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第1話 光の道へ

 街は祭りに沸いていた。石畳の上には旗がはためき、人々は浮かれて笑っている。

 領主の娘の結婚お披露目らしい。それ以上のことは知らない。


 スラムのガキでしかない俺には、表通りのことなど知ったことじゃない。小さな体で暴力に抗い、盗みを成功させて今日を生きる。それが俺だ。


「今日は稼ぎ時だぜ、しっかりやれよネス」

 兄貴分のヴィンが小さく笑う。俺もニヤリと返した。こんな日は仕事をやりやすい、逃げるのも簡単だ。


 路地から身を低くして果物を売る露店に近づく。俺は小さいから、露店の台にでも簡単に隠れられる。

 店主が客の対応をしだしたのを見計らって食い物を掴み取った。


「あっ!またこの野郎!」


「へっ!馬鹿が!いただいていくぜ!」


 声を上げるがどうにも出来ない。俺は両手でしっかり抱え込んで華麗に逃げた。

 俺が逃げている間にヴィンは商品じゃなく金を盗んでいるはずだ。今日の稼ぎは上々。


 ――馬鹿だなあいつら。こんな簡単に盗まれるなんて。

 ――兄貴はすごい。盗みを教えてくれたのも兄貴だ。俺もああなりたい。


 あっさりと逃げ切り、スラムの路地で成果を確認した。

 今回手に入れたのは果実が5個。後はヴィンからの分前で金が入るはず。まだ6歳程度な俺は、果物2個あれば1日は飢えずに生きられる。


 ヴィンが合流するのを待ちながら果物を頬張った。

 すると、大通りの方から大きな歓声が聞こえる。誰か掴まったか?と焦ったが、どうやら祭りのメインが現れたらしい。


「よう、上手くやったな」


「ヴィン、そっちは?」


「俺が下手打つわけ無いだろ。ほら、ちょっと見物しようぜ」


 二人でボロい木箱の上に乗り、建物の隙間からパレードを盗み見た。

 白く立派な馬が引くのは豪華な馬車。

 その上には見たこともないほど美しい姫。そして自信満々に手を振る男。

 人々の歓声が耳に入らないくらい、二人の姿だけが光って見えた。胸の奥に、暗い気持ちがじわっと広がる。


「なんか、すげぇな……」


「………」


 嫌なものを見た。余りに遠い光と幸福。あんなものは……偽物だ。人ってのはもっとどろどろした物だろう?見せかけだけの、嘘っぱちだ。

 そんな風に毒吐きながらも、その光景は俺の心に焼き付いた。鮮烈な憧れとして。


          ◇◆◇◆◇


 パレードから二か月ほど後、冷たい雨の降る日のことだった。


「ヴィン……」


 ヴィンは、スラムの路地でボロ雑巾の様になって転がっていた。


 動かない。朝まではいつも通りだったのに。

 盗みに失敗して掴まった。後は好き勝手にリンチされ、殴り殺されたわけだ。

 俺はその姿を見て、自分の未来を知った。


 ――これじゃ駄目だ。


 ヴィンみたいにならなくても、せいぜいスラムの上役が精一杯。それじゃ駄目なんだ。


 あの日見たパレード――あの光の道。美しい姫を手に入れ、多くの人に祝福されるまぶしい世界。あれこそ俺にふさわしい場所だ。

 このドブで這いつくばって生きる価値なんて、どこにもない。


 どうすればあちら側に行ける?子供の俺が大人になるまで、あと何年ここで泥を啜ればいい?


 そうだ、子供だ。子供が働いているのを見たことがあるぞ。

 街で洗濯の仕事をしていた。子供の力では簡単な仕事じゃないのに、孤児院の子供は一日働かせてパン一つだと聞いて笑っていたっけ。


 孤児院なら俺も入れるかもしれない。俺だってまだ子供だ。あいつらと何も変わらないだろう。


 賃金とも言えないような安い報酬で働く、哀れで惨めな孤児。


 だがそれが、今の俺には光の道の入口に見えた。


          ◇◆◇◆◇


 ヴィンの体にそっと触れて別れを済ませた。

 孤児院に行くなら今だ。雨が降っていて哀れを誘いやすい。

 それに今なら最低限の体力もある。ヴィンを失った俺が生きるためには、今まで以上の危険に身を晒すしかない。ぼやぼやしていたら動けなくなる。

 俺はすぐに孤児院に向かった。



 孤児院はスラムの近く、川沿いの小道を少し登ったところにある。

 雨に濡れて黒光りする古い小さな家だ。

 金が無いのは見れば分かる。子供だからと誰でもってわけには行かないだろう。


 俺は真面目で善良な子供だ。寒く、不安で、哀れを誘う。

 スラムのガキ、ネスはもう居なくなる。俺は……レオンハルトだ。未来の英雄レオンハルト。スラムに捨てる様な親じゃない、まともな親から生まれた子供。


 トントントン。控えめに扉をノックした。

 肩をすくめ、片方の手でもう片方の袖を握る。俺は弱い、保護が必要だ。分かるだろう?


 少し待って、安っぽく軋む音を立てて扉が開いた。現れたのは老女。厳しい目つきで俺を品定めしている。


「何の用ですか?こんな雨の日に」


 腕を組んで見下ろしてくる。やはり入れたくないか。

 俺は小さく肩をすくめ、声を震わせて答える。


「あ、あの…すみません。家がなくて…雨に濡れてしまって…」


 足元の泥を見せ、濡れた袖を握りしめる。細かい仕草も忘れない。哀れな孤児を助けろ。それがお前の役割だろう。


 老女は眉をひそめ、俺を見下ろす。


「ふぅ……ここはもういっぱいです。他所へ行きなさい」


 お前の都合など知るか。それに他所など知らない。

 俺は震える声で、さらに弱々しく呟く。


「そ、そうですか……。あの、今日だけでも……僕……ちゃんと働きます。掃除も洗濯も……ちゃんとできます」


 精一杯の演技だ。これで駄目なら、こいつを殴り倒してから食料を奪って他を探すしかない。今は余裕が無いんだ。

 老女は諦めたような深い溜め息をついた。


「仕方ありません。今日だけですよ。中で体を温めなさい」


「は、はい!ありがとうございます!」


 今日だけ、そんな言葉に意味はない。明日も同じことを言うだろう。




 こうして俺は孤児院に入った。


 俺はここから這い上がる。今日、その一歩目を刻み込んだ。

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