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第一幕 死者の国のマジシャン

 『皆様、大変お待たせしました!死者の国名物、スーパーマジシャン、"アイザック"です!!』


 マイクの小さなハウリング音が鳴り、少女の声が会場に響く。ステージ中央のライトが付いたとき、観客たちの興奮は最骨頂に達していた。興奮のあまりドリンクを零してしまう者、大声で騒ぎ立てる者などがいるが、それもまた一興。

 それもそのはず、死者の国には娯楽が少ない。彼らの一番の娯楽は、アイザックが月に数回披露するマジックを観ることだった。

「ようこそいらっしゃいました。ワタシことアイザックの特別ステージへ!」

 ステージ裏から革靴を鳴らして登場する笑顔の男。その笑顔は何処か気味が悪く、手前に座っていた赤ん坊が不安そうに見ている。

「本日も是非、お楽しみください」

 彼は頭上のシルクハットを持ち、一礼をしてみせる。すると観客の一部がどよめき、アイザックはハッとして目を開けた。……また、やってしまった。

 アイザックの視界は逆さまだった。彼は、シルクハットごと頭を取ってしまったのだ。焦って頭を付け直し、今度は帽子だけを外してもう一度礼をする。顔を上げた時、案の定例の赤ん坊が泣きそうな顔をしていた。アイザックは不自然な笑顔のまま駆け寄り、赤ん坊の頬にそっと触れた。手袋越しに、赤ん坊特有の柔らかな肌の質感が感じられる。

「ゴメンなさい。やはり驚きましたよね。でもこれから、うんと楽しませてあげますから」

 アイザックは赤ん坊の頬から手を離し、白いハンカチーフをスーツの内側から取り出す。左手に被せ、くるくると右手でまじないをかける素振りをすると、赤ん坊は楽しそうに笑った。

「フフッ。アナタにはこれを」

 ハンカチーフで隠れた左手を現すと、そこには1輪の花が咲いていた。ピンクの薔薇だ。

 季節や国の概念のないこの世界では、様々な死んだ花が生えている。その花たちはいつも生き生きとしていて、街の外れには枯れない花畑が幾つもあった。これはその花畑から採取してきたものだ。因みに、地面に植えればまた自生し、また花を咲かせる。手折られる前、潰される前の姿に戻ることができるのだ。

「ピンク色の薔薇の花言葉は、『幸福』。生まれ変わった時、アナタに最大の幸福があらんことを…」

 アイザックは赤ん坊が乗る揺り籠に薔薇を置いた。不思議なことにその薔薇に茨はなく、赤ん坊は嬉しそうにアイザックに手を伸ばした。

「良かった。レディーには笑顔が一番似合いますから。……ミス・ソフィー」

 揺り籠のフリルに隠された名前を指でなぞる。名前を与えられたのにも関わらず、彼女はここに来てしまった。その事実に彼は少しだけ心を痛めた気がした。

「……ああ失敬。それでは、次のマジックに参りましょう!」

 観客はいつの間にか静けさを取り戻してしまっていた。つまらなくなって席を立とうとする観客を視界に捉え、アイザックは笑顔を再構築する。愛用の蝶ネクタイを両手で整えると、咳払いをして大勢の観客に向き直った。



 大きな拍手と共に華やかに退場したアイザックは、一人楽屋の机に突っ伏して大きな溜息を漏らした。

「……ワタシ、もう引退します……」

 そう呟いたアイザックの前で、読書をしているエヴリンが呆れた表情を浮かべた。

「あんなことで引退しないでよ。せっかく娯楽が増えたのに」

 エヴリンは本を閉じて机の端に置いた。その本には『初心者のためのマジック』と印刷されており、丸く大きなフォントがあたかも子供向けのような印象を持たせる。

 アイザックは顔を上げて立ち上がる。勢い良く立ち上がったせいで、椅子が地面と擦れて部屋に響いた。

「"あんなこと"とはなんですか!!本来のマジシャンは、何があっても笑顔を絶やさず、観客のマジックへの集中も切らしてはいけないんですよ!!…それをワタシは…!」

 アイザックはシルクハットを取って机に置いた。普段は隠された癖っ毛を掻き乱し、珍しく顔色が悪い。

 エヴリンはその様子を見て小さく溜息を吐き、行儀が悪いことを承知で机に膝を付いた。髪を掴んで俯くアイザックの手を避け、額を思い切り指で弾く。

「いぃったぁ!?」

 エヴリンは机に座り、ケラケラと笑った。対するアイザックは、額を抑えてしゃがみこんでいる。困惑しながらも、アイザックは彼女を下から睨みつけた。だが、彼女は余裕の表情を見せながらアイザックのシルクハットを差し出した。

「あたしはアンタみたいに、マジックに馬鹿真面目にはなれない。だからあたしは、あのコを笑わせられただけで十分だと思う」

 アイザックはエヴリンからシルクハットを受け取ると、やや目深に被って口角を上げた。確かに、彼女はアイザックのマジックに笑ってくれていたのだ。まだ思考も出来ない時期だというのに、楽しそうに。

「……そう、ですね。でも、あの歳で来られるのは困ります……」

 エヴリンは机から滑り降り、「まぁね」と呟いて、塗装が剥げかけている木製の机を指でなぞった。生きている時とは違い、逆立った木片で怪我をすることはない。病気も傷跡も本人が望めば殆どは治り、いつか訪れる2度目の死までは健康でいられる。

「やっぱり、来たばかりだと辛いわよねー…」

 エヴリンは設置されている冷蔵庫からペットボトルを取り出した。片方は炭酸水、もう片方はチェリーのジュース。彼女は悩んだ末、炭酸水をアイザックの席に置いた。

「一旦、パーッと忘れるわよ。失敗も後悔も、死んだ今となっちゃ意味がないんだから」

 アイザックは表情を曇らせたまま、黙って席に座り直した。エヴリンは容器を開け、目で彼にも容器を開けるよう指示する。アイザックは手袋を外し、キャップを捻った。少し潔癖な性格の彼は、少量の炭酸が手や服に飛び散って怪訝そうな顔をする。

「それじゃ、今日もお疲れ様!乾杯!!」

 エヴリンは軽くペットボトル同士を合わせると、手にしたジュースを喉を鳴らして半分ほど一気に飲んだ。アイザックはその様子に若干引き気味になりながら、炭酸水をチビチビと飲む。炭酸が嫌いだと彼女には言っていたはずなのに。わざと渡したのだろう。その証拠に、彼女はアイザックが一口飲むごとに笑い声を漏らしていた。

「……嫌がらせも程々にお願いします」

 エヴリンは堪えきれなくなって大声で笑い、机をバシバシと叩いた。アイザックはそんな彼女を見ながら、少しだけ口角を上げていた。

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