注射器ですよ?」

 看護婦は、ビンセントの腕に繋がる点滴のアンプルに注射器を刺し、中の薬剤を注入。

「そっ、それってまさか、ます…ほふぁ…」

 ベットに仰向けに倒れるビンセント。

 看護婦はそれを確認すると、受話器を取った。

「はい。異常ありません。ええ、可能です」

 看護婦は、二言三言喋ると、受話器を置いた。





************





 華やかのパーラー。

 美しい女性達。

 ビンセントはグラスを片手に葉巻を吹かし、美女をはべらかしていた。

「わはははは! みんな楽しめ!」

「あん、ビンセントさぁん…私こんなところより早く、部屋に行きたいなぁ…」

 ビンセントの胸元を、いじらしく指でなぞる美女。

「おお? そうか! そうか! それじゃぁ…」

「あーん…ずるいー、わたしもぉ…」

 次々に集まる美女。

「わははははは! OK、OK! 俺様なら5人までおっけー!」

「もう、ビンセントさんたらぁ…」

 幸せの絶頂のビンセント。

 次の瞬間、自分を残して、すべてが消えた。

「おーい! みんなどこだぁー! おーい!」

 返事が無い。

 周囲を見渡せば、限りない闇。どこまでも闇。

「おーい!悪い冗談はよせって!」

 ビンセントは叫んだ。

「どこいったんだよ…俺の、俺の…」

 闇が晴れる。

「パラダイス!!」

 次に眼に入ったのは、グラムだった。

「…パラダイス?」

「パラダイス。あはは…」

 眼を逸らすビンセント。

 周囲を見回せば、そこは、床、天井、壁、すべてがアクリル張りの照明で構成された奇妙な部屋だった。

「どこだ!ここは!」

 ビンセントはグラムを睨む。

「ここは、サンヘドリン本部の取調室だ」

「取調べだぁ?」」

 気付けば、彼はイスに座らされ、手錠と鎖でつながれていた。

「何のつもりだ!コラァ!」

 イスを『ガシャガシャ』と揺らす。

 当然、抜けれる訳が無い。

「ビンセント=キングストン」

「ああぁ?」

「貴様を6件の重要施設に関するテロ行為、および、12件の殺人、3件の公務執行妨害で逮捕する」





************




[ガルスの場合]

 マグカップを傾け、コーヒーを口に運ぶ。

 香ばしい香りが口一杯に広がる。

 マグカップを置き、机の上に山積みにされた書類に目を通し、必要ならばサインをしていく。

 『彼女』の入れるコーヒーは、逸品だ。

 これさえ有れば、面倒な『公務』も、苦痛無くこなして行ける。

 ガルスは、数十枚の書類に目を通すと、コーヒーを一口飲んだ。

 突然、机の上の電話機から、コール音。

「私だ」

「司令、0番回線でお電話です」

 0番回線とは、秘匿回線の事。

 ガルスは不信に思いながらも、受話器を取った。

「私だが?」

「お久しぶりですな…ガルス中将閣下」

「これは、アングリフ局長…。2年ぶりですかな?」

 聞いたことのある声。

 声だけで、ガルスは電話の主を悟った。

「で、治安局のドンが、直々に…何の、御用ですかな?」

「単刀直入に申し上げます。そちらで拘束されている、例の傭兵を引き渡して頂きたい」

「『例の傭兵』とは、ビンセント=キングストンの事ですかな?」

 暫くの沈黙。

「奴は、我々が二年の歳月を掛けて追っています。好い加減終わりにしたい」

「奴は、死亡しました」

「死亡!?」

 アングリフは、思わず声を上げた。

「例の海上交戦で、偶然、戦闘に巻き込まれ…」

「閣下、茶番は止しましょう。長期に渡って、我々は彼を追ってきました。我々の苦労も察してください」

 受話器の向こうで、意味ありげに笑うガルス。

「それは、残念でしたな…我々のせいで、貴重な目標人物を無くしてしまって…。どうですかな、局長。お詫びの印に贈物を差し上げると言うのは」

「と、申しますと?」

「軍の兵器ラインの一部を譲渡しましょう」

 また沈黙。今度はとても長かった。

「相変わらず、無茶な交渉をするな…ガルス」

「無茶は承知の上だよ。アングリフ」

 お互いため口で話し、少し笑う。

「では、御協力に感謝します。閣下」

「こちらこそ、局長殿」

 そう言うとガルスは、受話器を置いた。

 一つ溜め息をついてから、コーヒーを一口。

 眉間にシワを寄せるガルスは電話機の通話ボタンを押した。

「レイラ君、すまんが新しいコーヒーを持ってきてくれ。冷めてしまった」

 彼はカップを置き、渋々、書類の整理を再開した。





Captur 2

「逮捕だと!?」

 ビンセントは、鋭い目付きでグラムを睨んだ。

「お前は反統合組織アストレイに雇われ数々のテロ行為をおこなった。四つのカウンティーからの指名手配、国際条例法違反、新統治治安法違反、破壊活動禁止法違反…。すべてあわせて、死刑。それを免れても、2500年以上の禁固刑だ」

 グラムの言葉を聞いて、ビンセントは不適な笑顔をしてから言い返した。

「へっ!俺も立派になったもんだな…なぁグラムよ」

「やけに冷静だな…」

「こんな稼業をしてるとな…『死ぬ』っちゅう事を考えなくなっちまう…。敵に捕まって殺されるか…戦場で死ぬか…。そんな事どうでもよくなっちまうもんなんだよ」

 彼はグラムにそう言うと、天井を仰ぐ。

「で、ミラーズ大佐さんよ…俺をどうする気だい? どうせ、治安局に引き渡すんだろうけどよ…?」

「いや、引渡しはしない」

「何?」

 思わず、グラムの目を見るビンセント。

「治安局には引き渡さない」

「…俺を、取引き材料にしようってか? 俺ほどにもなれば、大層な取引きができそうだな?」

 突然グラムは、眉を吊り上げて声を荒げた。

「自惚れるんじゃない、ビンセント! お前がやってきた事など、糞の足しにもならん唯の犯罪行為だ!」

 この言葉を聞いて激昂するビンセント。

「糞の足しにもならねぇだと? ふざけんな! なんで俺がこんな事してるか、てめぇは分かってんのか!?」

 グラムは、冷静に言い返す。

「知らん。知りたくもない!」

「いや、聞け! そして知るんだ!」

 ビンセントは、上がった息を落ち着かせてから、言い聞かせるように、グラムに語り始めた。

「まだ大戦中の、俺達がアフリカ戦線にいた時だ。俺達は伸びきった補給線と、前線で敵を叩き続けて、辺り一帯がノーマンズランドになって、戦況が膠着状態になった。俺は言ったせ?『今、増援を要請して、俺と、てめぇの部隊で突撃をかければ、ヤれる』ってな…。だが、増援も突撃も無かった。その三日後だ。いきなりお前の部隊が撤収する事になったのは…。撤退の理由を聞いても、てめぇも、誰も答えなかった。正規軍じゃねぇ俺達には、てめぇらを引き止める事なんてできねぇ…。おめぇらはコンテナ2つ分の弾薬だけを残して行っちまった…。そして、その後すぐだ…いきなり敵の猛攻があった…。戦力を立て直した敵軍は、俺達の左翼と右翼から、機甲部隊を3個中隊も当ててきやがった…。俺達は必死に戦ったんだぜ?それでも、敵の大戦力に敵う訳がなかった…。前線は総崩れ…防衛線の切れ目からなだれ込んだ敵に、仲間は次々にやられていったよ…。俺達は、お前達に救援を求めた…何度も…何度も…。救援は…結局来なかった…。部隊の仲間は殆ど全員死んだよ…。俺も、死にかけた…」

 二人の間に流れる、長い沈黙の時間。

「………」

 ただ、沈黙するだけのグラム。

「俺が、ヤバイ橋を渡ってでもこの仕事を続けてんのは、その時死んだ奴らの女房や、ガキ達を食わしてやる為に、やってんだよ…。解るか?グラム…俺の言っている意味が…!」

 ビンセントは、グラムを強い眼差しで睨んだ。

「言いたいのは…それだけか?」

 全く意に介さないかのような表情でビンセントを見つめるグラムを見たビンセントは、諦めるかの様な表情で溜め息をついた。

「ふ…こんだけ言っても無駄か…」

 ビンセントは崩れる様に、背もたれに寄り掛かる。

「ビンセント、一つだけ聞きたい事が有る」

「何だ…?」

「クライアントは、キクチ金属工業か?」

「違う、菊池は関係ない」

「…お前は…何の為に、闘っているんだ?」

「過去を精算するためだ。金の為だけじゃない…自分の過去を、自分の命と、戦いで精算し続ける為に闘ってんだ。それ以上でも、以下でもねぇ」

 グラムとビンセントは、お互いの顔を見合った。

 長い沈黙。

 グラムが、ビンセントに言った。

「過去など、無価値だ…」

「悪い事も、良い事も…過去の自分が、今の自分を創っているんだ…無価値なんかじゃねぇよ」

「死ぬ時は、全て無に帰るんだぞ?」

「その時ゃ、良い事だけ思い出して、ニッコリ笑って死ぬさ…」

「笑って死ぬ…か…。しかしな、ビンセント。お前は既に死んでいる」

「は? 何!?」

 ビンセントは目を見開いた。

「お前は既に、死んだ事になっている。統治局にも、治安局にも、お前の名前は無い。もちろん、お前の自治区にも、通知が行っている」

「そ、それじゃあみんなはどうなるんだ!!」

 グラムは威圧的な態度で、ビンセントに言った。

「お前に残された道は二つ。我々に協力するか、しないかだ」

「しない場合は?」

「その場合は、一生幽閉される事になる」

「どっちにしてもゴキゲンだな…」

 そう言って不敵に微笑むビンセントに、グラムがリモコンを向けた。

 高い電子音が鳴り、音を立てて床に落ちる手錠。

「どうゆうつもりだ?」

「よく考えろ…お前自身の為にも、そしてお前の『家族』の為にも…。どっちが最善かをな…」

 グラムは、ビンセントに背を向け、部屋から出て行った。

 ビンセントは、グラムの背中を見ながらそのまま部屋に残り、腰をかがめたまま目をつぶり、過去を回想する。

 ビンセントの脳裏に響く、『過去』の声。

『ビンセント!救援は!?』

『さっきからコールしてる!』

『このままじゃ全滅しちまう!』

『くそ!こっちも、弾が尽きた!』

『終わりか…』

『まだだ!おめぇら諦めんじゃねぇ!』

『じゃあな…ビンセント…』


 瞼を閉じれば、その時の場景が今も甦る。

 この声を聞く度に、彼の心は激しく疼いた。

 廊下から聞こえる喧騒。

 突然、何者かを制止する兵士の声が聞こえ、ビンセントは顔を起こした。

「困ります!エステルさん!」

「少しでいいの。少し話ができれば」

「しかし…!」

「大丈夫。大佐には許可をもらっているから」

「……本当に少しですよ?」

「ありがと」

 話声が止むと、今度は女性物の、靴の足音が聞こえた。

 足音が止まり、扉が開く。

「少し…お話しません?」





Captur 3

 レイラが、ガルスのデスクにコーヒーの入ったカップを置いた。

「すまん…」

「司令…もう5杯目ですよ?」

「うむ…どうも落ち着かなくてな…」

「彼等の件ですか…?」

「むう…」

「私が意見するのは僭越ですが…」

 レイラは、心配そうな表情で、トレーを持つ手に力を込める。

「私は、彼を部隊に迎え入れる事は反対です…彼の様な『傭兵』を迎えるのは、部隊の威信に関わります…」

「レイラ君、それは奴が、信用出来る人間ではないと言いたいのかね?」

「はい…」

 ガルスは椅子の背もたれに寄り掛かり、一つ、そして深く溜め息をついた。

「レイラ君…君は『九尾の狐』を知っているか?」

「はい。知っています」

「事実を…知ってはいないだろう?」

「事実…ですか?」

「そうだ…消された事実だ」

 ガルスは、コーヒーを一口呑み、ゆっくり語り始めた。

「2183年3月、終戦間際の、私がまだ人間と戦争をしていた頃だ。私の指揮していた機甲軍団右翼が、敵の猛攻にあい、防衛線が壊乱。結果、右翼第2軍と左翼第4軍との間に、東西40kmにも及ぶ空隙が生じ、そこに敵機甲軍団がなだれ込んできた。これを憂慮した私は、当時少佐だったミラーズの指揮する部隊に、護衛の傭兵部隊を付け、前線の強行偵察を命じた。彼等にとって、酷な任務だったと思うが、敵にとっては非情なまでに不運だった。ミラーズは、強行偵察を行うまでもなく、的確に前線の状態を把握しきっていた。そして彼等は、この空隙を自分達で防衛する事を決意した。しかし、対する敵は、二個大隊もの機甲戦力を当てており、彼等は成す術もなく壊滅するかの様に思われた。しかし彼等は、友軍が戦力を立て直すまで、実に3日間もの間、敵を阻止し続けた。彼と傭兵部隊の長は、凄まじいまでの戦闘力を発揮し、結果、友軍の増援部隊が到着し、敵の進撃は頓挫する事となる。何より敵は、狭い区域に戦力を当て過ぎていた。ミラーズの指揮する部隊は、その驚異的な戦闘能力のせいで、大隊規模の戦力と誤認されていたからだ。だが、実際はミラーズ…いや、ヘルファイヤーグラムの指揮する部隊の戦力は、僅かHMA9機のみだった。部隊の名は、『ナインテールフォックス』、傭兵の名は、『ヘルゲートビンセント』と称されるビンセント=キングストン…彼等は後も、前線で戦い続け、敵に大量の出血を強いた」

 ガルスは、マグカップを揺らしながら、遠い目で天井を見る。

「だが、この奇跡には、悲惨な結末が待っていた。戦況が膠着状態になった時、ミラーズの部隊に、撤収命令が下された。すでに英雄視されていたミラーズの戦死を、異常なまでに危惧した軍上層部が、彼等に転戦を命じたからだ。…この時、最終命令を下したのは、私だ。結果、彼等は、この戦線を離れる事となった。しかしそれは、軍上層部が、敵の再進攻を事前に察知していたからだ」

「傭兵達を捨て駒にした…?」

「そうだ。結果、戦力を立て直した敵軍が突如として強襲し、残された傭兵部隊は、壊滅した…」

 言葉を交わさぬまま、暫く沈黙するガルスとレイラ。

「…なぜ、彼でなければならないのです?」

「ビンセントは事実を知らぬまま、私ではなく、ミラーズを恨んでいる。仲間を多く失った彼は、事実を知る権利がある」

 それを聞いたレイラは、俯き、苦悩の表情を見せた。

「余計…賛成できません…。もし、そうすれば、彼は司令の事を憎むかもしれません…司令は、命令に従っただけなのに…」

「レイラ…」

「は…い…?」

「お互い、憎んでいようと無かろうと、彼等は無二の戦友だ…ビンセントは、グラムの事を心から憎みきれていない。彼はどうしたらいいか解らないのだ。それに…」

 ガルスは言葉を詰まらせた。

「司令…?」

「…私は、憎まれても当然な事をした。これも私の責務ならば、私は甘んじて受けるつもりだ。若者は生き、老人は姿を消す。この世の摂理だ。彼等に罪はない。罪人は私だ」

「だめです」

「レイラ君?」

 レイラが、優しくも悲しそうな顔でガルスに言う。

「いつも、そうやってご自分のせいにして、全部背負って…そんなの、だめです。何でもおっしゃって下さい…私が出来る事なら、なんでも力になりますから…私じゃ駄目ですか…?」

 ガルスは彼女から目を逸らし、椅子から立つと、後ろを向いて窓から外を見た。

「君のコーヒーは、幾ら飲んでも飽きないな…」

 微笑むレイラ。

「おかわりしますか?」

「うむ…」

 くるりと向きを変えるレイラ。

「レイラ君」

「はい?」

「ありがとう」

 レイラは嬉しそうな笑顔をしてから、部屋を出た。





************





「それでよ……俺にどうしろって言うんだい?」

 ビンセントは鋭い目付きで、エステルを睨んだ。

「私は、話をしに来ただけです。どうするかは貴方が決めてください。『人間』には、『自由意思』があるのでしょう?」

「お前さん、『イクサミコ』か!?」

 エステルはビンセントに背を向けた。

「それと…大佐は亡くなった傭兵の方々の名前を、全員覚えてらっしゃいたした。その名は今も、中央広場にある戦没者名碑に刻まれてますよ…」

 エステルはそのまま部屋を出た。

 無言のまま見送るビンセント。

 扉が、重い音を出して閉まる。

「くそ!」

 彼は椅子から立ち上がり、壁を拳でおもいっきり殴り付けた。

 皮膚が裂け、血が床に落ちた。


『大佐は何度も、貴方達の救援に行かして欲しいと、求めたそうです。でも、上層部が許可しなかった…。大佐は貴方から貰ったお酒を、一口も飲まずに今も大事に取ってあるんです。大佐は私に言いました。『これは大事な友人の為に取ってある酒なんだ』って…。『いつかまた何処かで再会した時に飲む』って…。彼は、貴方が必ず生きていると信じていましたよ?』


 ビンセントの心に、エステルの言葉がこだました。

 彼は、血の滲んだ拳をさすりながらつぶやく。

「ちくしょう…利き手で殴れなくなっちまった…」

 ビンセントは扉に近付き大声で叫んだ。

「看守さんよぅ!」

「なんだ?」

「死ぬ前に、外の空気吸いたいんだけど」

 彼は電子ロックの手錠と拘束衣を付け、外に出た。





Captur 4

 彼が外に出た頃には、街は既に夜中だった。

 人の替わりに、街灯が立ち並び、道を照らしている。

 涼しい風が、彼の頬を撫でた。

 手錠と拘束衣が無ければ最高の夜だ。

 背伸びが出来ないから、深く深呼吸。

 澄んだ空気で肺を満たす。

「中央広場まで案内してくんない?」

 ビンセントは、武装した3人組の監視員の一人に言った。

 三人は顔を見合わせ、そのうちの一人が、『付いて来い』と、顎で合図。

 監視員は、ライフルのグリップをハイマウントで持ち、一人が前に、残りの二人がビンセントの後ろに立ち、中央広場まで案内して行った。

 『中央広場』は、サンヘドリン施設の近く、ドーム都市の調度ど真ん中にある公共広場だ。

 地面に人造大理石を敷き詰めた豪華な造りで、広場の真ん中には大きな噴水がある。

 バロック式の芸術的な物で、大昔の有名な彫刻家の作品を模したものらしい。

 夜にはライトアップされ、幻想的な雰囲気と、美しい光を発する。

 そして、ホログラフで作り出された無数の書き板が、その周囲を周回している。

 数多の人名が刻まれたそれは、第四次大戦勃発以後、戦闘で命を落とした兵士の名前が刻まれている。

 だが、民間人や、正規軍以外の戦闘員が、ここに名が刻まれる事は本来無い。

 彼はその噴水の前に立ち、そのホログラフに眼を留め、その中から、かつての戦友達の名を探そうとした。

 透明のホログラフ画面に、白色で刻まれた見ず知らずの名前を、眼で追いながら。

 だが、彼は途中で探すのを止めた。

 『どうせ嘘かも知れない』と、思ったのも理由の一つたが、他にもう一つ大きな理由があった。

 無数の書き板に記された膨大な数の名は、百年と言う異常な長さの戦争の中で死んでいった人々が、どれほど多いかを嫌でも分からせてくれる物だった。

 ほんの一瞬でも、戦友達の死が、その異常な戦争の中では小さな物と思ってしまった彼は、自責の念に駆られ、彼らの名前を探すことを止めた。

 彼はベンチに座り、空を見た。

 雲ひとつ無い夜空だった。

 ビンセントは、一つため息をついてから、ゆっくり立ち上がった。

 周囲を見回すビンセント。

 すると、噴水の向こう側に人影が見えた。

 そこにはグラムの姿が。

 彼はゆっくりベンチに歩み寄った。

 ビンセントに銃を向ける監視員。

「よせ」

 グラムの一声で銃を下ろす監視員。

 グラムの横に座るビンセント。

 その他人行儀な表情のグラムを見て、彼は言った。

「ケジメ…つけようじゃねぇか…」

 暫くの沈黙。

「何で、俺達を見捨てた?」

 彼は躊躇うことなく、グラムに問い質した。

 無言のグラム。

 そんな彼に、ビンセントは言った。

「うちに居たダッジは、かみさん貰って、ガキが生まれたばっかだった…リコは10歳になる妹がいた…アルバは…」

「…帰ったら、結婚する恋人がいた…」

 グラムが、相槌を打つ様に言った。

 一瞬ため息をつくビンセント。

「おめぇが死なせたのは、そう言う連中だ…」

 ビンセントはグラムにそう言うと、大きく空を仰いだ。

「…何で、こうなったかも分かんねぇままな…」

 無言のグラム。

「また、だんまりか…」

 そう言うとビンセントも、空を仰いだまま沈黙し、そのまま時間だけが流れた。

 長い時間をはさんで、ビンセントがグラムに言う。

「何で、本当の事を言おうとしねぇんだ?」

 グラムを睨むビンセント。

「銀髪の女の子に、聞いたぜ? 一部始終全部な…」

「(余計な事を…)」

 グラムは俯いた。

「前から思ってたんだけどよ…お前、マゾの気でもあんのか?」

 ビンセントは、素っ頓狂な質問を真面目な顔でグラムに問い質した。

「何を言い出すんだ…?」

「おめぇ、他人にどんなに悪く言われても、悪い噂が立ってても、反論どころか、否定さえしねぇ…一体なんなんだ?」

 答えるグラム。

「他人がどう思っているかなど、関係ない」

 言葉の通り、何処か他人行儀なグラムを見て、ビンセントは言った。

「おめぇ…友達いないだろ?」

 グラムの口の中に広がる、苦い感覚。

「それが一体どうした?」

 彼は踵を返す様に言った。

「おめぇは、何の為に戦ってんだ?」

 グラムは堰を切ったかの様に語り始める。

「ただ漠然と存在する記憶と、選択の無い道筋…私に与えられたのは唯それだけだ。私に与えられたのは、兵器の部品となって戦うこと…それしか知らない」

 答えるビンセント。

「銀髪の子は、俺にこう言ったんだ…『人には、自由意思が有る』ってな…だからせめて、今は自分の為に戦ったらどうだ?大義名分なんか、後から考えりゃいい」

「ビンセント…お前の自由意思は何だ?」

「戦ってやるよ。何より自分の為にな…」

 彼はそう言うと、ベンチから立ち上がった。

「そうだ、煙草くんない?」

「煙草は吸わん」

「うん、知ってる」

「……?」

「変わってねぇな…お前…」

 ビンセントはそう言い残し、監視員に連れて行かれた。





************




「それで、彼は何と?」

 夜更けにも関わらず、エステルはグラムの部屋で、彼の話を聞いていた。

 すべてを話すグラム。

 そして一応に聞き終えると、彼女は言った。

「グラム…私がしたことは、余計だったかしら?」

 グラムは首を横に振った。

「そう…よかった…」

 椅子から立ち、ドアに向かうエステル。

「エステル…」

 その時グラムは彼女を呼び止め、彼女が振り返るより早く、後ろから抱きしめた。

「…どうしたの?」

「すまん…少しだけ、こういさせてくれ…」

 何処か悲しそうなグラムの顔を見て、彼女は何も言わずに、グラムの腕に手を重ねた。





************





 その頃ビンセントは、看守に引かれながら一つのことを思い出した。

「ん…? 何か忘れてるような…?」



[サンヘドリン拘留所」

 牢内で叫ぶハリー。

「旦那~…俺はどーなるんっすか~?おーい…旦那~?…寒い……」



[ACT 7]終

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