第8話 冒険者デビュー
寒い冬の日。今日は新年のお祝いだ。
この日は孤児全員の誕生日でもある。なんとか絞り出したお金で慎ましやかなお祝いをしている。
俺が孤児院に来てから三度目の新年だ。今年で俺は9歳になった。
ラグナルは去年正式に孤児院を卒院している。その前からあまり帰ってこなくなっていたが、たまに様子を見る限り上手くやっているようには見えなかった。
イリーナとテオは13歳。二人ともまだ孤児院に残っているが、イリーナは春には薬師ノエラの弟子として住み込みになるそうだ。そして一番大丈夫だと思っていたテオの行き先が決まっていない。
「僕は体力もないし、いいところが無いからね」
そんな風に自嘲することが多くなり、陰気な雰囲気も嫌気されているんだろう。
以前はこうじゃなかったのに、テオに何があったんだろうか?
「おいしー」
「あまいねー」
「こら!こぼしてるよ!」
滅多に食べられない焼き菓子をぽろぽろこぼしているのは、孤児院の新しいメンバー。
カティアは8歳の女の子。イリーナの後継かな。エディとミロは6歳の男の子コンビだ。みな明るい子供たちで、孤児院の空気は少し賑やかになったが、そのぶん俺のやることも増えた。
「レオン、これ美味しいよ。はい、あ~ん」
「リリア。恥ずかしいよ、自分で食べるから大丈夫」
リリアは相変わらず。いや、前より酷くなった。テオは許してやれと言うが、度々邪魔をされてかなりイラついている。
だが、怒りを見せるわけには行かない。俺は常に冷静で、賢く、頼れる人間でなくてはいけない。それが信頼になり、俺を押し上げる力になる。……そのはずだ。
ささやかなパーティの後、俺はグレタに申し入れをした。
「冒険者ギルドに登録したいです」
「レオンハルト。早すぎます。危険なことをするつもりですか?」
当然、グレタは拒否した。
だが俺は冷静に言葉を重ねる。
「危ないことはしません。薬師のノエラさんのところに納める薬草採りを受けたいんです。ギルドの見習いに登録すれば、街の出入りが出来るようになります。ノエラさんの依頼は街道沿いの安全な場所ですし、余分に集めればイリーナの練習にも役立てられます。イリーナが薬師としてやっていけるように、応援したいんです」
「……」
「それに、ラグナルのことも気になります。冒険者になってちゃんとやれているのか。もし何かあったら、少しでも力になりたい」
グレタは黙って俺の顔を見つめた。
俺は視線を逸らさず、真剣に答えを待つ。
「……本当に、あなたは子供らしくありませんね」
「すみません」
グレタは溜息をつき、首を振った。
そして、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。では、明日私と一緒に冒険者ギルドへ行きましょう」
俺は小さく拳を握った。
◇◆◇◆◇
翌日。冒険者ギルド。
「九歳、ですか。孤児院の子供にしてはずいぶん早いですね」
受付嬢が目を丸くした。
俺の登録用紙を二度見し、何度も首を傾げる。
「年齢制限はないでしょう?もっと小さい子もいるはずです」
「そりゃ、そうなんですけどね……」
受付嬢が困った顔をしてグレタを見る。
「本人の希望です。十分に成熟した子だと判断しました」
グレタはしっかりと答えてくれた。
「はぁ……まあ、そうおっしゃるなら」
俺は登録証を受け取った。
首から下げられる小さな木の板切れ。それが見習い冒険者の証だった。
「おぉ〜、かわいい〜!」
横で別の受付嬢が頬を緩める。
子供扱いされるのは慣れている。俺は笑い返して、板切れを服の内側にしまった。
味方になってくれるなら我慢しよう。そして今はこの板が何よりも大切な武器だ。
孤児院に戻って、明日からは昼間にいないことを話した。チビ達は登録証に興味津々だ。
「レオンなら大丈夫だと思うけど。無理しないでね」
「レオンはすごいな。僕より4つも下なのに……」
「外は危ないんじゃないの?レオンがそんなことしなくてもいいじゃない。一緒にお茶を作ろうよ」
反応は様々。リリアは引き止めてきたが応じるわけがない。
イリーナも昼間は居ないし、テオも色々と奉仕仕事を受けて適正を探している。リリアにはしっかりチビの面倒を見ていてもらいたいものだ。
その晩は、リリアが絡んで来て大変だった。
「お願い、置いていかないで、ここにいて。お願い、お願い、お願い。じゃないとあたし……」
「大丈夫だよリリア。昼間に仕事に行くだけだから。リリアにもそろそろ院長が働く先を探してると思うよ」
いくら言っても聞きやしない。仕方なく一緒に寝ることになった。12歳にもなってどうなってんだ。せっかく孤児院にいるのに、このままじゃスラムの女達みたいなことになるぞ。
一緒に育った知り合いがそうなるのは気分が悪い。
◇◆◇◆◇
翌日。生まれて初めて街の外に出た。
スラムにいた頃から自分を閉じ込める出入り不可能な高い門だと感じていたものが、板切れ一枚見せるだけであっさり通してもらえた。
「外だ……すげぇ……」
胸の奥が少し熱くなる。街道がずっと先まで伸びていた。広い空を遮る物もない。これがテオの言っていた地平線か。世界か。なんて大きいんだ。
憧れていた一歩をようやく踏み出した気がした。
「それで、どうするの?先に薬草を集める?」
「そうだな。初日だし確実に薬草を集めておこう」
薬師ノエラに納品する為の物だ。今回は初回なので、正式にギルドを通して依頼を受けた。間違いなく納品しておきたい。
今回は別だが、見習い冒険者は通常の依頼を受けられない。あるのは街の中のちょっとした仕事ばかりであり、直接雇う場合の面倒事を避ける為に使われる。
俺がギルドに登録したのは、町を出入りするためでしかない。街の外には魔物がいる。それが本当の目的だ。
「それじゃ早く森に行きましょ。私もこの近くの森で生まれたのよ、随分と久しぶりになっちゃったわ」
「近くの森でいいんだよな?」
「えーと、ヒールリーフ、スノーベリー、モスルートだっけ?見本を見て覚えてるわ。こんなのどこにでもあるわよ、さっさと集めて魔物を探すのよ!」
「はいはい、じゃあ案内頼むぞ」
街から出てすぐの街道沿いにある森。普段から木を切り出すことも多いらしく、浅い部分は歩きやすく魔物もほとんど居ないと聞いている。魔物が少ないのは嬉しくない情報だが、この森の存在があるからこそ冒険者になる許可が出たんだ。
「あそこにヒールリーフが生えてるわよ。何かの影になる場所に多いから自分でも探しなさいな」
「モスルートはこれだけ拓けてると少ないわね、あっちよ!」
「スノーベリーはこれね。そのまま食べても美味しいわよ」
セレンが大はしゃぎしながら薬草の場所を教えてくれる。花の精霊だもんな、餌以外で活躍したのは2年ぶりじゃないか?
「……なに?よくないものを感じたわ」
「なんでもねぇよ。助かるなって思ってたんだ」
依頼の薬草類はすぐに集まった。しかし魔物は出ない。
やはりこの辺りには少ないんだろう。構わない、今日は様子見だ。明日は薬草を探しながらセレンを餌にして魔物を呼び寄せればいい。
「今日は薬草を大量に集めるぞ」
「なんで?いっぱい集めても萎びちゃうわよ?」
「今日の分はギルドに納品だからな。俺の有能さを示しておくんだ。小さいことからな」
その後もセレンの案内でカゴがいっぱいになるまで薬草を詰め込んだ。身体強化なしでは辛い重さだ。
街に戻る間、セレンは外に出てずっとベリーを食っていた。
「んー美味しいですわぁ!」
「ベリーばっか食うんじゃねぇよ。ていうかお前、物食うんだな」
「精霊の食事は趣味よ。人間みたいに毎日飽きもせず食べるのとは違うの。これくらいでガタガタ言うんじゃないわよ。集められたのは私のおかげでしょ!」
こいつ……調子に乗ってるな。これはお仕置きが必要だ。
街に戻り、ギルドの窓口で納品すると驚かれた。
やはり一日の採取量としてはかなり多いとのこと。1種類ならともかく3種類ともだからな。一目置くってほどじゃないだろうが、ただのガキよりは頭一つ抜けただろう。
「余分は薬師見習いをしている仲間に使ってもらうつもりなんです。沢山練習して立派な薬師になってもらいたくて」
「えらい!いい子だわぁ!将来有望ね!かわいいし!」
気安く触るんじゃねぇよ。だがもっとサービスしておく。
「このベリー、薬にもなるけど甘酸っぱくて美味しいんです。沢山採ってきたので、これはみなさんでどうぞ」
スノーベリーをずいっと渡してやった。
『何やってるの!?ふざけるんじゃないわよ!わたしのっわたしのベリーがぁぁぁ!』
(お裾分けは円満な関係を作るのに必要なんだよ)
『あぁぁぁぁぁぁあああ!!』
セレンが怒りまくってる。いい気味だぜ。
「スノーベリーね!こんなに貰っていいの?売れるわよ?」
「僕は孤児院の子供ですから。物を売るのはあまりよくないんです。だから食べてもらえると嬉しいです。孤児院に持って帰る分はありますから」
「ほんとにいい子!何かあったらお姉さんに相談しなさい!」
「ありがとうございます」
『ああああぁぁぁぁぁあぁあぁ!!』
よし。これで全てうまくいったな。後は一応残りを薬師のトコに放り込んでおくか。
「あぁ、あの子達もこんなだったらどれだけいいか……」
受付嬢がこぼした言葉が気になった。あの子達?誰のことだ?
『ががががががががっ!』
(悪かったよ、明日は別の袋を持っていってお前用にするからな)
面倒くさい精霊だ。
取り戻せと騒ぎ出したら困るので急いで帰った。