ACT21 Hunting High and Low
本部で、ビンセントが路上でバイクを撥ねる。その被害者は、研修から帰ってきた技術者集団の一人だった。 技術者達は、新しく持ち帰った技術により、F型の装備と整備のアタリを探すが……
Chapter 1
サンヘドリン対ヴァリアンタス軍・第一特殊機動戦闘団第一次準備部隊シェーファーフント隊長であるグラム=ミラーズ大佐は悩むべき問題を抱えていた。
一つはヴァリアントの事。
前線で常にヴァリアントと接するうち、彼のヴァリアントに対する認識に変化が生じていた。“彼ら”は、無作為な破壊をもたらす無制御な大量破壊兵器ではない。そして、何等かの目的意識が有ると。
リベカの、ネクロフィリアの腹を刔ったあの戦い以来、ヴァリアント達の活動は成りを潜めている。
軍備の増強を行っているか、はたまた、我々の隙を狙っているのか。そのどちらかだと分析するのが自然だが、グラムは違った。
グラムは、ヴァリアント、強いてはリベカが、悩んでいる様に感じていた。こんな事を誰かに言えば、『悩むのは人間だけだ』と一蹴されるのがオチだが、恐らく、情報軍団は違うだろうと、グラムは思う。
情報軍は、独自にヴァリアントの“心理分析”を進めている。それは、ヴァリアンタスを一個の精神体と捉え、その行動原理を理解し、いずれは行動を予測する、と言う物である。
ヴァリアンタスを精神体と捉えるのは、あながち荒唐無稽ではないとグラムは考えている。
彼らは、人と話す。話す限り、こちらにも知る余地が有る。
知るには、ふたたびデウス、そしてリベカに出て来て貰わなければ為らない。そして、戦わなければならない。
出て来て貰い、銃火を交える。
まるで許されない恋人同士の逢い引きの様だが、ヴァリアントは恋人ではない。敵である。
しかし、この感情は何だろうか。再び会い、再び戦いたいという感情。
闘争心ではない。
戦いでしか相見える事の出来ない相手なら、戦いこそがお互いの間を繋ぐ糸であり、言語なのだ。
だがこの感情は、決して言葉に出来ない。言葉にしては為らないのだ。
言葉にすれば、サンヘドリンという対ヴァリアンタスシステムそのものが崩壊しかねない。この感情には、それ程の意味を持つのだ。
そして、戦う為には武器が要る。
対ヴァリアンタス戦闘組織であるサンヘドリンは、高度にシステム化された機甲軍であり、それを支えるのは他でも無くHMA、人型機動装甲だ。
しかし最近、陸海空でC型ベース機の被害が増えている。尤も、数的に最も多く存在するC型は比率的にも被撃墜が高くなるが、近年の被害増加率は当初想定されていたキルレートを大きく下回っている。
その対策のために開発されたのがF型であり、そして、h3だ。
F型は、C型のレザーウルフをベースに、内部構造と外部兵装システム、つまり統合兵装ユニットに徹底的な改造と改良を加えた物だ。装備の大型化に伴い、質量と容積は増大したが、出力と機動力はC型とは比べものにならないほど高い。
人型機動装甲は人型であるが以上、人体と同じ駆動及び構造的弱点がある。そのために機械的駆動速度や戦闘機動に上限がある。しかし、高度な重力制御によって慣性などの物理法則を無視できれば、それらの弱点を解消できる。
h3はまさに、それをコンセプトにして開発された機体だ。
簡易グラビティドライバーを有し、新型炉心から供給される莫大なエネルギーと重力子は、機体に強大な機動力と戦闘能力を与える。簡易グラビティドライバーによる対外的重力制御によって、瞬時に加速することも可能であり、通常火器に対する絶対的な防御力も有している。
新型機トライアルの際にその試験機を実際に見、搭乗したグラムは、その時の感覚を忘れてはいない。
全く凄まじい機動だったと、グラムは思い返す。
あの時h3は、グラムの意思に応えて徹底的にヴァリアントを叩いた。
その際、セルベトゥス博士は、h3に新たな戦闘プログラムを組み込むため、自らを犠牲にして、作業を進めた。彼の遺体は、見つからなかったという。
h3は、博士が我々の為に遺した、彼自身の意思であり、力でもある。
だが、h3の量産に、議会は難色を示している。
反対派の筆頭はマリア・エヴァ議員。反対の理由は、予算の問題とされているが、実際、真の理由は謎のままだ。
h3を早急に量産しなければ、F型との共同作戦において、大きな遅れをとることになり、作戦遂行そのものにも支障が出ると言うのに……。
グラムは頭を抱えていた。ヴァリアントの事、新型機の事。
そして今、目の前にも、ややこしい問題が立ち塞がっていた。
***************
「飲むか?」
グラムは自分のオフィスに備え付けられたコーヒーディスペンサーから一杯のコーヒーを入れながら、静かにそうつぶやいた。
ソファーに腰掛け、グラムはコーヒーを一口。その隣には、顔色の悪いビンセントが居た。
ビンセントから連絡を受け、保安部交通課から身元引き受け人として彼を引き受けたグラムは、迷う事なくビンセントを自分のオフィスへ連れ込んだ。グラムはビンセントを同等の仲間だと見ているが、サンヘドリンのオフィスなら、今は軍人として上位の立場に立てる様な気がしたからだ。
「そんな気分ではないか……。全く、朝っぱらから電話で叩き起こされるとは」
失笑気味にコーヒーを啜るグラムを横目に、ビンセントは無言のまま。
いつものビンセントなら、それはそれは大変でしたね、とか、ご愁傷様でしたね、とか、そう言う他人事の様な返事をする筈なのだが、今のビンセントはうんともすんとも言わない。グラムは、その事も気に入らなかった。
頭をうなだれるビンセント。
「言葉も無いか、情けない……。私はもう少し有能な部下が欲しかったよ。朝遅刻をせず、報告書をしっかり書いて無駄口を叩かない……、まぁ、撃墜数はまあまあだが……。とにかくだな、おい、聞いてるのか」
グラムは突然言葉尻を切り上げ、そして絶句した。ビンセントは、黙り込んでいたのではなく、眠り込んでいたのだ。
「このッ! 馬鹿!」
ビンセントの頭を、グラムは思いっ切りひっぱたいた。ビンセントはバネが撥ねるように身を起こし、何があったのか状況が掴めないまま目を丸くして自分の頭を撫でる。
「なにすんだよ!」
抗議するビンセント。しかし。
「なにすんだよじゃない! 人の気も知らないでお前は!」
グラムの怒りも尤もだった。
夜の夜中に電話でたたき起こされた彼は、ビンセントの事故の話を聞いた途端に慌てて部屋を飛び出した。後々考えれば、自分で電話してくる程なのだから大事は無かったと分かるのだが、グラムはそんな事にも気が回らない程慌てたのだ。
「もうしらん。お前の事などもうしらん。お前など交通裁判所にでもどこにでも行けばいい」
そう言い放ち、腕を組んでそっぽを向くグラム。
「しかしだねぇ……」
「しかしじゃない。まったく居眠り運転で人を撥ねるだなんて」
「そうは言いましてもですねぇ大佐さんよ、今当直は俺とレイズの二人しかいないんだぜ? タスクフォースとして俺達が常時待機するにしても、二人だけで12時間勤務は身が持たないぜ」
溜息をはき、ビンセントの言葉にも一理あるとグラムは思った。
シェーファーは、常設のタスクフォースであり、襲撃があれば真っ先に現場へ向かう部隊の一つである。シェーファーがタスクフォースである以上、メンバーの選抜は隊長であるグラムが行うのだが、最近ではグラムの目に留まるパイロットはいない。いるとすれば……
「戦争は数だぜ、グラム。俺達ぁ、どんな“戦闘”ででも勝ってみせら。でも戦争となっちゃ話は別だせ」
「フムン……」
グラムはコクリと頷くが……
「……ちょっとまて、何話をすり替えているんだお前は」
「あ、ばれた?」
呆れ顔のグラム
「……まったくお前と言う奴は。被害者がイクサミコだったからよかったものの……」
「イクサミコ?」
「言っていなかったな。中央の特技研に研修に出ていた技術者達が今日帰ってくる。その一人なんだよ、彼女は。名前はイズナ。第一世代型で試験機乗務。もしも何か有っていたら、お前技術部から干されていたぞ」
「はあぁ、俺ってやっぱり運がいい」
「まったくお前は全然……」
突然、ノックの音がして、グラムはビンセントに言いかけた“懲りていない”の言葉を飲み込んだ。
グラムが「入れ」と言うと、意外な人物が入ってきた。
ガルス司令だ。グラムはコップを置いて立ち上がり敬礼。ビンセントも立ち上がり、少しばかりかぞんざいに敬礼。
自分の座っていたソファーをすすめると、ガルスは手の平を出して辞退。ビンセントを一瞥する。
「おっと、俺はこの辺で……」
部屋を出ようとするビンセント。しかし、意外にも、ガルスが彼を呼び止めた。
「キングストン大尉、君も居たまえ」
鋭いガルスの目。ビンセントの背中に冷や汗が流れる。
「あら左様で……」
おずおずと戻るビンセント。
「ビンセントに用があると?」
グラムの問いに、ガルスは溜息混じりの返事を返す。
「まあ、そういう事にもなるのかもしれん」
ガルスは、また溜息一つ。
「これから本土で総会議がある」
「シドニーの議事堂ではなく、ですか?」
「ああ。中央議会議員も、サンヘドリンの軍政議会議員も全員だ。それで、だが……」
グラムはガルスの言葉に目眩を覚えた。我々は兵士であり軍人だ。ガルスも軍人だが、幹部である以上、政治的な話は全てそちらでやってもらいたい。グラムはそう思った。だが。
「行く前にお前たちの意見を聞いておきたい」
「それならば報告書に書いているでしょう」
「それ以外の」
「それは、個人的な意見……、という事ですか?」
「ああ、そうだ」
理解を示すような、グラムの沈黙。それを読み取り、ガルスは言葉を続ける。
「情報軍が、独自の特殊戦隊を創設する計画書を提出してきた。その中には、新型機……、THF/A−2・ファルフジムの配備要求が含まれている。連中は、THF/A−2を独自の戦闘電子偵察機として運用したいらしい。それも、無人で、だ」
「無人……ですか」
THF/A−2・ファルフジムは、キクチ金属工業社製の水蘭をベースに開発された可変機体だ。開発・導入は主に中央空軍だが、サンヘドリン空軍の一部部隊にも導入計画がある。それを横からさらおうと言うのだから、ただ事ではない。
「システムの構築は?」
「中枢は情報軍独自の戦略コンピューターだ」
「それでは軍団独自戦力になる」
「ああ、だが今はそんな事も言っていられない。使えるなら使う、それしかない」
「それで、聞きたい意見とは」
「お前達は、この先も戦えるか?」
「ソフト、ハード、どちらの面で?」
「双方」
「ソフト面では――」
「人手が人手が足りませんよ、ええ。全然足りない」
突然ビンセントが横槍を入れる。
「消耗戦はね、避けたいんでしょう、司令殿。確かに人的被害を押さえるには人を減らせばいい。無人機、なら確かに出来ますがね、そんなことをしていちゃあ、人間は同じく人間からも必要とされなくなっちまう。それにですねぇ」
ビンセントは、膝に肘を乗せて、体を前屈みにしながら、鋭い目で言った。
「奴らに勝つには、人が要る。俺達が乗っている限り、勝って見せますよ、ええ。勝って見せる」
ビンセントの顔は、うっすらと笑っているように見えた。
「覚えておこう。ハード面は?」
グラムはガルスの顔を見ながら言う。
「リセッツクロウをよこせ、とは言いませんよ。どうせ直ぐに導入される。されなければ困る。ですから司令、今本部の技術部に来ているF型、あれを一機頂けないでしょうか」
「F型を?」
「パイロットはこちらで準備します。それに実戦での情報入手ば早い方がいい」
「ふむ……、確かに、水蘭の存在によってTHF/A−2の整備ノウハウが身についているのも事実だ」
ガルスは息をつき、腕時計に目をやる。
「時間だ」とガルス。「考慮しておこう」
ガルスはそう言って、部屋を出ていった。
「なあ、グラムよ」
「なんだ」
「新型機の配備、実戦で情報入手たぁ、でかい賭けじゃねぇか?」
「賭け……か」
「負けたらデカイぜ?」
「負けた時は、全額払うさ。ただ、負けた事は無いがな」
***************
エレナは保温ポットから紙コップに紅茶を注ぎ、ベッドの上で身を起こす女に差し出した。
「戻ってきてたのね」
そう言うエレナを横目に、女は何も言わずにそれを受け取り、口に運びながら横目で彼女を睨んで言う。
「どうしたの、先生。まるで恋人に逃げられたみたいな顔してる」
エレナの顔が、思わず、むっとなる。エレナは女の寝ているベッドに腰掛け、シーツの上から女の脚をなぞった。緊急病院の特殊病室。エレナが座る為の、気の利いた椅子などない。
女の名はイズナ。試験機乗務のイクサミコ。今に至るまで数々の試験機を制御してきた、ベテランだ。
「聞いたわ、イズナ。こっちでも明日からまた乗るんですってね」
「あなたには関係無い事だわ」
エレナの問いに、イズナは素っ気なく答える。
イズナは、経験値豊富なベテランだが、その性癖から言えば、彼女は同性愛者だ。深く聞けば、数多くの“女性遍歴”が出てくるだろう。そのせいか、彼女は他のイクサミコと比べても随分と大人びて見え、同時に陰りも見える。エレナも同様だが、彼女とイズナの中は険悪だ。
「随分、棘のある言い方をするのね。……変わってないわ」
「変わる必要なんてある?」
「私はあなたに変わって欲しい」
「なぜ? 私があなたと寝なかったから?」
イズナはそう言うとベッドから立ち、エレナに背を向けながらシャツを羽織る。
彼女の左腕と右足は機械だった。鈍色の高分子スキンの上を銀線が走る、義手義足。
彼女は過去に幾度もユーザーを失っている。試験機乗務である以上、危険とは常に隣り合わせだが、イズナは、幾度も生還してきた。
その度に、彼女はイクサミコである自分を呪った。ヒトよりも高強度に設計された自分を。
医学的な見地からすれば、彼女の義手と義足はナンセンスだった。失った手足など、再生させれば事足りる。ましてや、イクサミコならばなおの事。
「……あなた、まだ引きずっているのね」
エレナは、シャツのボタンを留めるイズナの手を取り、逆にボタンを一個ずつはずし始めた。
「……昔、あなたの好きだったひとが、あなたと乗って死んだ。それをあなたは引きずっている。その時あなたは脚と腕を……」
「やめて先生」
「いい? イズナ。あなたが好きになった人が、たまたま死にやすい人間だっただけの事よ。自分を責めないで」
「責める? 私は、誰も責めてなんていないわ。ただ生きるだけ」
突然、エレナがイズナを振り向かせる。
下着を付けていないイズナの胸がはだけ、あらわになる。彼女の肢体を台なしにする機械の四肢。それが今は、彼女の体に巻き付く蛇の様に、しなやかに映る。
エレナはイズナを壁に追い詰めて、彼女に身体を寄せる。胸が重なりあい、息がかかる程の距離。
「それならなぜ?」
イズナの顎を指で持ち上げる。でも彼女は顔色を変えずに、答える。
「戦う為。手足なんて惜しくないわ」
「危険な子。あなたは死に場所を探しているだけ」
エレナの右手が、イズナの腰に触れる。
「ごめん先生。私、ストレートの娘がいいの」
イズナはそう言ってエレナを押し退けると、服を着て、部屋を出ていった。
***************
ガルスはラウンジの窓から外の街を見たが、500mより低い建造物を見つけることは出来なかった。
ユーラシア大陸極東部ヤクーツク。かつて巨大な連邦国の一部であったこの都市は、今や統合体中央政府の首都として機能し、高層建造物の立ち並ぶその威容は、中央ユーラシアメガロポリスを形成する都市に相応しい姿だった。
その街を見て、ここは違う。と、ガルスは思う。ここは、サンヘドリンとは違うと。
サンヘドリン本部は、戦闘都市である。故に、天蓋ドーム内の建築物には厳しい高さ制限があり、ドーム自体も、武装タワーを中心とした“兵器の森”、そしてそれを始めとする三重の防御迎撃機構に囲まれている。
鉄壁の防御を誇るサンヘドリン本部都市。一方ここには、そのような“戦争”を思わせる物は一つも無い。戦争を忘れた街。
ガルスは、サンヘドリンは檻だ、と思う。世界から隔離された、限定戦争の舞台だと。
ならば、今、自分がここに居る意味は一体何だ?
そんなガルスの疑問に答えるように、目の前のマリア・エヴァ議員は、ガルスに言う。
「補佐官の同行も許されない会議だなんてね、嫌な雰囲気だと思わない?」
マリア議員は、右手中指の豪華な指輪を煌めかせながら、紅茶のカップを口元で上下させるが、ガルスは目の前に置かれたコーヒーのカップには手を付けずに、マリアを睨んでいる。
「コーヒー、嫌いだったかしら? それとも美人の補佐官が煎れたのでなきゃだめ?」
そう言ってカップを置くとマリアはガルスに言う。
「それよりも考えて貰えたかしら?」
無言のガルス。
「私自身も大きなリスクを負っているの。この情勢下で、軍政議会の幹部がサンヘドリン軍部の人間と一対一で会うことがどういう意味を持つか……。重ねて言うけど、“私達”はサンヘドリンの対ヴァ戦闘権そのものの移行を画策する中央と親中央の連中とは一線を画しているつもりよ。サンヘドリン創設時のいきさつはともかくとして、あの時から数年に渡って地球圏の防衛に果たしてきた役割については高く評価しているの。組織の対立が鎮静化の方向に向き始めたとしても、タカ派の力はまだ侮れない。押し包めようにも、むしろその組織力の前に圧倒されるばかり…。その活力だって、最近の活動からも明らかよ」
ガルスはため息をつく。
「それは君達背広組の仕事だ」
「相変わらず会話(政治)が下手ね……」
苦笑いするマリア議員。しかし彼女は、すぐに話の続きを始めた。
「私達を取り巻く状況は刻一刻と変わりつつあるわ。組織同士の正面衝突を避けて、外交活動をコアとする相互関係を可及的速やかに確立しなきゃならない。そのためには、組織そのものの一本化が必要よ。他派閥潰しに躍起になっている中央の人間は、それを分かっていないのよ…」
彼女は大きくため息をつく。
「ねえ、ケスティウス。中央内にも、少しずつだけど私達の勢力は浸透しつつあるわ。これにあなたの力が合流すれば……」
マリア議員は不敵な笑みをこぼす。
「組織の併合と再編成。非公式だけど中央幹部の黙認も取り付けたわ。……条件付きでね」
「“シェーファー”か……」
沈黙する二人。突然、ガルスが口を開いた。
「ローマ神話のサトゥルヌスは、将来我が子に王位を奪われると予言され、その我が子を食い殺したそうだ。私は、サトゥルヌスになるつもりはない」
マリア議員が、ガルスを睨む。
「くだらないわ、ケスティウス。一つの小屋に、二匹の犬は入らないわ。でも、その二匹の血筋が必要なのだとしたら、つがいにしてしまえば事は済む」
「どちらの血が残る」
「それは賭けよ。血を残せない獣はいずれ滅びるわ」
時間だ、と言って席を立つマリア議員。突然、彼女はその脚を止めて言った。
「もう、私達だけでは彼らを抑えられない」
そう言って、去っていくマリアの背中を見送るガルス。
ガラスの向こうは、巨大な街。冷めた紅茶が残ったテーブルで、ガルスは、夕日の光に紛れるマリアを見送った。
数時間後この会議により、HMA-h3の量産が可決、決定された。
Chapter 2
翌日、予定通りイズナの乗る機体が機動試験に出る。
機体は、片膝をついた体勢でパレットに乗せられたまま、格納庫からスポッティングドリーに牽引されて外に出ると、センサーアイを上下左右に動かして周囲を安全確認。メインシステムが起動されると、背面にある巨大なスラスターユニットが可動して肩部に固定され、機体が立ち上がる。
この機体、HMA-h2YF/XA00は、F型をベースにサンヘドリン高等技術開発部が設計した機体であり、その姿は、まるで見たことの無い形をしていた。
大型の可動式スラスターユニットを有し、増加装甲ジャケットを装備していた。背面メインスラスターは、レザーウルフのそれと同系列の物を使用し、高い出力を持っている。
イズナは、XA00のコックピットに着き、コンソールのチェック項目と、外部からの擬似信号、及びカメラ映像を目視しながら点検を進めていく。
この機体にはまだ愛称が無い。機体肩部大型スラスターユニットには、白い文字でXA00とサンヘドリンマーク。その下には小さく識別用バーコードがマークされている。
イズナは、推進系統の点検を終えると、スラスターのノズルを絞り、軽く燃焼させてやる。背面のメインスラスター二基が青い炎を鋭く吐き、爆発的な大音量を周囲にぶちまける。
一応の目視確認を終え、システムチェックの最終段階に入る。
90%の項目をクリア。
しかし、一つだけ警告の項目が消えない。
zero latency dynamic center of mass position control.超高速動的重心制御の項目だ。
超高速動的重心制御は、機体セントラルコンピューター側に組み込まれている推進機動制御システムだ。
機体コンピューターには二系統あり、片方がダウンしても予備のシステムで機動出来るようになっていて、基本的にイクサミコ側に組み込まれるシステムではない。
機体全身のアポジモーターとバーニアスラスターを制御するための超高速動的重心制御無しでは、不安定な人型兵器は、推進機動において一瞬たりとも安定を保てない。その点では全てのHMAに共通するが、イズナは試験機体用のイクサミコであるため、TMIOS側にも、重心制御システムが組み込まれている。
イズナは、自らの重心制御システムを機体とリンクさせ、項目をクリア。
アーミングはされていないので、マスターアームコントロールをシステムから切り離し。
イズナは機体の操縦桿を握り、スラスターノズルと、各駆動部を動かして最終チェック。
イクサミコなら本来、機体シンクロによって可能な動作だが、イズナは人間のパイロットと同じようにやる。今は、自分がパイロットだからだ。
管制室から、発進の許可が出る。
XA00は、エプロンからタキシーウェイ、そして滑走サーキットに向かう。まずは推力滑走試験だ。
「いい子ね。さあ、踊ってみせて」
イズナはそう言うと、強大な推力を地面に叩き付け、機体を猛然とダッシュ。地表ギリギリを滑走させながら、サーキットの彼方へ消えていった。
***************
サンヘドリン対ヴァリアンタス軍高等技術開発部所属のノーラ・ジャイブス大尉は、中央軍高等技術研究所――CDLでの研修から帰還してすぐ、自分達がCDLで開発を進めていた機体の本格的な試験を始めた。
サンヘドリン対ヴァリアンタス軍高等技術開発部は、現在に至るまであらゆる対ヴァリアント戦闘用技術・戦術を研究・開発してきた。
装甲、機体制御システム、兵装システム。
ヴァリアントの装甲にはメタニウム弾で対抗し、攻撃にはメタニウム装甲で、機動力には大出力スラスターと重力制御で対抗した。
超高速機体制御技術、電子兵装、ビーム兵器、大口径大口径長火砲。
しかし、全ての技術はいずれ陳腐化し、いつかは無力化される。そうなる前に、新たな技術を、新たな戦術を、開発しなければならない。その技術と戦略が打破されるとは、兵の死を意味し、多くの兵の死とは、則ち敗北を意味する。
技術者達のする戦いは、銃を持った肉の戦いではない。だが、戦線を支え、兵の命を護る為の、彼らの銃後の戦いは決して蔑ろには出来ないのだ。
今、ノーラ・ジャイブス大尉は、その戦いの真っ只中にあった。
CDLで、中央軍技術者と共同で開発した機体、HMA-h2YF/XA00は、今、彼女の目の前で機動試験を行っている。
XA00は、当初、火力支援を主な任務とするように設計開発された、大型攻撃機体だった。しかし現在は、フレーム設計の見直しや新型プロセッサー、大出力スラスターを装備、装甲形状にも若干の変更がなされ、高い機動戦闘および格闘能力も与えられている。それらの設計や改良には、開発当時、同時に設計開発が行われていたh3型のノウハウも活かされている。
そのように生み出された機体なのだから、ノーラはXA00に絶対の自身を持っていた。
今回は機動試験。次の兵装試験と、模擬戦をパスすれば、HMA-h2YF/XA00は、晴れて“Y”ナンバーの取れた制式採用機体となる。
その意味を噛み締めながら、ノーラは、管制室のモニターに映し出される、機動試験中のXA00を強く、鋭い眼差しで見た。
***************
滑走サーキットの周囲に張り巡らされた情報収集機器から発信される観測データと、XA00から送信される機動データが、管制室のモニター群を埋める。
サーキットの全長は一周50kmの楕円型。
コースの途中には、様々な不整地を再現した障害物が設置されていて、XA00が実環境に近い機動を再現できるようになっている。
サーキットを滑走するXA00。その様子を、ノーラは釘いるように見つめていた。
サンヘドリン技術者、整備課整備士、中央軍技術者、数百の下請け業者が、心血を注いでXA00を作り上げた数ヶ月間は、あっと言う間だった。
思い起こせば、たとえゼロからの開発ではないとしても、F型ベースの新型機を数ヶ月、最低でも一年以内で完了しろ、など、とてもではないが正気の沙汰ではなかった。ふと思えば、旧世紀の有る国では、旧大戦終戦間際にはコンバットプルーフのされていない兵器を急造して投入したりしていたらしいし――、まあ、戦争には付き物、伝統のようなものらしい。
しかし、自分達が作っているのは、急造品のインスタント兵器などでは、決してないのだ。
それにノーラは、ここ三日間ほど寝ていない。XA00のソフト面の調整が手間取ったのだ。
XA00は、新型プロセッサーを機体側コンピューターに使用しているが、インストールされているOSは従来のまま、つまり、解りやすく言えば、豪華な皿に粗末なレトルト食品を乗せているようなモノで、とても見合うようなものではなかった。
それを知っていながら今回の機動試験を押して行ったのは、それもやはり上層部からの指示で、彼女は猛反対したが、上層部は即座に却下した。このXA00が早急に必要なのは分かるが、技術者としては気に入らず、イラつき、開発スタッフに八つ当たりした。だが、それを止めたのは、イズナだった。
イズナは、ノーラを窘めながらも、優しく、『まかせろ』と言った。短い言葉だが、彼女が言うと重みが違う。そしてノーラは、イズナを信じ、イズナは期待通りの成果を上げている。
刹那、イズナからの通信が管制室に入った。
「こちらXA00、機体反応速度は上々、安定性もなかなかってところかしら」
ノーラは、光学観測モニターに映るXA00を見ながら、インカムに向かって答える。
「OK、イズナ。こちらでも見てるわ。それよりも、機体側ソフトの方は?」
「動的重心制御に若干の問題ありね。今は私の脳に繋いで同時処理しているけど、流石に超光速度シーケンスを同時処理しながらってのは堪えるわね」
そう言いながら、XA00はサーキットを高速で滑走する。XA00はスラスターによる推進機動性能が非常に高い。だからこそ、高性能の動的重心制御が必要なのだが、イズナは機体を上手く操っている。
「そう、了解したわ。無理をしないで、イズナ」
「XA00了解。それよりもノーラ、こちらの試験データの収集は済んだ?」
「ええ、でも何故?」
一瞬置いて、イズナは一言。
「ストリーク・アイアン」
イズナの言葉にノーラの右眉が若干持ち上がった。
旧世紀1975年、アメリカ空軍の実験機は、高度30000m上昇時間207.80秒を記録し、同じくアメリカ空軍の高高度偵察機は、高度25000mで時速3529.56Kmを記録した。
速さを求める事は、いつになっても変わらず、第四次大戦後、HMAの地表滑走最速記録を打ち立てたのは、時速1020Kmのストリーク・アイアンだった。イズナは、その記録を破ってみたいと思っていたのだ。
だが、ノーラは、当然許可出来なかった。
「ちょっとイズナ。ダメよ、危険過ぎるわ。データはとれたし、もう帰投して」
だがイズナは食い下がる。
「XA00の高機動モード、試さなくても?」
「あれは……」
「やらせろ」
突然、背後からグラムの声がして、ノーラは素早く振り向いた。
グラムは、この機動試験を視察しに来ていたが、ノーラは気にする様子も無く、試験を進めていた。だが、ここにきて口を出すとなれば話は別だ。
「XA00は、まだ子供です。危険な目に遭わせる訳にはいかないんですよ、大佐殿」
ノーラは、“大佐殿”という言葉にアクセントを付けて皮肉ったが、グラムは無視して、手元のXA00機体仕様書を見ながら言った。
「大出力可変スラスターユニット、これを見てみたい。それに、子供はいつか親離れするものだ」
「大佐、機動試験のデータはもう取れたんですよ? それに、高機動モードは副次的に発生した機能です。XA00は今現在でも従来機より高い機動性能を示していますし、それに……」「責任は私が取る。この機の、有人機としての実力を見てみたい」
“実力を見たい”と言われ、ノーラは一瞬迷いを感じた。自分達の作ったものだ、力は見せたいし、開発途中、XA00の無人化案が有ったことも事実だ。だが――
「ノーラ、私の事なら心配するな」
イズナからも、グラムを援護する言葉が飛び出した。こうなれば多勢に無勢、しかも直系の上官であるグラムの指示ともなればなおの事。
「危険と判断したら、こちらで止めるわよ。いい?」
ノーラは厳しい口調で言ったが、イズナは。
「大丈夫だ、問題ない」
軽い口調で言ってみせる。
溜息をつくノーラ。一方、イズナの乗るXA00は、高機動モードへの変型シークエンスに入った。
機動推進制御をバイパスへ迂回。スラスター燃焼制御系クラスタ、セーフティーリミッタをTMIOSへ。フレーム可動、推力軸制御を同時並列処理。推力解放。
次の瞬間、肩部スラスターユニットを可動させ、その推力軸を背面に向け終えたXA00は、光学観測装置の追跡を一瞬振り切った。
XA00の高機動モードとは、機体新型兵装ユニットである肩部スラスターユニットを大きく可動させて推進軸を下方から後方へと変更し、主推進機関を背面スラスター二基双発からプラス肩部スラスターユニットの四発にすることによって莫大な推進力を得るモードを指す。
これは本来、大型推進機関である肩部スラスターの、機体格納時省スペース化が目的であった可動機能に目をつけた物で、設計段階で意図的に盛り込まれた物ではない。しかも、安全措置として、ユニット“収納時”には、スラスターのプラズマ燃焼室が稼動しないようにされている。設計としては当たり前で、つまり、高機動モードの使用には、イクサミコの、イズナの回路迂回操作が、現段階では必要になる。
「やはりすごいな、これは」
イズナは少し興奮しながら、機体コンディションを確認する。
――機体温度上昇も想定内。シミュレーターでは何度か試したけど、やっぱり、生のデータは熱いわね。
高揚を押さえ付け、操作に専念する。
ストリーク・アイアンは、HMA、と言うのは名ばかりの、いわば推進器に手足が生えたような物で、装甲はおろか、塗装にフレームに至るまでが極限まで省略された機体だった。例えるなら“スプリンター”。
一方こちらは、数十トン単位の爆弾薬と装甲を背負う戦闘兵器、例えるなら重装甲冑を着込んだ騎士だ。
一見するならば、勝負は目に見えているように感じるが、イズナは違う。
そうだ、騎士には馬がある。
――馬に乗った重装騎兵、止めるのはキツいわよ。
イズナはスラスターの推力を更に解放。四基の大出力推進器は彼女の意志に応えて、蒼い、錐のような炎を吹く。
現在、時速750km。陸戦機体の戦闘時実用最大速度。
数秒で時速870kmを突破。亜音速。気流とも相俟って、機体制御の難易度が格段に跳ね上がり、空戦機体用の機動推進制御が必要になるレベル。だがイズナは、必要としない。
時速950km、ここまで来ると、HMA外装表面や手足等の突起から衝撃波が生じ始める。
時速1000km、遷音速。今、機体周りの気流速度は亜音速と超音速とが入り混じっている。空気が圧縮性を有する気体であることの性質が現れ始め、衝撃波の発生により機体の安定性や操縦性に様々な障害が現れる、設計者やパイロットにとって最も難しい速度領域の一つだ。
ここに来て、機体の振動が激しくなってきた。
ただでさえも前方投影面積の大きいHMAが、こんなスピードで滑走しているのだから当然だ。
「イズナ!」
制止するノーラの声。
「あと20!」
しかしイズナは更にスラスターにエネルギーをぶち込む。
だが機体の速度は上がらない。
――駄目、衝撃波同士のぶつかり合いで……
一瞬、イズナの脳裏にエレナの言葉が浮かぶ。
『貴女は死に場所を探しているだけ』
瞬間、イズナの機体操作に歪みが生じる。
右脚部先端が路面に接触。機体バランスが崩れかける。
緊急制動、リバーススラスト。
主推力機関へのエネルギー供給を80%カット。フルバランスオートスラスト、作動。
ドラグシュート放出、最減速。
機体停止。
システム、オールダウン。
路面を滑り、火花を上げながら停止したXA00の中で、イズナはヘルメットを脱ぎ捨てて溜息をついた。
機体を破損させ、記録の更新は失敗。
ともかく、機動試験はもう終わったのだ。
***************
かくして機動試験は終わり、オーバーヒートしたXA00が試験場から引き上げ作業をしているその頃、ビンセントは格納庫場脇の道を走る車の助手席で踏ん反り返っていた。運転席にはハリー。例の事故から24時間、初の出勤。
車内ではビンセントがハリーに事のいきさつを話していた。
「……そんで、その後どうなったんすか?」
運転席のハリーが助手席のビンセントに問う。答えるビンセント。
「どうにもこうにも一発免取、修理費加算、おまけに減俸よぉ、泣きてぇよ俺は」
「でも相手が無事でよかったじゃなっすか。何かあったらユリア姐さんまた心配するし……」
「あー、あいつは、うん、まあ……」
言葉を濁すビンセントに、ハリーはため息一つ。
「しっかし、どうしようかね、稼ぎ口なんてありゃあしないし、今月カツカツ。俺一人寂しく泣き濡れてビンボー生活」
「ああ、あれっすね、泣きっ面に蜂」
「フムン……」
「あと自業自得?」
突然、ハリーの首を両手で絞めるビンセント。
「一言多いんだよ、お前は!」
「ぐぇ、やめでぇ!」
ビンセントは首を絞めたまま腕を前後させて、ハリーの頭をがくがく。
「このヤロ! このヤロ!」
「ちょ、ちょっと運転中! 運転中!」
ビンセントに首を降られ、左右に蛇行する車。その頃車の後ろからは、一台の大型トレーラーが猛スピードで迫っていた。クラクションを鳴らすトレーラー。それに気付いたハリーは、ブレーキをかけることなく、クラッチとアクセルワーク、シフトチェンジで即座に反応する。
「うわっ、ちょ、あっぶねぇ!」
追い越して行くトレーラーの起こす、突風の様な風圧に揺られて、道を逸れる車を間一髪、ハンドルを切って立て直すハリー。トレーラーはけたたましいクラクションを鳴らし続けながら、ビンセント達を追い抜いていく。
「オイ、なんだありゃー!?」
ビンセントは助手席の窓から身を乗り出し、風圧が巻き起こした砂埃に目を細めながら走り去っていく輸送車を眼で追う。輸送車にはサンヘドリンのエンブレム。トレーラーの正体はHMA輸送車だ。
「あれ、聞いてないんすか?」
「何を?」
助手席に戻りシートに座り直すビンセントに、ハリーは答える。
「技術部さんとこの新型機、今日試験で多分あれがそうっす」
「機動試験?」
ハリーの言葉に、ビンセントはグラムの言葉を思い出した。
――グラムの言ってた新型機ってのはあの事か。ん? でもなんで……
「なんでお前がそんなこと知ってんだ?」
「ああ、サブさんに聞いたんすよ。旦那ならかじりついてくるだろうって」
再び首を絞めるビンセント。
「そういう事はもっと早く言えよ!」
「ぐぇー!」
がくがくがくがく。車は蛇行。ガムテープで留めた左ヘッドライトがポロリと取れる。
だが今は、ハリーをシメるよりやるべき事がある。
「まあいいや、折角の機会なんだ。有り難く、拝ませてもらおうぜ」
首を絞めたまま、ビンセントは子供っぼく笑い、ウインク。
ハリーは「アイサー!!」と答え、トレーラーを追うべく、車のアクセルを踏み込んだ。
トレーラーを追いかけ、ビンセント達が駐機場に入った頃には、トレーラーは荷である機動装甲を降ろしている所だった。
トレーラーの荷台、巨大なブロック状コンテナの屋根が縦二つに割れ、左右の壁ごと大きく開くと、中の機体が仰向けに横たわっているのが見え、機体は、自身が横たわる床ごと持ち上げられ、やがて起立した。
その姿は、何度見ても壮観だった。機動装甲は身の丈15mを超す鉄の巨人だ。しかも、今目の前にいるのは新型機だ。肩の巨大な推進機関に、いかにも重装甲な胴体。手足は力強く太い。
巨人の側に寄り、腕を組み、見上げるビンセント。それと同じように、整備部や技術部のツナギ組達が、機体の周りに集まりはじめ、その中にサブの姿があった。
「よぉー、ビンセント、事故ったんだってぇー?」
嫌味ったらしくにやけながら寄ってくるサブ。
「なにお前、なにお前、嫌味? 嫌味?」
「何で二回言うよ」
「大事な事だからだよ!」
ビンセントは口をひん曲げて抗議するが、今は機体の方が第一だ。
「で、これは?」
親指で機体を指すビンセントに、サブは耳元で言う。
「HMAーh2YF/XA00、重攻撃戦闘型機体。こう、ヒシヒシと来るモノがあるでしょ」
しばらく見合い、二人してにやけるビンセントとサブ。
「やべーよサブ! これが俺達のモノになるのか!!」
「ならないってば! これは量産型じゃないんだし、第一これにはもう乗員がいるの!」
「お前、こういうのは俺が乗った方が一番だって!」
ビンセントがそう言った、その時だ。
「騎士に、間抜けな男は相応しく無いわ。特に、人を車で撥ねるような男はね?」
背後から投げ掛けられた挑発的な言葉に、サブは身震い。一方ビンセントは眉を歪めて振り向き、言葉を失った。
「誰が間抜け……だ……!?」
そこにいたのは、セミショートヘアーの女だった。顔立ちは東洋人のようで、歳は20代後半といったところか。着ているスーツはパイロットスーツではなく、イクサミコ用のコネクトスーツ。だがビンセントは、そのボディーラインに見覚えがあった。
昨日撥ねた、バイクの……
「いやー、その節はどうも……」
恭しく、腰を低くするビンセント。いたずらっぽく微笑むイズナだが、眼は笑っていない。ビンセントは昔、これと同じ眼で見つめられた事がある。もっとも、そのあと刃物を持って追いかけ回されたが。
「始めまして、ではないわね。よろしく、キングストン大尉」
突然、ビンセントに“左手”を差し出すイズナ。左手で握手を求めるイズナを不信に思いながらも、ビンセントは彼女の左手を握り、握手。
「これで仲直り、とはいかねぇか……?」
「さあ、どうかしらね?」
突然、イズナの左手がビンセントの手にぎりぎりとめり込む。
「あ、あれ? なんか痛いな、イタタタタ、イ、イズナさん!?」
ビンセントの手をイズナの左手が締め上げると同時に、イズナは言う。
「私がどうなろうとどうでもいい。だが、あの子は、XA00は私がいなければ舞う事が出来ない。だと言うのにお前は……」
その時突然、二人の間にハリーが割って入った。
「この機体、出力デカそうな割には繊細っそうすね」
ハリーの言葉に、イズナの手が止まる。
「操作系統も複雑そうだし。ああ、でも重攻撃型ならユリア姐さんが好きそう。でも、この機体のパイロット、やっぱり壊したみたいっすね、新品なのに勿体ねぇー」
顔を伏せ、歯をかみ締めるイズナ。
「勿体なくて悪かったわね」
彼女はそう言ってビンセントの手を離す。
「私が壊したのよ。私がパイロット。でも、修理すれば良いんだから大丈夫よね、ねぇサブ?」
びしりとキヲツケをするサブ。
「勿論ですとも!」
サムアップと輝く歯。完全に、尻に敷かれている。そんなサブを尻目に、イズナは去り際に言う。
「左手、冷やしておいた方がいいわよ」
イズナはそう言って、格納庫の方へ去っていった。
その様子を遠くから見ながらグラムは、あいつらは何をしているんだ、と訝しんだ。ビンセントはビンセントで左手を摩り、ハリーはハリーでビンセントの周りを心配そうにうろうろしている。サブは……
「はぁ、サブの奴は相変わらずか……」
ノーラは額に手を当て、深くため息をついた。
ノーラは、技術部や整備部の皆からは“女将さん”と呼ばれている。始めノーラはそれが気に入らなかったが、時が経つにつれ、皆が自分の息子や娘のように思えてきてからは、女将さんと呼ばれるのも悪くないと思うようになった。
家族のような面々。その中でも特別なのが、サブだ。
サブには腕がある。それにメカニックとしての勘も。
それなのに……。
「うちの若い連中は進歩無しね、全く……」
そう言うノーラに、グラムは言う。
「彼らはよくやっているよ。元から趣味と仕事を兼ねた様な連中だ、自然と良い仕事をしてくれる」
「私が言ってるのは、人間的な成長の事よ、大佐。認識と意識が必要だわ、軍人としての」
「君らしくないな、ジャイブス大尉」
「これが我々の戦いですもの。技術至上主義だけでは戦えない。最後まで人を支えるのは、誇りと、自意識よ」
「自意識……か」
そう話している間に、XA00は格納庫の中へ、格納されていく。
格納庫の中には修理設備があり、XA00はそこで再び生気を取り戻す事が出来る。
XA00は格納庫内一番機の位置に付き、外部電源に接続。電装系から点検を、開始する。
ノーラは、XA00を見つめながら言う。
「XA00はいい機体よ。あなたに自慢できるくらいに」
ノーラは言う。
「武装、電子系、OS、そしてパイロット。XA00は、これからもっと強くなる」
ノーラはそう言って、整備用タラップを登っていった。
兵装試験に模擬戦試験。そしてそれに伴う機体調整。やるべきことは山積みである。
***************
夜、機体の点検作業とデータのバックアップを終えたイズナは、一人でバーに来ていた。
バーには、非番の兵士達であふれている。その中で一人、イズナはカウンター席で、バイソングラス入りのウォッカを傾けていた。
「隣、よろしいかね?」
突然、一人の男が話しかけてきた。男は、イズナの返事を待つこと無く、隣に座る。
「君は兵士ではないね」
イズナは無表情に答える。
「本部技術開発部第一試験部隊」
「なるほど、あのF型機体開発部隊か」
男は、自分は情報軍団のアンセル=ハルトであると自己紹介し、イズナの物と同じウォッカを注文した。
「君ならわかるだろう」
ハルトは突然、イズナにそう言った。
「人の肉体は脆く、人の思考は遅い。“君なら解る”だろう。今では、機体は限界性能を極限まで発揮する事が出来ない。だが我々のCINAPSが制御する無人機なら、いかに最新鋭のF型機体であろうと勝つ事は出来ないだろう」
「騎士が幽霊(無人機)に負けるだと?」
「騎士に幽霊か、なるほど君らしい。では騎士なら護るべき姫君がいるはずだが、姫を連れていては、騎士は戦えない」
「あなたは言葉遊びがしたいのか?」
「現実の問題だよ。人は簡単に死ぬ。そして“遅い”。だが、君達イクサミコは光の速度で演算し、人よりも強靭だ。今の段階では、君達の機体は無人機となんら変わらない。だが一度人が乗れば、君はそのパイロットに合わせて制御を最適化する。それは人間の性能という型にはまる事に他ならない」
「何が言いたい」
「君は“こちら側”の存在だと言う事だ。君は人を憎んでいる。人が乗っていなければ、君は自由に機体を操作し、武装を解放し……」
「私は私の為に乗る。誰の為でもない。どちらの側かなど関係ない。ただ、自分の魂の命ずるがまま、私は生きるだけだ」
ハルトは不敵に微笑む。
「実に君らしい答えだ。イクサミコでありながら、人と同様であろうとする。酔えもしない酒を煽り、ユーザーを持たない。君はある意味では、人よりも人らしいだろう」
彼はそう言い、席を立った。
「君の飲み代はおごらせてもらうよ。楽しい話が出来た」
バーを出ていくハルト。それを見送りながら、イズナは思う。
事実、イクサミコの死は、人間の様な死としてではなく、備品の損失として扱われる。だが、ならばそれで何が悪い。人の死も一瞬で、後に残るのは宗教や思想の“言葉”だけだ。だが無人機は、言葉さえ残らない。
イズナは、中身の残ったグラスを置き、バーを出る。
サンヘドリンは不思議な街だ。人と機械が入り混じり、境は曖昧。
人が人を人工的に作り出す技術を持ちながらも、人は未だに神に祈る。
***************
翌日早朝、イズナはいつもと同じく、XA00に乗る。第一次兵装試験。
機体起動、コネクションチェック。機体コンディション良好。
マスターアームスイッチ、オン。両肩兵装ユニット内、ガンアーム起動。ストアコントロールパネルに武装を表示。
RDY EMRG‐2――
武装は両肩兵装ユニット内に装備したレールガン。レールガンは独立したアームで操作される。
FCS、エンゲージ。レーダーに感、上空に無人標的機、多数。光学で確認。ロックオン。
イズナは静かに、トリガーを引く。
***************
XA00の、各種兵装試験結果は上々で、どれも実用に堪える性能を発揮した。
XA00の火器管制系統は複雑である。ガンアームと呼ばれる兵装懸架攻撃副腕に、二基のウエポンベイ、一門の大口径高エネルギービーム砲、さらに両腕部による火砲運用と、重攻撃戦闘機体の名に恥じない重火力を持っていれば、当然である。
しかしそれでも、何の滞りもなく試験を進めてこれたのは、新型プロセッサと、イズナの力だろう。
イズナは今日も、兵装試験のためにXA00に乗る。その中で、中央軍がF型系列機の初等作戦能力を獲得したことを、イズナはノーラから聞かされた。確かに、内蔵固定兵装を持つ分、XA00は開発・調整に時間が掛かる。それにしても、中央軍によるh2F型導入のスピードは、異例の早さだ。
――生産量の違い……?
否、と、イズナは思う。XA00は、サンヘドリンが導入するF型の一派生機種に過ぎない。つまり、XA00よりも“早く完成していた”F型原形機、及びF型改修キットを、サンヘドリンが量産・導入しない筈がないのだ。
――ポーズね。中央軍への。
イズナは唾棄するように呟く。
新型機という目に見える力。上は確かに欲しがるだろう。だが、その割りを食うのは兵士達だ。
サンヘドリンは当初からh2型を運用する軍であり、F型への機種転換訓練もスムーズに進むだろう。だが中央軍は、支部を管理する主要軍閥以外では今回初めてh2型を運用する。もっとも、支部軍閥へのh2配備も限定的なものだ。つまり、中央軍はh2型を管理・運用する能力がまだ高くない。これによって発生するのは、昼夜を問わない機種転換訓練と、猛烈に過密なスケジュールの機体整備研修だ。哀れな中央軍兵士達。
イズナはいつも通り、機体を起動させ、各種点検作業に入る。
アーミングチェック、兵装はフル装備。総合火力試験。
広大な演習場の真ん中で佇むXA00は、しかし大きく見える。
兵装試験が開始されてから三日。
技術部によるXA00の兵装最終試験が開始されようとしているその頃。
ユリアと一刃は、例の命令無視の罰として大陸南、ローズバット陸軍レンジャー基地での5週間にも及ぶ訓練に参加。その最終試験を受けようとしていた。
TO BE CONTINUED...




