第5話 絶対君主
「これ以上、オフィスを破損されては困るな。修繕費もまた、経費で落とさねばならなくなる」
冷気すら感じる落ち着いた声が、部屋の奥にある重厚な本棚の後ろから響いた。隠し扉が静かに開き、一人の男が姿を現す。
株式会社金英社・代表取締役、セト・マサキ。
ヨウコの夫であり、この脱税帝国の絶対君主だ。彼は返り血を浴びて立つコイズミを前にしても、仕立ての良いスリーピースのポケットに手を入れ、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
「あなたのような『特例』が来ることは計算に入っていたが……。まさか、失伝したはずの『徴税術式』まで使いこなすとは。国税庁も随分と物騒な飼い犬を育てたものだ」
マサキは倒れ伏す黒服たちを一瞥だにせず、デスクの上のヨウコの手を優しく、しかし事務的に握った。
「下がりなさい、ヨウコ。ここからは実業家の仕事ではない。……『資産防衛』の時間だ」
マサキがそう言った瞬間、彼の背後の空間が歪んだように見えた。彼はただの経営者ではない。この男もまた、徴税官の「暴力」を真っ向から受け流し、富を隠蔽し続けるための「防衛術式」を心得ている者特有の威圧感を放っていた。
コイズミは「マタイ」を構え直し、リボルバーの銃口をマサキの心臓へと固定する。
「セト・マサキ。貴様の余裕は、帳簿の中だけに留めておけ。今ここで、お前の全財産――そしてその命の『耐用年数』を、俺が査定してやる」
「面白い。ならば見せてもらおうか。国家という巨大な装置が、一個人の欲望にどこまで通用するのかをな」
マサキがゆっくりと右手を上げると、その指先から、目に見えるほどの濃密な「隠蔽の気」が立ち昇った。




