第六章 虚像の資産
「国家による強制徴税術式があるなら、民にも徴税回避術式があるのだよ。税という制度が生まれたときから、民はこの日のために知恵を絞り続けてきた」
マサキが優雅に指先を振ると、部屋の空気が一変した。
デスクに置かれた金の延べ棒、金庫から溢れ出た札束、そしてヨウコが握りしめていた通帳までもが、陽炎のようにゆらゆらと揺らぎ始める。
「徴税回避術式・隠匿」
そこにあるはずの売り上げが、物理的な実体を保ったまま、コイズミの「認識」の外へと滑り落ちていく。視覚には映るが、それはもはや「資産」として捉えることができない。銃の照準も、差押の意志も、実体のない蜃気楼をすり抜けるかのように霧散した。
現金が、この世に存在しないものとして、法の届かない次元へと消えていく。
「……ないものは、奪えない。これが究極の節税だ、コイズミ君」
マサキの嘲笑が部屋に響く。だが、コイズミは動じなかった。彼は「マタイ」のシリンダーを一段深く回転させ、その場に深く踏み込んだ。
「存在しないというのなら、構わない」
コイズミの体から、黄金色のオーラが立ち昇る。それは国民の執念が練り上げられたような、重苦しくも清廉な気だ。
「強制徴税術式・時空間操作――租」
コイズミが「マタイ」を虚空に向けて放つ。銃声は響かない。代わりに、マサキが隠匿したはずの空間が、強引に「過去」と「現在」を繋ぎ合わせるように歪み始めた。
「何?!」
「存在しないのなら、存在する場所から補填させる。……お前の『過去の記憶』、その肉体の『健康』。それらすべてを資産価値に換算し、未納分として強制的に徴収する」
「租」――それは穀物を納める租税の原点。大地(肉体)から直接、対価を引き出す術式である。
隠匿されていた金貨が、マサキの体温と生命力を吸収しながら、再び実体化していく。代償として、マサキの顔面は急速に青白くなり、その贅沢を極めた肉体が枯れ木のように痩せ細り始めた。
「ぐ、あああぁっ! 私の……私の命が、目減りしていく……!」
「言ったはずだ。命より、税金を優先すると」
コイズミの冷徹な宣告が、絶望するマサキの耳元に死神の囁きのように届いた。




