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君と宇宙と半径50センチの天体観測

掲載日:2026/02/04

本作は、ノベルアップ+のGakken✕朝日中高生新聞ショートショートコンテスト・テーマ「青春または恋愛」に投稿した作品を加筆・修正したものです。


「君と宇宙と半径50cmの天体観測」


藤原さんは、いつも教室の窓から空を見ていた。


授業中、先生が黒板を叩きながら

「ここは試験で出すからな!」

と怒鳴り、みんなが懸命に板書をしている時も、藤原さんは、相変わらず、気だるそうに頬杖をついて、窓の外の空を見続けていた。


僕も人のことは言えないけれど、地味で美人とは言い難い藤原さんに興味を持ったのは、そういった事情からだった。


そんなふうに、せっかく先生が得点源を示しても、それに飛びつかない藤原さんは、さぞ成績が良いのかと思ったけれど、周囲の情報によると、彼女の成績は超低空飛行だった。

進級が危ぶまれるほどに。


そんな藤原さんは、天文部の部員だった。

というか、もともと、この高校には天文部がなかったから、彼女が天文部を作ったのだ。


天文部創設者兼部長兼唯一の部員の藤原さんは、授業中も恐ろしく太い天文学に関する専門書を読みふけり、大宇宙に思いを馳せては、先生に大目玉をくらい、思索の大宇宙から現実の教室への帰還を余儀なくされていた。


2学期の期末テストが終わり、冬休みまであと少しの日、移動授業でみんなが教室を出て行く中、僕も教科書とノートを抱えて、後を追おうとしていた。

そんな時、ふと、相変わらず分厚い専門書に頭を突っ込んでいる藤原さんが目に入った。


僕は、教科書を胸に、ゆっくりと藤原さんに近づいた。

僕が藤原さんの前に立っても、彼女は顔を上げず、食い入るように本を読んでいる。


しばらくの間、僕はそうして立っていたが、ちらりと教室の時計を見て、藤原さんに声をかけた。

「あ、あの、移動教室だよ」


藤原さんは僕の声に顔を上げ、鼻までずり落ちた眼鏡を右手のひらで押し上げた。

「え、何?」

「移動教室だよ、次」


同じことを繰り返した僕を一瞥して、藤原さんは、また本の中へ戻っていった。


「行かないの?」

そう言いかけた僕は、その言葉を途中で飲み込んだ。

せっかく声をかけてあげたのに、こんなふうに無視をされて、僕は少し意地悪な気持ちになっていたのかもしれない。


「ねぇ、宇宙人っているの?」


自分でも嫌な響きの声だった。

僕の声に、藤原さんの肩が一瞬ぴくりと動いた。


そして彼女は顔を上げると、これ以上は無理だろうと思えるほど眉を曲げて僕を睨みつけた。

それから、口をとがらせ、下から抉り込むように顔を近づけて

「宇宙がどれだけ広いと思ってんだ!いるに決まってるだろ、宇宙舐めんな!」

そう捲し立てると、憮然として本の世界に戻っていった。


移動教室へ向かう廊下を歩きながら、僕は内心、嬉しいような、恥ずかしいような気持ちだった。


幼いころ、僕は宇宙や宇宙人のことをよく考える子供だった。

きっと、どこか遠くの星に宇宙人がいて、いつか地球にやってくる、そんな空想をしていた。


でも、歳を取るにつれ、そんなことを人に話すと、笑われたり、馬鹿にされたり、からかわれたりすることが多くなっていった。


宇宙っていうのは、もっと国家規模の話で、君なんかには縁がない世界だよ。

いやいや宇宙人って、そっち系なの?


そういう言葉に出会うたび、僕は少しずつ宇宙の話をしなくなり、話をすることを恥ずかしいことだと思うようになっていった。


多分、問題は、宇宙や宇宙人じゃない。

それに、藤原さんに興味を持ったことも。


人から笑われたり、からかわれることで、自分が素直に興味を持っていたり、楽しいと思うことを隠すような自分に、僕はずいぶん前から落胆していたのだ。


なのに、藤原さんは。


僕は、藤原さんに罵倒されたのに、胸の奥が熱くなって、長い間、鍵をかけっぱなしだった自分の心の扉が乱暴に揺さぶられているように感じていた。


今度、藤原さんに、一緒に天体観測がしたいと、お願いしよう。

断られたっていい。

藤原さんに、藤原さんの生き方に、近づくところから始めたい、僕はそう強く願っていた。


僕は昼休みになると、相変わらず専門書に埋もれている藤原さんに、次の天体観測の予定を聞いてみた。

「え?なに?山田も天体に興味あんの?」


そう言って、伸び過ぎた前髪から僕を見上げた藤原さんは、今まで見たことがないような、とても可愛らしい笑顔で、天体観測への参加を受け入れてくれた。


静まり返った夜の学校は、思っていたよりも、ずっと神秘的だった。

学校の周りの水銀灯の明かりと、校内の非常灯の赤と緑の明かりが混じり合って、まるで水族館の水槽のように光がうねっている。


校舎に忍び込んだ僕らは、部室から大きな天体望遠鏡を運び出し、勝手に作った合鍵で校舎の屋上に上がった。


何回も来ているからだろうか、準備よく分厚い毛布を持ってきていた藤原さんは、横でくしゃみをした僕に

「ん。嫌じゃなけりゃ」

そう言って、毛布を半分だけ開けてくれた。


僕は顔を真っ赤にして、でも、何と言うのか、まだ自分が藤原さんに近づく資格がないような気がして

「ありがとう」

とだけ伝え、抱え込んでいる自分の膝を、ぎゅっと抱きしめた。

それから、藤原さんに

「いつか宇宙人に会えるかな?」

そう聞いてみた。


すると、藤原さんは、天体望遠鏡から目を外し、僕を見つめて

「宇宙がどれだけ広いと思ってんだ!会えるわけないだろ、宇宙舐めんな!」

そう言って、藤原さんらしく怒り始めた。


「ごめん」

藤原さんに近づきたいと願いながら、彼女を怒らせてばかりいる自分にしょぼくれて、そんなしょぼくれている自分に、輪をかけて残念な気持ちになる。


また、ひとつ、くしゃみをする僕に、藤原さんは無言で立ち上がり、毛布を広げると、カウボーイの投げ縄のように、僕に向かって毛布を投げつけ、それが僕の体に巻きついた。


そして、ぐいっと引っ張られると、僕の体が藤原さんのそばに引き寄せられ、藤原さんの白い息が近くで感じられる。

「か、風邪ひかれたら困るから。それに天体観測なんだから、こっち来て望遠鏡を覗きなよ。アンドロメダ銀河までは250万光年だよ」


前を向いて少し早口で喋る藤原さんは、頬が上気していた。

僕は、何も言わずにうなずいて、もう少しだけ、50㎝だけ、藤原さんに近づいて望遠鏡を覗き込んだ。


近づいた2人の距離だけ、アンドロメダ銀河までは、あと249万9999.999999999999999947光年の距離だ、そう思って、望遠鏡を覗き込もうとしたとき、そばにあった観測ノートの今日の欄に


「来てくれてありがとう」


と、丸い文字で書かれているのが見えた。

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