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第10話 ラグナル

『あれって孤児院にいた子でしょ?落ちぶれた感じねぇ』


「何やってんだかな」


 少し後を追ってみることにした。

 グレタにはラグナルを助けたいだなんて言ったが、あれは当然嘘だ。ラグナルがどうなろうがどうでもいいし、関わる気もない。

 ただの興味だった。無計画に冒険者になった孤児の末路、早々に裏通りに堕ちて何をしているのか。


 汗やら何やらが染みついたボロい服。孤児院ではあれほど偉そうにしていたのに、外に出れば無力なガキでしかない現実があった。

 

 ――スラム。

 久しぶりに足を踏み入れたが、何も変わってはいなかった。ドブの匂いとこちらを伺う気配。道端に転がる大人。生きること自体が敗北の証みたいな場所だ。


 ラグナルは角を曲がり、さらに奥へと入っていく。俺は十分に距離を取り、極力そちらを見ずに付いて行った。


 やがて小さな広場に出る。そこで五人の男たちが待っていた。

 ラグナルが近づくと、彼らは軽く合図を交わして輪に入り、そのまま立ち話を始めた。


 流石に何を話しているのかは分からない。合流した男達の視界に入ってしまうのを避け、大きく回り込んでから近づいてみた。


 合流した五人のうち四人は間違いなくスラムの住人だろう。年齢はバラバラに見える。

 残りの一人は皮のアーマーと分厚いブーツを身に着けていた。冒険者か?一人だけまともな格好だが、雰囲気はスラムに馴染んでいた。


 冒険者風の男はラグナルよりも歳上かな。何を話しているのか知りたいが流石にこれ以上は無理か。

 他はチンピラ、頭の悪そうなのが大小……ん?あのチビは……


 知っている顔がいた。俺がスラムの「ネス」だった頃の仲間。生きていたのか、ヨシュ。

 俺がまだ盗みも出来ないチビだった頃。一緒にゴミを漁ってギリギリ命を繋いでいたやつだ。

 惨めなムシケラだった俺は、喧嘩を覚え、ヴィンと出会い、あいつを見捨ててヴィンと共に生きることを選んだ。とっくに死んじまったと思っていたが……。それが小さな体で輪の中に入り、下品な顔で笑ってやがる。


 つい昔のことを思い返して呆けてしまったのが悪かった。五人組の視界を避けたせいで、ラグナルが少し視線をずらしたタイミングで、しっかり目が合ってしまった。


 一瞬、時が止まる。

 ラグナルは目を見開き、息を飲む。だがすぐに逸らした。仲間に怪しまれぬよう、何も言わずに視線を前へ戻す。

 ……だが見られた。俺があいつを見ていたことを。


 彼らは雑談を交わし、そのまま奥へと消えていった。


 物陰に残された俺は、拳を握り締める。


『どうしたの?』


「ラグナルと目が合った」


 やってしまった。まさかラグナルに気づかれてしまうとは。

 ラグナルだけならいいが、ヨシュは不味い。あいつは俺を覚えているだろう。

 放っておけば野垂れ死ぬと分かっていて切り捨てたやつだ、当然俺を恨んでいるはず。

 もしかしてその復讐の為に?いや、あの冒険者風のやつがリーダーだ。ヨシュに口が出せるとは思えん。


 面倒なことになった。俺がスラム出身だとバラされるのは避けたい。そんな噂が広まれば、せっかく築いた孤児院での立場も、ギルドでの評価も揺らぐだろう。

 昔見捨てたヨシュが、今度は俺の傷になって牙を剥くかも知れない。


 それを避けるためには、ただ距離をとっておくだけでいい。触れずに放っておくのが一番簡単。


 だが、ラグナルはどうなる?

 ヨシュは俺の傷となり再び俺の前に姿を表した。ラグナルも俺の傷となるかも知れない。

 ヨシュよりも大きな避けられぬ傷となって、いつか俺の前に立つかも知れない。


 俺は英雄になるんだ。英雄に傷があってはいけない。人々に称賛される大英雄ですら、僅かな弱点からその身を破滅させたという。


 俺が無欠の英雄であるためにはラグナルを放置できない。

 だが、ラグナルに手を差し伸べ、ヨシュには顔を見られないようにする?……危うすぎる。どこで見られるか分からない。

 二人とも助ける?ラグナルに手を差し伸べ、ヨシュを孤児院に入れて口止め?……無理だ、秘密を守り続けるなど出来るわけがない。


 一番確実なのは、永遠に口を塞ぐことだ。助けるより遥かに容易く、永遠に安心が買える。


 ――駄目だ。邪魔者は消す、そんな安易な考えでやっていける訳が無い。今後も邪魔なやつが現れる度に殺すのか?ずっとバレずにやれるだなんて、馬鹿の考えることだ。


 覚悟しよう。ラグナルには手を伸ばす。安易な道は取らない。

 ヨシュには気づかせない。ヨシュを捨てたのはレオンハルトじゃない、スラムのネスだ。そこは分ける。最悪の時の覚悟はしておこう。


 それにしても、ラグナルの問題はなんだろう?

 あいつは既に冒険者として働いている。それでも稼げてないんだ。一時的に金を恵んでやってもすぐに同じ状況になるだろう。

 俺のように森で薬草集めるだけでも生きていけそうなもんだがな。酒でも覚えたか?女に引っかかったか?馬鹿なラグナルならありそうな話だ。


 まずは調べる必要があるな。ラグナルだけじゃなく、あの男のことも。


 ぶつぶつと文句を言いだしたセレンを無視して孤児院に戻った。


          ◇◆◇◆◇


 翌朝。少し遅めの時間にギルドの窓口へやってきた。窓口に列はない。


「おはようございます。セラさん、突然すみません。孤児院出身のラグナルを知りませんか?」


 俺と同じ出身だ。聞いてもおかしなことは無い。今まで欠片も興味がなかったので聞いてなかった。


「ラグナル?孤児院出身かー、アメリア覚えてる?」


「覚えてますよ。レオンくんと同じように登録しました。でも、あまり上手く行っていないようですね。一時は同じ新人同士のパーティに参加していましたが、最近は依頼を受けていないはずです」


「何か失敗したんでしょうか?」


「あー、うーん、失敗っていうか」


「ねぇ?」


 なんだ?言いたくないような大失敗をしたのか?クソでも漏らしたか?


「はっきり言ってあげなよ、レオンくんも困ってるでしょ」


「マリーネさん、何か重大な問題が?」


「あのね、ラグナルくんは最低限の身体強化が出来なかったの。これはラグナルくんだけじゃなく、孤児院やスラム出身だとよくあることなのね。レオンくんは違うみたいだけど」


「魔力の活性化を経験してないんだと思うよー。大抵は子供のうちに教会でやってもらうんだけどね」


「幼い内に一度やっておかないと、魔力の扱いが全くできなくなるケースがあります。だから通常は全員が経験するんです。最低限の身体強化が出来なければ、冒険者どころか一般生活でも不利ですから」


 魔力の活性化?俺が初めてセレンと合体した時のやつか?


『あなたは私のおかげね。這いつくばって感謝しなさいな』


「それって、大人になってからも受けられるんですか?」


「出来ます。実際に大人になってから受けた人もいます。ただ、どうしても教会に寄進が必要で……」


「要するにまとまったお金が必要ってわけなの。しっかり弱みに付け込んでね」


「そういうこと言わないほうがいいよー」


「なるほど……」


 ラグナルは魔力が一切使えない落ちこぼれってことか。グレタもそれくらい説明してもよさそうだが、まぁどう足掻いても金が無かったな。ラグナルのことは引き止めていたのに、無理を言ったのは本人だ。


「魔力を使えないスラム育ちの子たちは悪い道に入りやすく、問題にはなっているのですが……評判が悪く、救いの手も伸びないんです」


「そうですか……」


 これはいい情報だ。つまりは、ラグナルに魔力活性というのを受けさせればいい。

 まともな服、少しの間の生活費、そして魔力活性。金さえあれば解決するなら、もったいないが簡単。


「おいお前ら、固まっておしゃべりしてんじゃねぇよ」


「あ、オルセンさん。孤児院のラグナルって子、覚えてません?このレオンくんと同じ出身なんですけど、最近見なくなってて」


 現れたのはがっしりとした中年の男。ギルドの職員だと思うが、雰囲気のある男だ。元冒険者かな?


「あ?こいつがレオンか。最近よく名前を耳にするぞ。ラグナルね。見たぞ、あのザイラスの子分になったみたいだな。何か悪いことを企んでいそうだ」


「あちゃー」


「やはりそちらに行ってしまいましたか」


「あの、ザイラスっていうのは?」


「あぁ。スラム出身の冒険者で、15歳にして中級冒険者。ここドラーヴェン支部での最速昇級記録を持ち、自称最強の冒険者様。普通なら笑っちまうところだが、あいつには特別な理由があってな――」


「特別な?」


「あいつは――精霊憑きなんだ」

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