ACT16 鉄鋼人
ガルスのもとに現れたアングリフ治安局局長。それは、ある男の、新たな戦いの始まりだった。
Chapter 1
彼のボディーが、闇に包まれた空へ飲み込まれていく。
明かりは一つも見えず、上も下も解らないような落下の中で、彼のボディーだけが黒に冴え渡っている。
重力に捕われ、更に加速を続けるボディーは、減速もしないまま、闇の中へ降っていった。
――48時間前
「珍しい事もあるものだな。お前から顔を出すとは…」
応接室のソファーに腰掛け、二人は相対していた。ガルスはアングリフの顔を睨み付けている。
そんなガルスに、アングリフは言い返す。
「お前の補佐官が美人だと聞いてな。コーヒーを飲みに来た」
「ふざけた事を…」
ため息一つ。
「袂を別けてからもう20年か…早い物だな」
「…どうぞ」
レイラが、アングリフの前にコーヒーカップを置く。
「ありがとう」
ガルスが、アングリフに言った。
「お前が治安局の局長になったと聞いて、正直肝を潰したよ。まさか本気だったとは…」
「お互い出世したものだな。お前は陸軍兵士…私は情報部の諜報員…適職と言えば適職だがね。旨いな…このコーヒー…」
「やってる事は昔も今も変わらん…。そうだろ?アングリフ」
アングリフは大きく息を吐いてからガルスに言った。
「力を貸せ。ガルス」
「聞くだけなら」
ガルスの目の前に、ファイルが置かれる。
「アストレイは知っているな?」
「反統合体勢力の……」
「それが近いうちに、行動を起こす」
「なぜサンヘドリンに?」
「この写真を見ろ」
数枚の衛星写真。
「これが奴らの基地を撮影した一週間前の写真だ」
「物資の搬入だな」
「そしてこれが4日前の写真…」
その写真に写る、大型のコンテナ。
「HMA…」
「そう…。しかも昨日、内偵に入っていた捜査官との連絡が途絶えた。捕縛されたと見て間違いない」
「捜査官の保身は?」
「奴らもすぐには殺さんだろう。捜査官を殺せば、我々に強制執行権が生じる。それに、HMAがあるとなると話が違ってくる」
「企業…」
「ジェネシック社だ」
「会社包みか?」
「いや…」
アングリフは懐から一枚の写真を取り出した。
「見覚えは?」
ガルスは答える。
「ロイ=マッケンジー…」
「奴はロックウェル事件にも関与していた可能性がある。臭いなんてもんじゃない」
「どこまで掴んでいる?」
「ノウマン=ロックウェルを覚えているか?」
「ロックウェル事件の首謀者だ」
「解体措置をとられた軍閥に、2週間もの間、中央軍と戦うだけの戦力が有ったのは、企業からの兵器提供があったからだ。その時、影にいたのはその、ロイ=マッケンジーだ」
「どうやって調べた?」
「奴の側に捜査官を張り付かせた」
「なんて事を…」
「ああ。捜査官はロックウェル事件が終わった2日後に、自宅の目の前で“事故死”した。加害者も逮捕した。今は新しい捜査官が付いている。今は捕われた捜査官を救出するのか先決だ」
「その後はどうするつもりだ?ジェネシック社ともなれば背後には…」
アングリフは答える。
「我々は警察官だ。法に則って行動する」
「法のために軍?」
「虎穴に入らずば、虎児を獲ず…テロリストの巣穴に行くのにテロリストになる必要は無いが“武器”は要る。一人でいい。兵士を貸してくれ」
「どんな兵士を?」
「そうだな…人間をぼろ布のように引きちぎり、銃弾も効かず、装甲車を素手で破壊し、HMAをも倒す…そんな兵士を…」
ガルスはため息をついた。
「過去に治安局が、軍閥を含む武装集団へ強制執行に入ったのは15回…そのうちの7回を“ASAF”が執行…。お前が直接指揮する治安局最強の強襲制圧部隊…アーマード・スペシャル・アサルトフォース…それを以ってしても…か?」
アングリフは、もう一枚の衛星写真を手渡した。
今度は赤外線写真。
「この端に写っている人間を見てみろ。人にしては熱量が大きすぎるし、機動装甲にしては小さすぎる」
「サイボーグか。それがどうかしたか?」
「これが通常に撮影した拡大写真」
「…こっちを…見ているな…」
「この後から衛星が基地へ近付けなくなった。このボディが写った写真を見た時、正直震えが止まらなかったよ…。まさか、もう一人生き残っていたとはな…」
「ファントム…」
「一人でいい。いや、一人しかいない。ティック=スキンド大尉を、我々ASAFに貸して頂きたい」
「…彼は今…」
「統合体中央軍教導部で教鞭を振るう教官…でしたかな?帰ってくるのでしょう? 明日…」
ガルスがアングリフを睨み付けた。
「彼に…同胞殺しをさせる気か?」
アングリフは答えた。
「…それしかないんだよ。ガルス…」
そう言ったアングリフを、ガルスは髭を撫でながら睨む。
「兵は準備しよう。武器も弾薬も付けよう。だが、そこまでして私に何の得が有る?」
アングリフは答えた。
「死んだ捜査官の体内からな、チップが見つかったんだ。さて、そのチップから出たデータは何だと思う?」
「見当もつかん」
「データは二つ。一つは人物のファイルだ」
「誰の」
「ソゾロキ=レ=ブランシェ。特Sランクの国際指名手配犯だ」
「ソゾロキ……」
「そうだ、ツァーリボストーク隊のソゾロキだ」
「もう一つは?」
「数字だ」
「暗号データか…。解読は?」
「未だに進んでいない。肝心な部分が抜けていてファイルとしては不完全なんだ」
「お前はどう思う?」
「660億桁にも及ぶ数字の羅列だぞ?臭いなんてもんじゃない」
「今はその“鍵”を探している訳か…」
「ジェネシック社にアストレイ、ソゾロキ、ロイ=マッケンジー……。どうだ、ガルス…。一つ噛んでみないか?」
ガルスは、正に鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔でアングリフを見据えていた。
***************
照り付ける太陽の下、幾つもの銃声が響いた。
銃声はその残響も消えぬ間に更に重ねられ、繰り返される。
「こちらガント…こっちの隊は全滅した。エイト、後は頼む」
「こちらエイト、了解した」
隊員達に合図を送るエイト。
サブマシンガンで武装し、ガスマスクを付けた漆黒の戦闘員達は、その隊長らしき男に導かれて一つの建物に接近した。
出されるGOサインと共に、隊員の一人がドアを破り、中に突入。
その瞬間、仕掛けられていたトラップが作動し、スモークが焚かれる。
突然の発砲音。
二人がやられる。
「奥の部屋だ!」
残った4人は左右に別れて壁に隠れ、スモークか晴れるのを待った。
徐々に広がる視界。
奥の部屋は暗く、隊員達は赤外線スコープを装着した。
指で合図を送るエイト。
彼等は3つを数えて部屋へ踏み込んだ。
無人の室内。
あるのは黒く塗り潰された一枚の窓。
突然、その窓が割れ、太陽の光が部屋一杯に差し込んだ。
日の光に、機能を失う赤外線スコープ。
目を覆う隊員達に、窓の外から容赦の無い銃撃が降り注いだ。
倒れる隊員達。
一応の射撃が終わり、床には4つの人間が転がった。
「エイト、お前の隊も全滅だ。何てこったい、お嬢さん方…」
地面に倒れた隊員達が、次々に立ち上がる。
「うるせえ、ガント!お前も同じだろうが!」
無線に怒鳴るエイトの後ろには、窓の外でロープにぶら下がる一人の女がいた。
「惚れちゃいそうだぜ、ジーナ。全くお前にはよ…」
彼女はロープを揺らし、部屋の中に飛び込んだ。
「惚れるなら玉付けてから来な」
挑発的な目で睨むジーナに、エイトが言い返す。
「今夜なら付いてるぜ」
彼女は物欲しげな目でエイトに微笑んだ。
「なら、今試してあげる…」
エイトの首に腕を回すジーナ。
その瞬間、エイトの顔が苦悶に転じた。
彼の股間に、深々とめり込むジーナの右膝。
エイトは前傾姿勢のまま地面へ倒れた。
「あら、ちゃんと付いてるのね」
痙攣するエイト。
「そ、そりゃない…ぜ…」
昇天。
治安局の発足と共に組織されたASAFは、MAPSを装備した武装部隊であり、各方面から集められた精鋭達がひしめいている。
ジーナは、その隊員。
こう見えても彼等は治安局の最精鋭部隊隊員なのだった。
「なんか不思議です」
新人のジムは、ロッカールームで先輩のガントにそう尋ねた。
ガントは、その鍛え上げられた身体からアサルトベストとボディーアーマーを外しながらジムに聞き返す。
「何が?」
答えるジム。
「先輩達3人ですよ。普段とか訓練の時とかは仲悪いのに、任務の時はそれを感じさせない」
「気が合うのは任務中だけでね」
「エイト先輩とジーナ先輩は…?」
ガントが嫌味な笑みを見せる。
「ジム…、ジーナだけはやめとけ。あいつはパンドラの箱と同じだ。開けるまでは綺麗な箱だが、開けてからは…」
「私がどうしたって?」
ガントの肩にあごを乗せるジーナ。
「ジ、ジーナ! エイトはどうした?」
「ここだよ!」
エイトが、相変わらず前傾姿勢のままロッカールームに入って来る。
「エイト…、お前またか! いい加減にしないとセクハラで訴えられるぞ!? なあ、ジーナ?」
怒鳴るガントに、ジーナは不敵な微笑みを見せてから答えて言った。
「そんな回りくどい事しない。いつか後ろから撃ってやるわ、エイト」
「おー、怖い怖い!」
「本気よ?」
「うっわー…」
ガントは二人を指差しながら、ジムに諭す。
「な、あの通りだ。うちらの繋がりは所詮“これ”だけなんだよ」
彼はそう言って、愛用の拳銃をジムに見せた。
「特にジーナは特別だ。彼女は元中央軍人で、零番教導…、つまり特殊先攻部隊の訓練を受けた鉄人だ。そこら辺の男が敵う女じゃない」
「ガント先輩…」
「なんだよ?」
「もしかしてフラれたんですか?」
ガントが、ジムの頭に銃を突き付ける。
「お前この場で殉職させてやろうか?」
「すんません! すんません!」
「止めなよ、ガント」
ジーナがガントを止める。
「私の話なんか聞いたって面白くもないだろ、チェリーボーイ。それより今夜飲みに行かない? ガントのおごりでさ!」
「お、俺の!?」
着替え途中なのか、シャワーに向かう途中なのか、彼女は下着姿のまま肩にタオルを掛け、ガントの肩に腕を乗せて寄り掛かる。
困った様子のガントを尻目に、ジーナの提案に喜んで賛成するジムとエイト。
その時、ロッカールームにアナウンスが響いた。
『召集命令。ASAF前衛隊員は、ミーティングルームへ集合せよ。繰り返す、前衛隊員はミーティングルームへ集合せよ』
ジーナがYシャツを羽織る。
「行くよ!」
四人は揃って、ロッカールームを後にした。
************
一機のVTOL機が、甲高い騒音を撒き散らしながら治安局本部の屋上に設けられた着陸ポートに舞い降りる。
機のランディングギアは一瞬大きく沈み込み、機体左右の安定翼先端に取り付けられたプラズマジェットエンジンが、身を揺さぶるような低周波を発しながらゆっくり停止した。
開放されるカーゴ室の扉。
そこから下りる一人の人間がいる。
“人間”?
はたして彼を“人”と呼ぶのは相応しい事だろうか?
身の丈は裕に2m半ばを超え、人のような目鼻口を一切持たない顔。
血の通う肉と臓物では無く、鋼鉄で形作られた身体。
脳を除く全ての器官を機械化した完全サイボーグ…。
そんな彼の左には、取っ手の付いた、3m近い長さの巨大なカプセルのようなケースが…、その右には限定核を運ぶかのような大型のアタッシェケースが置かれており、彼はその二つを軽々と持ち上げてから、機体のカーゴ室からゆっくりと歩み出た。
風に靡く彼のロングコート。
彼のセンサーアイが、外の光を浴びて鈍く光った。
************
「おかしくないか?」
ガントは顔をしかめたまま、ジーナとエイトとジムの三人に問い尋ねていた。
エイトがガントの言葉に賛同する。
「そうだな、ガント。召集されたのが俺達“前衛隊員”だけだなんて、今まで無かったぞ?」
彼の言う通り、過去にこのようなケースはただの一度も無かった。
それだと言うのに、今回召集された隊員は、ジーナ達を含めるとたったの8人。ツーマンセルで行動すれば、たったの4組に満たない。
いつもの半分以下だ。
「…なあ、そう思わないか?ジーナ」
エイトはジーナの目を見つめながら同意を求めて来る。
そんなエイトに、ジーナは言い返す。
「みんな忘れたのか?ASAFに入る時私達が誓った事…。何があっても指令には忠実遂行。たとえ中身がからっぽの指令でも、ヤることは一つ。狙って撃つ。それだけ。私達は考えなくていい。私達はただの人斬り包丁でいればいい。そうだろ?」
彼女の言葉に、皆沈黙で答えた。
そこへ、局長補佐官のヨハンが入ってくる。
ヨハンは、壁に埋め込まれた大きなスクリーンの前に立ち、机の上にファイルを置いた。
「ご苦労諸君。今回も諸君らに任務を与える」
「質問!」
エイトが勢いよく右手を上げる。
「何だ」
「何で俺達だけ召集なんすか?」
「今説明する」
ヨハンはスクリーンに向かってリモコンのボタンを押した。
スクリーンに、目付きの鋭い不精髭の男が映し出される。
「ジョンソン・E・カラド、43才。諸君らも知っての通り、数ある要監視集団の中でも特に注意が必要な集団…、便宜上我々が“アストレイ”と呼称している軍閥の司令官だ。我々はカラドの監視と、数々のテロ行為に対して捜査の根を張っていた。だが55時間前、軍閥内部へ潜入していた捜査官からの連絡が途絶えた。諸君らには、それを救出してもらいたい。諸君らは総員、装備102を着装。作戦領域までは航空大隊の輸送機を使用し、空挺降下。建物南側から侵入。諸君ら小数精鋭部隊は、速やかに状況を開始。目標を救出する。無線はモードCを使用。目標の救出が最優先だが、有事においては徹底的に叩け。ここまでで質問は?」
ガントがヨハンに問い質した。
「いくら救出だけが任務でも、我々だけでできるのか?」
ヨハンはガントに答えた。
「確かに、構内を常時制圧する事は不可能だ。だが、敵の動きに混乱を与え、また有事においては諸君らに対しての敵兵站線を寸断する事の出来るスペシャリストをゲストとして招いた。中央軍教導隊教官、ティック=スキンド大尉だ」
突然、話に聴き入っていたジーナの表情が凍り付いた。
「大尉は大戦の地獄を生き延びた猛者だ。その彼が諸君らに代わって敵を引き付けて下さる! 大尉のご厚意を無駄にしないよう、作戦は必ず成功させろ。出動は明日2300時。以上解散!」
ファイルを閉じ、ミーティングルームを出ていくヨハン。
それに続いて隊員達も椅子から立ち上がり、ミーティングルームを出ていく。
「おいおい、聞いたか?中央軍人様のお出ましとは、いよいよきな臭くなってきたな…」
ガントがエイトに話し掛ける。
「違いねぇ。それに来るのが一人だけとは…。なあジーナ」
ジーナは、椅子に腰掛けたまま、焦点の合わない瞳で遠くを見ていた。
「どうした…?ジーナ」
「ティック=スキンド大尉は“一人”じゃない…」
彼女はそう言ってから、三人を置いて部屋から出ていく。
「おい、ジーナ! どこ行くんだよ!? 飲みに行くんじゃ…」
「よせよ、エイト!」
顔を見合わすガントとエイトに、ジムが不思議そうに問い尋ねる。
「あの…、ティック=スキンド大尉って一体どんな人なんです?」
ガントは答えた。
「俺も詳しくは知らないんだ、ジム。ただ…」
「ただ…?」
「ジーナにとっては、特別な人だろうな…」
Chapter 2
朝から雨が降っている。
棒のような雨粒が、地面を叩く強い雨が。
その中で、何故私はこうも走り続けているのだろう…
昨日。
自分の言い出した事のくせに、結局彼等と共には行かなかった。
飲み屋の代わりに、私は局長室へ押しかけ、局長に詰め寄っていた。
「何だって?」
「ですから、私をこの任務から外して下さい」
「何で?」
「今のままでは私は闘えません」
「作戦が気に入らないの?」
「違います」
「だから、何が気に入らないの?」
「中央軍人と一緒なのが嫌なんです」
「君も元中央軍人だよね?違う?」
「だからです」
「中央軍で君に何があったか知らないけど、任務にはついてもらわないと」
「私達には同僚を選ぶ権利があります」
「だから?」
「はい?」
「そんな感傷的な言い訳で任務が選べるとでも思っているのか、ジーナ=バラム一等官。同僚を選ぶ権利は認めよう。だが、任務を選ぶ権利などお前達には無い!同僚が気に入らないとしても、それが任務に必要なら、お前達の権利などは無いと思え!任務を優先しろ!感じるな!考えるな!お前達は力だ!力は意思を持つな!」
風が雨粒を薙ぎ、横殴りの雨が彼女の身体を打つ。
気付いてみれば、彼女の脚は棒のようになり、ただ立ち尽くしていた。
…力は意思を持つな!
局長が最後に言った言葉。
自分でも分かっていた。
自分達のように、平時に於いてなお武力を行使する集団は、法の正義の下に殺人を容認される。
だから私は考えるのをやめた。
軍から治安局へ移る時に抱いていた全ての事を。
ここなら忘れられる。
ここでなら離れられる。
そう信じて、今日まで生きてきた。
******************
「9mm、まとめて2箱お願い」
彼女は装備課のカウンターで、二つの箱を受け取った。
「射撃練習にしては多くありせんか?」
装備課のエレミアが、怪訝そうな表情で書類を手渡す。
「関係ないでしょ」
そう言いながら書類にサインするジーナに、エレミアは周囲を見回しながら小声で話し掛けた。
「ちょっと聞いたわよ、ジーナ…。局長に盾突いたんだって?」
ジーナの手が止まる。
「女の噂って恐ろしいわね…」
「最近あなたが何も話してくれないからでしょ?」
「ごめん…」
射撃場へ入っていくジーナ。
彼女はレンジの前に立ち、二つのマガジンを取り出して弾を詰めだした。
一発一発、丁寧に、思いを込めるように。
彼女は12発の弾が詰ったマガジンを、グリップの中へ納めてから耳当てとゴーグルを付け、スライドを引き、銃を構えた。
軽く引かれるトリガー。
拳銃から発射された9mm弾は、シューティングターゲットのど真ん中を貫いた。
次々に発射される拳銃。
排出された薬莢が、地面に落ちて、無機質な音を奏でた。
ロックするスライド。
彼女が空のマガジンを抜き、もう一つのマガジンをグリップに納めたその時、彼女のいるブースから幾つも離れたブースから、まるで雷鳴のような発砲音が聞こえ始めた。
聞き覚えのある、特徴的な発砲音。
発射された弾は数センチの隙間も空けずに着弾し、ターゲット後ろの積み上げられた砂袋を四散させる。
射撃はいつしか止み、射撃場の中が、しん…と静まり返る。
会いたくない…
私の中で私の声が聞こえている。
なのに、なぜ私は彼の事を見つめているのだろう…。
喉の奥から絞り出す声。
声の向かった先には、昔と全く変わらない彼がいた。
「もう二度と会わないと思っていました」
身体の奥がぴりぴりとする。
彼は言葉を返さない。
彼の名はティック=スキンド。階級は大尉。
史上最強の兵士。
そして、私の教官。
「言う事は何も無いんですか?教官…」
彼は、口を(実際に口は無いけれど…)開いた。
「私はもう君の教官ではない」
体の芯が、ずきんずきんと疼き出した。
数年も昔、私は彼の擁する訓練部隊に入った。
訓練は熾烈を極め、雨の日も風の日も、例え何があろうとも訓練は続き、何人もの同期が耐え兼ねてリタイアした。
その度に教官はこう言って彼等を放り出した。
「彼らは逃げたのだ」と。
極限を越えた、虐待とも言える過酷な訓練の日々。
格闘実習では徹底的に叩きのめされ、模擬戦では容赦なくゴム弾を撃ち込まれ、痛みと涙で眠れぬ夜を何度も経験した。
実弾が、頭を掠める事もあった。
私も、逃げた。
「教官のおかげで今の自分があると思うと嫌になります」
「そうか」と一言、機械のような返事が返ってくる。
私は軍を出て、行く宛もなくさまよっていた。
そんな私を拾ってくれたのが、アングリフ局長だった。
局長は私にASAFという新しい居場所を与えてくれた。
軍に居たのが幸いしてか、私の戦闘技能は群を抜いていたらしい。
機甲戦闘、装甲格闘技、射撃術、戦術スキル…
私の戦闘技能は、皮肉にも教官から授かったものばかりだった。
彼の…、教官の事を忘れたくても、私の身体の中には彼の一部が住み着いている。
私の身体に食い込んで離れない、鋼鉄の亡霊が。
「身体が機械だと、答えも機械みたいになるんですね。教官」
彼は答えない。
私は彼に言い放った。
「痛みを感じない身体だと、人の痛みも分からなくなるんですか?」
サイボーグの身体は痛みを感じない。
戦闘には最適の身体。
「痛覚など戦闘の邪魔なだけだ」
「私は教官みたいにはなりたくありません。心からも痛みを消してしまえば、人は人でなくなってしまう」
「なら、痛みは君を強くしたか?」
「はい?」
「肉体の痛みがそうならば、精神の痛みもまた同義だ。暴力装置である我々に、そんな物は必要無い」
「だからですか?だからあんな事も平気で出来るんですか?」
教官は私に言った。
「彼らは逃げた。それだけだ」
自分の顔が、醜く歪むのを感じた。
「私が憎いか」
彼が、私の目の前に歩いてくる。
天を突くような大きな身体が、ゴトンゴトンと重苦しい足音を立てながら。
「来ないで下さい…」
「それ程までに私が憎いなら…」
「来ないで!」
私は教官に向かって銃を向けていた。
頭の中が真っ白になった。
「それ程までに私が憎いなら、その銃で私を撃てばいい」
「え…?」
教官は私の顔をじっと見据えて、銃口の前に立った。
「私を殺して見せろ」
私は銃を向けたまま、教官の顔を睨んだ。
「教官、私は…」
「銃を撃つのが恐いのか? 新兵…」
彼には顔など無いのに…
戦闘のみに特化した彼のボディーには、表情を現わす機能など無い筈なのに…
その時私には、教官の顔が笑っているように見えた。
私は教官の胸に向かって、3発の銃弾を撃ち込んだ。
人間で言うなら心臓に。
金属の砕ける破壊音。
弾は、教官の足元に潰れて落ちた。
「その程度の火器では私の装甲には傷も付かない。アーマーコートを着ていなくても、問題は無い」
私は我慢できなくなり、9mm弾の入った箱を教官に投げ付けた。
地面に散らばる9mm弾。
私は射撃場の出口へ向かう。
そんな私を、教官は呼び止めて言った。
「本当に殺したいなら、必ず頭を撃て。君の為にも…、相手の為にも」
私は無言のまま試射場を出た。
昔もこんな事があった。
私が軍を…
教官の部隊を去る時、教官は私の背中を見つめていた。
その時も、ちょうど今日のように雨が降っていた…。
************
[2330時、高度6000ft、ASAF輸送機・2番機内]
「大丈夫か…?」
エイトが、無線を通じてジーナへ話しかけてくる。
ジーナは目の前の席にいるエイトを睨み付けた。
「同じ機内にいるのにわざわざ無線?」
「あんまり凄んだ顔してるもんだからさ…」
「そう…?」
「例の中央軍人の話聞いてから少し様子が変だぞ? 確か、お前が軍隊時代だった時の教官だったっけ?」
「ええ…」
「教官って言えば結構な歳なんじゃないのか?」
「まあ…ね…」
「大丈夫なのかよ? そんなご老体に任せて…」
「老体? 教官は歳なんてとらないわ…教官は人間じゃない…。教官は…」
「到着5分前…! 総員最終チェック」
言葉を飲み込むジーナ。
輸送機の搭乗員が、彼女の言葉を遮った。
「暗視・視覚情報、調整よし」
「吸気弁、ガス防御域作動。異常無し」
「駆動制御、異常無し」
「火器、装弾!」
輸送機の機内でMAPSの最終チェックを済ませる隊員達。
彼らを包む鋼鉄の鎧は、闘いへの備えを十分に施されている。
銃弾や爆風に耐える装甲。
十分な視覚情報。
身体能力の強化。
装着している感覚は殆ど無く、寧ろ普段より身体が軽く感じる。
まさに皮膚の一部のようになる。
そんな鋼の皮膚に包まれていても、心の中までは、鉄で覆うことは出来ないだろう…。
『私を殺してみせろ』
あの時なぜ、私は教官の事を撃ったのだろう…
教官の事を恨んでいないと言えば嘘になる。
しかし、殺したいほど恨んでいる訳ではない。
第一、教官を殺す事など、到底不可能だ。
それなのに、なぜ…?
教官は何故、私に撃てと言ったのだろう…
今更罪滅ぼしのつもり?
違う…。
教官の生徒だった時、教官は私に言った。
『撃った相手の事は、全て忘れろ』と。
教官は私に、自分を忘れろと言いたかったのだろうか…?
私の心から、自分を除き去れと言いたかったのだろうか…?
何故だろう…
身体の節々が、ずきずきと痛む。
まるで、教官に叩きのめされた後のように…
忘れたくても忘れられない記憶。
身体に染み付いた、教官の一部…
身体に残った、彼が付けた傷痕…
その全てが、私を閉じ込め続ける。
教官が作り上げた、“鋼鉄の処女”の中に…
教官…
それなら何故…
何故あの時、私の背中を見送ったのですか?
何故引き止めてくれなかったのですか?
助けて下さい…、教官…
ここはとても狭くて…
とても冷たくて…
とても…
痛い…
私を見て下さい…
あなたが見放した生徒は、こんなにも醜くなってしまいました。
教官…
あなたの目は、どこを見ているのですか?
教官…
あなたの心は…
そこに居ますか…?
私は今、地獄へ降ります。
****************
[同時刻、ASAF輸送機・1番機内]
彼は、ただ静かに佇んでいた。
暗い輸送機のカーゴ室。
その中で、ただじっと、その時を待ちながら。
「ポイント到達10分前…高度6000ft…」
「不気味な奴だ…」
中年の操縦士が、同じ位の副操縦士に思わずこぼした。
「確かに…。あそこまで極端にサイボーグ化した奴なんて見た事もない」
「これがファントムか…」
副操縦士が、怪訝な表情で聞き返す。
「ファントム?」
「知らないのか? 対機甲機械化猟兵部隊ファントムを…。大戦の遺産…、死者の亡霊…。大戦中、数々の機甲部隊が次々に姿を消した。そしてついに、いくつもの軍閥が潰された。不思議な事に、どの部隊も敵機と戦った痕跡が見つからず、ボイスレコーダーにはただ“助けてくれ!”とだけ残されていた。当時はシェルショックの集団発症と言われていたが、それは違った…。彼らは狩られていたんだよ…。ファントムに…。彼が、その唯一の生き残りさ…」
「よく知ってるな…」
「俺も、狩られた一人さ…」
「お前が?」
「左半身をごっそりえぐられた。それ以来、怖くてHMAには乗れなくなった。それで、軍を辞めたんだ」
彼がそう言った瞬間、機体は作戦領域へ到達した。
「ポイントへ到達」
席から立ち上がるティック。
彼は、特殊金属繊維で作られたアーマーコートを纏っているだけで、他は何も身につけていない。
開かれるカーゴの扉。
彼はそこへ、ゆっくり歩んでいく。
はためくコート。
外は夜の闇に包まれ、明かりは何も見えない。
「降下3秒前…2…」
彼は、扉の淵に立った。
「1…」
ただいま…
次の瞬間、一歩前へ踏み出した彼の姿が、一瞬にして消えた。
「…なんてこった…」
操縦士が、奥歯を打ち合わせながら呟いた。
「おい! どうした!?」
心配そうな副操縦士に、操縦士は答えた。
「あいつ今…、“ただいま”って言いやがった…」
************
彼のボディーが、闇に包まれた空へ飲み込まれていく。
明かりは一つも見えず、上も下も解らないような落下の中で、彼のボディーだけが黒に冴え渡っている。
まるで意思を持つかのようにはためき、波打つ、彼のコート。
輸送機の姿は既に消え、周囲の全てが黒に包まれるなか突然、彼の視界に、白い取って付けたような塊が現れる。
暗い平らな地面に、ぽつりと立つ、明らかに人工の建造物。
彼は減速もしないまま重力に従い、ただその貼り付けたような建物に向かって行き、そして…
[同時刻、“アストレイ”営舎・A棟B棟間連絡通路]
話をしながら歩く、二人の兵士がいる。
二人は肩にライフルをぶら下げ、眠たそうな顔をしながら、地下倉庫の有るB棟へ向かっていた。
「まったく、馬鹿な奴だ」
「全くだ」
「まさかあいつがスパイだったとはな」
「俺は最初から怪しいと思ってたんだよ」
「バカ言うなよ。お前が一番、奴とつるんでたじゃねぇか…」
「違い無え…。カラドの旦那はよく気付いたもんだ」
「旦那は絶対、裏切り者は許さない…。奴もそろそればらされるだろうな」
「でもよ…、奴を殺したら、連中が黙っちゃいねぇぞ?」
「ASAF…か?」
「なんでも奴ら、最近また装備を強化したらしいじゃねえか…。どっかの軍と組んでるって噂も聞いた事があるぜ?」
「なんだよお前、ビビってんのかよ?心配すんな、こっちにはHMAが有る。カラドの旦那が乗れば敵無しさ。それに、スポンサーが遣した用心棒の先生様が居るじゃねえか」
「そう…だな」
「それより今度、女買いにいかねえか? あのイカレ野郎をさっさと引き渡したら、悪い事は忘れてパーッと…」
男の唇が未だ動いている矢先、目の前の天井が突然、轟音を立てて崩れた。
思わず声を上げて後退りする二人。
男は瓦礫の山を怪訝な表情で睨んだ。
立ち込める砂埃。
そこには、静かに佇む大男の姿があった。
「て、敵!?」
慌ててライフルに手を掛ける二人。
だが、ティックの手には既に一丁の拳銃が握られていた。
“拳銃”?
いや、“拳銃”と言うには、余りにも大きかった。
全長60cm、重量28kg。
15mm徹甲弾を発射するその銃には、〈Mahath〉…、すなわち、“畏怖”と言う意味の名が刻まれていた。
その鉄塊のように巨大な銃を軽々と振り回し、二人に銃口を向けて引き金を引く彼。
まるで雷鳴のような銃声と共に発射された15mm徹甲弾は、二人の頭蓋を砕いて脳髄を蹂躙し、頭部を四散させ、やがて突き抜ける。
異変を察知し、駆け付ける数人の兵士達に、マハトを連射する彼。
その、生身の人間を撃つには余りにも大きな弾丸は、血と脳漿を壁に飛び散らせ、噴き出した血液は文字通り血の海を形作った。
降下地点制圧確認。
ルート制限解除。
「こちら01…、降下完了。同地点の敵を排除した」
無線で通信するティック。
送信相手のジーナ達別動隊から、返事が返ってくる。
「02、了解。こちらも無事降下した。オペレーションオーダーに従い、これより施設への侵入を開始する」
「…了解」
切れる無線。
彼は、右手に持ったマハトのマガジンを入れ換えた。
ボディの全戦闘システムを起動。
行動開始。
Chapter 3
妙に優しい、懐かしい感覚。
この感覚は何だろう…
いつか感じたこの感覚は。
ここからでも感じる彼の気配。
あなたは、私を“感じ”ますか…?
[“アストレイ”営舎B棟南側外壁部、通用口]
「月が見えるな…」
空を見上げたガントが、ぽつりと呟いた。
先程から聞こえるサイレンの音。その音は、月に向かって吠る狼の遠吠えのように、暗い空に、広く、深く、響き渡っている。
「珍しく雲が晴れてやがる。満月は嫌いだ…」
ぼやくエイトに、ジムが問う。
「なんで嫌いなんです?満月…」
エイトは答えた。
「幽霊出そうじゃん?」
思わず脱力するガントとジム。
「お前なぁ…」
ガントが口を開いた矢先、同時に降下した01からの通信が入った。
「こちら01…、降下完了。同地点の敵を排除した」
無線にジーナが答える。
「02、了解。こちらも無事降下した。オペレーションオーダーに従い、これより施設への侵入を開始する」
「…了解」
切れる無線。全員の緊張が一気に高まる。
光学迷彩を起動。
隊員の一人が、通用口の扉に爆薬を取り付けた。
「装着完了」
扉の左右に別れて退避する隊員達。
次の瞬間、取り付けた爆薬が炸裂し、重い鉄の扉が吹き飛んだ。
それと一緒に催涙ガス弾も投げ込む。
「突入!」
立ち込める催涙ガス。
施設の中へなだれ込むジーナ達。
中は吹き抜けていて広く、ちょうどホテルか何かのエントランスのように階段とデッキが有った。
敵を捕捉。
一階左奥に一人。二階のデッキに二人の警備兵。
彼らは何が起こったのか分からず、ただ催涙ガスにむせている。
その警備兵達を即座に射殺。
サイレンサーの乾いた音が冷めた空気に囁き、打ちっぱなしのコンクリートに血飛沫が飛び散った。
「ああ、クソッ!」
エイトが叫んだ。
「渡されたマップデータと間取りが違う! 改装されてやがる!」
彼の言う通り、エントランスの一階奥にあった通路が塞がれていて、地下に通じる道が閉ざされていた。
「2階から大回りだな、こりゃ…」
吐き捨てるように呟くガントに、ジーナが言う。
「ここで引き下がったら何しに来たのか分からないわ」
2班に別れる彼等。
脱出時の援護と緊急時の応急対応の為に、4人がこのままエントランスに残り、後の4人が救出へ向かう。
救出へは、ジーナ、ガント、エイト、ジムの4人が向かう。
「行こう。気付かれる前に、少しでも早く」
頷く3人。
彼女達は階段を昇り、デッキを渡って室内へ入って行く。
先頭に立つガント。
ジーナは、MAPSの視覚に上書きされる彼のシルエットを目で追いながら、銃のグリップを握り締めた。
それは一方的な殺戮だった。
夜中の強襲。
彼らが持つ10mmアサルトカービンは、人体を確実に破壊出来るように軟頭で低初速のエクスプローダー弾を使い、銃声はサイレンサーで消去。
薬莢はカートキャッチャーの中に落ちる。
光学迷彩による姿の消去。
完璧なカムフラージュ。
反撃をする隙も与えず、確実に相手を殺害する彼らの技術。
通った道程に並ぶのは、人だった肉の塊。
死体の道。
「この先2ブロック、エレベーターシャフト」
ガントが、曲がり角の影から顔を覗かせながら言った。
「敵影は無し。シャフトを降るぞ」
安全を確認してから、3人にGOサインを出す彼。
彼はエレベーターのゲートをMAPSのパワーでこじ開け、3人をシャフトの中へ招き入れる。
「気をつけろ、底まで200mはある」
「いいわ、ガント。先に行きなさい」
通路に向かって銃を構えるジーナに、ガントが言う。
「大丈夫か?」
「何が?」
聞き返す彼女の声。
彼女の声のトーンはいつも通りで、任務中とは思えないほど落ち着いている。
安心?
俺達に対する信頼感ではなく、他の誰かから来る大きな安心感。
お前はそれを感じているのか?
「ガント!早く来い!」
ガントを急かすエイト。
ガントの姿が、暗いエレベーターシャフトの中に吸い込まれていく。
ワイヤーを使ってエレベーターシャフトの中を降りていく3人。
それに続いてジーナも、シャフトの中を降下していく。
「目標は地下3階B‐3ブロック倉庫! まずい、まずい、まずい!」
バイザーに映し出される情報を見てエイトは思わず声を上げた。
「MAPSを装着した兵士が5人…、いや6、7、8! 倉庫に向かってるぞ!」
ジムが答える。
「処刑する気だ…」
「慌てやがって…、狼どもが…!」
「みんな急いで!」
シャフト内を急速降下していく四機のMAPS。
倉庫へ急ぐ兵士達は、エレベーターの正面から延びる通路を、ちょうど反対側から走って来ている。
「くそ、あのスパイの野郎…! 仲間を呼び寄せやがった! 俺達皆殺しにされるぞ!」
兵士の一人が、上擦った声で叫んだ。
「だから今そのスパイをぶっ殺しに行くんだろ!? せめてそいつだけでも八つ裂きにしてやらなぁ!?」
今喋っていた兵士のスーツに銃弾が降り注いだ。
弾かれる銃弾。
8人は、通路を挟んで左右の曲がり角に隠れた。
「くそ!奴らこんな所まで来てやがる!応援を呼べ!」
「了解!」
無線で応援を呼ぶ兵士達。
ジーナ達は、エレベーター正面の通路と交差する通路の曲がり角左右に、ちょうど兵士達と同じように隠れている。
「強装弾に切り替え!」
叫ぶジーナ。
彼らの銃に、10mm徹甲弾が装填される。
エイトが言った。
「くそ!奴ら以外と対応が早い!」
ガントが答える。
「誰だ、マフィアだなんて言ったのは!?」
兵士達の放つ弾丸が、曲がり角の縁を削り取る。
12.7mmマシンガン。
「相手が誰でもやる事は一緒!」
銃のグリップを握り締めるジーナ。
彼女の言葉に、エイトが答える。
「狙って撃つ!」
続けてガントも。
「それだけだ!」
顔を見合わせて頷く3人。
ジムも、つられて頷く。
「倉庫は奴らと私達のちょうど真ん中! 奴らだって捜査官を殺すには私達を倒す必要がある! 数で押されたらひとたまりもないわ! それなら奴らが出る前に、私達が!」
兵士達からの攻撃は依然続いている。
ジーナは、大きく息を吸ってから心を決めた。
「ガント、エイト、ジム! 私が出るわ! 3人は援護して!」
ジムが叫んだ。
「そんな一人で! 僕も一緒に!」
「ジム!」
ジムを止めたのはエイトだった。
彼は言った。
「安心しろ、ジム。ジーナは俺達のエンジェルだ。天使は死なない!」
エイトはそう言って、20mmショットガンを構えた。
小さく頷いてからアサルトカービンを構えるジム。
ジーナは、反対側の通路にいるエイトとジムに、親指を立てた。
「3カウント! スタングレネード用意!」
エイトが、スタングレネードを取り出しスイッチを押す。
「いいぜ、ジーナ」
「ありがとう、エイト」
彼女はもう一度ゆっくり息を吐いた。
「3…」
マシンガンを乱射する兵士達。
「2…」
降り注ぐ弾丸。
「1…!」
スタングレネードを投げるエイト。
グレネードは、兵士達のいる通路の目の前に転がった。
「手榴弾だ!」
炸裂するグレネード。
特殊な化学合成炸薬が発する強烈な閃光と電撃は、兵士達の動きを、一瞬鈍らせる。
「今!」
曲がり角から踊り出るジーナ。
彼女はアサルトカービンを連射しながら走っていく。
それに気付いて銃を向ける兵士達。
次の瞬間、ガント達の銃弾が、彼らに降り注いだ。
「撃ちまくれ、エイト、ジム!」
「言われなくてもフルオートだぜ!」
彼女を援護して銃を連射するガント達。
エイトのショットガンから発射される一粒弾が、兵士の頭を打ち砕く。
ガントは、アサルトカービンを撃ちながら、背中に背負ったグレネードマシンガンを抜き、構えた。
「ジーナ!」
「……!」
ガントの声に応え、姿勢を低くするジーナ。
次の瞬間、ガントのグレネードマシンガンが火を噴いた。
「うおおおおお!」
彼の咆哮と共に、まるで機関砲のように唸る砲口。
排出される巨大な薬莢。
打ち出されたグレネードは兵士の目の前で炸裂。
数人の兵士が、スーツもろとも砕け散った。
それでも、残った数人が依然攻撃を仕掛けてくる。
銃を連射するジーナ。
「どけぇぇ!!」
************
一人の兵士が、絞り出すようなうめき声を上げて崩れ落ちた。
血を流し、地面で痙攣する兵士を見下ろすティック。
彼の持つマハトの銃口から、硝煙が立ち上っている。
突然、無数の弾丸が通路の壁を突き抜けた。
亀裂が走り脆くなった壁を打ち砕いて現れる大男。
男の身長と体格は、ティックより遥かに大きい。
「見つけたぞォ! 侵入者めェ! 我が城に忍びこんだ事を地獄で悔やむがいいッ!」
男はそう言って、ティックにその巨大な銃を向けた。
微動だにしないティック。
男はその姿を見て、高らかに笑い出した。
「がははははァ! 動けないかァ!? 無理も無いッ! 見よこの美しい肉体ッ! 遺伝子操作と薬物によって極限まで強化した筋肉ッ! 骨格ッ! 神経系ッ! 見よッ! この武装ォ! 本来戦闘装甲車に搭載する筈の30mm機関砲を取り外し手持ち化ァ! 砲弾は30mm炸裂破甲弾を使用ォ! 破壊出来ない物は無いッ! どうだ、恐ろしかろうッ! 逃げ出したかろうッ! だが逃がしはしないッ! お前はここで屍となるのだァ!」
自慢の筋肉と武器を自慢する大男。
その男に、ティックが言う。
「すまん、聞いていなかった」
男の顔が、怒りの為にみるみる真っ赤になっていく。
男はティックに向けて機関砲を撃った。
「砕け散れェ!!」
唸りを上げる機関砲。
砲弾が炸裂し、硝煙がティックの姿を覆い隠す。
「散れッ! 砕けろッ! 木っ端となって散華せよッ!」
次の瞬間、煙の中からティックの身体が飛び出した。
「むおッ!」
思わず声を上げる大男。
ティックは、男の持つ機関砲の砲身の上に立っていた。
「なるほど…。確かにパワーはあるようだ」
男が機関砲を振り回す。
「降りなさいッ! 降りなさいッ! 降りなさいッ! その汚い足を、私のハニーから退けなさいッ!」
ティックは、機関砲を足場にしてジャンプ。
空中でボディーを半回転させ、天井を蹴る。
「私のハニーになんてッ!?」
次の瞬間、彼の拳が男の頬を捉えた。
弾ける頬の肉。
彼の顔面の肉はえぐり取られ、砕けたあごの骨と歯と歯茎から血が噴き出している。
「ひぃぎゃあああ! は、はんでごどうぉ!(な、何て事を!)」
地面をのたうちまわり男。
ティックは、男の襟首を左手で掴んで持ち上げ、右手を彼の頭に当てた。
「なぎをずるぎだ!?(何をする気だ!?)」
ティックは答えた。
「骨格の強度を確かめてやろう」
月の瞬間、彼の右手に内蔵された超振動プレートが目を覚ました。
「うぐぅあああ!?」
振動数を徐々に上げていくティック。
男の頭全体が振動し始め、耳と目と口から血が流れ出始めた。
弾ける眼球。
頭の皮膚全体に亀裂が走りだし、その感触が熟れたトマトのように軟らかくなっていく。
突然、男の頭が割れた水風船のように爆ぜた。
飛び散る男の頭部。
ティックのアーマーコートは、男の返り血で真っ赤に染まっている。
その時、ジーナ達からの通信が入った。
「こちら02、目標を確保した。撤収する」
敵兵を排除し、捕われた捜査官を保護したジーナ達。
それを聞いた彼は、ジーナ達に答えた。
「了解…。合流地点へ向かう」
突然彼の脳裏に、鮮明なビジョンが蘇った。
自分が最前線で戦っている光景…
自分と同じ姿の兵士達。
砕け散る機動装甲。
燃え上がる機体。
それから這いずり出る、火だるまになった敵兵。
人であった事は確かなのに、もはや原型を留めていない肉塊。
銃声、銃声、銃声!
硝煙、硝煙、硝煙!
死体、死体、死体!
破壊、破壊、破壊!
何も生み出さず、何も護らない。
誰も、何も、自分さえも。
詩が聞こえる…
聞き慣れた、自分達の行軍歌が…
踊れ、踊れ、踊り狂え
我等は亡霊
滅びの子
踊り、踊り、踊り狂う
彼等は亡霊
滅びの子
火と硫黄の燃える湖から、生まれ出、滅びの申し子
しかし心せよ
亡霊を装いて戯れなれば汝…
彼のボディーが突然、甲高い高周波音を発し始めた。
次の瞬間、彼の脚部装甲の一部が展開し、高圧のプラズマジェットを噴射し始める。
その推力を受け、通路を高速で移動するティック。
彼は心の中で呟いた。
そこに居るのか…?
同胞達…
************
[A棟6階・第八通路]
「侵入を許した?」
カラドは、自分の後ろに付いて歩く部下達に、静かな声で問い質した。
「はい…。敵は約4名。侵入時には光学迷彩を使用し、警備兵を含む24名を殺害。例のスパイを奪取し、現在逃亡を謀っています」
「奴は?」
「つい先ほど、追撃に向かいました。兵を下げろと言っていましたが…」
「何を生意気な…」
彼はオペレーションルームの扉を開けた。
「緊急発令! 混成機甲部隊出撃! 5分でやれ!」
************
[同時刻、B棟2階・1番通路]
「大丈夫ですか?ボリス捜査官」
エイトが、自分の肩につかまっている傷だらけの男を労るように支えながら、そう尋ねた。
男は答えた。
「ああ、大丈夫だ。ただ肋骨を少しやられているようだ」
エイトは答える。
「頑張ってください。もう少しで脱出できます!」
ジーナが無線で言った。
「こちら突入班! 待機班聞こえるか?」
「こちら待機班、聞こえるぞ」
「怪我人がいる! 収容と脱出の準備を!」
「了解! 脱出信号はすでに打ってある。もうすぐ迎えが…」
唐突に切れる無線。
彼女は何度もコールする。
「待機班どうした?待機班!」
突然、先頭を歩いていたガントの足が止まった。
彼が呟いた。
「01…?」
彼等の前に立つ巨人のような兵士。
その姿はティックと瓜二つ。
しかし、ただ一人そこに立つその兵士はただならぬ殺気を発している。
「違うぞ…、なんか…、ヤバイ!!」
その兵士は、その右手に持った拳銃をゆっくりこちらに向けた。
その銃…
ジーナには見覚えがあった。
彼と…
ティックと同じ銃…
「マハト…」
次の瞬間、その銃が火を噴いた。
その弾丸を、辛うじて避けるジーナ。
彼等は急いで、交差する通路の角に隠れる。
叫ぶガント。
「なんだありゃどういう事だ?」
ジーナが呟いた。
「対機甲大型拳銃マハト…!」
「マハト?」
エイトが聞き返した。
ジーナは答える。
「あいつが持ってる拳銃の名前…。ファントムの標準装備!」
ガントが嘲笑気味に言う。
「拳銃一丁でどうする気だ? こっちはMAPSだぞ?」
次の瞬間、コンクリートの壁を砕いて、マハトの弾丸が曲がり角を撃ち抜く。
「うおい!弾がビシバシ貫ったぞ!」
「だから言ったでしょ!対機甲拳銃だって!本来はMAPSとか装甲車を撃破するための銃なんだから!教官は、いつも大切そうに持ち歩いてた…」
「それじゃあ奴はファントム!?」
「それよりどうするんだこの状況!」
ガントが言った。
「俺が出る…!」
ガントはグレネードマシンガンを構えて角を出た。
「ガント、駄目ェ!」
制止するジーナの声を無視し、彼はトリガーを引いた。
「この野郎ぉぉ!」
連射されるグレネードは、ファントムの胴体に命中して炸裂。
爆炎と硝煙が、奴の姿を覆い隠す。
弾切れするグレネードマシンガン。
突然、一発の弾丸が彼を貫いた。
「ガントォォ!」
エイトの絶叫と共に、仰向きに倒れるガント。
弾丸は彼の肩を貫いていた。
「ぐ…、複合セラミック装甲が紙だ!」
「起きろガント!」
彼の頭にマハトを突き付けるファントム。
絞り込まれる引き金。
マハトの撃鉄が落ちる寸前、壁を打ち砕いて、もう一つの巨人が姿を現した。
「01!」
「教官!」
ガントとファントムの間に入って立つティック。
彼はジーナに言った。
「早く撤収しろ。こいつの相手は私がする」
「しかし…!」
「これ以上消耗を増やすな」
二人の横を通り、脱出していくジーナ達。
それを見送るティックは、彼等の姿が見えなくなったのを確認すると、ゆっくり話し始めた。
「9年…9年捜した」
「まさかこんな形になるとはな」
見合う二人。
その姿はまるで鏡のように。
「無理か?」
「ああ、無理だ」
ティックは、自分のマハトを抜き構えた。
「9年分…」
「ああ、9年分だ」
同時に引かれる引き金。
二人はまるで吸い寄せられるかのように…。
導かれるかのようにぶつかり合った。
Chapter 4
[B棟南800m、部隊回収地点]
ジーナ達の目の前に降りて来る、大型の輸送機。
航空灯も部隊章も無いその漆黒の機体は、夜の闇に溶け込み、カーゴ室の赤い室内灯だけが蝋燭の火のように浮かんでいる。
大きく開かれたカーゴ室の扉。
何だろう?
カーゴの入口で機関銃を構えたガンナーが、私達に向かって何か叫んでいる。
捜査官の救出は成功。
負傷者はガントとその捜査官。
待機班は全員殉職した。
遺体の回収も、恐らくは出来ない。
今すぐ大声で叫びたい。
それなのに声が出ない。
カーゴの中で、エイトが私の肩を掴んで揺さぶっている。
やっぱり、何も聞こえない。
機体が高度を上げ始めた。
ただ一人、彼を置いて…
違う…
置いてけぼりなのは私だ…。
彼と共に…
自分の心も一緒に。
教官…
出来る事なら、あの時のようにもう一度だけ私の前に戻って来て下さい…
私はまだ、あなたに言いたい事がたくさん有ります。
もう…、何も言わないまま別れるのは嫌です。
教官…
いいえ…
傷だらけの貴方へ。
************
営舎内をまるで碁盤の目のように走る通路を、高速で機動する二つのボディーが在る。
かつての戦争が生み出した、在ってはならない闇の産物。
数多の殺戮。
そして、終戦。
歴史から取り残され、今や互いに銃を向け合うようになった二人を隔てる硝煙と弾丸の嵐。
その、マハトから発射される15mm徹甲弾は、互いを掠めあい、通路の壁に幾つもの弾痕を刻み付けている。
刹那、同時に弾切れする双方のマハト。
その瞬間、ティックは相手のタックルを受け、二人は一丸となったまま通路の隔壁数十枚を突き抜けてゆく。
スラスターを吹かすティック。
それでも相手の勢いは凄まじく、彼らのボディーは営舎の西側外壁を突き抜け、更に営舎の外に建てられた古い物資集積倉庫の外壁をも破り、ようやく止まった。
立ち込める砂埃。
倉庫の外壁を構成していた発泡コンクリートの瓦礫が辺り一面に散らばっている中、ティックは自分にのしかかるコンクリートの塊を片腕で薙ぎ、身を構えるように拳を握りしめる。
「投降してくれ、ブラス…。いまさら我々が戦う意味は無い筈だ」
見合う二人。
“冒涜者”の名を冠するファントム、ブラス=フェーマー。
“無感覚”の名を冠するファントム、ティック=スキンド。
同じ姿、同じ武器。
普通の人間ならば、“戦友”と言うであろう二人の間には、いつしか沈黙が訪れていた。
重くて不気味な沈黙が。
その沈黙を、ブラスが破った。
「知っているか、ティック。この世界で…、この巨大な掃き溜めのような世界の中で唯一公平な物を…。全ての人間に平等に与えられる物を…。それは“死”だ、ティック。どんな人間でも必ず訪れる瞬間…。あらゆる責任とくびきから開放される、人類共通の共同墓地。あの戦争から生き延びても、時が来れば必ず死ぬ。どれほど強健な戦士でも、自分の寿命に1インチを加えるも出来ない…。それが“死”だ。だがな、ティック…。我々はそれさえも奪われた!肉体を奪われ、記憶を奪われ…!最後の権利である“死”さえ奪われたのだ!解るだろう、ティック!我々は永遠に彷い続ける運命なのだ!そう、我々に与えられたこのボディーは、我々を永遠に縛り続ける!誰かがこの牢獄を破壊しない限り、我々は永遠に彷い続ける!私は求め続けた!この牢獄を破壊できる救い主を!だがこの忌ま忌ましい牢獄の防衛迎撃機能と私の戦闘本能は、私を縛り続ける!だが救い主は現れた…。お前だ、ティック。この牢獄を破壊できるのは、お前しかいない。同じ牢獄にいるお前しか…!」
ブラスは、空になったマハトのマガジンを抜き、予備のマガジンと静かに入れ換えた。
「さあ…、終わりを始めようじゃないか、…ティック!」
そう言って、ティックへ向かって行くブラス。
彼はその銃口を、ティックの顔面へ向けた。
引かれるトリガー。
その寸前、ティックの左腕がブラスの右腕を逸らし、弾丸はティックの右足足元にめりこんだ。
次の瞬間ティックは、ブラスの背面へ回り込み、その隙に自分のマハトをリロード。ブラスの背中へ銃口を向ける。
火を噴くマハト。
それと同時に、高速で機動するブラスのボディーが、至近距離で放たれる弾丸を回避する。
「いいぞ、ティック。お前の死を、私によこせ!」
振り返ったブラスが、マハトの銃口をティックへ向けた。
交差する二つの銃口。
二人の右腕は左右に押し合い、互いの銃口を逸らし合う。
腕を解くティック。
彼はブラスが向けてくる銃口を左腕で逸らし、高く構えたマハトをブラスの鼻先へ突き出した。
絞られるトリガー。
ブラスはそれを掴んで逸らし、左腕と右腕を交差させるようにマハトの銃口をティックの喉元へ向けた。
ブラスの右腕を掴むティック。
お互いのマハトは、お互いの頭の横で同時に火を噴いた。
二人の間を舞う、二つの薬莢。
その薬莢を弾き飛ばし、凄まじい早さで交差する二人の腕。
常人にはとても捉える事の出来ない攻防は、目に見えなくとも、その互いの腕がぶつかり合う音と、マハトの咆哮が物語っていた。
次の瞬間、流れるようにしなる二人の腕が互いの正面を捉え、マハトが火を噴いた。
弾き飛ばされる二人。
二人は互いの弾丸を左腕で防御し、着地する。
「銃の勝負では決着が着かん…」
「ああ…」
二人はマハトから手を離し、拳を締めた。
スラスターで加速する、ティックとブラス。
その瞬間、互いの右手に内蔵された超振動破砕装置が唸りを上げ、ぶつかり合った。
凄まじい衝突音と共に弾き合う二つの拳。
間髪を入れずに、今度は左手同士がぶつかり合う。
まるで雷撃のような巨大な放電。
超高電圧放電兵器。
その二つの電源から発せられる凄まじい電撃は、絶縁体である空気を突き抜け、照明を破裂させ、施設の骨格である鉄筋構造へ伝播した。
睨み合う二人。
ティックがブラスに問う。
「一つ聞かせろ、ブラス。死が、人を開放してくれるものならば、生とはなんだ? 人は縛られる為に生まれて来たのか?」
彼は答えた。
「人は生まれた時から死へ向かっている。生命は死ぬからこそ美しい。死こそ、生命の基本プロセスなのだ!」
そう言いながら、ティックの左手を押し戻すブラス。
ティックは、左腕に右手を添えて力を加え、ブラスの腕を止める。
「違う、ブラス!戦って死ぬ事、寿命で死ぬ事…。人は死ぬ為に生まれるのではなく、戦う為に生まれて来る!生命は、自分が生きている間に、少しでも運命に抗おうと戦うから美しいのだ!」
次の瞬間、ブラスはティックの右腕を更に押し込めた。
「きれいごとを吐かすな、ティック!もはや我々は人ではなく、ただの亡霊に過ぎん!塵は塵に帰り、灰は灰に帰る…。我らは塵から取られ、塵へ帰る!それの何が悪い!」
「馬鹿者が!我等が生きるは意味在っての事!かつて私と戦い、私を生かした戦士が言った!『生きて戦い抜いた先にこそ答えがある』と!たとえ亡霊になろうと、私はもう一度生きる為に戦ってから死ぬ事を選ぶ!」
ティックの左腕が、ブラスを突き飛ばした。
「小賢しい!」
指を組み、両腕を振り上げるブラス。
「ならばお前はそうするがいい! だが私は私の道を行く! 死こそ、私の答えた!」
彼はそう言って、両腕を振り下ろした。
ブラスの一撃を両腕で受け止めるティック。
その瞬間、彼の足元が陥没し、厚さ30センチのコンクリートで作られたフロアが砕けた。
地面へめり込むティックの脚。
ブラスは近くの壁から鉄骨を引き抜き、それを身動きの取れない彼へ振り下ろした。
重さ数百kgは有ろうかというH鋼材。
ティックはそれを左腕で受け止め、右手で叩き折った。
次の瞬間ティックは、地面ごと右足を蹴り上げ、コンクリートの破片を巻き上げた。
蹴り飛ばされる、巨大なコンクリートの塊。
それを易々と砕き、そのままティックへ殴り掛かかるブラス。
スラスターで加速された自身の全質量を乗せた、見事な程真っすぐな正拳突き。
ティックは、重ねた両手に渾身の力を込めて、その拳を受け止めた。
宙を舞う彼のボディー。
まるで、砲で撃たれたかのような大きな衝撃は、高性能緩衝ゲルに包まれた脳を揺さぶり、彼の意識を一瞬遠退かせた。
それでも彼には見えていた。
ブラスが構える、マハトと同じほどの大きさの銃が。
対機動装甲用電磁加速飛翔体射出拳銃…、“アーマグ”。
次の瞬間、その銃から放たれた弾丸は、ティックの頭部を掠め、背後に置かれた高圧ガスのタンクを貫いた。
轟音と共に爆ぜるタンク。
ティックのボディーは爆風に飲まれ、そのまま炎の中に落ちた。
「どうした、ティック。お前はその程度だったのか?」
呟くブラス。
だがティックは、彼の期待を裏切らなかった。
炎の中からほとばしる、一発の弾丸。
その弾丸は、15mm徹甲弾をも弾くアーマーコートを貫き、ブラスの肩を砕いた。
「それでこそお前だ! ティック!」
歓喜するブラスの腰を、更にもう一発の弾丸が貫く。
崩れ落ちブラス。
炎の中から歩み出るティックはアーマグをブラスへ向かって構えた。
ブラスの視界に映る、アーマグの銃口。
この銃は、正面から見るとまるで、柩のような形をしている。
「そうだ、それがお前だ。だがな、ティック。我々のボディーはこれくらいでは止まらん!」
力を振り絞り、アーマグをティックへ向けるブラス。
その瞬間、ティックのアーマグから放たれた10mm徹甲弾が、彼の左胸を貫いた。
仰向けに倒れる彼。
弾丸は、彼の脳生命維持用人工心臓を砕いていた。
ブラスの傍へ急いで駆け寄るティック。
彼は、ブラスのボディーを抱き起こした。
「ティック…」
「喋るな、ブラス。今私のバイオポンプと繋ぐ」
「やめろ、ティック。邪魔を…しないでくれ。それに、もう時間が無い」
彼の言う通り倉庫の外では、アストレイの機甲混成部隊が今まさに到着した所だった。
倉庫の目の前に並み居る四両の主力戦車。
その戦車の一つに乗る士官に、無線手の兵士が言った。
「中尉。機装兵の展開、いつでも行けます」
「よし、各員降車!配置に就け!」
「了解」
倉庫の中を、キューポラに取り付けられた望遠カメラで覗き込む士官。
その瞬間彼は、思わず呟いた。
「なんだ、あれは…」
そこには二つのボディーが映っており、一人はもう一人を抱き抱えている。
「中尉…! あれは一体どういう事なのでしょうか?」
「解らん! 先ずは投降を促せ。味方ならば応じるだろう。抵抗するなら射殺しろ!」
「了解」
倉庫を取り囲む戦車の一つから発せられる、投降を促す呼び掛け。
それを聞きながらティックは、バイオポンプから流れ出る人工血液を留めるようにブラスの胸を押さえている。
「行け、ティック…」
「お前を置いては行けない」
「駄目だ、お前は生きろ。お前は…ファントムらしくない。決心しろ、ティック…。お前は…、誰かの笑顔の為に死ぬべきだ…」
「ブラス…」
「詩を…、詩ってくれ…ティック…。我々の詩を…」
「待て、ブラス…!私を置いて逝くな…!」
「ああ…、ティック…。この瞬間が…、あの時で…最後なら…ば…、どんなに…楽だった…だ…ろう…」
ブラスが死んだ。
ティックの腕の中で。
静かに、眠るように。
彼は、ブラスの亡きがらを抱いたまま、詩を詩いだした。
「Dieser Körper wird in drei geschnitzt Was ein anbetrifft in der Schatulle Man schlachtet, im Platz Ein mit selbst essen und erschöpfen(その身を三つに切り分けよ。一つは柩に、一つは屠り場に、一つは己で喰い尽くせ)」
遠い過去、仲間達と紡いだ自分達の行軍歌。
その詩は、外にいる敵兵士達にも届いていた。
「なんだ…?」
「詩…?」
彼等にはたしかに聞こえていた。
自分達の、滅びの詩が…。
その瞬間、士官が無線に向かって叫んだ。
「全車! 砲塔で目標を狙え!」
旋回する砲塔。
ティックを睨み付ける、120mm砲と同軸30mm機関砲。
それでも彼は、詩を続ける。
Die Katakombe, die nicht die Zeiten hat, als es auf reflektiert wird(顧みられる事の無いカタコンベ)
Es tut erfaßt zu werden, Seele, vom Seitenrand gibt es Nr. und whirls und tanzt(集められし魂は、憑代無く舞い踊る)
Tanzen, tanzen, um zu tanzen, abweichen(踊れ、踊れ、踊り狂え)
Was uns anbetrifft Kind des abgereisten Geistes und des Fallens in Ruine(我等は亡霊、滅びの子)
Der Tanz, tanzt es, tanzt und weicht ab(踊り、踊り、踊り狂う)
Was sie anbetrifft Kind des abgereisten Geistes und des Fallens in Ruine(彼等は亡霊、滅びの子)
Es wird vom See, in dem das Feuer und der Schwefel brennen und herauskommen, das heaven-sent Kind des Fallens in Ruine getragen(火と硫黄の燃える湖から、生まれ出、滅びの申し子)
Aber Bezahlung Aufmerksamkeit(しかし心せよ)
Herauf abgereisten Geist ankleiden, wenn du spielst…(亡霊を装いて戯れなれば…)
「全員…」
Sie…(汝…)
「…撃てぇ!」
次の瞬間、120㎜砲が火を噴き、機装兵からの一斉射撃が倉庫に降りかかった。
砕ける外壁。
爆ぜる対装甲榴弾。
凄まじい弾丸と砲弾の嵐が、倉庫を爆発させる。
「撃ち方止め!」
撃ち止む攻撃。
燃え上がり、崩落する倉庫を見て、士官の男が兵士に叫ぶ。
「早く! 早く奴の破壊を確認しろ!」
怪訝な表情の兵士。
「え?」
「油断するな! 奴は我々の常識を超えている!」
「しかし、あれほどの爆発での生存は…」
そう言うのもつかの間、兵士は突然、凍り付いた表情で呟いた。
「そんな馬鹿な…」
怒鳴る士官。
「どうした! 正確に報告しろ!」
兵士は、震えた声で士官に答えた。
「センサーに反応有り! 目標健在!生きています!」
「何!」
嵐のように燃え上がる、真っ赤な炎の中に立つティック。
今、彼の両手には、アーマグが握られている。
「くそ! 砲塔のコントロールをよこせ!」
砲塔のコントロールをオーバーライド。
コントロールレバーを握りしめる彼の掌に、汗が滲み出る。
“亡霊を装いて戯れなれば汝、真に亡霊とならん”
彼が両手に持つ、二つのアーマグには、そう刻まれていた。
炎の中から歩み出る彼。
彼を取り巻く炎が、一瞬仲間達の姿を作り、消える。
「全車、APFSDS装填! 合図と共に一斉射!」
装填される徹甲弾。
戦車の120mm砲が、部隊へ歩み寄るティックを睨み付ける。
「砲射用意! …テェッ!」
引かれるトリガー。
各120mm砲から発射された4発のAPFSDSは、ティックの周囲へ次々に着弾し、衝撃によって巻き上がった炎が彼の姿を掻き消した。
「やったか!?」
奥歯を噛み締める兵士。
「いえ…! 目標健在!」
「馬鹿な! 直撃の筈…!」
「目標から高エネルギー反応!」
次の瞬間、士官の乗る車両より前に出ていた2両の戦車が、貫かれ爆ぜた。
「何事だ!」
「目標からの銃撃です!」
叫ぶ士官。
「主力戦車が一撃だと!? 奴は…、HMA並のレールガンを持っているのかッ!」
彼は奥歯を噛み締めた。
「全車後退! 機装兵を援護しながら目測で制圧射!」
急速後退する戦車の中で、兵士が叫んだ。
「中尉! あれは一体…、あれは一体なんなのです!?」
彼は答える。
「亡霊を装いて戯れなれば汝、真に亡霊とならん…! 大戦中、当時最大勢力を誇った軍閥の計画の中で、死亡した兵士の脳だけを蘇生し、兵器として使えないかと言う物があった…。痛みを感じず、何も思わず、命じられるがままに殺戮を行う人間兵器…! 戦争倫理に反した、存在しないはずの幽霊部隊…!対機甲機械化猟兵・ファントム!!」
士官の言葉に、思わず息を呑む兵士。
その瞬間、ティックは猛烈な勢いで部隊に向かって走り出した。
「応戦しろ!」
重機銃を連射する機装兵達。
ティックは、雨のように降り注ぐ12.7mm徹甲弾をものともせずに全身で受け止める。
地面を蹴る彼。
その瞬間、彼のボディーは軽く十数mを飛び越し、逃げ遅れた一人の機装兵を蹴り飛ばした。
彼の足の形にへこむ、機装兵の胸部装甲。
その兵は、身体をくの字に曲げたまま、宙を舞った。
「30mm!」
士官の声に応え、同軸30mm機関砲が、ティックに向かって徹甲弾を叩き込む。
それを回避する彼。
まるで滝のようにたたき付ける徹甲弾を、正確に避け続ける。
「駄目です! 早すぎま…」
途切れる無線。
また一つ、戦車がアーマグに撃ち抜かれた。
「小回りの利かん戦車では…! 機装兵は何を…!」
無線の向こうから聞こえてくる部下の叫び声。
それは、外にいる機装兵達の物だった。
その声を、カラドは発令所で聞いていた。
「3号車・4号車、大破!5号車も!」
「6号車擱座! 機装兵部隊、消耗率60%突破!」
カラドが呟く。
「私の360を用意しろ…」
一人のオペレーターが振り向いた。
「そんな! 司令が行かれるまでもありません! それに、敵ももうじき弾が切れます! そうすれば我々で……!」
「ふ、無理だな。いくら歴戦の猛者でも、奴には勝てん。だが、時間を稼ぐことは出来る。諸君、ご苦労、脱出を開始しろ」
彼はそう言って、発令所を出た。
「クソッ!相手は一人だぞ!」
機装兵の一人が、重機銃を連射しながら吐き捨てる。
視界に映る、仲間の死体。
彼は重機銃の銃身下部に装着されたロケットランチャーを放った。
「喰らえ!」
迫る対装甲ロケット弾。
ティックはそれを回避し、アーマグを二丁同時に撃つ。
二人の機装兵が、風船のように爆ぜた。
弾切れを起こす二丁のアーマグ。
彼は、右手のアーマグを地面へ捨てた。
「奴は弾切れだ!」
「撃て! 撃て!」
叫びながら重機銃を連射する機装兵達へ向かって行くティックは、右手の超振動ナックルで一人の機装兵の脳を刔り重機銃を奪うと、それを彼等に向かって撃った。
アーマグのマガジンを捨てるティック。
彼は左手の手首を曲げ、アーマグの銃口を下へ向けた。
その瞬間、アーマーコートの袖の中から、アーマグの予備マガジンが飛び出し、グリップの中へ収められる。
アーマグの銃口を起こす彼。
だが彼は突然、空を見上げた。
突然降り注ぐグレネード弾。
地面を焦がす爆炎が、ティックと機装部隊を遮断。
その中に、チョバムアーマーを全身に取り付けた、カラドの360h1が着地する。
「やっと叶った…! 貴様等をこの手で殺す瞬間が! 対機甲機械化猟兵・ファントム! 貴様等が地獄へ帰る時が来た!!」
TO BE CONTINUED...




