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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

旅立ちの日

作者: やまおか

 一人の女が階段を上っている。囚人服姿にも関わらずその姿は美しかった。十三段を登った彼女の首に縄がかけられた。

 

 これから彼女への死刑が執行される。

 

 

 女の公判が行われのはもう三年前のことになる。罪状は連続殺人。『美しすぎる殺人鬼』として話題になった。

 捕まってからも女は黙秘を貫いていた。犯行の理由について様々な推測がいきかい多くの人間から注目される事件となった。

 

 公判が行われると、傍聴席はあっというまに埋まった。彼女の一挙一動を見逃すまいと被告席に立った女へと視線が集まった。

 公判が始まるが女は何も語ろうともせず否定もしなかった。精神鑑定も行われたがその思考は常人のものであった。弁護士はまったく助かろうとしない女の弁護を諦めていた。

 死刑が求刑され、女は黙ってそれを受け入れた。事件の内容に反してあまりにもあっけない終わり方であった。静かに退廷していく女へと記者のひとりが声をあげる。

 

『被害者にいうことは何かないんですか! どうしてこんなことを!』

 

 殺人の理由、背景、いまの心情。聞きたいことはたくさんあった。彼女は何も言わないだろうと声をあげた記者もあきらめていた。だが、女の足が止まった。

 ゆっくりと振り向く彼女の気配にざわついていた場内が静まる。

 

『彼との愛のためです』

 

 女が発したのはその言葉だけだった。それっきり女は人々の前に立つことはなかった。

 

 

 死刑執行の日。女の前に執行人たちが現れる。死刑の執行を前にそれまで静かだった囚人が暴れることはよくあることだった。女は拘置所でも終始静かであったが、それでも執行人たちは警戒する。

 

「何か言い残すことはあるか?」

 

 それは規定通りのやりとり。これまで黙秘を通した女が何かを語るとは思っていなかった。

 

「では、最後に少しお話を聞いていただけますか」

 

 警戒していた執行人たち女の顔を見て怪訝な顔をした。これから死ぬというのに女の表情はうれしそうだった。執行人の表情を気にすることなく女は上機嫌に語る。

 

「私は彼を愛していた。だから許せなかったのです。街で見かけるたびに彼は他の女と歩いていた。見るたびに違う女とつきあっていました。浮気性の男が許せませんでした」

 

 彼女が殺したのは男性だけではない。

 被害者の特徴に共通点は少なくただ女性であるというだけ。若い女だけでなく、女児もいれば老婆もいる。

 

「殺して自分のものにしようとしたということか?」

 

 被害者の男性との間には恋愛関係がないことは判明していた。それどこどろか面識もなかった。女からの一方的な好意であった。

 彼女はストーカーであり、その動機を『殺すことで彼が誰にもとられないようにした』と解釈することは容易だろう。

 

「ちがいます」

 

 それを女は否定する

 

「わたしは誰にも邪魔されない二人きりの世界に旅立つことにしたんです」

 

 断定する女の口調に執行官は黙った。女の方も先ほどの饒舌がうそのように口をぴたりと閉ざした。

 

 執行の時間が来た。

 

「では、ごきげんよう」

 

 女は軽い足取りで十三階段を上っていった。女にとって首の縄は純白のヴェールだったのだろう。その表情は晴れ舞台の花嫁のようであった。

 階段を上り切り、切れ目の入った足場に立っても微笑みを浮かべたままだった。

 

 ガタン。

 足場の落とされる音がした。最期の瞬間まで表情を変えることなく女は姿を消した。

 

 こうして、最悪な事件の犯人はあの世へと旅立った。

 

 

 仕事を終えて刑場からでると、執行人はためいきをつく。ため込んだ気持ちをはきだすように重く長いものだった。

 気持ちが落ち着いたころ、ひとりの同僚が話しかけてきた。

 

「さっきの囚人のことですが……」

 

 彼もまた執行人の一人であったが、その表情はひどく困惑しているものであった。それは行われたばかりの囚人の死に向けるものとしてはそぐわないものであった。

 

「どうして本当のことをいわなかったのですか?」

 

「なんで、か……。教える必要なんてなかった。それだけだ」

 

 刑の執行まで女には外界の情報が一切はいってこなかった。それによって女は致命的な勘違いをしていた。彼女はそのことを最期まで気づくことはなかった。

 

「被害者の男性は無事だったんですよね?」

 

 執行人は隠していた。彼女が殺したと思っていた男が生きていたことを。

 

「いまごろあの世で後悔しているだろな。そうすれば被害者たちも少しは浮かばれるはずだ」

 

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