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第6話 奇跡

 雑草茶の販売が軌道に乗ったことで、当面の生きる金に目処がたった。

 大きく稼いだわけじゃないけどな。今はそれでいい。それよりこれからのことだ。


「あー!外に出れないの嫌になるわね!」

「文句を言うな。俺の寝る時間を削ってこうしてやってるだろ」


 夜。みなで眠る部屋を抜け出して庭に出た。こうしないとセレンと話すのは難しい。他人には精霊憑きなのは隠した方がいいと言うのだ。


「精霊は大きくなるのが目標って言ったでしょ。精霊同士で同化する時には優位な方が意識を残す。相手を負かして、消えるか同化するかを迫って同化するのよ。弱い精霊憑きってバレたら狙われるわよ」


「聞いてねぇぞ」


「あら?聞いたらビビったの?しょうがないわね、もう止める?」


「ちっ!」


 精霊を手に入れたのはいいが弱い。他の精霊を見つけたら同化なんてせずにそっちに乗り換えたらいいんじゃないか?


「自由になるためにも、私は魔力を吸収して強くならなきゃいけないの。そのために有効なのは同化の他に2つ。魔力溜まりに居座るか、魔物を倒してその魔力を吸収するかね」


「魔物か、前に倒した蛇だな」


「あれは弱いけどね。同化は精霊を見つけて追い込まなきゃいけないし、魔力溜まりは見つけても大体ダンジョン化しちゃってる。要するに、魔物狩りが一番手っ取り早いってことよ」


「……奇遇だな。俺も冒険者になって魔物を狩るつもりだ。特大のやつをな」


「先は長そうね」


「うるさい」


 英雄になる。その為には強くならなきゃいけない。もっともっと力が必要なんだ。その手段としてこいつを育てる。


「お前が魔力を吸収したら、俺も強くなるんだよな?」


「そうね。私のおこぼれは入るでしょ」


「……おい」


「私の魔力と混ざって擬似的な身体強化魔法が発動するって言ったでしょ?私が強くなればあなたも強くなるわよ」


「そうだ魔法だ。あれを教えろ、俺にも魔力はあるんだろう」


 魔法。存在は知っているが、使っているのを見たことはない。

 街には魔法で怪我を治す治療院があるし、冒険者で魔法を使う者もいるという。そして貴族は全員魔法を使うらしい。俺が成り上がる為には絶対に必要だ。


「無理ね。人間の魔法は人間に習うしかないわ」


「はあ?お前が使ってるのをそのまま教えればいいだろ」


「魔法っていうのはね、魔力をこう、震わせて状態を変えるのよ。魔力は一つの状態じゃなくて、震え方で別の物になって」


「あ?」


「何かを叩いたら、叩き方次第で違う音がなるでしょ?叩くものによっても違う。魔力も揺らし方で性質が変わるの」


「ふむ。分かるような分からんような」


「とにかく!魔力を揺らして別の物にするの!本当は変わってないんだけど、揺れ方によって別の物になった様に見えるのよ!私達精霊は元が魔力の塊だから自由に動かせるけど、人間はそうじゃない。人間は言葉の振動で魔力を震わせてるの」


「つまり?」


「人間が魔法を使うには、魔力操作と同時に正確な詠唱が必要なわけね。初めて見た時は無様で笑い転げたわ。不便で大変ね?」


 そう言ってセレンは手元に小さな火を灯した。魔力の揺れ?全然何言ってるのか分からん。


「わからないでしょ?体の中にある時は安定しているから、そのまま身体強化に使っていればいいでしょ。魔法は精霊のモノよ、私に任せておきなさい。あなたの中にいる時も使えるから」


「ちっ!お前が使ってるのを覚えて盗んでやる」


「無理だってば。わからないお子ちゃまね」


 何にしても、魔物を狩れるようにならないとな。そうすれば強くなれる。光の道を登っていける。いつかは魔法を操り貴族の仲間に、そして更に上になるんだ。

 夢物語のようだが、確かに現実の道がそこにある。そう思えた。


          ◇◆◇◆◇


 明日からは夜に1匹だけでも魔物を倒していこう。そう決めた翌日。事件が起こった。


 夕食の時間。全員が集まって食事を摂っているときだった。


 ドンドンっ!孤児院のドアが強く叩かれた。孤児院への来客は珍しい。


 院長のグレタが席を立ち、ドアを少しだけ開いて話をしている。


「なんだろうね?」


「もしかしたら新しい子かも」


 む、そうだったらまた金の問題が出てくるな。無理やり入った俺が言えたことじゃないが。


「ユイ。こちらに来なさい」


「え?は、はい……」


 ユイがグレタに呼ばれてドアの方へ向かう。一体なんだろうと覗いていると、すぐに大きな声が上がった。


「パパ!!ママ!!」


 来訪者は、ユイの両親だった。

 扉が開いた瞬間、彼女は飛びついた。泣きじゃくりながら両親に抱きつく姿を、俺たちはただ見守るしかなかった。


 両親はすぐに行かないといけないらしい。ユイを迎えに来るために無理をしているそうだ。

 別れは慌ただしく、互いに一言ずつ言葉を交わしただけ。ユイは泣いていたが、その涙が何の為だったのか、俺にはわからない。最後に俺に抱きついて、言葉にならない声を発していた。


 ユイは去った。最後には嬉しそうに手を振りながら。両親にしがみついて、寒い夜空へと。


 ――その日を境に、孤児院の空気は変わった。




 ラグナルは苛立ちを隠さず、リリアは急に黙り込み、イリーナは長い間物思いに沈むようになった。

 テオは比較的落ち着いているが、言葉が少ない。動揺は隠せていなかった。

 誰より荒れたのはレオニスだ。簡単にバレる小さな盗みを繰り返し、自分ではないと叫ぶ。何がしたいのか分からん。


 とにかくみんなおかしくなった。

 起こるわけがないと思っていた奇跡を現実に目の前で見せられた。そして、自分の親は迎えに来ないのだという現実を、改めて突きつけられたのだ。

 諦めていたのに、みんなそうだと思っていたのに、自分がそうじゃないだけだった。


 奇跡は起こる。自分以外に。



 そして、奇跡の代わりに新たな事件が起きた。


「僕じゃない!レオンだ!あいつはずっと嘘つきだ!」


 レオニスの盗みだ。これまでは台所や他の子の僅かな私物だったが、今回はグレタの部屋に忍び込んで大事なペンダントを奪い、俺のせいにした。


「なんで僕を疑うんだよ!レオンだって言ってるだろ!」


 誰も信じなかった。レオニスがやった証拠なんてない。それでもみなが確信する状況だった。そして、それは実際にそうなんだろう。

 真面目で善良を装い、小さな信頼を積み上げ続けた俺。荒れて盗みを繰り返すレオニス。

 どちらが信用されるかは明白だ。俺を庇う声はあっても、レオニスを信じる声は無い。自業自得だ。


「ふざけんな……誰も信じないのかよ!お前らも俺を捨てるんだな!!」


 狂ったような目で俺を睨みつけ、レオニスは孤児院を飛び出した。

 そして、彼は二度と戻ってこなかった。



 残った者たちの心は、ますます歪んでいった。

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