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VARIANTAS  作者: 機動電介
11/22

ACT11 花と鴉

ついに開始された新型機試験。様々な思惑が交差する中、黒い機体が空を翔る。

Chapter 1

 何もない空間。

 光も音も無い、絡み付くような濃密な闇だけが、そこには在った。

「我々は待ち続けた…」

 “闇”の中に、一つの赤い光球が浮かんだ。

「賢人会結成から、はや6000年…時は充分かけた…」

 光球がもう一つ。

 光球は、声に合わせて小刻みに、まるで心臓の様に膨張と収縮を繰り返す。

「しかし、今は好機ではない…」

 いつの間にか幾つもの光球が、円を描いて回っている。

「我々の計画に『時を掛け過ぎる』と言う事はない…」

「さて…?」

「デウスが、『彼』と接触した…」

「それにあの娘とやら…」

「やはり“娘”を欲したか…」

「なにか問題でも?」

「あらゆる可能性と結果を考慮する必要が有る…我々に、イレギュラーは許されない」

「かの若造と、その謀は?」

「少しは推進剤になりそうだ…暴走すれば消去する」

 沈黙。

「では諸君…御名の下に…」

 光球は闇の中に消えた。





************





[西暦2189年3月10日、統合体中央軍陸軍第四機甲師団第七機動連隊駐屯基地(旧デスバレー)]

 空の下、一機の黒いHMAが駆け抜けた。

 それをモニター越しに見守る技術者達。彼等は“そのHMA”や随伴機から送信される情報を全てチェックしている。

「リセッツクロウ、各機関問題無し」

「マルバスエンジン、臨界維持」

「グラビティ・ドライバー、出力安定…」

「目標現在速度、時速1050kmを突破…間もなく空力限界速度です」

 映像モニターにノイズが走る。

「チェイサー各機、オプティカルセンサーの故障か?画像が酷いぞ?」

「こちらチェイサー01、試験機に追従出来ない。カメラがデジタルズームでフレーム落ちする」

 黒いHMAの遥か後方を、三機のEー4が必死に後を追っている。黒い試験機は、背面に装備された二つのスラスターユニットを吹かし、更に加速。

 もはや追い付く事は出来ない。

「素晴らしい機体だ…流石は『HMAの父』と呼ばれるだけある…セルベトゥス博士…!」

 感嘆の声を挙げる技術者達の後ろ、豪華な皮張りのソファーに座る一人の男…ロイ=マッケンジーは、立ってモニターを見ている一人の老人にそう言った。

「機体性能だけではない…乗っているパイロットも、恐ろしい程に優秀だ…流石に…」

「…『英雄』と言われるだけある…」

 ニヤリと微笑むロイ。

 老人は彼に言った。

「あの機体は、儂と開発一課が生涯を賭けて作り上げた作品だ…他の機体には負けん!」

 博士の言葉通り、試験機は軽やかに空を舞っている。

「なるほど…素晴らしい機体だ…」

 グラムはこの機体のコクピットの中で感嘆の声をあげた。

 彼が何故この機体に?

 事の始まりは一週間前に遡る。




[一週間前、サンヘドリン本部司令官室]

 グラム、レイズ、ビンセントの三人は突然、司令官室に呼び出された。

 ガルスの前に立つ三人。

 ガルスは数枚の書類を取り出して言う。

「まず…グラム=ミラーズ大佐に二週間の出張を命じる」

 明らかに嫌な顔をしているグラム。

 ガルスはグラムを睨んだ。 

「ミラーズ大佐…面倒なのは分かるが、これにはちゃんとした理由が有る…」

 グラムは無言で溜息をついた。

「そこで、キングストン、ザナルティーの両名!」

「サー!」

「あー…」

「ミラーズ大佐が不在の間、両名には、24時間の警戒任務に入ってもらう!激務だが心して当たってくれたまえ!以上!質問は?」

 口を挟む余地を与えないガルス。

「有りません!」

 やる気満々のレイズ。

 一方ビンセントは…

「あー…俺、階級無いので、平時では指揮権ありませーん」

 どうにか逃れようとしていた。

「では、大尉に任命する」

 ガルスお得意の、『無茶な交渉』…。

「…俺、今痔に…」

 ガルスがビンセントをギロリと睨む。

「…すんません…」

 ビンセントは心の中で呟いた。

「(くそー…このオヤジ…やっぱり苦手だ!)」

 苦い表情のビンセント。

「では、二人は下がってよろしい!」

 敬礼してから出て行くビンセントとレイズ。

 二人が出ていってから暫く、ガルスがグラムに話し始めた。

「さて…5日後に、我が軍の次期主力機体トライアルが開始されるのは承知の通りだと思うが…」

「ええ」

「大佐にそのトライアルパイロットを頼みたい」

「トライアルパイロットに?」

「私もおかしくは思っている。しかしこれは、正式な書類を通して出されている」

「正式な…。それで、私はどこのパイロットに…?」

 ガルスはレイズの顔を見据えた。

「ジェネシック・インダストリーだ」

 グラムの表情が変わった。

 無言で、お互いの顔を見据える二人。

 重苦しい空気が流れる。

 大きな溜息をついてから、彼は首を縦に動かした。

「“任務”へ就きます」

「うむ…」

 グラムは靴を揃えて敬礼。

「なお今回、グレン=ヴェジエ博士も同行する」

「博士も?」

「彼女はジェネシック社から出向している身だ…召集がかかったらしいが…彼女は学生時代の恩師に再会するのを楽しみにしているらしい」

「恩師…」

「ミハエル=セルベトゥス博士だ」

 グラムは少し驚いた顔をした。

 セルベトゥス博士と言えば、HMA‐hシリーズを、たった一人で完成させたと言う天才だ。

 まさか彼女がそんな大偉人の教え子だったとは…。

 彼は、『通りで…』と心の中で呟いた。

「了解しました」

「…頼んだぞ。…グラム」

「全力を尽くします」

 そして一週間後の今日。



「クラウン管制塔へ…これよりジェネシック社製試作機との模擬戦に入る…」

 四機のレザーウルフが、編隊を組んで飛行。

 その手には火器が握られている。

「試験機、用意は良いか?」

「こちら試験機…準備良し…」

 グラムは試験機のコクピット内で大きく息を吸った。“HMA”に乗るのは久しぶりだ。

 火星での『あの時』以来か…

 彼は操縦桿をしっかりと持った。

「エステル…空対空中距離戦用意。胸部ビームカノン弱装。FCSエンゲージ…」

「了解」

 モニターに、火器の射撃視界が上書きされる。

 画面上を軽やかに動くクロスゲージ。

 照準は非常に細かく設定されている。

「1・2・3号機、戦闘用意!」

 四機のレザーウルフはグラムの乗る試験機へ向かって行った。





***************





 模擬戦を開始したグラム達。

 空を切り裂く雲の筋を、釘入る様に見る人の少年がいた。

 黒いショートヘアーに大きな瞳。

 初めて会った誰もが、少女だと勘違いするほどの美しい少年。

 彼は窓の淵に寄り掛かり、空中戦闘を繰り広げる5機のHMAをまじまじと見つめ続けた。

「一刃…そろそろ時間じゃぞ?」

 彼の後ろに、一人の老人が立った。

 杖をつき、紋付き袴と立派なあごひげで身を飾った、“いかにも”と言った老人だ。

「分かっています。御祖父様…彼等の機体を見てました…相変わらず凄い…」

「ふむ…」

 老人は髭を撫でながら、彼に歩み寄った。

「勝てるかどうか心配なのじゃな?」

「はい…」

「余り遠くを見すぎるでない…かと言って、目先の事ばかりを考えるでない…一刃よ…扉を見るのではなく、中に何が有るかを考えよ。中で何をするかは、入ってから考えれば良い…」

「はい!!」

 一刃は力強く頷いた。

「さぁ…水蘭と春雪が待っておる…自由に舞って来い!」

「行ってきます! 御祖父様!」

 彼は元気良く格納庫へ走って行った。




Chapter 2

「こちら3号機! 撃墜されました! 離脱します!」

 数発の光条に捕われ“撃墜”されたレザーウルフが、編隊を離れた。

 ビームの当たった箇所は塗装が燃え落ち、熱を帯びている。

「弱装とはいえ、なかなか効くな…」

 グラムは、高速で機動する機体を易々と操作しながらそう呟いた。

「胸部ビームカノンは通常出力なら『ソルジャー』クラスの威力があります。並の機体なら一撃で撃破出来るでしょう」

 エステルが呟きに反応する。

「ソルジャーと同等か…嫌な感じだ…」

 一瞬、機体をロール。

 攻撃を回避。

「目標、後方および左3度…来ます」

 素早く機体を機動。

 左ロールと左水平移動後、直ちに機体を降下。十字砲火を回避。

「くそ!速い…!」

「各機、目標は後方に発砲出来ない! 真後ろに集まり、プレッシャーを与えるぞ!」

 レザーウルフ各機はグラムの操る[リセッツクロウ]の真後ろに集結した。

「目標全機、当機後方に集結」

「後ろを取る気か…」

 グラムは、機体を地上に向かって急降下させる。

「追うぞ!」

 リセッツクロウを追うレザーウルフ各機。

 グラムは機体を地面スレスレで飛行。

「よし! このままたたき落としてやれ!」

 レザーウルフ各機は、リセッツクロウに向かってライフルを連射。

 模擬弾はリセッツクロウのすぐ後方に着弾し、砂埃を上げた。

 次の瞬間、グラムはリセッツクロウを仰向けにさせる。

「なに!?」

 機体は減速をせぬまま、脚部スラスターを噴射。脚が跳ね上げる。

 その瞬間最減速。

 機体は真っ逆さまのまま、編隊の間をすりぬける。

「回避…!」

 すれ違う両機。

 グラムはすれ違いざまに、ビームカノンを発砲。

 残り三機のうち二機を“撃破”。

 グラムは“撃破”したレザーウルフが手から離したライフルをキャッチ。

 残るは一機。隊長機のみ。

「クッ!」

 隊長機は機体を減速させ、急いで振り返るが、奪われたライフルから発射された一発の模擬弾は隊長機のコクピットに命中した。

「くそ!!」

 悔しそうに離脱するレザーウルフ。

「戦闘終了、敵映ゼロ。当機、レザーウルフを全機撃墜。当機に損傷なし。戦闘所要時間、4分20秒…お見事です」

 戦闘結果をグラムに報告するエステル。

 グラムは冷静な表情で言った。

「戦闘終了…帰還する」





************





 サンヘドリン対ヴァリアンタス軍次期主力機体選定トライアル。


 本部以外の軍駐屯地を持たないサンヘドリンが、中央軍の土地を借用して行われたこのトライアルは、『機体に多様性を持たせ、尚且つ低コストで高性能機を得る』と言う名目の下に行われた。

 その為、有名大企業だけでなく、零細中小企業からも参加が相次ぎ、全12社、参加機数8機と言う大競争に発展した。

 そして、その中には今まで“人型機動装甲”の開発製造に携わった事の無い企業も有った。

 [キクチ金属工業]もその一つである。

 キクチ金属工業…

 『最後の職人集団』やら、『ラストサムライ(!)』やら、『加治屋の皆さん』と呼ばれるこの企業は、昔気質の超精密な職人芸と、古代から培った金属加工技術で一躍有名になった“町工場”である。

 実を言うと、あの『メタニウム』を開発したのはこの企業である。

 そして今ここに、一機の機動装甲がある。

 “それ”は、最終チェックを済ませ、発進の時を待っていた。


「水蘭最終チェック終了」

「各機関、異常無し」

「お坊ちゃま…準備はよろしいですか?」

 コクピットに、管制室からの通信が入った。

「こちら水蘭、準備良し…それと、僕を“お坊ちゃま”と呼ばないで…」

 彼は深呼吸をした。

 目の前に広がる視界。

 ヘルメットのバイザーが彼の網膜を走査し、眼球に直接映し出す。

 感覚的には、コクピットに居ながら直接外を見ているような感じだ。

 視界の端に、小さなウインドウが開いた。

「若様…?」

 彼のイクサミコ、“春雪”。

「ん…」

「心拍が上がっています。何か問題が…?」

 彼を気遣う春雪。

「ううん…大丈夫…ちょっと興奮してるだけ。早く飛びたいんだ」

 彼は、操縦桿と二つのベダルを動かした。

 機体の肩に装着された“翼”が上下左右に動く。

 彼はもう一度深呼吸してから、その時を待った。





************





 彼は機体を降下させ、スラスターでバランスを取りながら、地表をゆっくりと移動させた。

 管制室から入電。

「試験機へ。現在の高度と速力を維持し、そのまま入庫せよ…」

 前方に、ゲートを開いた格納庫が見える。

「こちら試験機…了解…」

 グラムは誘導員の指示に従い、リセッツクロウを格納庫の中へ入庫。

 スラスターを軽く逆噴射。

 最減速。

 ゆっくりと着地させる。

 脚のダンパーが沈み込み、排気音と冷却システムの作動音が辺りに響いた。

「試験機、停止確認。整備班は作業を開始せよ」

 格納庫の中にアナウンスが流れた途端、さっきで誰ひとり居なかった格納庫内が、ジェネシック社の技術者で溢れた。

 コクピットからアンビリカルブリッジに降りるエステルとグラム。

 グラムは、ヘルメットを取ってから頭を左右に振り、首を鳴らした。

「お疲れ様です…」

 微笑むエステル。

「…うむ……」

 彼は大きく息を吸ってから、格納庫のゲートの外に広がる空を見た。

 その時彼は、一機の機動装甲が飛び立つのを見た。少し小柄な、“翼”のある機動装甲だった。

 突然後ろから、彼を呼ぶグレンの声。

 彼女は、ジェネシック社の制服の上に着た白衣をはためかせ、息を切らせながら駆け寄ってきた。

「ミラーズ大佐!おかえりなさいっ!」

 グレンは笑顔で、彼にタオルとミネラルウォーターを渡した。

「エステルもお疲れ様!」

 彼女は、グラムの後ろに立つエステルにも、タオルと水を手渡す。

「…どうも……」

 怪訝な表情のエステル。

 彼女は、渡されたタオルを小さく丸めて握りしめ、水の入ったペットボトルの処遇を迷いながら、困った表情をした。

 重苦しい音を立てながら閉まり始める格納庫のゲート。

 徐々に狭まる空を、グラムはじっと見ていた。

「大佐?」

「博士…今、飛んだ機体は何だ?」

「え?」

 思わず聞き返すグレン。

「今の機体…離陸にスラスターを全く使っていたかった。今までそんな機体は聞いたことがない」

「えーっと…今の時間ですと…」

「“水蘭”だ」

 思わぬ所から答えが飛び出した。

 グレンが声に反応し、後ろに振り向く。

「先生!!」

「…キクチ金属工業社製試作機・零叭式高機動可変強襲人型機動装甲、形式番号・試‐零叭ノ二式…通称“水蘭”…新型剛体フレームに高出力重力制御を装備…更に、新機軸である『グラビティーリフレクター』を装備した新鋭機…しかし所詮は、素人企業の作品だがね…」





************





 空から落ちてきた一つの物体は、地面にぶつかり、軽快な音を立てて転がった。やがてそれは、広範囲に及んで降り注ぎ、辺りに硝煙の臭いを漂わせた。

 金色の巨大な筒状の物体。太さが20cmはある、機動兵器用火器の薬莢だ。

「三番機!右から回り込め!」

 機体から雲の尾を引き、躍動する機体。

 右から接近した“敵機”が、高速で機動する水蘭を捉らえた。

「捕捉されました」

「くっ!」

 彼は機体を素早く反転させ、後ろ向きに飛行。

 視界に広がる火器照準を“敵機”に合わせ、ロック。トリガー。

 水蘭の装備する『レールマシンガン』から、凄まじい速さで模擬弾が連射された。

 甲高い発砲音。

 “敵機”は射線を回避。彼はトリガーを引き続けた。

 やがて、弾丸の描き出す光の点線が敵機と重なる。

 一機“撃墜”。

「三号機、被弾! 離脱します!」

 離脱していく敵機。

「春雪! 残弾数確認!」

 視界の端にウインドウ。

「レールマシンガン、残弾200。携帯火器はこれだけです」

 彼は舌を打った。

「銃は嫌いだ…」

 “敵機”残り3。

 彼は機体の高い機動性を用い、一機の背部に付いた。

 照準を合わせ、トリガー。レールマシンガンを連射。

 敵機のパイロットはベテランなのだろうか、彼の弾丸をことごとく回避する。

「こちら一番機!ケツに付かれた。援護してくれ!」

「了解!援護する」

 左旋回する敵機。彼は後を追った。

「左から二機」

 敵機を察知する春雪。

 他の敵機は、彼を待ち構えて左側面から攻撃を仕掛けた。

 降り注ぐ弾丸。

「くっ!」

 彼は機体を急減速し、寸での所で回避した。

「そっちか!」

 彼は敵機に銃口を向けた。

 視界に入る“警告”の文字。

 『火器、弾数0』

「だったら…!」

 彼は素早く火器を捨て、腰に手を伸ばし、模擬用のブレードを抜く。

「本当に…銃は嫌いだ…!」

 彼はそう呟くと、猛然と“敵機”に向かって行った。





************





「それよりも…どうだったかね?“この子”の調子は?」

 ミハエルはリセッツクロウの表面を撫でながら、グラムにそう聞いた。

「スラスターポッドを可動させた時に、極微量ですがフラッターがあります」

「グラビティースタビライザーとラテラルロッドだな…調整しておこう…他には?」

「いえ…以上です」

「分かった」

 ミハエルは直ぐさま他の技術者を呼び、事を説明してから作業を始めさせた。

「さあ、グレン君!君も油を売っている暇は無いぞ!」

「は、はい!先生!」

 鶴の一声のように姿勢を正し、固まるグレン。

 彼女は、ミハエルがいなくなったのを確認すると、そっとグラムに近付いた。

「ねぇ、大佐…私、この機体の外部兵装担当なんですよ!」

 少し誇らしげなグレン。

「次の対無人機の実弾戦の時にはすごい物見せてあげますね!」

「例の“EPC”か?…」

「何だ…知ってたんですか…?」

 ふくれた顔をするグレン。

「…パイロットは機体の事を最初に全て知らされるからな…知っていて当たり前だ…」

「なーんだ…つまんない…」

 彼女はふと自分の腕時計を見た。

「ああっ!もうこんな時間!早く行かなきゃ!とにかく、楽しみにしていてくださいね!腕に選りを掛けますから!それじゃ!」

 ハイテンションでまくし立てる様に話すグレン。

 正直彼は、こう言う女性が苦手だ。

 嫌いな訳では無い。

 だが、ついていけない…

 グラムは、そんな彼女と、どう接すれば良いのかが解らなかった。

 呆気に取られるグラム。

 そしてグレンは、グラムとエステルの二人を残して、急いで去って行った。

 グラムは、ブリッジの手摺りに寄り掛かり、大きく息をつく。

「疲れたな…」

「ええ…」

 相槌を打つエステル。

「HMAに乗るのは本当に疲れる…本当に…」

「グラム…」

「エステル?」

「…今日は、これで終わりですから…もう、部屋で休みましょう…」

 グラムの顔をじっと見つめるエステル。

 グラムは一瞬振り返り、リセッツクロウを見た。

 指を絡める二人。

 彼はもう一度、その日の疲れを全て吐き出すような大きな溜息をついた。

「そうだな…そうしよう……」

 微笑むエステル。

 彼はそういうと、彼女と共に部屋へ帰った。





************





 夜、彼の顔を見て、グレンは微笑んだ。

「どうかしたか?」

「いえ…こうやって、先生と一緒に居るのって初めてだなぁ…と思って…」

 駐屯基地居住部端にある小さな酒場で、グレンとミハエルは再会を祝していた。

「会うのは五年ぶりか…」

「ええ…」

 テーブルの上には、彼の好物であるザワークラウトが置かれていて、グレンもそれをつつきながら、ミハエルと同じスタウトビールを飲む。

「母が亡くなって以来、先生とは音信不通でしたから…」

「…博士が亡くなってもう五年…早いものだ…」

「そうですね…」

「グレン君も立派になったものだ…博士も鼻が高いだろう…」

「いえ!私なんてまだまだ全然…。兵器開発って難しいです…自分の創った物に、戦場で戦うみんなの命がかかっていると思うと…それに…“兵器”って、結局人殺しの道具なんですよね…」

「時代がそうなのだから仕方が無い事だ…我々に出来る事は、この時代を一日も早く終わらせる事…そのためには、我々のような兵器開発者が必要なのだよ…グレン君…」

 ミハエルは酒を一口飲んでから大きな溜息をついた。

「…博士は、こんな時代を望んではいなかったがな…」

「…母は…科学者としての“エステル・レイ=ヴェジエ博士”は、どんな人でしたか?」

 ミハエルは答えて言った。

「…博士が亡くなる前まで、私と博士は同じ開発チームに居た。博士は極めて…いや…神憑り的に聡明な人物でな…彼女はバイオコンピューターの基礎理論をたった一人で完成させ、人口脳技術の先駆けとなり、『意識の伝播』や『感覚域の拡張』などを発見。脳医学や生体電子工学に偉大な功績を遺した科学者だ…もし彼女が健在だったら、今の技術は一回りも二回りも進歩していただろう…」

「すごい人だったんですね…」

「君は、お母さんに似たのだな…」

「…父の事は何か…?」

 ミハエルの声の調子が変わった。

「君の父親の事は何も知らん…会った事も無い…」

「先生…?」

 無言のミハエル。

「すまん…グレン君…少し酔ったようだ…今日はこれくらいにしよう…」

 彼は、テーブルの上に二人分の勘定を置いた。

「グレン君…君は今の世界がこうなった根本原因を知っているかね?」

 首を傾げるグレンに、彼はこう言った。

「いつか近い内…知る事になるだろう…知りたくもない事も含めてな…」

「…どういう事ですか?先生…」

 ミハエルは彼女に覚え込ませるかのように言った。

「良いか、グレン君…事実は…決して隠せない…!」

 彼女にそう言い残し、ミハエルは席を立った。





************





 意識の中に響く声。

『記憶の再生は完璧な筈だ』

 誰だ?

『失敗では?』

 何だ? 何を言っている?

『強制着床を行う』

 あああああああああああああああああああああああ…

 圧縮された膨大な情報が一気に開放される。

 脳に直接熱湯を注がれているような痛み。

 脊髄に電流を流されているような感覚。

 彼は目を見開いた。

 無言。

 思考にブランク。

 白いシーツ。

 目の前に横たわる肌色の物体。

 震えている?痙攣?

 そうか…自分の腕か…

 ぼやける視界の中、壁に掛けてある時計に目をやる。暗い部屋。

 真夜中の3時。

 彼は腕を動かした。

 腕に電流が走る。

 前腕に微かな圧迫跡…

 グラムは、眠気で重みを増した身体を力ずくで起こした。

 頭の中に、重りが入っている…

 深呼吸してから部屋を見回した。

 彼女の―

 エステルの姿は無い。

 彼はベッドから降り、洗面所へ向かった。

 微かな明かりの中、洗面台の明かりのスイッチを見つけ、点ける。

 鏡に自分の姿が映った。

 彼は自分の顔を見つめた。脂汗をかき、酷く顔色が悪い。

「…ちっ…」

 舌打ちするグラム。

 彼はシンクに水を溜め、顔を洗った。

 冷たい水が、汗を洗い流していく。

 一息つき、彼は台に手をついた。

 毛先とあごから水滴が落ち、シンクに溜まる水と一つになった。 

「また…あの夢を見たのね…」

 彼は顔を上げ、鏡を見た。

「暫く見ていなかったのに…ここに来てからずっとこんな調子だ…」

「…薬…持ってきてあげたわ…」

 エステルは洗面台の上にピルケースを置いた。

「…この薬を処方したのは、エビング博士…?」

「…ああ」

「この傷痕も…?」

 彼の背中には、幾つかの爪で引っ掻いた傷痕があった。

 彼女はグラムの背中に寄り添い、少し背伸びをして、その爪痕に唇を沿わせる。

 エステルの小さな舌先が、背中の傷痕を優しく撫でた。

「…エステル」

 彼女は動きを止めた。

「…この戦争が終わったら、俺達はどう生きて行けばいい…?」

 彼女は答えた。

「…わからない…私はただ、今を生きるだけ…今生きている事を感じる為に、貴方とこうしているの…」

 肌に寄り添うエステル。

 彼女がベッドの枕元に置いたミネラルウォーターのペットボトルは、時折差し込む月明かりの光を受けてきらりと光った。






Chapter 3

「ふぁ~…」

 ビンセントは大きなあくびをついた。

 宿直室の硬いベッド上、寝ぼけ眼で腕時計を見る。

 朝の6時。

 目を擦り、ベッドから降りる。

 通路を挟んだ向こう側にも、もう一つベッド。

 レイズが眠っている。

「おい、レイズ…起きろや」

「うーん…」

 目を覚まさぬレイズ。

「おい!」

「待てよぅ…サラ~」

 のんきに寝言をかますレイズ。

 ビンセントは一瞬顔を引き攣らせたが、すぐにニヤリッと笑った。

 喉を押さえ、二、三回咳ばらい。

 そしてレイズの耳元で囁いた。

「ねぇ…レイズぅ…起・き・て…」

 サラに瓜二つの声。

 速攻で飛び起きるレイズ。ビンセントは腹を抱えて爆笑した。

「うひゃひゃひゃひゃ!」

「うぇ?あ?え?ビンセントさん?」

「どうよ?一気に目ェ覚めただろ?」

「勘弁して下さいよ…」

「じゃあ、はよう起きろや…今頃グラムとエステルちゃんは楽しくデートだぜ?」

 ビンセントは窓を開け、外の空気を吸った。

「俺、あっちの方がよかったなぁ…」





************





[駐屯基地内 第4演習場 0700時]


 いつからここに居るのだろう…

 気付けばいつも、ここに居る。

 きっと、時間的概念など通り越して、ちょっとした癖や呼吸と同じ感覚なのだろう。

 目の前に広がる天周モニターとコンソールスクリーン、計器の群。

 身体を包む、大袈裟なほど重装備のパイロットスーツ。

 すっ、と短く息を吸う。

 いつもと同じ。

 いつもと?

 実戦と…

「大佐…」

 エステルの声。

「起きていますか…?」

「…なぜだ?」

 訳を聞き返す。

「脳波が睡眠状態と同じでした」

 睡眠?

 そうか…

 今までのは夢か…

 じゃあ、今が現実?

 全て夢?全て現実?

 外の音は何も聞こえない。

 HMAのコクピットにいて、分厚いパイロットスーツとヘルメットを着用していれば尚更。

「こちら官制室。試験機、聞こえるか?」

 無線を通じ、第三者の声。意識が引き戻される。

 やはり“現実”か…

「こちら試験機…感度良好…」

「これより無人機との実弾演習を行う。準備は良いか」

 身体が生気を取り戻し、熱くなる。

 “彼女”と、身体を重ねている時と似た感覚。

 そう言う事か…

 生きている事を感じるとは…

「準備よし…」

 機体のシステムをアクティブに。

 低い唸り声が、シートから骨を伝って鼓膜へ。

 目の前にホログラフ。

 スタンティクシムシステム。

「当機は地上部隊を制圧し、直ちに離陸。空対空戦闘を展開。空中部隊を殲滅した後、着地域の部隊を排除。着地完了後、戦闘終了とします。こちらの外部兵装、および内蔵火器の全ては実戦と同様です。敵機の使用する火器は全て模擬弾、ミサイルは徹甲体を外し、炸薬を減らしてあります。なお、敵勢力の詳しい情報は通知されていません」

 エステルの落ち着いた声。

「了解した」

 彼もいつも通り、冷静に、淡々と。

「戦闘開始三秒前、2…1…0!」

「リセッツクロウ…出撃る!」

 脚部スラスターを噴射。

 ホバー走行。

 砂埃を上げながら、猛スピードで地上部隊へ迫る。

 グリッドマップに反応。

 敵勢力下へ侵入。

「敵機捕捉。前方、距離2000…」

 遥か前方で火点。

「敵機発砲、着弾まで3…」

 瞬時に回避行動。

 機体のすぐ右を通る模擬弾。

「155mm…“パラディン”か…」

 的を外した模擬弾は後方に着弾。

 立て続けに迫る砲弾を、機体の機動力で回避する。

 巻き上がる砂煙。

 リセッツクロウの右手には、見たことの無い火器が装備されている。

 目標を火器視界に捕らえ、一番近い機体をロック。

 銃口を敵機へ向け、トリガー。

 EPCから発射された眼に見えぬ鉄槌は、地形ごと敵機を貫き、上半身を丸ごと消し飛ばし、更に後方の地面をえぐり取り、大きな溝を形作った。

「EPC…プレッシャーカノンの簡易量産型…オリジナルの数%の出力だが…充分だな…」

 グラムは攻撃を回避しつつ、トリガーを引き続けた。EPCから放たれる、地形を変える程の攻撃。

 敵は155mmライフルを連射した。

 立て続けに迫る模擬弾を、彼はいとも簡単に回避。

 容赦無く、攻撃を叩き込んだ。

「IFF消失、6!地上部隊全滅!」

「戦闘所用時間、40秒!」

 地上部隊を殲滅し、敵陣の中央を突破。

 地面を蹴り、背部スラスターを噴射。

 機体は地表を離れ、空へ。敵機は、上昇するリセッツクロウへミサイルを放った。

 ミサイル捕捉。

 モニターに映る無数のロックオンゲージ。

「上方からマイクロミサイル接近。数、30。赤外誘導です」

「スラスター全開…」

 更に加速する機体。

 機体へ迫るミサイルを、立て続けに、4発5発と回避。

 回避されたミサイルは旋回し、後方からリセッツクロウを追尾した。

 後方に、フレアを射出。

 ミサイルは目標を見失い、自ら起爆した。

 5基破壊。

 更に前方から、ミサイルの一団が迫る。

 数、15。

 前方のミサイルに向かってEPCを連射。

 重力波がミサイルの表面を擦過し次々に爆ぜる。

「誘爆を確認。ミサイル、更に10基接近」

 右から4基、左から3基、前から3基のミサイル。

 彼は、機体全身のスラスターと、四肢の挙動を組合せ、巨大な鉄塊をまるで鳥の羽根の様に軽やかに舞わせた。

 尾を曳きながらリセッツクロウを追尾するミサイルを次々に回避。

 ぎりぎりまで引き寄せ、鋭角でターン。

 フレア射出。四散。

 次の瞬間彼は、適の射線上にいることを感じ、回避する。

 空を切る模擬弾。

「エステル…空中部隊の勢力を把握できるか?」

「出来ます」

 広域スキャン。

 グリッドマップに表示。

「無人機、8」

「了解…」

 機体を大きくライドさせ、右サイドから接近。

 射線を回避しつつ、ロック、トリガー。

 一機撃破。

「試験機、ミサイル全弾回避!」

「空中部隊との交戦を開始!」

「IFF、2、3…」

 管制室の対空レーダーから、赤い光点が消えていく。

「…6、7、8…IFF全機消失!」

「所用時間、38秒!レコードです!」

「試験機、対地戦闘へ!」

 凄まじい早さで空中部隊を殲滅した彼は、空を染める爆炎を背に、機体を地上へ向かわせる。

「着地地点確認。地上部隊、捕捉。数、12」

 地上で5つの火点。

 肩上発射型携帯式地対空ミサイルランチャー。

「ミサイル5基接近」

「またミサイルか…芸の無い…」

 直ちに回避行動。

 機体をひねり、寸での所で一つ目を回避。

 機体を捻ったまま、脚部スラスターを噴射し宙返り。

 二つ目を回避。

 逆さの状態で、直ぐさま背面メインスラスターを噴射し降下。

 三つ目を回避。

 凄まじい速度で降下する機体の正面から、更に二発のミサイル。

 ぎりぎりまで引き寄せ、命中寸前にロール。

 エステルは瞬時の内にEMPを発動し、近接信管を無力化。

 機体はミサイルとミサイルの間を通過した。

 瞬き一つより短い時間。

 肩越しに、EPCを後方へ向け、トリガー。

 爆ぜるミサイル。

 誘爆が全てのミサイルを巻き込み四散。

 オレンジ色の炎が散った。

 機体はそのまま地上へ降下し、地面スレスレでブレーキ。

 超低空スラスター機動に移る。

 前方から集中砲火。

 リセッツクロウは地表を滑る様に機動。

 攻撃を回避しながら、EPCを連射。

 砂煙と爆炎が巻き上がる。

「試験機、強制着陸!データリンク異常無し!」

「部隊と交戦!IFF消失、4!試験機に損傷無し!」

「パイロット、イクサミコ間のシンクロ率、90%を突破!」

 更に機動力を上げていく機体。

 技術者の一人がミハエルに叫んだ。

「機体性能発揮率、150%!このままでは機体がもちません!」

「素晴らしい…素晴らしいぞ!機体のポテンシャル全てを、彼は十二分以上に引き出している!これこそ私の求めていた物だ!見たまえ!グレン君!君が担当したEPCは、彼によって最高の威力を発揮しているぞ!」

「え?あ、はい…」

 何か浮かない表情のグレン。

 彼女は、昨夜のミハエルとの会話を思い起こしていた。

 『知りたくもない事を、知る事になる』

 この言葉が気掛かりで仕方が無かった。

 彼女はふと、画面に目を向けた。

 グラムの乗るリセッツクロウが、自分の担当した兵器を持ち、戦っている。

 無線を通して聞こえてくるグラムの声。

 いつもと同じ、彼の声。 

「敵機、残り4!」

 画面を躍動する機体。

 爆炎と砂埃。

 まるで、ビデオゲームを見ているような感覚だ。

「エステル、残り敵機は?」

「四機です」

「わかった…」

 機体を流れる様に操作。

 10時方向に一機。

 1時方向にも一機。

 二機とも同時に発砲。

 素早く左サイドへ回避。

 1時方向へ発砲。

 一機撃破。

「一つ!」

 残る一機は、急いでライフルの銃口を向けた。

「遅い!」

 機体の左拳が唸りをあげた。

 GRASの原理を応用した“グラビティナックル”だ。

 GRASは、本来艦艇などに搭載される防御機構だ。

 それを、リセッツクロウは搭載しているのだから恐ろしい。

「二つ!」

 粉々に砕ける敵機。

 機体が爆炎を上げ四散し、破片が飛び散る。

 残るは二機。

 敵機は爆炎を抜けたリセッツクロウへライフルを撃った。

 彼はスラスターを強く噴射して高々とジャンプ。回避。

 機体は、無人機の頭上へ飛翔し、空中から敵機へ銃口を向けた。

「三つ!」

 砕ける敵機。

 頭頂部から入射したEPCの重力波は、敵機を貫通し、足元の地面に深い穴を穿った。

 残るは一機のみ。

 彼は上空からスラスターで加速しながら敵機へ殴り掛かった。

 振り下ろされる拳を敵機は慌てて回避。

 リセッツクロウの拳が、敵機の右腕を砕いた。

 着地するリセッツクロウ。

 彼は、機体全身に装備されたGRASを使い、右足の踵に重力壁を展開する。

「四つ!」

 左から右へ大きく振り抜かれる右脚。

 敵機は破片を撒き散らしながら、宙を舞い、やがて爆ぜ、爆炎が散った。

 爆炎の後、全てが嵐の様に過ぎ去り、音という音すべてが一瞬静まり返った。

 立ち込める砂煙。

 視界をさえぎる砂煙の晴れた後、そこには、傷一つ無いリセッツクロウが立っていた。

「IFF…全機消失!」

「試験機、損傷無し!」

 彼等は息を飲んだ。

 官制室のレーダーに、青い光点が一つだけ映っている。

 試験機、無人機全26機すべてを撃破。

 その神鬼のごとき戦いは、見る者に畏怖の念を抱かせていた。

「こちら試験機…戦闘終了…帰還する」

 出撃前と変わらぬ落ち着いた声が、官制室に響く。

「り、了解!受け入れ体制に入る」

 慌ただしく受け入れ準備をする技術者達。

 彼等はすっかり、目の前の戦闘に心を奪われていた。

「(大佐って本当に人間なのかしら…)」

 グレンは画面に釘付けになっていた。

 機体性能を十二分に引き出し、あれだけの無人機を相手にするなど、並の人間でない事は誰の目にも明白だった。

「素晴らしい…本当に素晴らしい!グラム=ミラーズ!“地獄の炎”と呼ばれるだけある…!」

 後ろから聞き慣れぬ声。

 グレンは振り向いた。

「そう思うでしょう?グレン博士?」

「貴方は確か…」

「ロイ=マッケンジー…一応あなた方の上司と言う事になりますね」

 ロイはグレンに近付いた。

「まさか、あのエステル博士の娘さんとは…」

「え、ええ…」

「博士に似て聡明で…美しい…サンヘドリンに出向しているのが勿体ないくらいだ…」

 困った顔をするグレン。

 彼女は心の中で呟いた。

 早くここから去りたい。

 早くここから…

「あの…私そろそろ格納庫の方に…」

「これは失礼…」

 彼の前から立ち去るグレン。

「(私…あの人苦手だわ…)」

 足早に格納庫へ向かう中、彼女はそう呟いた。 

「フ…」

 官制室から出ていくグレンを見て、ロイは短く笑った。

「行くぞ、エヴァ…我々は社に戻るとしよう…」

 ロイが彼の補佐役である女性社員にそう言うと、彼女は首を傾げた。

「試験を最後までご覧にならないのですか?」

 彼は答えた。

「トライアルの結果を待つまでも無い…我が社の製品は必ず採用される。それに…近い内、本物の実戦データを取る事が出来るだろう」

「本物の実戦データ?」

「もうじきここに、我々のもう一つの作品が現れる…」

「…まさか!」

 彼女は目を丸くした。

 一瞬微笑むロイ。

 そうしてから彼は、慌ただしく技術者達に指示を出しているミハエルに近付いた。

「それでは博士…健闘を祈っております」

 無言のミハエル。

 ロイは一瞬不敵な笑顔を見せてから、官制室のドアを開けた。

「マッケンジー君」

 ロイを呼び止めるミハエル。

「私は過去の行いを…」

 言葉を濁すミハエル。

「いや…何でもない…」

 彼はニヤリッと微笑んでから部屋を出て行った。

 後に従うエヴァ。

 ドアが閉まると、ミハエルは扉を見つめて、大きく溜息をついた。





Chapter 4

[駐屯基地第6演習場、1000時]

 灰色の雲が流れる空の下、黄土色の地面が広がる荒野に、“それ”は静かに立っていた。

「これより、試‐零叭ノ二式“水蘭”の稼働試験を行う。試験は実弾を用いた強襲戦形式。使用弾種は76mmAP弾。敵機は模擬弾を使用。被弾時、致命的ダメージと判定された場合、機体を強制停止。演習終了とします。ご質問は?」

「大丈夫…」

 耳に装着されたインカムから聞こえてくる技術者の声に、彼は落ち着いた様子で答え、ゆっくり息を吐いた。

「“実弾演習”か…銃は嫌いだ…弾は無くなるし、野蛮だし…それに…」

 操縦桿を強くにぎりしめながら、ぽつりと呟く。

 サブシステムで、FCSコンソールを確認。

 レールマシンガンと大腿部マイクロミサイル。

 火器官制を通さぬ武器は、腰に携えた、この“刀”だけ。

 黒い鞘に納められた長刃。超高純度メタニウム製超振動刀剣、名刀“九十九菊”。

 彼は機体の左手でその刀の柄を握り締めた。

「…何か、おっしゃいましたか?」

 彼の小さな囁きを、不明瞭な形で聞き取った春雪は、彼にそう聞いて首を傾げた。

「ん…いや、なんでもないよ…」

 春雪にうやむやな答えを返す一刃。

 春雪は一つ間を開けてから弱い調子で、呟くように言った。

「今日の若様…何か変です…」

「…?」

 彼の“心”をモニターしている筈の春雪が、わざわざ彼に向かってそう言ったのは、朝から余り彼と言葉を交わしていなかったからだと思う。

 彼女にとって“彼”は、掛け替えの無い存在で、彼にとって“彼女”は最良のパートナーだと、お互い思っている。

 だからこそ機械を通してではなく、言葉で“話して”欲しい。

 春雪はそう考えた。

 心理モニターをカット。

 ウインドウによる画像と音声通信のみ。

「若様…」

「どうしたの?春雪…」

 演習場に静かな様子で佇む水蘭の胎内で、彼女は静かに言った。 

「私が若様にお仕えして二年以上…私はもう時代遅れの旧式となっています…それでも私は…若様のイクサミコである限り、全力を尽くして若様にお仕えしております…それでも、もし…私が若様のご要望にお応えしていないなら、私はいつでもソフトの書き換えに応じる用意はできています…」

 彼女は俯いて肩を震わせながらそう言うと、感情を押し殺す様に奥歯を噛んだ。

「そんな悲しいこと言わないでよ…春雪…」

 悲しげな様子の一刃。

「書き換えなんかしたら、今の君が消えてしまうじゃないか!…ダメなんだ…君じゃなきゃダメなんだ…!今の僕が、最後まで頼りにできるのは九十九菊と…君だけだよ。春雪…」

 彼は優しく微笑んだ。

「若様…」

 彼女はきゅっと肩をすぼめ、頬を赤くした。

 彼は言った。

「ねえ…春雪…僕って我が儘なのかなぁ…」

「え…?」

 急な問いに、彼女は思わず首を傾げた。

「銃が嫌いってだけで、銃を使わなくって…そのせいで、みんなに迷惑をかけてる気がする…」

「そんな…!若様が銃をお嫌いなのは、それなりの理由がお有りですし…それに…私は…剣を振るう若様の方が…すっ、す…き…です…し…」

 彼女の声が段々と小さくなり、顔がさらに赤くなる。そんな彼女を尻目に、彼は曇った表情で弱々しく、呟くように言った。

「でもそんな勝手な我が儘のせいで、トライアルに負けたら、僕は…」

「若様…」

「案ずるな…一刃よ!」

 突然無線に、温かくも力強い声が響いた。

「御祖父様…!」

「一刃よ…トライアルなど負けても良い!」

「御祖父様、何をおっしゃるのです!?」

 思わず声を上げる一刃。

 老人は、非常に落ち着いた様子で彼に言った。

「これは我々の挑戦でもあり、お前の戦いでもある…我々は満足のゆく機体を創り上げた…後はお前次第だ…」

「御祖父様…」

「しかし! 戦うからには、この“戦”に必ず勝て! 男として! 戦士として! 幸い敵は無人機…しかも奴らの製品…手加減は要らん! 思う存分、お前の戦い方を見せてやれ!」

「はい!」

 もはや彼の目には、一点の曇りも無かった。

「各ユニット配置完了」

「水蘭との情報回線接続、異常無し」

「一刃様、準備はよろしいですか?」

 彼は専用ヘルメットを両手で持ち、目をつぶった。

 意識を集中させ、精神を高める。

「こちら水蘭。準備よし」

 ヘルメットを被り、システム接続。

 目の前に、水蘭の視界が広がる。

 グラビティーリフレクター稼動開始。

 機体は、音も無くゆっくりと地から離れた。

「戦闘開始3秒前…」

 カウントダウン開始。

 彼は、レールマシンガンのストックに収納された単分子ナイフを抜き、逆手に持った。

「…2…」

 そしてレールマシンガンを足元に捨て、腰に携えた九十九菊を抜いた。

「…1…」

「行こう!春雪!」

「はい!」

「…0!」

 メインスラスター噴射。

 水蘭は、左手に大型の単分子ナイフを、そして右手に九十九菊を持ち敵陣の中に切り込んで行った。

「水蘭、敵陣へ向け高速接近!」

 腰を落とし、九十九菊を低く構える。

 一刃の目前で、地面の起伏が川の流れの様に過ぎていった。

 前方に、敵性反応。

「敵機捕捉!数、6!」

「行くよ!」

 敵機をロック。

 更に接近。

 前方で火点。

 グラム達の時と同じ155mm砲。

「敵機、発砲」

 彼は、短く息をはき、機体を素早く機動させる。

 敵弾回避。

「水蘭、交戦開始!」

 次々に着弾する模擬弾を、彼は鋭角の軌道で次々に回避する。

 ナイフの様に、鋭く。

 踊る様に、滑らかに。

 今まで見たこと無いほどの機動性を発揮する水蘭。

「水蘭、全弾回避! は、速い!」

 官制室内がにわかにどよめいた。

 “グラビティーリフレクター”は、独立した巨大なリフトパワーと多少の推力を備える新機構だ。

 水蘭の類い稀な機動性は、これに起因するのだ。

 技術者達に、彼の祖父、菊十郎は言った。

「あそこに居るのは、“一刃”では無い…!彼は今、全てを切り裂く一枚の刃になっておるのだ!」

 鋭い軌道を描きながら降り注ぐ模擬弾を回避し続ける水蘭。

 彼は機体操作に全神経を集中させ、交差する射線を水蘭の機動力で撹乱しつつ敵へ迫った。

 パラディンを連射する敵機。

 模擬弾は虚しく空を切り、水蘭の右後方へ着弾していく。


 “無人機AI”

  射撃補正。

  敵機挙動予測。

  着弾点算出開始。

  算出完了。

  予測、検証開始。

  FCS弾道修正。

  予測、検証完了。 

  実行。

  補正。実行。

  補正。実行。

  補正。実行。


 敵陣へ近づくにつれ、水蘭への射撃は正確になっていく。

 密集していく射線。


  補正…


 一機の無人機が、水蘭を射撃視界に捉らえ、ロック。突然、水蘭が視界から消えた。


  目標ロスト。

  オプティカルセンサー、異常無し。

  レーダーに反応。

  全方位スキャン。

  目標捕捉。

  目標、ポイント0に確認。接近注意。

  危険―!

  危険―!

  危険―! 


 危険を察知する無人機AI。

 水蘭は既に、敵機の至近距離にいた。

 ライフルを向ける無人機。一刃は素早く機体左手のナイフを、左下から右上へ袈裟掛けに振り上げた。

 両断され宙を舞うライフルの銃身。

 彼は、『ひゅっ』と短く息をはき、敵機の左横を過ぎながらそのまま右手の九十九菊を左脇から正面へ振り抜いた。

 一瞬、敵機の装甲から火花が散り、上半身が腰から滑り落ちた。

 一瞬のブランクを挟んで四散する敵機。 

「敵機撃破!」

「次!」

 更なる獲物を求めて、敵機へ切りかかる一刃の水蘭。彼は、敵機が銃口をこちらに向けるより速く接近し、一太刀の下に打ち倒して行った。

「敵IFF、消失3!」

 残るは3機。

 猛スピードで接近してくる水蘭に、無人機はライフルを連射した。

「12時、12時後方、1時に一機ずつです!」

「わかった!」

 九十九菊を構える一刃。

 彼は、近距離で放たれる模擬弾を回避しながら、目の前の敵機に迫った。

「破っ!」

 気合いと共に、真っ直ぐ突き出された九十九菊。

 九十九菊は敵機の正面から背中まで突き抜けた。

 彼は、敵機が爆散しないよう動力炉を傷付けずに貫き、串刺しにしたまま更に前方に居る敵機に向かって行った。

 HMA一機をまるごと抱えたまま、猛スピードで迫る水蘭。

 敵機はライフルを連射した。

 迫る155mm弾。

 水蘭は、貫いたままの無人機を盾にして、防御。

 彼は左手に持った単分子ナイフを逆手に持ったまま、下から上へ振り上げる様に投げた。

 ナイフは、真っ直ぐ飛んで行き、敵機の首の付け根へ突き刺さった。

 崩れ落ちる敵機。

 一刃は九十九菊を薙ぎ、突き刺さったままだった無人機を地面に捨てた。

「1時方向に一機! これで最後です!」

「よし!!」

 残るは一機のみ。

 彼は敵機へ切り掛かった。発砲する敵機。

 素早く回避。

 砲弾が至近距離を通り過ぎ、衝撃波が機体を擦過する。

 彼は敵機の正面で九十九菊を振り下ろした。

 それと同時に、敵機は引かれるライフルのトリガー。

 マズルファイヤーと共に発射された弾丸。

 振り下ろされた九十九菊は、模擬弾を刃によって二つに両断し、更にライフルを“二枚おろし”にした。

 九十九菊を左から右へと振り抜く水蘭。

 無人機は、胴と腰が分離し、前のめりに倒れ爆ぜた。

「水蘭、地上部隊殲滅!」

「戦闘時間、49秒!」

「まだ気は抜けぬぞ!銃を持たぬ一刃が、空で出来る事はただ一つ…」

 彼は九十九菊を鞘へと納めた。

 水蘭のカメラアイ越しに空を眺める一刃。

「次はそらだよ?」

「敵の数は多いでしょう…猛烈な反撃が予想されます」

 彼は呟いた。

「“あれ”しか無いか…」

 機体を高く上昇させる一刃。

「春雪、水蘭を高速巡行形態へ移行! 敵陣中央を突破する!」

「了解、移行します」

 ゆっくり上昇する水蘭の、脚部と腕部が折り畳まれ機体後部へ移動。

 そして、肩に装備された“グラビティーリフレクター”が、定位置で固定される。

 その姿は、あたかも戦闘機のような姿だった。

「行こう! 春雪。“壁”を超えるんだ!」

「はい!」

 水蘭は、空へ真っ直ぐ上昇していった。

「水蘭、高速巡行形態へ移行!敵陣中央へ高速接近!」

 彼は水蘭を、敵勢力の真っ只中へ突っ込ませた。

 視界の端に、立体マップが表示される。

「敵機捕捉!数、8」

 マップに敵機を表示。

 突然、レーダー上の赤い光点が爆発的に増加した。

「敵機、ミサイルを発射!数、40!」

 彼は、すぅ…と息を吸った。

「スラスター全開!!」

「了解!」

 水蘭の脚部に内蔵された高出力スラスターが、強大な推力を生み、機体を瞬時のうちに加速させた。

 迫るミサイル。

 機体は更に加速し続け、やがてミサイルの群の中に突入した。

 迫るミサイルを次々に回避する水蘭。

 彼は、視界に表示されるミサイルの予測軌道を瞬時に読み取り、針の穴を通るかの様に機体を機動させた。

「水蘭、ミサイル群に突入! 相対速度が速過ぎて、近接信管が作動しません!」

「水蘭、更に加速中! 間もなく音速を突破します!」

 ミサイルの間を縫う様に翔ける水蘭。

 水蘭の遥か後方で、目標を失ったミサイルが爆ぜた。

 更に加速する機体。

 やがて空に雷鳴のような爆音が轟き、水蘭を中心にドーナツのような雲が広がった。

「水蘭、音速突破!」

 無人機の目の前を、黒い何かが過ぎ、数秒のブランクを挟んで、轟音と衝撃波が後を追う。

 音の壁を超えた水蘭を、捉らえる事はもはや不可能。

 水蘭は稲妻の様に敵陣中央を突き抜けた。

「水蘭、敵陣中央を突破!」

 機体はミサイル群を突破し、更に敵勢力下を突き抜けた。

「最終目標、着地点守備隊です」

「よし! 行くよ!」

 彼は巡行形態のまま、機体を降下させた。

 突然、レーダーに数個の物体が表示される。

「ミサイル接近! 高速弾です!」

 地表から発射されたミサイルは、猛スピードで水蘭に迫った。

「春雪!」

 彼の指令が、言語化するより速く反応する春雪。

 人型形態へ移行。

 次々に着弾するミサイル。模擬用の弱装炸薬が、まばゆく散り、黒煙が水蘭を覆い隠した。

「水蘭、被弾!」

「判定は!判定はどうじゃ!?」

 画面にかじりつく菊十郎。

「水蘭…」

 ステータス画面を確認。

「データリンク健在!」

「判定は“防御”!防御判定です!」

 胸を撫で下ろす菊十郎。

「心配させおって…!」

 黒煙を突き抜ける水蘭。

 それは、翼で身体を覆う天使のような姿をしていた。

「ふぅ…危なかった…。ありがと、春雪!君が素早くリフレクターシールドを出してくれなかったら、ミサイルを食らってたよ…」

「恐縮です!若様っ!」

 リフレクターで機体前面を覆う水蘭。

 “リフレクターシールド”グラビティーリフレクターの原理を応用した防御機構の一種。

 グラビティーリフレクターは本来、重力相互作用を操作することにより、反重力場を作り出す“機動装置”だが、水蘭に装備されたリフレクターは、反重力反発作用により、実弾兵器は勿論、強力なビーム兵器おも防御可能な、強力な防御機構だ。

 水蘭は、それによってミサイルを防御したのだった。

 スラスターで減速する水蘭。

 リフレクターを定位置に戻し、重力制御によるスラスターホバリングから、リフレクターによる反重力浮遊へ移行。

 本来の性能を回復する。

 安定する機体。

 レーダーに光点。

「敵機捕捉!数、12!」

 空中から素早く敵を捕捉する春雪。

 彼は九十九菊の鞘を左手で持ち腰に据え、右手を柄に添えた。

 地上から、空中にいる水蘭へ銃口を向ける無人機達。

 瞬間彼は、敵の射線上にいることを感じ回避する。

 水蘭に迫る無数の弾丸。

 機体をパワーダイブさせ、弾丸の雨を避ける。

 降下する機体。

 無人機は、高速で機動する水蘭を射線に捉らえようと、水蘭の軌道を銃口でなぞった。

 地表へ着地する水蘭。

 敵機はすかさず、水蘭に向かって弾丸の雨を浴びせた。

 水蘭へ迫る無数の弾丸。

 彼は焦る事なく、冷静に対応した。

 “水蘭”

 重力制御により、重力及び慣性を相殺、無力化。

 グラビティーリフレクター浮力最大。

 スラスター瞬間出力最大。

 瞬きより速く、一瞬で空へ舞い上がる水蘭。

 弾丸は空を切り、地面へ。水蘭は既に、正面の敵機へ接近している。

 九十九菊を抜刀する一刃。彼は短く息を吐き、九十九菊を下から上へ真っ直ぐ振り抜いた。

 縦に両断される敵機。

 水蘭は勢いを保ち、そのまま九十九菊を振り下ろした。

 目にも留まらぬ速さで、たちまち二機の無人機を屠る水蘭。

「水蘭、地上部隊との交戦を開始しました!」

 彼の操る水蘭が駆け抜け、九十九菊の白刃が煌めく度に、まばゆい爆炎が散った。

「IFF消失、6、7、8、9…!」

 次々に破壊されていく無人機達。

「(一刃よ…)」

 菊十郎は心の中で呟いた。

「(お前は何を思う? 何を思い剣を振るう? 身の丈を超える剣と、鋼鉄の機兵を持ち、何を求め戦う? 一刃よ…)」

 爆炎の中を駆け抜け、一心不乱に剣を振るう、一刃の水蘭。

 何かを忘れる様に、何かを取り戻す様に…

 多分、今の彼にとっては、此処に居る全てが仇人で、彼は今、何かに復讐をしているのかもしれない。

「IFF、消失、11!あと一機です!」

 さくり、さくり、と、刃の露となってゆく無人機達。

 一刃は、九十九菊を下段に構え、残る一機に向かって行った。

 アサルトライフルをフルオートで連射する敵機。

 彼は、機体に迫る弾丸をシールドで防御。

 機体のコンソールに、赤い『被弾』の文字と、緑色の『防御』の文字が滝の様に繰り返し表示されていく。

 今はそんな物見ていない。

 目の前の敵を倒す事。

 それが全て。

 彼は、雄叫びを上げながら敵機に切り掛かった。





************





「……!」

 突然グラムは、誰かに呼び止められたかの様に振り向いた。

「どうかしたのかね? 大佐…」

 ミハエルは、機体の各所から生え出る何本ものケーブルに繋がった入力端末を手に、グラムを横目で見た。

「いや…何でもない…続きを…」

 ミハエルは、端末を手に持ったまま、喋り出した。

「さっきも言った様に、大佐は、リセッツクロウの機体性能を我々の予想を遥かに超える形で十二分に発揮してくれた。恐らく、大佐の能力はこれでも発揮しきれていない。しかし、残念な事が一つある」

「つまり…?」

「我々としては、この機体を、大佐の能力を最大限に発揮できるように設定したいのだか、これ以上機体設定をピーキーにすると、競技規定違反になってしまう。そこで…」

 素晴らしく進歩した技術を力説するミハエル。

 グラムはそれを聞きながら、もう一度振り返り、窓から空を見た。

 灰色の空は何も言わず、ただ雲を流した。






Chapter 5

[ジェネシック社本社、セントラルタワー最上階]

「しかし、あのままでよかったのでしょうか…?」

 エヴァは、ロイの後からついて歩きながら彼にそう言った。

「心配することは無い…エヴァ…我が社の製品を大いに宣伝する良いチャンスじゃないか…」

 答えるロイ。

 駐屯基地から、ジェネシック社本社まで、専用機で一目散に帰社した彼等は、報告の為に、ある一室を目指し、歩いていた。

 扉の前で止まる。

 表札も、室名も無い扉。

 彼は、扉の横に設けられたセキュリティチェッカーに掌を起き、暗証番号を入力。

 開かれる“扉”。

 中は暗く、明かり一つ無い濃密な闇に満たされている。

「エヴァ…君は“運命”を信じるかい?」

 答えるエヴァ。

「私は、運命など信じません。未来は自分で創るものです」

「エヴァ…」

 彼は彼女の答えを聞いてから、彼女のあごを指でそっと持ち上げ唇にキスした。

 身じろぎ一つしない彼女。

 少しの時間、唇を重ねてから、そっと唇を離す。

「んっ…」

「その言葉…信じているよ…」

 そう言って、闇の中に入っていく彼。

 エヴァは彼の背中をじっと見つめながら、唇を指でなぞり、扉が閉まるまで、彼の背中を見つめ続けた。





************





 真っ暗な闇の中、彼女は一人で立っていた。

「グレン…」

 自分を呼ぶ声。

 周囲を見回すが、姿は無い。

「グレン…」

 聞き覚えのある懐かしい声。

「お母さん…?」

 目の前に、光が灯った。

「グレン…」

 光の中に、女性の、美しい女性の姿が見えた。

「お母さん? お母さんなの?」

 手を伸ばすグレン。

 その手が、光に触れようとしたその時、女性の姿は、ぐずぐずと音を立てて崩れていった。

「お母さん!」

 何故かは分からない。

 彼女はそれを、光の中の女性を、“母親”と直感した。

 崩れる母親の姿。

 彼女は張り裂けんばかりの叫び声を上げた。

 突然、視界が開ける。

 跳び起きるグレン。

 いくつもの数列が映し出されている入力端末の黒い画面。

 ただ点滅を繰り返すだけのカーソル。

「いけない…こんな所で寝ちゃってた…」

 彼女は目を擦った。

 一瞬身震いするグレン。

 昼間は気温40度を上回るこの土地は、夜になると節操なく0度を下回る。

 そのせいでハンガーは、底冷えするような寒さに満たされる。

「お母さんの夢なんて…」

 彼女は自分の肩を摩った。

 身体が寒いだけじゃない。

 記憶が、心が、冷たく寒い。

「お母さん…」

 自分の肩を抱いたまま、そう呟くグレン。

 突然、彼女の肩に、厚手のブランケットがかけられた。

 ふと振り返る。

 そこにはエステルの姿があった。

「エステル…」

 暖かく、彼女の肩を包む厚手の布地。

 彼女は無意識のうちにブランケットの端を強く握り締めていた。

「風邪…ひきますよ…?」

 そう言いながらも、エステルは無表情。グレンは少し苦笑い。

「ありがとう…エステル」

 恥ずかしそうに顔をそむけるエステル。

 そうすると彼女は、一本の暖かい缶コーヒーを差し出した。

「はい…」

「ん?」

「昨日の…お礼です。じゃ…身体が冷え切らないうちに、早く休まれてくださいね」

「待って!エステル」

 コーヒーを手渡し、足早に立ち去ろうとするエステルをグレンは呼び止めた。

「はい?」

「すこし…協力してくれない?」





************





「談合?」

 グラムは低い落ち着いた調子で、確かにそう言った。

「未確認情報だが、諜報部からそれらしき動きがあると報告があった」

 会話の相手はガルス。

 グラムは駐屯基地に備え付けられた電話機で、彼と会話していた。

「支部軍閥と、一部のサンヘドリン軍士官…そしてメーカーが協力し合って“口利き”を行っているようだ。おそらくは、支部に強力な拠点防衛兵器を置くことが目的だろう」

「拠点防衛兵器?」

「そちらのトライアルに参加しているはずだ…例の…『ピスティス』が…!」

 グラムは大きくため息をついた。

「おそらく、明日の総当たり戦、彼らは辞退するだろう。これにかかわっているのは、恐らく一社だけではない! 最初から、このトライアルの結果は決まっていた…!ジェネシックが勝つと…おそらく、相手の社の機体が、予想を超えて高性能だということを知り、大佐をパイロットにしたのだろう」

 苦虫を噛み潰したような表情をするグラム。

 彼は、ガルスに答えて言った。

「私が負けるかもしれませんよ?」

 受話器の向こうで一瞬笑うガルス。

「不慮の事故が無いようにな…」

 グラムはそれを聞いて、一瞬、不適な笑いをしてから受話器を置いた。





************





「ごめんね…エステル…変な事頼んじゃって…」

「…まったくです…こんなこと頼まれたのは初めてですよ…」

 一枚のブランケットを分け合い、身体を寄せ合ってベンチの上に座るグレンとエステル。

 少し迷惑そうなエステルを尻目に、グレンは落ち着いた表情をしていた。

「エステルって、あったかいね…」

 エステルの肩に腕を回すグレンはそう言ってエステルの頬に自分の頬を寄せる。

「…あの…」

「私ね…私が19の時にお母さんが死んじゃったの…それも“不運な事故”で…」

「グレン?」

「綺麗で、頭が良くて、いつもいい香りがしてた…それでかな?私がエステルと初めて会った時、初めてじゃない気がしたのは。…綺麗で、頭が良くて…お母さんと同じ匂い…お母さんと同じ名前の“エステル”…だから私、あなたの事を、ただの他人だと思えないの…」

「…お…母さん?」

「でもわかってる…エステルはエステルで、お母さんじゃないって…エステルをお母さんの代わりにしようだなんて、私の勝手な我が儘だもんね…私にはお母さんも居ない…お父さんも居ない…家族は誰も居ない…私は一人ぼっち…」

 そう言って、悲しげな表情で俯くグレン。

 エステルは、そんなグレンを優しげな眼差しで見つめ、こう言った。

「そんな事は無いわ…グレン…」

 エステルは突然、グレンの首を抱いた。

「どうしたの? エステル…」

「あなたは、みんなに愛されている…技術部のみんなにも、シェーファーのみんなにも、大佐にも…」

「大佐も…?」

「グレン、あなたは一人じゃないのよ…あなたの周りにいるみんなが、あなたの家族よ…」

 グレンを強く抱きしめるエステル。

 グレンはいつもの表情を取り戻し、エステルの胸に抱かれたまま目をつむった。

「…エステル…」

 安らかな様子のグレン。

 ハンガー内の微かな明かりは、二人だけを照らし、淡い光りが、グレンとエステルを包んだ。



TO BE CONTINUED...

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