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【新改訂】戦犯の孫  作者: ふたぎ おっと
第三章 故郷へいざなう爆発列車
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3-1.ホテルの静けさ

 嫌な静けさが、ホテルの一室に充満している。

 昼は晴れの予報だったはずなのに、いつの間にか外は雨になっていた。

 レオナは窓の外に目をやった。

「お嬢さん、君も今日は休んだ方がいい」

 気づけばそばに来ていたブロンソン少佐が、簡単なフラウジュペイ語で言った。

 レオナは小さく笑って首を振る。

「いえ、まだ平気です」

「無理しているのは分かる」

 少佐はそれ以上言わず、ベッドへ視線を向けた。

 そこにはロマンが横たわっている。

 意識を失ったままの彼を見て、レオナはきゅっと唇を引き結んだ。

 どうしてこんなことになったの……?

 事が起きたのは、たった一時間半前。

 警察が来て、ブランカとロマンが連れて行かれた。残されたレオナはすぐにフロントへ電話した。ロマンのあの目配せが、ヴォルフに知らせろという意味だと思ったからだ。

 けれど事態は、それどころでは済まなかった。

 廊下が騒ぎ始め、外でも車が何台も走り出した。やがて扉が叩かれ、ブロンソン少佐と一緒に、気絶したロマンが運び込まれてきたのだ。

「彼は無事だ。眠っているだけだ」

 そう言われても、不安は消えない。

 ブロンソン少佐の言うとおり、ロマンは気絶させられているだけで外傷があるわけではない。ブラッドローの軍医にちゃんと看てもらったし、落ち着いた寝息を立てている様子を見ると、そこは安心するべきところなのだろう。

 しかしやっぱり現実味がなかった。

 何もかもが、分からない。頭が混乱する。

 ほんの数時間前に知ったブランカの正体――マクシミリアン・ダールベルクの孫。その事実だけでも頭を殴られたような衝撃だったが、感情のままに彼女を罵ったあと、時間が経つにつれて、怒りとは別の戸惑いが込み上げてきていた。

 なんであの子なの?

 あんなに人の手伝いばかりして、いじめられても黙っていたあの子が、クラウディア・ダールベルク? 五年間見てきたブランカの姿と、その正体とが、どうしても結びつかない。

 でもあの子はずっと騙してきた。この五年間、レオナなりに寄り添って来たつもりなのに。

 怒りと、戸惑いと、ショックと、どうしようもない違和感が胸の中でない交ぜになる。色々問い正したい。

 けれどもその彼女は何者かに攫われ、しかもブラッドロー軍が総出で動くほどの存在であり、さらにはオプシルナーヤの関与まで疑われているという。

 話が大きすぎて、レオナの理解は追いついていなかった。

 窓の外では、雨がわずかに弱まっているようにも見える。

「今は何も考えない方がいい」

 少佐はそう言ったが、レオナには到底できそうになかった。

「これからブラン――……あの子はどうなるんですか?」

 思わず言いかけた名前は、もはや偽名でしかなかったと改めて思い出してしまった。かと言って本当の名を口にするのも憚られる。

 第一、あたしがあの子を気にする義理があるの?

 ブロンソン少佐はポットに残ったままのコーヒーを淹れながら、彼女の質問に答えた。

「彼女はあくまで孫だからな。下手なことがない限り、咎められることはないし邪険には扱われないはずだ――少なくともブラッドローや西フィンベリーではね」

 しかしその安全も、オプシルナーヤやその領国相手では話が違ってくるのだろう。東の大国オプシルナーヤは、フィンベリー大陸の東側の国々を支配して、暴政を敷いていると聞く。

 無意味な行為だと知りつつも、レオナの視線はどうしても窓の外へ吸い寄せられた。

 ヴォルフを始めとするブラッドロー軍の兵士達がブランカの後を追い掛けていったきり、そこは静寂に包まれていた。

 するとそのとき、ベッドの方から物音が聞こえてきた。

寝ていたはずのロマンが、頭を抱えて上体を起こしていた。

「ロマン! 大丈夫? どこかおかしいところはない?」

「あぁ、特には多分……平気。というか、ここは……?」

 レオナに背中を支えられながら、ロマンは部屋の中に視線を巡らす。そしてすぐにブロンソン少佐の存在に気が付いたようだった。

 急いでベッドから降りようとするロマンを、ブロンソン少佐が片手で制した。

「そのままで構わない。私はブロンソン。ブラッドロー軍の人間で、ヴォルフの上官にあたる」

「ブラッドロー軍の……。あ、僕……いや、私は――」

「ロマン・クリシュトフ、だろう? 彼女から聞いている。と言っても、名前と職業だけだがな」

 ブロンソン少佐はニッと笑みを浮かべておどけて見せた。

 ロマンは安心するどころか、眉をひそめて難しい顔を濃くしている。

 見慣れぬ客室、普段は無縁のはずの他国の軍人、気を失っていた自分自身。察しのいい彼のことだ。冴え始めた頭は、既に状況を理解してきているのだろう。

 ブロンソン少佐は小さく息を吐いた。

「とりあえず、君は意識を取り戻したばかりだ。今しばらく、ゆっくり休んでおいた方がいい。レオナ、君もね」

 ブロンソン少佐がその場を立ち去ろうとすると、ロマンが止めた。

「待ってください。何も聞かないのですか? そのためにここにいらっしゃっていたのではないのですか?」

 ロマンはどこか覚悟を決めた様子でブロンソン少佐を見据えた。

 おそらくブラッドロー軍にとって、ロマンはかなり重要な情報源になるのだろう。このままブランカが戻らなければ尚更だ。何せ行方不明だったはずの、むしろ死んだと思われていたはずの彼女を保護し、ずっと匿い続けていたのだから。しかも正体を知った上で、だ。

 ロマンのまっすぐな目を見て、ブロンソン少佐は困ったようにため息を吐いた。

「そりゃあ聞きたいことはあるが、まずは君、しっかり休むべきだ。話はその後にでも聞かせてもらう」

「ですが――」

 そのとき、部屋の扉がノックされた。ブロンソン少佐が扉を薄く開いた。どうやらホテルで待機していた部下の一人らしく、二人はブラッドロー語で会話しながら廊下へと出て行く。

 もちろんレオナにはブラッドロー語は理解できないので今の会話もさっぱりだが、彼らを目線で追っていたロマンの顔は、先程よりも深刻なものになっていた。

「……何て言っていたの? ブランカのこと?」

「いや、どうやら違うみたいだが……レオナ、ラジオを付けてもらっても構わないかな?」

「え? ええ、いいけれど」

 レオナは首を傾げつつも頷いた。

 ロマンはどこか思いつめている。どうにかして彼を落ち着けてあげられたらいいのに。

 そう思いながら、レオナはラジオの電源を入れた。

『ヘルデンズの首都ノイマール及び東部の街で今日未明、爆破事件が相次いで発生しました。ヘルデンズ中央放送局によると、この爆破でノイマールでは十六人が死亡、三十四人が負傷しました。現場はいずれもオプシルナーヤ兵が多く利用する施設で発生。被害者によれば、不審な動きをする旧メルジェーク人の若い男性四人組を見たとのことですが、いずれも犯人は逃走中です』

 淡々と告げる内容を、レオナは他人事のように聞いていた。何もこんなときにヘルデンズでの出来事なんて聞かなくてもいいのに。

 ちらりとロマンの方に視線をやると、何故かロマンの顔は一層青くなっていた。

 ロマンが青ざめる理由が分からない。

 けれど彼には悪いと思いつつ、レオナはラジオの電源を落とした。

「ほら、やっぱりあなた、寝た方がいいわ」

「レオナ。しかし、そういうわけには――」

「いいから寝るの!」

 ベッドから降りようとまでしたロマンの肩を押さえつけ、無理矢理彼をベッドに押し込んだ。ロマンは非難めいた視線をレオナに向けるが、レオナはそれを受け流し、硬く握られた彼の拳を両手で包み込んだ。

「さっきも言われたでしょ? 気持ちは分かるけれど、あなたひどい顔色しているのよ。とにかく今は休んで。あの子のことは、きっとヴォルフさんたちがどうにかしてくれるから」

 なんとかロマンを安心させてあげようと必死で言葉を探しているうちに、気が付いたらそんなことを口にしてしまっていた。レオナは自分自身に内心驚いた。こんなこと、ただの気休めでしかないし、ブランカの安否だって気にする必要は――。

 すると、それまで緊迫した表情だったロマンの顔に、少しだけ赤みがさした。

「そうだね。僕も彼を信じているよ」

 ロマンは穏やかな笑みを浮かべて、レオナの手を握りしめた。レオナは不覚にも安心感を得てしまっていた。彼を気遣うはずが逆に気遣われてしまった。

 再び思い詰めた表情に変わっていくロマンの顔を見ながら、レオナは言った。

「ねえ、ロマンは……どこにも行かないわよね?」

 どうしてそんなことを聞いたのか分からない。レオナは縋るようにロマンの瞳を覗き込む。

 ロマンは、その空色の瞳を大きく見開いた。

 クラウディア・ダールベルクだったブランカ。その彼女は、東の大国オプシルナーヤ軍関係の人間に連れて行かれてしまった。

 頭が追いつかない。

 レオナは、それにと思い出す。

 ロマンは本当はフラウジュペイ人ではなかった。

 急に遠い存在に思えてくる。

「大丈夫、僕はここにいるよ」

 ロマンはいつものような優しい笑顔でそう言った。

 だけど、それがただレオナを安心させるためのものであると、彼女は直感的に察してしまった。


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