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第14話 光花祭

 初めてダンジョンに入った翌朝。

 目を覚ました瞬間に違和感に気づいた。いや、違和感というより――充実感、だ。

 体がやけに軽い。握った拳に、昨日までとはまるで違う力がこもる。

 興奮の余韻が抜けた今ならはっきりわかる。俺は、確実に強くなっている。


「……なるほどな。これじゃザイラスがあぁなるのも分かる」


 あの男の思い上がりが、今なら少し理解できる。全能感に酔ってしまいそうだ。


          ◇◆◇◆◇


 今日もダンジョンへ行く。昨日と同じようにぎりぎりまで馬車駅に潜んでいたが、今日もザイラスは来なかった。


「おはようございます。今日も一人で入ります」


「おう坊主。今日もたっぷり稼ぐのか?羨ましいぜ。なぁ、蜂蜜いっぱい採れるなら少しだけ分けてくれねぇか?あれがあるとモテモテなんだよ」


「はぁ……なにか入れ物があれば」


 門番はちゃっかり用意していた。蜜の人気は相当なものだ。

 それなのに冒険者が少ないのは、それだけ蜂共が手強いから。倒すだけならまだしも、巣に手を出すと防衛蜂が一斉に出てくるんだとか。


「なのに、この状況がバレるとよくないな」


 琥珀洞の入口付近には蜂がまばらにいるだけだ。空いたから奥から移動してきたのかな?巣を占領しているのかも。とにかく少数の蜂しかいないので、これを知った冒険者が押し寄せるのはあまり嬉しくない。


「奥に行きましょ。その方が魔力が溜まっているはずだし、魔物も強くなるはずだわ」


「簡単に言うな。それに、襲われたら結局倒すしかないだろ」


「任せなさいな。花よ!」


 セレンが呼びかけると、花畑の花が蠢き出した。


「おい!いきなり始めるな!何をする気だ!」


「うるさいわね、少し黙ってなさい。これは蜂を落ち着ける匂いを出してるのよ」


 言われて周囲を見ると、確かに蜂達が巣に張り付いて動かなくなっていた。羽根をこすり合わせる不快な音も消えている。


「さ、行きましょ。どこかやりやすい場所があればいいんだけど」


 平気な顔で浮いているセレン。もしかして花の精霊って凄いのか?花を使って蜜や香りを操るのがこんなに便利だとは思わなかった。


「もう孤児院の茶葉もすぐに成長させられそうだな」


「そうね。そろそろ出来るかも。でも今やっていることは無理よ。ここは魔力が滞留してるダンジョンで、この花は魔力で変質した花。だからここまで自由に動かせてるわけ」


「この花も魔法の花ってことか」


 静かになった蜂共の間を歩き、狩り場によさそうな場所を探した。最低限背後に巣がないところだな。

 このダンジョンではセレンに頼りっぱなしだ。俺は蜂共の横を歩くだけでも恐ろしい。こいつらが一斉に攻撃してきたらどうなるんだという考えが消えない。

 それでも歩いた。いつの間にかセレンを信頼している自分に驚きながら。


 今日も昨日と同じ繰り返し。奥に進んだことで少しだけ強く大きくなった蜂共だが、全て花蜜誘引にかかり、毒蜜で地に落ちていく。

 蜂の魔物は速く、空を舞い、数が多い。だが知能が低いので簡単に誘引され、体力も低いので毒ですぐに倒れてくれる。蜜を集める本能も強く、俺達にとっては都合のよすぎる獲物だった。


 再び荷物を満杯にして帰還した。

 ……軽い。昨日なら肩に食い込んでいたはずの壺の重みも、今は気にならない。

 知り合いに蜜を分け、大げさに喜ばれる。チビは大はしゃぎし、いつも落ち着いているグレタ、テオ、イリーナも全身で喜びを表してくれる。


 俺はただ自分の立場をよくする為に行っているだけだ。だが……まぁ、こういうのも悪くない。


 そんなダンジョン通いが三日、四日。毎回魔石と蜂蜜をたっぷり持ち帰る俺は、ギルドでも明らかに別格に見られるようになった。

 五日目の朝。馬車に他の冒険者が混ざりだした。元々俺専用ではないが、俺の成果を見ていけると考えた甘い冒険者にしか見えなかった。案の定、先に入った入口付近で大怪我をして詰め所に運ばれていく。


 六日目、七日目、冒険者たちは俺の後ろを付いて歩くようになった。

「僕は走りますので、気をつけてください」

「は?」

 セレンの能力を使うまでもない。俺は蜂共の間を走り抜け、当然冒険者たちを振り切った。


 日々、体に満ちていく力。精霊武装は全身に及ぶようになり、蜂の毒針すら怖くない。

 俺はその力の快感に酔いしれた。


 十日目。俺達はついに琥珀洞の最奥に辿り着いた。

 そこにはあまりにも巨大な巣。木など見えない、そびえ立つ巣は遥か高く。そこに蠢く蜂共も大きく。その一匹一匹がこれまでの蜂の三倍ほどあろうか。その巣の中にどれほどの脅威が隠れているのか。


『無理よ……、あの眼には知性がある。あれは別物だわ』


「……引くぞ」


 撤退を選んだ。俺は、俺達は強くなった。だが、まだまだ足りなかったんだな。

 冷水を浴びせられたように、一気に冷静になれた。


 浅い部分で狩りを済ませ、今日もいっぱいの蜜と魔石を持ち帰った。

 ギルドでは感謝と称賛、そして嫉妬の視線が浴びせられる。

 薬師のノエラに届けると、目を輝かせて礼を言われた。

 孤児院では皆が俺の帰りを楽しみにして迎えてくれる。リリアはベタついて来て鬱陶しいが。


「……悪くないな」


 冷たい自分が、少しだけ和らいでいくのを感じる。

 この繰り返しの日々が、妙に心地よかった。



 ダンジョンの奥に進むのが一段落するのと同時に、思い上がりも消えたことで、別件のことをようやく思い出した。

 結局ザイラスは一度も琥珀洞に来なかったのだ。

 

 ギルドに魔石を持ち込んだ際に、ザイラスを見ていないか聞いてみた。


「ザイラスさんですか?そう言えば最近見ていないような……」


「私も見てない」


「もう半月は来てないんじゃない?」


 来ていない?あれだけ無駄なアピールをするやつが大人しくするだろうか?

 もしかしたら街を出たのかもしれない。そうなるとラグナルを見つけるのは難しくなるが、ヨシュの件は無視できる。

 だが、不意にオルセンの言葉が頭をよぎった。


『ラグナルね。見たぞ、あのザイラスの子分になったみたいだな。何か悪いことを企んでいそうだ』


 ……オルセンの勘は当たっているのかもしれない。


 けれど、俺にできることはない。俺は官憲じゃないんだ。あいつらが問題を起こして消えてくれるならむしろ歓迎だ。

 今はただ、力を積み重ねるしかない。


          ◇◆◇◆◇


 それから数日後。街は春の気配に包まれていた。

 冬の冷たさが和らぎ、街は春を迎える祝祭、光花祭の準備で活気づいている。

 孤児院でもささやかな祝いをするのが毎年の習わしだ。今年は俺の稼ぎもあり、例年以上に賑やかになりそうだ。


 祝祭があっても俺は変わらずにダンジョンに行くつもりだったのだが、グレタの言葉で当日は参加することにした。まぁ一日くらいは休んでもいいか。

 そう思っていたが、イリーナとリリアに頼み込まれて前日だけ準備に加わることを約束してしまった。


 イリーナはこのお祭りの後に孤児院を卒業することになっている。それで最後にみんなでと言われて断りきれなかった。リリアは理由もなく駄々をこねているだけなので、いい加減殴ってやろうかと思っている。


 テオも夏には卒業だ。だが行き先は決まっていない。いろいろな所に奉仕活動に出ているのにな。テオ自身にやる気が見えない。何か考えがあると思うが、何も語ってくれない。


「フロレンティアお嬢様も光花祭に参加されるらしいの」


 食事の途中、イリーナが嬉しそうに笑った。


「王都から戻ってるらしいよ。また会えるかもしれないって思うと、楽しみで……」


 イリーナの顔は春の日差しみたいに柔らかい。何がそんなに嬉しいのかさっぱりだ。


 二年前だったかな?孤児院を慰問に訪れた領主の次女。名前も覚えてなかった。

 俺にとってはほとんど印象に残らない出来事だったが、イリーナにとっては憧れの存在らしい。お菓子を少しくれたことしか印象にないぞ。




 浮かれる街。だが冒険者ギルドで不穏な情報を聞いてしまった。


「ザイラスを見た……ですか」


「うんー、なんか安い酒場で人を集めてたらしいよ。あいつとお酒飲むなんてうぇー」


 街を出たわけじゃなかったのか。

 一体何をしている?考えすぎか?



 光花祭まであと二日。浮かれきった街の片隅で、ザイラスは牙を研いでいる――そんな気がしてならなかった。

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