第9話 毛皮は靴にも武器にも楽器にも使う
街の外での最終二日目。
昨日の夜から降った雪で森は静まり返っていた。吐いた息が白く広がり、足音だけがやけに響く。昨日は薬草採取だけで終わったが、今日はもう少し試してみるつもりだった。
「これでも薬草の位置は分かるのか?」
「誰に言っているのよ。私は花の精霊よ?人間とは見えているものが違うの。それよりちゃんとベリーを集めなさいよ!」
「わかったわかった。じゃあ、準備はいいか」
「とうぜん!」
肩に腰かけているセレンが、いつものように得意げな声を出す。
セレンは薄い羽を広げてパタパタとなにかをやりだした。魔力を薄く広げて探知されやすくしているらしいが、俺には何も感じない。
まぁいつもこれで弱い魔物を狩っていたんだし大丈夫だろう。魔法や魔力の扱いについてはこいつを信用するしかない。俺には才能がないんだろうさ。
魔物が寄ってくるのを待つ間に薬草を集める。雪のせいで辛い作業となったが仕方ない。昨日ほど数はいらないが、スノーベリーを集めろとうるさいからな。俺も食ったがそれほど美味いとは思わなかったんだが。
そうして少し待つと、低い唸り声が雪の奥から聞こえてきた。
躊躇わずに姿を表した魔獣。これは知ってる。白毛の狼――スノーファングだ。
数が多いので被害も多く、一般人にとっては危険な相手。冒険者を名乗るなら最初の壁。そんな有名な魔物だ。
と、情報は知っていたが、初めて見ると絵で見たものよりずっと大きく感じる。口を開いて牙を見せつけ、ヨダレを垂らしてやがる。
美味しい魔力に釣られて見つけた獲物。小さくて弱そうな俺を食おうとしているんだ。
これが殺気というやつか。恐怖なんて感じていないはずだが脚がこそばゆい、頭が痺れて何をするべきか分からん。事前に覚えた知識だけが次々と――
「来たわねこの汚らしい獣め!さあ、私の為に戦いなさい!精・霊・合・体!」
セレンが俺の胸に飛び込む。同時に体中に力が満ち、右腕には細身のガントレットが装着された。
『行きなさい!あの醜いカスを塵に返すのよ!』
「……お前、口悪いよな」
落ち着いた。こんな雑魚に俺が、俺達が負けるわけがない。
魔獣を睨みつける。目が合った瞬間、魔獣は一足で飛び込んできた。
長い跳躍、迫る巨体。だが俺の視野は冴え、迫ってくる牙の軌道さえはっきり見えた。
あの牙にかかれば俺の体なんて簡単に引き裂かれるだろう。その事実を思い浮かべ、一瞬身が固まりそうになる。
「ふっ!」
それでも俺の体は自然と動いてくれた。
こんな大きな相手じゃないが、毎日のように魔物と戦ってきたんだ。速度は大したことはない、いつも通りやればいいだけだ。
回避されたスノーファングは一旦距離を取り、さっきと同じ間合いから再び飛び込んできた。
それに対し、今度はこちらも踏み込んで拳を叩き込む。
「ドラドラドラァッ!!」
骨が砕ける確かな手応え。狼は短い悲鳴を上げて雪の上に転がった。
あっけない。あの時の焼き直しだな。だがそれでいい、俺が積み重ねてきた成果だ。この程度の魔物に手こずっていられるか。
「よくやったわ!まぁ私が力を貸してるんだから当然よね!」
セレンが飛び出してふわふわと踊りだした。魔力を吸ってるんだろう。
「まぁ、余裕だな。少しやりすぎたか」
「あんたビビってなかった?なんか固まってたわよね?」
「は?そんな訳無いだろう。お前こそ俺がいないと吸収されるってビビり散らして出てこれなかったんだろ?精霊は簡単に吸収されちまうって言ってたもんな」
「ふーん、なるほどね」
「なんだよ」
「あなたね、誤魔化す時だけよく喋るのよ。気づいてた?」
「………知らんな」
この話は終わらせよう。
「殴り倒してしまったが、これはあまりよくないな。早めにまともな武器を手に入れないと怪しまれるかもしれん」
「どうして?」
「普通の人間は魔物を殴り倒したりしないんだよ。まぁ今日のところは、聞かれたら適当に誤魔化しておこう」
この後も薬草を集めながら寄ってきた魔物を倒した。最初ほど全力で戦う必要は無く、身体強化と拳だけ精霊武装があれば十分だった。
倒したのは6匹。全てスノーファングだ。今までに比べたら遥かに多い魔力を得たが、まだまだ余裕がある。
「もっと集めることも出来るんだけど、一匹ずつ呼び寄せるのが難しいのよね」
「いっぺんに来たら流石にきついか」
「倒した後を放置したら色々寄ってくるでしょ。これ以上増やすなら何か考えないと」
ふむ。それも何とかしなくちゃいけないか。
やはり、大量の魔物を倒すならそれに相応しい場所に行くべきだな。
「とにかく今日は引き上げよう。ベリーも十分だ」
「私の分を渡したら許さないわよ!」
「分かってるよ」
5匹は穴を掘って埋めてしまい、残り1匹の狼の足を縄で縛り、ズルズルと引きずって行く。傷んでしまうが仕方ない、これも何か考えよう。
必要な薬草も十分集まったし、スノーベリーを孤児院の皆に渡せば喜ぶだろう。
◇◆◇◆◇
冒険者ギルドに戻ると、受付嬢が目を丸くした。
「えっ……これ、スノーファング?」
「はい。薬草を集めていたら襲われてしまったんです。引きずったので毛皮が傷んでしまいましたが、買い取りは可能ですか?」
魔物は売れるのだ。スノーファングは数が多い魔獣で、冬場だけ毛皮が白くなってスノーファングと呼ばれる。擬態の一種かな。この時期の白い毛皮は人気だし、肉も取れる。更に体内には魔石という物があるらしい。俺は使ったことはないが、金持ちが欲しがるという話だ。
「確かに毛皮がちょっと傷んでるね。獲物の買い取りはあっちの窓口だから、査定して貰ってきて。少し額は減るけど大丈夫だよ」
「わかりました」
指示された場所に運び、全て引き渡した。担当の男と少し話したが、毛皮の損傷がかなりもったいないらしい。スノーウルフの一番高い部位が毛皮なんだそうだ。
先の受付に戻り、報酬を受け取った。
「はい、これが買い取り報酬ね。買取額は全部で90クラウン。見られないように仕舞っておくといいよ。それで、少しだけ話しを聞かせてほしいの。スノーウルフはどこで手に入れたの?」
「ありがとうございます。南門から出てすぐの森ですよ。薬草を集めていたら襲われたんです」
「うーん。確かに出なくはないんだけど……。襲われて、誰かがやっつけてくれたの?」
「いいえ。落ちていた木の棒で叩いて倒したんです。あいつらは頭からまっすぐ向かってくるので、逃げるより逆にまっすぐ叩けば簡単に倒せるんですよ」
「簡単にって……えぇ……?本当に?」
「はい。孤児院には先に冒険者になった人もいるし、鍛えていたんです。それに、依頼を受けている訳じゃないから、嘘をつく理由がないですよね?」
「まぁ……そうだね」
「明日からも同じところに行きますから。襲ってきたらまた獲ってきます。では、ありがとうございました」
「あ、うん。君は見習いなんだから無茶しないようにね」
金を受け取ってギルドを後にする。何人かの冒険者がこちらを眺めていたが、冒険者にとっては小物だ。どうこうなることは無いだろう。
『疑われてたわね』
「仕方ない。お前のことを大っぴらにする気はないからな。だが、俺の力を隠す気はない。これからも魔物を持って帰るぞ。金にもなる」
『お金ね。人間はそれで物を交換するのよね?』
「そうだ。これを貯めて武器を手に入れる」
『私のほうが強いのに』
「隠した方がいいと言ったのはお前だろ」
ギルドの次は薬師ノエラの店に薬草を納めた。
通常よりかなり安く、合計5クラウンだ。銅貨5枚、大体大きなパンを5つ買える額だな。10クラウンあれば宿に泊まれる。銅貨1枚未満の取引は物々交換したりで大雑把に調整してる。
ノエラはもっと高く買うというが、ここでの稼ぎはアテにしてない。俺が外に出る為の理由作りでしか無いので、どうでもいいんだ。
安く売った残りはイリーナにくれてやって終わり。
「イリーナ。明日も取りに行くから、これは練習で使い切っていいからね。渋らずに沢山練習して立派な薬師になって欲しい。僕も助けてもらうだろうからね」
「レオン。本当にありがとう。わたし頑張る!」
こうやって地道に身の回りの評判を上げることも出来る。イリーナからの評価はノエラに伝わり、ノエラの評価はノエラが付き合う相手に広がっていく。
今日の稼ぎは95クラウン。この内55クラウンを院長のグレタに渡す。
土産のベリーをみなに配り、チビの面倒をみて、リリアに付き合い、1日が終わっていった。
◇◆◇◆◇
それからは毎日ほとんど同じことの繰り返しだ。
それでも少しずつ変化している。スノーファングの毛皮が傷つかないように工夫したり、小振りのナイフを買ったり、毎日魔物を納品するのでギルドでも評価を高めていると思う。
そんなある日。順調だがそろそろもう一段上げたいと思いながら街を歩いていると、汚らしい格好をした男を見かけた。
裏通りの方へ向かって歩く、よく知る男。
「ラグネル?」
ギルドに出入りしても見かけなかったラグネル。それをこんな所で見つけてしまった。
その歩く先はスラム。ラグネルは少し迷うような足取りで、しかしその姿はその場に馴染んでいるように見えた。