第7話 それぞれの道
ユイに続いてレオニスも居なくなった。
狭く感じていた孤児院でも、二人が居なくなっただけで広くなったように感じる。まぁ他の連中はそれどころじゃなさそうだが。
茶葉作りは手が減っただけじゃなく、イリーナ・ラグナル・リリアの三人はロクに働かなくなってしまい、代わりにテオが奉仕活動を辞めて精力的に手伝ってくれている。俺一人だったら流石にウンザリしただろうな。テオだけでもまともでよかった。
自分で増やした労働に嫌になりながらも、夜にはセレンを外に出して魔物を釣っては倒すようにしている。
セレンが魔力をわざと見つかりやすくしているらしい。さっぱりわからないが、毎晩小さな魔物が寄ってきた。
街中にいる魔物だ。最初に出た蛇やネズミ、それと蝶や蜂などの弱い魔物だけ。それも多くて一晩に五匹ほどだった。
それでも少しずつ吸収できているらしく、最初は指だけだった精霊武装も拳を覆えるようになった。
俺にとっては順調で、他のやつにとっては不調な日々。ついにラグナルが爆発した。
テオを殴ったのだ。
「ラグナル。これは見過ごせません。こんなことが続けば、ここに居られなくなりますよ」
「いいんだよそれで!レオニスも出ていっただろ!俺も冒険者になる!」
「駄目です。13歳になるまで働くことは許しません」
「それまで待って何になるんだよ!どうせ俺なんて!!」
ラグナルが怒りを燃え上がらせ、机をひっくり返した。乗っていたものが落ち、大きな音でリリアが怯えている。イリーナはテオの手当をしながらも何も言えない。
「……わかりました。冒険者になりたいなら、ギルドで登録することを許しましょう。ただし、13歳になるまではここに帰ってきなさい」
「……わかったよ」
◇◆◇◆◇
ラグナルはグレタと共に出かけていき、冒険者ギルドに登録した。
それ以来、ラグナルは朝から夜まで出掛けるようになった。そのまま帰ってこない夜も多い。上手くやってるんだろうか?
まぁ、ヤツがどうなろうがどうでもいい。俺は今日も今日とて茶葉作りだ。
「ねぇレオン。これで出来てる?」
「あぁ。ありがとうリリア。よく出来てるよ」
リリアが精力的に手伝うようになった……のか?やたらベタベタとくっついてくる。
まぁずっと暗くされても鬱陶しいからいいんだが――
「ほらレオン。私のパンを半分上げる」
「ありがとうリリア。でも、自分の分はちゃんと食べないと駄目だよ。食べて大きくならないとね」
「レオン。一緒に寝ていい?」
「リリア。男の子と女の子は一緒に寝ちゃいけないそうだよ。大丈夫、リリアが眠るまで手を握っていてあげるよ」
うっぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
「レオンに甘えることで心を落ち着かせてるんだと思うよ。しばらくは我慢してあげてよ」
「大丈夫だよテオ。これくらいなんともないさ」
などと答えておいたが、正直めちゃくちゃうざい。作業の邪魔になるし、夜の時間を削られるのは最悪だ。
それでもグレタにも感謝され、突き放すわけにもいかない。なぜテオに行かないんだ?テオの方が付き合いが長いし年上だろう。リリアは俺より3つも年上なんだぞ?
「乙女心がわかってないわね!年下好きってやつよ!」
「それは乙女心なのか?」
今は茶葉の納品に向かっているところだ。
セレンは体の中にいる時も話ができる。俺が独り言を言っているみたいになるが、外で少し見られるくらいどうでもいい。
納品先は薬師の店だ。孤児院が茶葉を販売していることに早くから目をつけて、まとめての購入を提案してきた。
買取値は直接売っていたときと同じ。店での値上げで利益を確保している。
「こんにちは。今日も持ってきました」
「あぁレオン君。ちょっと待っててね」
店はちょうど来客中だった。よく分からない薬が並んでいるが、そんなに売れるんだろうか?
「お待たせ。ごめんね、最近はお客さんが増えて忙しくってさ」
「そうなんですか、よかったです。お茶も売れていますか?」
「そのお茶が切っ掛けなのよ。今までうちの店には入らなかった人がお茶を切っ掛けに入ってきてね。新規顧客が増えたわけ」
「なるほど。役に立ててよかったです」
「うんうん。レオン君はいい子だねぇ。よしよし」
触るんじゃねぇよ鬱陶しい。お前の店がどうなろうが知らねぇよ。忙しいなら仕事してろ。
ん?そうか、忙しいのか。
「あの、忙しいなら一人雇ってみませんか?」
「え?あんまりお給金は出せないけど……レオン君が来てくれるの!?」
「僕はまだ6歳ですから。もうすぐ11歳になる女の子がいるんです。あんまり器用じゃないんですけど、真面目で信用できる店員になります」
「ふぅん。あの子かな。たぶん見たことある。ほんとにお給金は少ないけど……」
「孤児院の子ですから。仕事を教えてくれるだけでも十分です」
「そう。なら一度会ってみようかな」
という訳で、イリーナを売り込むことに成功した。後は本人次第だ。
イリーナとグレタに話し、イリーナは見習いとして薬師の店で働くことになった。
「イ、イリーナです!精一杯働きます!」
「ノエラよ。これからよろしくね」
最近はぼんやりとしていることが多かったイリーナだが、環境が変わり忙しくなったことで、以前の元気を取り戻していく。
その真面目な働きぶりが気に入られ、正式に薬師の弟子となることになった。
イリーナは現在10歳。まだ孤児院で暮らす期限は2年と少し残っていた。このまま弟子として住み込みになる道もあったが、イリーナは13歳になるまでは通いとなった。
「本当にありがとう!レオンのおかげよ!」
そう言って笑うイリーナは、しっかりと前を向くことができたようだ。
イリーナに奇跡は起こらなかった。それでも、前を向いて進むしか無いんだ。
イリーナが復活し、リリアも落ち着いた。テオは最初から落ち着いているし、ラグナルは冒険者の仕事に精一杯。人は減ったが孤児院は落ち着きを取り戻した。
「ありがとうレオン。君がいてくれてよかった」
「どうしたのテオ?」
「ありがとう。本当に感謝しているんだ」
テオは何度も俺に礼を言う。だがなんのことか分からない。聞いても教えてくれなかった。
◇◆◇◆◇
「さあ、落ち着いたことだし地道に頑張るのよ!ほんとに地味だけどね」
「お前、俺の中で全部聞いてるんだろ?何か助言とか無いのかよ」
「人間のことなんて知らないわよ。興味ないわ」
「はぁ。まぁそりゃそうか。俺も精霊なんてどうでもいいし」
「なんですって!」
「ほら来たぞ。さっさと戻れ」
こうして孤児院での暮らしは続き、俺は少しずつ少しずつ魔力を集め続けた。
もどかしい思いはある。外に出て魔物を狩ればもっと早く魔力が集まるだろう。
だがそれでも、俺はここで我慢を続けた。真っ当な手段で冒険者になる。それが栄光への道だと信じているから。
日々は淡々と過ぎていき、気づけば二年の月日が流れていた。