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VARIANTAS  作者: 機動電介
20/22

ACT19 土曜の夜と日曜の朝・前編

つかの間の休息。戦いの合間に、戦士たちの見る夢とは。

Chapter 1

 立ち込める煙に噎せつつ、タワー型コンピューターの森を抜ける。

 部屋の排煙機能は全く作動しておらず、備え付けられた火災探知器さえも、壊された壁から引きずり出された防災システムに繋がるケーブルを、物理的に断ち切る事で無力化。

 足の踏み場が無い…とはまさにこの事で、床を這いずる無数のコードの束が、ただでさえ煙で不明瞭な視界の中の彼女の歩みをさらに阻害していた。

 一歩、前に進む。

 破壊音。…何かを踏んだらしい。

 足を上げる。

 ディスクだ。

 …見なかった事にする。

「先パーイ、居ますかー?」

 虚しく響くグレンの声。

 暫く経って、煙の向こうからハスキーな女性の声が返ってくる。

「グレンか?」

 その部屋の主は、部屋の最奥に鎮座していた。

 無数のモニターに囲まれた、コンソール一体型の机。机横の、かび臭そうな簡易ベッドと毛布。

 彼女自身も、ヨレヨレのTシャツにパンツ一丁、くわえ煙草に、目の下のくま。目鼻立ちは調っているが、血色はすこぶる…悪い。

「先輩 スモークチキンになっちゃいますよ?」

「チキンじゃなくてチーズ」

 女性はそう言って、伸ばし放題のボサボサな髪をかき上げる。

「チーズじゃ発酵しちゃってるじゃないですか」

 女性の自虐ネタにツッコミを入れるグレン。

 しかし、そう言ってる最中も…

「かゆ…」

「もう! 人前で股掻かないで下さい! お嫁に行けませんよ!?」

「婚期逃した三十路女に言う事じゃないよ、それ」

 女性は煙草をくわえたまま、ゴミ溜めのような机に向かい、キーボードを叩きながらグレンに問う。

「で、何の用?」

「この間お願いしたデータの解析、終わりました?」

「データ? ああ、ちょっと待って」

 女性はそう言うと、くわえていた煙草を、吸い殻で山盛りになった灰皿に押し付けながら、机の上を漁り始めた。

 紙の山が雪崩を起こす。落ちたディスクは床を転がって四方に散らばり、あちこちに。

 ああ、あのディスクはこう言う事だったのか。と、妙に納得したのもつかの間。

「先輩、机の上くらいちゃんと片付けてくださいよ…」

 見かねて、散らばる残骸達を拾いながら抗議するグレン。

 しかし。

「片付いてるよ、これ。お、有った有った」

 女性はグレンの抗議を、片付けられない人得意の言い訳で華麗にスルーしながら、ディスクを手に持った。

「前以て言っとくけど、物理は専門外。手元にある情報を客観的に全て集めて再構築したのが、これ」

 ディスクを机のスリットに挿入。

 モニターの一つが切り替わり、すぐに映像が始まる。

 それは、ある機体をワイヤーフレームで再現したCG映像だった。

「なんせ、情報があんたからのディスク一枚なんでね、苦労したわ。役立つ?」

「すごい…、十分ですよ先輩!」

「そりゃよかった。でもさ…」

 屈託のない笑顔で微笑むグレンに、女性は肩をすぼめながら、上目使いで眉をしかめる。

「こんなこと、私に頼んで大丈夫なの? 部署がちがうでしょ」

「大丈夫じゃない、かな…? でも、先輩には迷惑掛からないように…」

「私じゃなくて自分の心配しなよ」

「…いざとなれば、行くところが有りますから」

「そう、羨ましいわ…」

 女性がEnterボタンを押すと、ワイヤーフレームの機体はモニターの中で動き始めた。

 機体は“HMA‐h3I”。

 データは、リセッツクロウのブラックボックスからコピーした物だ。

「さて、これを見た時はたまげたわ。これ、ホントに本物の戦闘か疑ったくらい」

「言いたい事はわかりますよ、先輩」

「ああ、一言で表すなら…」

 二人の声が重なる。

「「化け物」」

 モニターの中では、リセッツクロウが敵機の群れと戦っている。

「カタログスペック超えてるでしょ、これ」

「ええ、それに機体各所の荷重バランス数値が異常です。グラビティドライバーで機体各所の荷重バランスをリアルタイムで制御して加速度と減速度を調整しているんでしょう」

 モニター内の戦闘で、リセッツクロウが“ヒウジ・プーベ”への体制に入った。

「この駆動スピード…末端の速さは音速を超えてますね」

「あ、これこれ、この変な技みたいな奴。これナンタラ体術とか言う…」

「機甲体術」

「そうそう、機甲体術。これ、こんな技をHMAでやるなんて、どうかしてるわ。ボアサイトもオフボアサイトもみんなミソクソになって…」

「先輩…、彼、最初から火器類手動管制ですよ」

「そんなアホな…」

「先輩も今、化け物って…」

「それは機体の事だ。見てみろ」

 彼女は映像を早送りさせてから、リセッツクロウがグラビティナックルを振り上げるシーンでコマ送り再生。

「ほらここ」

 映像内でリセッツクロウは、超高出力のグラビティナックルを展開した後、もののコンマ数秒で敵機の群れを突き抜けている。

「素人目で見てもわかる。グラビティナックルの出力以前にこの加速度。機体は瞬時に加速して、その最大加速度は100Gオーバー。リセッツクロウがどんな高出力の重力制御とスラスターを持っていても、瞬間的にこんな加速をするのは無理だ」

 モニターを見つめながら、グレンが呟いた。

「これ、もしかして重力波推進かも…」

「重力波推進? 宇宙用艦艇とか、サンヘドリンのディープフォレストとかに使ってる奴?」

「ええ。でもリセッツクロウの場合はアプローチが違う。リセッツクロウは“推進方向”に莫大な量の重力波を瞬間的に放射、その作用で推進したんですよ」

「つまり?」

 グレン曰く。

 リセッツクロウは、推進用の重力波を放射する前にまず、機体を強力な重力場で形成された真球殻で被った。ここまでは、普通のグラビティシールドと同じ。

 しかしその後リセッツクロウは、機体内部から機体前方に、グラビティードライバー用の重力子跳躍素子を用いて重力波を断続的に放射。重力波は空間作用点にマイクロブラックホールを生成。ブラックホールは瞬時に消滅するが、真球殻の発生源である機体を、球殻自身は置いて行く事が出来ない。結果、機体はブラックホールの生成と吸引、消滅を繰り返し、高速で推進する。

 次の瞬間、リセッツクロウは右腕のグラビティナックルで真球殻を内側からつっつく。

 つっつかれ、形を乱された球殻表面には強烈な潮汐力が発生。

 その力場に触れた物は何であろうと圧搾され、縮退し、純粋な熱エネルギーと化す。 

「これが、この加速とグラビティナックルの正体です」

「おい、そんな潮汐力どこから出力したんだ?」

「マルバス・エンジン」

「マルバスエンジン?」

「正式には“E144‐G” リセッツクロウに搭載された新型のトカマク型融合炉の通称です。GRASと炉を直結させた型式で、普段はリミッターが掛けられていますが、リミッターを解除することで莫大な出力を行使出来るようになる」

「ちょっ、ちょっと待て!」

 女性は頭を掻きむしった。

「あんたら、一体何を造ろうとしてんだ?」

「え?」

「これ、普通の人間じゃ手に余る代物だぞ。そんな機能を詰め込んで量産するなんて、コストの面から見てもナンセンスだし、それに…」

 突然、グレンがモニターにかじりついた。

 そこに映し出されていたのは、リセッツクロウとガーズマンの攻防。機甲体術同士のぶつかり合いだ。

「敵が…機甲体術を使ってる…?」

「驚いたろ? 私も最初は驚いたよ。ヴァリアントが機甲体術を使ってるのもそうだけど、この二機の戦い方。あんたの言う通り、乗ってる人間も化け物だよ…。この機体、一体誰が乗ってたんだ?」




***************






 彼は後悔していた。

 命令とはいえ、このような場所に来てしまった事を。

 彼にとって、ここに来るよりは戦場にいたほうがマシなのかもしれない。

 こんな…、こんな華やかな場所に来るよりは。 



 ――3時間前…


「誕生パーティー? 私がですか?」

 グラムは思わず、裏返った声でガルスに聞き返していた。

「そうだ。今夜、友人の誕生パーティーがある。それに、私の代わりとして行ってきてほしい」

「お断りします」

「何故だ」

「どうも、あのような場所は肌に合いません。誰か他の者に…」

「他に誰が行く? 元傭兵か? 若い下士官か? 女々しい少年か? じゃじゃ馬娘か?」

「ご自分で行かれてはどうです?」

「…私は行けん。行けんのだ」

「何故?」

「どうしてもだ」

 グラムは大きくため息をついてから、ガルスに問う。

「ご命令とあらば行きますが…」

「なら命令だ」

「…了解しました。で、一体誰の誕生日なんです?」


 三時間後彼は、かの誕生パーティーに出席していた。

 目線を遠くにやる。

 きらびやかな装飾を纏った招待客達は一様にグラスを取り、パーティーホール端のステージへ傾注。

 そこへ、シックで見るからに高価なパーティードレスを着た女性が登場し、彼女自ら乾杯の音頭を取る。

 歓声の上がるホール内。

 ジャーナリスト達のフラッシュが嵐のように瞬き、ステージから降りてきた彼女を途端に取り囲んだ。

「お誕生日おめでとうございます、議員」

「ありがとう」

「議員はサンヘドリン軍政議会を3年間歴任されていますが、今回の新型機導入についてどのようにお考えでしょうか」

「予算の無駄使いね。機体なら現行機の延命近代化で対応出来る…と、私は思っているけど…」

 女性が、グラムに気付く。

「では、近年の…」

「ごめんなさい、それはまた後日…」

 彼女の合図でSP達が記者達を押しのけ、女性はグラムの元へまっすぐ歩いてくる。

 その歩き方は優雅で、胸元の開いたデザインのドレスとも相俟って、上品でありながら非常にセクシーだ。

「失礼。一曲よろしいかしら?」





***************






「ミラーズ? グラム=ミラーズってあのサンヘドリンの?」

 彼女は少し驚いた顔をしてから、すぐに納得した。

 化け物な訳である。あのディカイオスのパイロットであれば。

 しかし、グレンに先輩と慕われるこの女性は、内心焦っていた。

 なによりも、グレンのその態度に。

 一方グレンは、“先輩”そっちのけでモニターの中に没頭している。 

「この敵機…、圧縮空間を使ってる」

「圧縮空間?」

「膨大な空間容積を、見かけ上僅か…本当に僅かな容積まで圧縮して…」

「つまり…あれ? バリアーみたいな物? GRAS…みたいな?」

「そうですね、GRASが硬い装甲で攻撃を弾くのに対し、圧縮空間は分厚い装甲で攻撃を受け止める…みたいな?」

「攻撃が届かないって事?」

「ええ」

「届かない…か…。でも実際このでっかい奴を撃破してる」

「大佐は本能的に、圧縮空間の弱点を悟ったんでしょう。格闘戦…それも敵の攻撃に合わせてのカウンター。相手に触れる場所、つまりヒッティングポイントに圧縮空間は展開できませんから」

「格闘って素手で?」

「その為の機甲体術ですから」

 グレンはさらりと言うが、実際そんなに簡単な問題では無い。

 しかしグレンは、更に言葉を続ける。

「ほら、この敵機の腕を粉砕したパンチ。打撃スピードは…、出ましたね…、遂に第一宇宙速度…」

「んなバカな…」

「そしてトドメの重力波放出…重力レンズまで…。でも、機甲体術にこんな技有ったかな…」

「ねぇ、グレン。あんた事の重大さに気付いてる?」

「え?」

「たった一人の人間が、たった一機の機動装甲で敵の群を撃破…。これはもう政治問題だよ?」

「政治問題…? 何故です?」

 女性は少し間を置いてから、灰皿の中からまだ吸い代の残っているタバコを拾い、指でつまんで伸ばしてから口にくわえ、ライターで火を点けた。

「理由は二つ。まず機動装甲。こんな物が量産されたら世界のミリタリーバランスは目茶苦茶だ。それが例え、サンヘドリンの機体でもな」

「そんな…、サンヘドリンは人類の為に…!」

「軍閥や地方集落はそんなの関係ない。連中にとっちゃサンヘドリンは自分達の持っていない兵器を大量に保有する恐怖の対象」

「…二つ目は?」

「ミラーズ」

「そんな、大佐を怪物みたいに言わないで下さいよ…」

「実際化け物だろ? この戦争が終わったら、彼はどうなる?」

「どうなるって…」

「機密の塊みたいな機体に乗って、戦況をひっくり返す能力が有って、挙げたらキリがない」

「でも! 大佐も先生も、みんなの為に…!」

「リセッツクロウの量産が始まらないのは、政治家の圧力が有ったからでしょ」

「う…」

「人類なんてそんな物。男と女みたいなもん。信頼してるなんて言っても、腹の底の探り合い。それで、その政治家って誰よ?」

「えっと、マリア…」

「まさか、マリア・エバ・ドゥアルテ・デ・ペロン!?」





***************






 二人はパーティーホールのダンスフロアでワルツを踊りながら、お互いの顔を見つめ合った。

 グラムは相変わらず、口を真一文字に閉じて冷めた眼をしているが、マリアは円舞を楽しむように微笑んでいる。

「お久しぶり、大佐。保護法の時以来かしら?」

 グラムの記憶に残っている彼女と照らし合わせても、今の彼女は全く変わっていなかった。

 記憶に残っている限り最も過去に初めて知り合った時、彼女は既に四十だったから、今は四十三…今夜で四十四だ。

 だが彼女は、相変わらずとても四十過ぎには見えない美貌と若さを持っている。

 敏腕の女性政治家で、この容姿。

 メディアがほって置く訳が無かった。

「いえ、対ヴァ法案の時以来です。マリア議員」

「今夜はエステルちゃんを連れてないのね」

「はい」

「これは私にもチャンスが有るって事かしら?」

 マリアが半歩、身体を寄せてくる。

「ねぇ大佐、今夜はケスティウスの使いで来たんでしょ? ケスティウスったら毎年呼んでるのに、一度も来た事無いんだから…」

 グラムは少し驚いた。

 友人であるとは聞いていたが、まさか名前で呼び捨てにする程の仲だったとは。

 彼は話題を変えようと、件の問いをした。

「議員はなぜ、新型機導入に反対を?」

「高い買い物よ? 慎重にならなきゃ」

「導入されれば、老朽し始めた従来機の三分の一を退役できます。運用は延命近代化処置したh2とのハイ・ロー・ミックス。長い目で見れば安上がりな筈です」

「h2の一部退役で、機密機だったh2のプラットフォームがノックダウン生産で解禁されるそうね」

「h3の導入に併せて、中央軍にF型が配備されます」

「“空軍”の件はご存知?」

「中央軍に新設される空中機動軍…でしたね」

「空軍は、キクチ金属工業社製の可変機体にジェネシック社製第4世代FCSとアーシェ・クロイツ社製ISRセンサーを組合せて運用するみたい。“陸軍”は焦っているわ。F型の配備に躍起よ」

「中央軍の後押しも有りながら何故?」

「F型が中央軍に配備されれば、軍閥や集落が騒ぎ立てるでしょうね。なんと言っても、未だにT‐72を使っている所もある事だし。それに、サンヘドリンの支部軍閥も黙っていないわ。自分達の持つ兵器のアドバンテージが、一気に薄れるんですもの」

「内輪揉めを防ぎたい訳ですか」

「それだけじゃない。友人の一人から知らせが有ったのよ。h3は危険だって」

「何か問題でも?」

「まさか…」

「私はh3に乗りました。あの機体は傑作機だ。あの機体には戦友達を護る力がある」

「ふふ…」

「何か?」

「まさか貴方の口から仲間なんて言葉が出るなんて…」

 ワルツの演奏が終わる。

「ありがとう、大佐。楽しかったわ。それと…」

 彼女はグラムに寄り添い、耳元で呟いた。

「ケスティウスに伝言…。もう、忘れなさいって…」





***************





 まず、コーヒーのありかがわからなくなった。

 朝食も自分で作ったけど、あまり美味しくない。

 二人で居た時は窮屈に思えた部屋も、今ではとても広く感じる。

 でも、もう慣れた。

 10年も経てばなおのこと。

「すまん、まだ生きてるんだ」

 大きなポプラの木の下。

 人気の無い、静かな淋しい丘の上。

 ガルスは、墓石の上に乗った枯れ葉を手で掃いながら、小さくそう呟いた。






Chapter 2

「ふぅ…」

 彼女は大きく溜息を吐いてから煙草の煙を燻らせ、頭を掻いた。

「だいぶ面倒臭い事に巻き込まれてるよね、アンタ」

「みたいですね」

「みたいですねって、そんな人事みたいに…」

「人事じゃないです。ただ、冷静なだけ。だって先生の作った物だから…。h2もh3も、必ず役に立つって信じてますもん」

「ねえ、グレン」

「はい?」

「アンタ、なんでここまでするの?」

「え?」

「アンタくらいの女の子だったら、休日には目一杯ショッピングして、スイーツ食べて、ネイルして、エステ行って、スパ行って、合コン行って…。遊びたい放題じゃない。なんで?」

「決めたからですよ」

「決めたって何を?」

「共に戦うって。彼と一緒に戦うって」

 真剣な表情でそう答えるグレンを見て、女はしばらくしてから、ニヤニヤと笑い出した。

「ははーん…成る程ね…」

「はい…?」

「社を飛び出してまで追っ掛けた男」

「は…?」

「でも彼は偉い軍人さん…。社会に引き裂かれる私と彼。あぁ…私は不幸なヒロイン~、みたいな?」

「えっ? ええっ? ち、違いますよ!」

「頬っぺた赤くして何言ってんの」

「そうじゃなくて…、私はそんなんじゃ…。それに大佐にはエステルが…」

「ああ、寝盗られか」

「違います!! 大佐とエステルは…、何と言うかその…とにかく違います!」

 女は、ムキになるグレンを見ながら、煙草をかじってケラケラと笑ってから、安心したようにグレンに言う。

「本当、アンタだけは…。アンタだけは昔と何も変わらないな」

「先輩?」

「アンタが本社から研究所主任になってサンヘドリンに行っている間に、私は不祥事で島流し。世の中も、周りの人間も変わっていく中で、アンタだけは変わらないでいてくれた」

 彼女はグレンに言う。

「付き合ってやるよ。最後まで。アンタだけじゃ危なっかしくてしょうがない」

「そんな先輩まで…!」

「毒を食らわば皿まで。それに…、あの野郎の鼻っ柱へし折ってやるいいチャンスだし」

「え? あの野郎って?」

 不思議そうに聞き返すグレンを遮るように、女はデスクの上に積み上げた硬貨を数枚取り、グレンに手渡した。

「グレン、悪いけどラテ買ってきて」

「え、今ですか?」

 彼女はグレンに、空になった紙コップを振って見せる。

「ハイハイ、ノンカフェインの砂糖抜きですよね」

「お、分かってるね」

「当たり前です。何年も先輩のお使いして来たんですから」

 席を立つグレン。

 その時だ。

「あ、ついでにさ、購買部でパンツ買ってきて」

「え? パンツ?」

 彼女は自分の下着を指差しながら言った。

「コレ、三日目なんだわ」

「…………」





***************






 ウイスキーの中に浮かんだ真ん丸な氷が、グラスの中で満月のように輝いている。

 土曜の夜だと言うのに店の客入りは疎らで、カウンター席に座る彼女を入れたら、4人しか居ない。

 行きつけの店と言う訳ではないが、気が向くと行く。

 尤も、休日になると客足が遠のく、不思議な店だが。


 ――外したくないんだ。

 レイラはグラスを見つめて、その言葉を何度も反芻する。

 ガルスの薬指にあった、シルバーのリング。愛する者との永久の愛を示す、誓いのリング。

 だが、彼が愛を誓った者は、もうこの世に居ない。

 だが、彼は指輪を未だに着けている。もう存在しない者の為に…。

 彼女は、彼に問うた。

 「なぜ指輪を外さないのか」と。

 彼は、「分からない。ただ、外したくない」と答えた。

 そうだ、世界に存在しなくとも、彼の心の中には、未だに… 

「あら、珍しい人が居るわ」

 彼女は声のした方向に振り向く。

 店の入口のドア。

 そこには、何故かエレナが立っていた。





***************





 ――お前は誰かに似ている気がする。

 私が一体、誰と似ているというのだ。

 私が、人間などに。

 お父様の敵であるディカイオスは、私の敵でもある。

 そして、ディカイオスにとっても、私達は敵だ。

 なのに、ディカイオスは私にとどめを刺さなかった。

 敵である私を、見逃した。

 訳を問えばディカイオスは、銃口を下ろし、背を向け、そう答えたのだ。

 そう、敵に背を向けてだ。

 解らなかった。

 理解出来なかった。

 だが、その事を思い出すたび私の思考中枢の中に、不明瞭で意味不明な感覚が沸き上がってくる。

 その感覚は、やがて大きくなって、ようやくその形を現した。

 ディカイオスを超えたい。

 ディカイオスを倒したい。

 そして、ディカイオスの事をもっと知りたい。

 私は初めて、人間の事をもっと知りたいと思った。

 ディカイオスに乗っている人間は、一体どんな人物なのか…。

 この目で見てみたい。

 触れてみたい。

 何故それほどまでに強く、優しいのか。

 私は知りたくなった。 





***************





 浮かぶ氷を揺らしながら、二人はグラスを付ける。

「誰への乾杯?」

「全ての独身女性に」

 エレナの答えに微笑むレイラ。

 レイラはウイスキーをロックで、エレナはモスコミュールをゆっくり口に運び、お互いを見つめ合う。

 同じ組織内、人伝えの接点はあったから、お互い知らない仲ではないが、このように腰を据えて呑むのは初めてだ。

 まして、生活のリズムに交差点が無ければ尚更。

「ここ、よく来るの?」

「いえ、時々…」

「そう。私は初めて。こんな偶然、運命かも」

「運命…ね」

「あら、悩み事?」

「え?」

「悩んでる顔もいいけど、いつもの落ち着いてる表情の方が私は好きよ?」

「なんか、口説いてるみたい」

「そう思ってもらっても結構だけど、今はあなたの話の方が興味があるわ」

 レイラは少し困った表情でウイスキーを一口。

「私の事は、いいわよ…」

「恋の悩み?」

 酒のせいか、レイラの頬がほんのりと赤くなる。

「照れなくてもいいでしょう? 処女じゃあるまいし。それに私は心理学者よ? 話さなくても聞き出しちゃうんだから。相手は誰?」

「………」

「ケスティウス司令?」

「………」

「あら、図星…?」

 レイラの頬が、更に赤くなる。

「でも…彼には奥さんが…」

 エレナの目が輝いた。

「あら、大胆。職場不倫」

「そうじゃないの…。彼の奥さん…天国に居るから…」

「最近?」

「昔だけど…」

「なら良いじゃない。汝、隣人の夫を欲してないわよ」

 聖書の文句を捩って笑うエレナだが、レイラの顔は暗かった。

「でも…、彼の中にはまだ、奥さんは生きているのよ…。彼…、まだ指輪をしているの。きっと、ずっと外さないで来たのね…」

「彼はあなたの事をどう思っているの?」

「聞けないわ、そんな事…」

「何故?」

「失うのが…怖くて…」

 エレナは大きくため息をついてから一言。

「ねえ、レイラ。あなたケスティウス司令と寝たいと思った事はある?」

「え? なぜ急にそんな…」

「私はね、寝たいと思った人がいたの。猛烈に求めた人が。彼も拒まなかった。大戦中で、彼は兵士。戦いから帰って来れば必ず求めあって一晩中愛し合ってた。私は思ってた。側に居たい。支えになりたい。役に立ちたい。どれも建前は違うけど、中身は全て同じ。“愛したい、愛されたい”。男女の友情? 笑っちゃうわ。神様はね、男と女は結局愛し合うように創っているのよ」

「なら…、彼は私と寝たいと…?」

「それは分からないわ。でも、彼もあなたと同じなんだと思う。失うのが恐い。忘れたいと思っていても、忘れてしまうのが恐い。指輪を外してしまえば、なにもかもを忘れてしまうかもしれない。それが恐い」

「待たなきゃいけないのかしら…」

「彼を変える自信ある? あなたが目印になって彼を導く自信が」

「無いわ…。でも…、そんなのずるい」

「ずるい?」

「男の人はどんどん変わっていけるのに、女には変わらずに待ってろだなんて…そんなのずるい」

 レイラはそう言って、視線を遠くにやる。

 エレナが言った。

「彼ね、私に待つなって言ったの。それで私は、彼の元を去ってしまった」

「待つなと言った彼の、気持ちは分からないけど、やっぱり二人で居た方が幸せだと思う」

「そうね…」

 話に夢中になり、気付けばグラスの中には氷が溶けた、水の層が出来ていた。

「薄くなっちゃったわね」

「いいわレイラ、飲み直しましょう」

 二人は先程と同じ物を注文し、グラスを傾ける。

 レイラが問う。

「何へ乾杯?」

 エレナは答えた。

「全ての待つ女性へ」





***************






「エースのファイブカード」

 ビンセントが綺麗に揃ったトランプカード五枚をテーブルの上にオープンする。

「ダァーッ! またビンセントの一人勝ちかよ!」

「旦那馬鹿強っすよ!」

 ぶー垂れるハリーとサブを尻目に、ビンセントはテーブルの上の紙幣を掻き寄せた。

 ハンガーでカードに興じる三人。

「お前らとはツキが違うんだよ。ハリー配れ」

「ツキじゃなくってイカサマっぽいっす。クローズド? スタッド?」

「機体に爆弾しかけちゃる。クローズド」

 各自、配られたカードを見てベット。

「酒でもありゃもっとよかったがな。二枚」

「駄目ですよ旦那、当直でしょ。四枚」

「次こそコロス。三枚」

 ビンセントがニヤリと笑う。

「おい、ハリー。そういえばユリアがお前と遊びに行きたいって前言ってたぞ」

「まっ、マジっすか?」

 動揺するハリー。

「え、ハリーお前貧乳好きなの?」

「ちょい、お前…」

「いや、サブさん。貧乳好きとかそんなんじゃ…」

「おい、お前も…」

「ハリー…、オッパイは大きくてナンボだろう? なぁビンセント?」

「今まで無視しといてアレか? 今になってオッパイネタを俺に振るのか」

「いいから、お前はどっちなんだ。大が小か!」

「尻」

 拍子抜けするサブとハリー。

「あ、あれぇ? あの留置所でのオッパイ音頭はなんだったんっすか?」

「いやぁよ、正妻と愛人は違うだろ?」

「お前アホだろう? イオちゃんを見てみろよ。あのはち切れんばかりのミルクタンク! 天然のエアバックだぜ、ありゃあ?」

「確かに揺れる。潔く揺れる」

「胸ならあの人が居るじゃないっすか」

「誰よ」

「エレナさん」

「ハリー…、お前…」

「ありゃあ規格外だろ」

「ああ、ビンセント。あれは語るまでもねぇ。ありゃあ歩くセックスアピール…、いやエロスそのものだ」

「ああ。あの長身に長い脚。細い腰にでかい胸。神は彼女に二分も三分も与えたもうた。まあ、俺は尻だがな」

「尻なら誰よ」

「レイラかな? ガルスんトコの。あとはグレンちゃん。想像してみ? あの豊満なヒップが歩く姿を。一歩踏み出す度に左右の大臀筋がスカートを内側から持ち上げ、ラインが浮き出る、その姿を!」

「ふ…、甘いな、ビンセント。一つ教えてやろう。尻は…、挟めないぜ?」

「ユリア姐さん、何気お尻可愛ゴベバッ!」

「…いや、お前こそ甘い。胸はな、垂れる!」

「尻だって垂れるじゃねぇか」

「うっ!」

「胸は美の象徴だぜ? 解っちゃにねぇなぁ…」

「じゃあお前はベッドでも尻を触らないんだな?」

「何ぃ…?」

「それに胸はゴマカシが効く。いざ脱がしてみてガッカリなんてのは真っ平ゴメンだ。だが尻は素材そのものの味が出る」

「でも最近はお尻の矯正下着もあるみたいっすよ」

「そらみろビンセント!」

「くそっ! 黙ってろよハリー!」

「ワシは哀しいぞ、若者達よ」

 ビンセント達の馬鹿騒ぎを聞き付けた術長が、腕を組んで立っていた。

「乳だの尻だの、お前らは思春期のガキか!」

「いや、術長、しかしだね」

「男なら属性に惚れろ!!」

「へ…?」

 呆然とする一同を尻目に、術長は語り始めた。

「清純一筋な春雪ちゃん! 最近小悪魔的なサラちゃん! 天然キャラのイオちゃん! 実はエロいツンデレ学級委員長的なエステルちゃん! 私はいつもここにいますよ的なレイラ嬢! これぞバイセクシャルクオリティなエレナ嬢! いいか、俺だって若い頃にぁ、カーマ・スートラ風にくんずほぐれつ、〇〇に〇〇〇を〇〇〇〇〇…」

「うわぁぁぁぁあ、このジジイ誰か止めろぉぉぉ!!!」


 暗転。


「まぁ、確かに清純な子はイイかもしれん」

「確かにな、ビンセント。春雪ちゃんなんて、うなじが輝いて見えやがる」

「え、サブ春雪ちゃん狙い?」

「例えばだ、バカ」

「そう考えるとグレンちゃんはかなりの高得点かもな。清純で胸もあって尻もなかなか…」

「エステルさん」

 ハリーの言葉に、全員が振り向いた。

「ああ、確かに…性格も色っぽい」

「胸もかなりある」

「脚長いっす」

「尻が良い」

 何やらふやけた顔で天井を見上げる四人。

 しかし次の瞬間…。

「チクショウ、グラムの野郎ぉぉ!! あの尻を好きなように…!」

「あの若造め、固そうな顔してアッチも硬いのかぁぁぁ!」

「エステルさんは…エステルさんはぁ…!」

「自分はどうでもいいっす」

「私が何か?」

 聞き覚えのある声に、一同が凍り付いた。

「エエ、エ、エステルさん…」

 呂律の回らないビンセント。

 エステルの手には、ビニールチューブが握られている。

「あら、私何故こんなもの持ってるのかしら? ねぇ、皆さん?」

 目の座ったエステル。

「ちょっと待て、エステルちゃん」

 ビンセントの言葉を無視して歩み寄るエステル。

「ねえ、どうして欲しいの?」

 逃げられない一同。

 身体が、言う事を聞かない。

 まるで、全身の全神経が凍り付いているようだ。

「ねぇ…」

 ビニールチューブをぎりぎりといわせながらハイヒールの靴音を盛大に鳴らして仁王立ちするエステル。

 もう、限界だ。

「「「「お仕置きしてくださぁぁぁい!!!」」」」

 エステルはニヤリと微笑み、ビニールチューブを振り上げた。

 部屋に響く、ビニールチューブが空気を切る音。

 後に男達は口をそろえて言う。


『エステルさんの鞭責めはマジハンパねぇーっす』





後半へ続く。


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