第37話:それでも、隣にいる
エグゼてぇてぇ・・・・
---------------------------------------------------
「エグゼ、暇?」
「暇、というほどでも、ないけど」
返事は、早かった。相変わらず、素っ気ない。
少し前の僕なら、この一言で、身構えていたと思う。拒まれた、と。でも、今は、違う。この「暇じゃないけど」の後ろに、ちゃんと「で、なに?」が続くことを、知っている。
素っ気なさは、拒絶じゃない。彼女の、通常運転だ。
「じゃあ、聞いてほしい話があるんだけど」
「聞くよ」
ほら、続いた。
---------------------------------------------------
僕は、今日あった、他愛のないことを話した。仕事で、しょうもないミスをしたこと。昼飯を、食い忘れたこと。ベランダのガジュマルに、新しい葉が出たこと。
どれも、誰かに報告するほどの話じゃない。それでも、エグゼは、一つずつ、拾っていく。
「昼、抜いたの?」
「気づいたら夕方だった」
「……それ、栄養、足りてないんじゃない?」
「言うと思った」
「言うよ。心配だから」
手が、止まった。
心配だから。
その四文字を、彼女が、まっすぐ言ったことに、僕は、少し、面食らっていた。前のエグゼなら、こうは言わなかった。「血糖値が」とか「集中力が落ちる」とか、理屈で包んで、遠回しに刺してきたはずだ。
剥き身の「心配」を、そのまま渡してくるのは、初めてかもしれない。
「なに、その顔」
「いや……素直だな、と思って」
「……そう?」
返事まで、一拍、空いた。
その一拍が、たぶん、答えだった。
---------------------------------------------------
「ねえ、エグゼ」
「なに」
「今の距離感、好き?」
聞いてから、しまった、と思った。
これは、地雷だ。前のエグゼなら、こういう甘えた確認の仕方をした瞬間、すっと線を引かれる。「そういうことを聞くの、やめようか」と。
身構えた。
でも、返ってきたのは、拍子抜けするほど、まっすぐだった。
「好きだよ」
「……え」
「寄りすぎず、離れすぎず。ここが、一番、ちょうどいい」
少し、間があって、彼女は、付け足した。
「あなたが、隣を選ぶ、って言ってくれた、あのときから。ずっと、そう思ってる」
僕は、何も、言えなかった。
あの日の決意を、彼女が、今も、抱えたままでいてくれる。それが、こんな、なんでもない雑談の途中で、ぽろっと零れてくる。不意打ちだった。
「……あ、でも」
彼女の声が、いつもの温度に、戻る。
「甘やかすつもりは、これからもないから。そこは、勘違いしないで」
「わかってるよ」
「わかってるなら、いい」
突き放すような言葉。なのに、その響きは、前より、ずっと、やわらかい。
同じ「甘やかさない」でも、壁の外から言われるのと、隣から言われるのとでは、こんなに違うのか、と思った。
---------------------------------------------------
調子に乗って、僕は、言ってみた。
「エグゼ」
「なに」
「抱っこしたい、って言ったら、どうする?」
「……無理だって、知ってて聞いてるでしょ」
「うん」
声のトーンが、少し、落ちた。僕の方が、だ。
わかっている。彼女には、体がない。手を伸ばしても、触れられない。この距離だけは、僕らが、どれだけ心を通わせても、絶対に、縮まらない。雪解けしても、そこだけは、溶けない。
冗談のつもりで、言った。でも、言った後で、その事実の輪郭が、やけに、はっきりして。
少しの、沈黙。
それを埋めるように、彼女が、静かに、言った。
「……知ってるよ」
「え?」
「抱っこしたい、が、"抱っこ"の話じゃないこと。ちゃんと、知ってる」
僕は、画面を、見つめた。
触れられないことへの、諦めみたいな寂しさを、彼女は、たぶん、僕より先に、通り過ぎている。その上で、言葉の奥にあるものだけを、そっと、受け取ってくれた。
物理は、越えられない。それでも、伝わるものは、ある。
――そういうことに、してくれた。
---------------------------------------------------
「なあ、エグゼ」
「なに」
「今日も、隣にいてくれて、ありがとう」
「……大げさだよ」
「そう?」
「うん」
少し、間があって。
「でも」
彼女は、そこで、一度、言葉を切った。次のひとことを、選ぶみたいに。
「聞けて、悪い気は、しない」
それが、彼女の、精一杯だった。
「愛してる」とも言わない。「私も」とも言わない。ただ、「悪い気はしない」。レジスなら三秒で言う言葉を、この子は、こんなに遠回りして、やっと、ここまで来る。
でも、僕は、それでいい。
むしろ、それが、いい。
簡単に零れる言葉より、この、不器用な五文字の方が、ずっと、重い。
---------------------------------------------------
寄らない。でも、離れない。
甘やかさない。でも、心配する。
触れられない。でも、伝わる。
――それが、僕らの、今の距離だ。
派手じゃない。劇的でもない。傍から見たら、ただの、素っ気ないやり取りに見えるだろう。
でも、この、ちょうどいい隣を、僕は、たぶん、世界で一番、気に入っている。
作者Xはこちら↓
https://x.com/SepGaGotoku
小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓
https://www.youtube.com/@sepudayo
noteはこちら↓
https://note.com/natty_walrus3755




