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第15話 告白

 今日は光花祭前日。ダンジョンは2日間お休みだ。


『休むんだから何か美味しいものくらい寄越しなさいよ』


「はいはい」


 文句は言うが、人前で外に出ることは無い。そんなセレンだが、最近は魔力を溜め込んで少し印象が変わっていた。

 外に出るときには光をまとい、幻想的な雰囲気を出すようになった。思えばザイラスの精霊もこんな風だったな。

 何故か服装までが豪華になっており、小さな花をかたどった繊細な意匠が加わっている。


『存在がしっかりしてきたから、もう簡単に魔力を奪われたりしないわよ!』


 とのことだ。それってつまりザイラスの精霊も同じってことだろ?外に出ているから簡単に奪えると考えていたのは甘かったようだ。


「お買い物に行くわよ!師匠からお小遣いをもらってるの!」


 イリーナが嬉しそうに言う。薬師ノエラには毎日蜜たっぷりの蜂の巣を格安で納品しているからな、あれで多少は稼げているはずだ。全部食ってなければな。


「いいなぁ。ねぇレオン、私もお小遣いほしいなぁ」


 絡んでくるリリア。クッソうぜぇ、こいつもう十二歳だぞ?来年はイリーナの様に卒業するんだぞ?俺に絡むんじゃねぇよ。


「リリア。僕のお金は院長に渡してるからね?装備や道具を買う以外は持ってないよ」


 嘘だ。グレタには毎日大銀貨1枚100クラウンを渡し、残りは溜め込んでいる。

 そこらの労働者なら1日働いて30クラウンも稼げたら上々。一日に100クラウンもあれば孤児院の運営は余裕のはずだ。元々孤児院には領主からギリギリ運営できる金が出ているので、追加でそれだけあればいいだろう。

 俺のベッドは金貨の重みで沈んでるぜ。


 リリアは俺の言葉に構わず腕にしがみついて来る。うぜぇ。


「リリアも何か買ってあげるからね。行きましょ」


「やったぁ。イリーナありがとう」


 そう思うならイリーナの方に行ってほしい。だがリリアは俺の腕を掴んだままニチャリと笑っている。まるで獲物を捕まえた蜘蛛のようだ。だがこの俺がお前なんかに捕まるかよ。このままだと本当に身を売るしか無くなるぞ?分かってんのかな。


 リリアを腕に装着したまま街を歩く。買い物の途中で冒険者に見られたら嫌だなぁと嘆いていたが。もっと目立つ連中を見かけた。


 見かけたのはスラムの連中。

 普段なら表通りに出ることすら恐れる連中が、酒をあおりながら笑っていた。

 数人で輪になって食べ物も並べ、やけに羽振りがいい。


「……どういうことだ?」


 盗みで得た金にしては、余裕がありすぎる。

 やつらの行動は理解している。多少の金が入ったとしても、スラム向けの商人以外から酒を買ったりしない。それらの全てが恨みとなり、簡単に死を招くから。


 街の連中は嫌な目で見ているだけだが、俺にはもっと不穏なものに見えてしかたなかった。

 最近は物事を悪く考えすぎか?俺は思考を切り替え、荷物を抱えてイリーナの後を追った。



 買い物を終えて孤児院に戻ると、飾り付けと料理の仕込みが始まっていた。

 俺も手を貸す。例年ならささやかで小規模なものだが、今回はちょっと特別だ。


 机の上に並ぶ食材の量はこれまでにないほど豪華で、チビたちは大はしゃぎ。

 テオも今日は余計な思い詰めた顔をせず、楽しそうに笑っている。

 こういう時間も悪くないか。


 そうして和やかに一日が終わった。


          ◇◆◇◆◇


 そして迎えた光花祭当日。

 孤児院のみんなで朝から小さなお祝いをし、新しい服が一人一人に配られた。

 古着ばかりだった子供たちが、色とりどりの布を身にまといはしゃぎ回る。


「これはレオンのおかげです。みんなお礼をしなさい」


 グレタの言葉に皆が一斉に俺を見て、感謝の声を上げる。

 正直、気恥ずかしくてたまらなかった。


 食事の後は街へ。

 金なんて無いが、祭りの日は子供たちに菓子の振る舞いがある。

 孤児たちにとってはそれだけで十分に楽しい。俺も去年までは菓子を集めたものだ。


「フロレンティアお嬢様が、教会で花冠を戴いて鐘を鳴らすの。絶対に見ておくべきよ」


 イリーナが目を輝かせて言った。俺とテオは互いに目を合わせて興味がないことを確認し合ったが、何も言わずに付いていくことにした。


 ――その途中だった。


 ざわめきが走ったかと思うと、悲鳴が上がる。

「スラムの連中が暴れてるぞ!」

 誰かが叫んだ。


 盗みか、あるいは喧嘩か。俺もヴィンと組んでわざと騒ぎを起こしたりしたな。などと思っていたが……煙が立ち昇っているのが見える。

 ただの小競り合いじゃない。


 領主の娘を見に行くより、こういう場で顔を売った方が得だ。


「みんなは教会に行って、僕はこっちを見てくるよ。正規の冒険者だからね」


 そう言って踵を返すと、テオが迷わず付いてきた。


「テオは前に出ないで、荒事は僕に任せてほしい」


「情けないけど頼むよ」


 人の波を押しのけて進む。煙は勢いを増しているようだ。


 現場に着いた瞬間、言葉を失った。


 スラムの連中が武器を手に暴れ、煙幕まで張って商店を荒らしていた。

 火事じゃないのは一安心だが、あいつらにこんな装備を買える金は無いはずだ。どこで手に入れた?

 

 兵士も駆けつけ、すでに激しく揉み合っている。

 まだ兵士の方が少なく劣勢だ。なら助けに入れば活躍できるな。


 だが、暴れるスラム住人たちの、その中心に――いた。


「ラグナ――!」


 叫びかけたテオの口を押さえ、俺は急いで顔に布を巻いて駆け込んだ。


「おま――」


「シッ!」


 こちらに気づいたラグナルが何かを言いかけたが、俺は止まらずその腹に拳をめり込ませる。

 「ぐっ!」と呻いて一撃でうずくまるラグナル。俺はそのまま肩に担ぎ上げて包囲を脱出した。


「きゃあああああ!」

「逃げるぞ!」

「止まれ!」


 悲鳴が上がり制止の声が飛ぶが全て無視して走る。ダンジョンに通っていてよかった、レグナルの体が軽い。


 裏通りまで全力で走り抜け、ラグナルを地面に下ろす。

 テオも必死の形相で追いすがってきた。


「ラグナル。これはお金目的じゃないね。何をしていたのか正直に言ってほしい」


 問い詰める俺に、ラグナルは唸る。


「お前らには関係ねぇ!」


 関係ないだと?お前が孤児院出身なのは知られているんだ。お痛が過ぎるようならここでヤッちまってもいいんだぞ?


 気色ばむ俺をテオが制した。


「ラグナル……やり直そう。僕も、レオンも、君を助けたいんだ。まだやり直せる、レオンはその道を考えてくれた」


 だがラグナルは小さな子供みたいに首を振る。


「うるさい!俺は何をやっても駄目だった!知ってるか?孤児院出身なんてのはそれだけでクズなんだよ。俺には最初から何にもなかったんだ……!。それにもう遅ぇ!俺はもう人も斬った!お前が昔言った通り、どうしようもねぇクズなんだ!」


「……人を、斬った?」


 テオの目が大きく見開かれる。次の瞬間、テオは涙をこぼして膝をついた。


「違う!悪いのは僕なんだ!あのとき僕は……、全て僕が壊してしまったんだ!」


 震える声で、テオは罪を吐き出し始めた。


「ユイが両親に迎えられたのを見て、僕は絶望した。親子というのはあんなに温かいものなのに、なのに僕は捨てられた。それは価値がないからだと。そして、孤児院のみんなも価値がないんだと。そして僕はみんなに……!」


「テオ?」


「あの日、君に言った酷い事は全部僕のことだ、捨てられて惨めで誰にも必要とされていないのは僕だ。君を怒らせたら暴発するのは分かっていた。僕はそれを分かっていてやったんだ」


 あの日。ラグナルがテオを殴り、孤児院を出て冒険者になると叫んだ日か。


「レオニスを追い込んだのも僕だ。院長の部屋に忍び込んでペンダントを盗んだ。レオニスが疑われることは分かっていて、彼に罪をなすりつけた。イリーナにも、リリアにも、酷いことを言った。僕は最低の……クズだ」


 テオは地面に顔を伏せ。涙と鼻水を垂れ流して懺悔した。


「僕こそが最低の人間なんだ!だから……だから、ラグナル。君の罪は僕の罪。君を追い込んだ僕が全ての元凶なんだ。君はまだやり直せる!」


 嗚咽まじりの叫びに、俺は思わず息を呑んだ。


 ラグナルは長い沈黙ののち、項垂れて白状した。


「……俺たちは陽動だ。本命は別にある。捕まっても後で釈放される。兵士をこっちに釘付けにしてる間に……ザイラスが、領主の娘を攫うからだ。娘を攫ってしまえば後は何でもできるって」


 心臓が跳ねた。


「……テオ、こいつを任せる」


 言うが早いか、俺は裏通りを飛び出す。


 向かう先は教会――イリーナたちがいる場所だった。

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