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第二幕 現世行きチケット

お待たせしました!やっと2話目です。

 薄暗い廊下。何処かぼんやりとした視界の中で、白髪の青年が踊り場でしゃがんでいた。彼は腹部を押さえ、額からは脂汗が流れる。青白い肌はまるで病人のようだった。

「あの…大丈夫ですか?」

 青年は苦しそうな表情のまま、体に鞭を打って立ち上がる。アイザックはその体を支えようと触れたが、彼はそれを拒んだ。

「平気だ!!ボクに触るな!!」

 怯えたような赤い瞳に、薄く涙の膜が張る。何があったかは定かではないが、そんなに痛むのなら立ち上がるのでやっとだろう。アイザックは気にせず彼の肩に触れる。すると、彼はますます暴れ始めた。押しのけるようにして拒絶し続け、いつの間にか踊り場の縁に追いやられていることにアイザックは気づいた。

「ぃ、やだ……はなれろっ!!」

 彼の肘が鳩尾を押し、バランスを崩したアイザックの片足が階段を踏み外した。

 落ちる。アイザックは頭が真っ白になり、目の前の青年を見ることしかできなかった。

「――やめてくれ」

 青年がそう呟く声が、アイザックには妙に大きく聞こえていた。



 アイザックはベッドから跳ね起きた。息は走った後のように苦しく、額には脂汗が流れている。手の震えが酷く、指先が氷のように冷たかった。

「……夢……?」

 夢にしては現実的な描写だった。

 隙間風のような自然の音だけでなく、声が壁に響く音まではっきりと聞こえた。また、夢の舞台である埃の舞う階段もどこか見覚えがある。これがもし夢ではないのなら、生前の――死ぬ直前の映像だろうか?

 アイザックは鈍く痛む額に手を当てて息を吐いた。ただでさえ朝は苦手なのに、悪夢まで見ては敵わない。

 さて、気分の悪い悪夢を見たならば、することは一つ。彼は2度目の眠りにつくため、静かにベッドに背中を預けた。

「アイザ〜ック!!起きてる?開けて〜!!」

 アイザックは耳を両手で塞いだ。ノックの音は軽やかだが、大きな声が部屋に響く。アイザックはドア越しの相手の正気を疑った。

 後ろ髪を引かれる思いでベッドから滑り落ち、寝衣のままドアを開ける。

「……近所迷惑なんですけど。エヴリン」

 眩しい光に目を細くしながら、アイザックは訪問者を睨んだ。彼女は長いサイドテールを揺らしながら、余裕の表情を見せる。

「大丈夫よ。あたし、ここに住む人とは関係が長いもの。子供が元気なのは良いことだって、お隣さんは言ってたしね」

 アイザックは右隣の家の持ち主である、中年の女性を思い浮かべた。確か彼女がここに来たのは1年前だと聞いたことがある。対して、目の前のエヴリンは10年以上前に来たらしい。失礼なのは重々承知しているが、果たして彼女は子供で合っているのだろうか。

「まぁ、そんなことはどうでもいいの!ビッグニュースがあるから、早く顔洗って着替えちゃって!あたしは大人しく、リビングで寛がせてもらうわ」

 彼女はアイザックとドアの隙間を猫のように通り、リビングまで軽い足取りで駆けていった。

「……はぁ……」

 アイザックはドアを閉めると、髪をかき上げながら重い足取りで洗面所に向かうことにした。



 顔を洗い、別室で着替えてからリビングに戻ると、エヴリンはマジックの本を見ながらカラーボールを弄んでいた。彼女の瞳と同じ赤色のボールは、彼女の指によって潰されたり転がされたりしている。アイザックは気づかれぬようにしながら、彼女の後ろからページを盗み見た。

「ボールが消えるマジックですか」

「うわあっ!?!?」

 彼女は驚きのあまり椅子から派手に落ちた。アイザックはそれを躱し、マジックのページを指で捲る。

 彼女は初心者の中の初心者だ。ボールを使ったマジックは彼女にとって少し難しいだろうから、やるとするなら別のマジックが良いのではないだろうか。

「…ちょっとアイザック!!いきなり驚かさないでよ!!」

 エヴリンは立ち上がり、軽く服の汚れを払ってからアイザックを指差した。アイザックは本に目を通しながら、片手で彼女の手を下げさせる。

「人に指を差さないでください。それにマジックの練習なら、もっとやりやすいものがありますよ」

 アイザックはトランプのページを捲った。ぶつぶつ独り言を喋っては、端に小さな折り目を付けていく。エヴリンは手際の良いその光景を感心して見ていたが、ふと我に返って、机に置いてあった新聞を本の上に広げた。

「それは後!ほらココ、読んでみて!」

 アイザックは集中を切られ、不機嫌そうな表情を見せた。しぶしぶ彼女の言う通り新聞に目を向けると、細い枠で仕切られた、死者の名前が載っているページを示された。彼女が書いたであろう丸い印が、アイザックとエヴリンの名前を囲っている。

「『ハロウィン限定!現世チケット獲得者』?……なんです?コレ」

 アイザックは疑問に思って顔を上げる。彼女は悪そうな笑みを浮かべて、ポケットから少し曲がった切符のような紙を取り出した。

「現世行チケット、あたしが申し込んでおいたの!そろそろアイザックも、休暇が欲しいかなーと思って」

 アイザックは瞬きを繰り返した。確かに、ここに来てからはずっとマジックに没頭してしまっていた。死者は実体がないため、疲れづらい特性を持つ。かといって休まなければ魂が疲弊してしまうため、定期的な休憩が必要であった。

「……わかります?」

 冗談まじりに彼女に問いかけると、エヴリンは得意げに胸を張って腰に手を当てた。

「だって、あたしはお姉ちゃんだもの!それにアイザックは、あたしの弟よりわかりやすいわ」

 アイザックは頬を指で摘んだ。嘘だろ。そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。今更ながら、彼女の姉としての観察眼には驚かされる。

「ちなみに、列車は明日出発だから」

 彼女はチケットの有効期間を指差す。小さく印刷されている日付は、確かに明日の日時を表記している。なるほど。現世には明日のハロウィン当日を含み、1週間滞在できるらしい。

 アイザックはチケットを混乱しながらも受け取る。日時を何度も目で往復し、数秒経ってから事の重大さを理解した。

「……はあ!?」

 前言撤回。やはり彼女は姉というより子供である。後先を考えずに無鉄砲に行動に移す節があるため、生前は大層わんぱくな姉だったのだろう。アイザックは、この姉に振り回されたであろう弟が可哀想に思えてきた。

「エヴリン……普通、観光や視察に行く場合は、滞在期間を踏まえて綿密な計画を立てるものでしょう!今回偶然チケットが取れましたが、現世にはあと何度行けるか分からないんですよ?」

 ストレスからか、アイザックに再び頭痛の症状が現れる。彼女はアイザックに責められ、気まずそうに目をそらしながらぶつくさと文句を呟いた。

「……だってあたしは弟に会いに行くだけだもの。アイザックはあたしの付き添いで、あわよくば死因特定したいって感じでしょう?なら別に、用意するものなんてないじゃない」

 アイザックはとうとう溜息を吐いた。確かに彼女の言い分は正しい。魂だけの存在なら、生活用品やホテルの予約は必要ない。でも、心の準備や期間中にやることを決めておく必要があるのではないかと思う。1週間もあるのだから、十分に現世を巡るには、ちゃんとした計画がいるはずだ。

「……1週間も弟さんといるつもりですか?」

 彼女は控えめに頷いた。顔色を覗うように、目線だけはアイザックに向いている。

「…探す時間含めてね。会ったら帰るまで、ずっと側で見守るつもり。あの子が今後何をして、どう生きていくのかを知りたいの」

 エヴリンはスカートの裾を握りしめた。恐れているのだ。現世に帰って、ここに戻りたくなくなることが。それでも、現世で死に別れた最愛の弟に会いたい。会わなくては。

 彼女の強い眼差しに、アイザックは耐えかねて目をそらした。

「……わかりました。ですが、本当に何も要りませんか?」

 アイザックは生前を思い出しながら、旅行などで必要な物は何か考えた。そこから少しずつ、死後の生活では不必要な物を削っていく。そうなると生前とは違い、重いバッグやキャリーケースを持たずに遠出ができることになる。

「あたしは何もないわ。でも多くの魂は、生前大事にしていた物を持って行くことが多いみたい。あとは軽い暇潰し道具ね」

 アイザックは頭上のシルクハットを外し、じっと見つめた。彼が生前大事にしてきたのはマジック。そして、このシルクハットは特に大事に使っていた。彼がマジックを始めるきっかけとなったこのシルクハットは、アイザックの人生を語る上では欠かせない代物だ。

「……では、ワタシは仕事着で行きます」

 アイザックはシルクハットを目深に被った。こうすると、まるで一人きりになったようで安心する。エヴリンは彼の想いを読み取ったのか、「いいんじゃない?」と皺だらけのチケットを軽く伸ばした。

「…そういえば、発車時刻は何時ですか?」

 アイザックはチケットの印刷を確認する。チケットには有効期限や注意事項しか記載しておらず、肝心の列車の時間はない。普段列車を使う機会がなかったため、アイザックは時刻表が何処にあるのかさえ知らなかった。

 エヴリンはアイザックの焦る姿に苦笑した。そして、机に置かれたカラーボールと本を抱えて椅子から降りる。

「あー…じゃあ明日の朝7時、また来るわ。どうせ寝てるだろうから、モーニングコールをしてあげてもいいわよ」

 アイザックは何も言い返せなかった。ただ、今日のように大声で叫ばれてはかなわないだろうから、明日は少し早く起きることを検討しようと考える。

「それじゃ、おやすみなさい」

 彼女はドアを開けてアイザックの方を振り返った。

「おやすみなさい。良い夢を」

 アイザックは手を振ると、彼女はクスッと笑ってドアを閉め、黒の世界へと消えていった。

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