第39話 遭遇
「うわぁー島だぁぁぁあついぃぁあ嬉しぃぃ!」
砂浜に足を踏み入れた瞬間、天空神は思いきり両手を上げながら雄叫びをあげた。長時間冷たい海に浸かっていた体に、太陽の熱と乾いた砂の感触が一気に戻ってきたせいか、その声は半ば叫びのようでもあり、半ば泣きそうな声でもあった。
全身びしょ濡れのまま砂浜を歩き回りながら、天空神はようやく陸に上がれたことへの安堵と嬉しさで完全にテンションが壊れている。
とはいえ、この島が無人島なのか、それとも人が住んでいる本島なのかはまったく分からない。
ただ、どちらにせよ今の二人にとって最優先なのは人を見つけることだった。
昨夜から十時間以上も海の上を漂流していたため、喉は完全に乾ききっており、口の中はひどく粘ついている。天空神は今もずぶ濡れの状態のため神力が使えず、体が乾くまで能力も封じられたままだ。
しかも夏の強い日差しが容赦なく降り注いでいるため、水がなければ本当に倒れてしまいそうだった。
翔は額の汗を手の甲で拭いながら、周囲の様子を見回していた。
「とりあえず水だよな……海水飲まなくて正解だったぜ。飲んでたら二人して喉乾きすぎて死んでたぞ」
苦笑しながら言うその声も、どこか乾いている。
「うっ……今も普通に死にそう」
天空神は肩を落としながら小さく呻いた。漂流していた間はアドレナリンでどうにかなっていたが、陸に上がったことで逆に疲労と脱水が一気に押し寄せてきている。
二人は簡単に役割を決めた。翔は森の中へ入り、水源がないか探す。天空神は浜辺の周辺を歩き回り、火を起こせそうな漂流物や使えそうなものを探すことになった。
「浜辺になにか漂流してないかなー」
そう言いながら天空神は砂浜をうろうろ歩き回っていた。海から流れ着いた木の枝や貝殻、海藻などを足で軽くどけながら、何か使えそうなものがないか探している。だが目に入るのは自然物ばかりで、人工物らしいものはほとんど見当たらない。
そんなふうに浜辺を歩き回っていると、少し先に奇妙な崖があることに気がついた。
近づいてみると、その崖は大きく凹んでいた。まるで巨大な力でえぐり取られたかのように、崖の中央部分が深くへこんでいる。その下はすぐ海になっており、波が崖の岩肌に当たって白い泡を立てていた。
天空神は思わず目を丸くする。
「奇形すぎないか!?めっちゃ凹んでる!!」
本当に不自然な形だった。自然に削れたというより、何か巨大なものがぶつかって無理やり抉れたような跡に見える。岩肌もところどころガタガタに砕けていて、崖の形は普通ではなかった。
天空神はしばらくその崖をじっと観察していたが、その時だった。
森の方から、誰かが走ってくる音が聞こえる。
振り向くと、翔が全力でこちらへ走ってきていた。普段の落ち着いた様子とは違い、かなり慌てた様子で、呼吸も浅く荒い。額には汗が浮かび、森の方を指さしながら必死に叫んだ。
「森に倒れてる人がいる!」
その言葉を聞いた天空神は目を見開く。
翔に案内されて森の中へ入ると、確かに青年が一人、地面に横になっていた。だが近づいてよく見てみると、具合が悪いというより、ただ普通に寝ているような雰囲気だった。呼吸も安定しており、顔色も悪くない。
翔は少し困ったような顔で言った。
「具合が悪いのかは分からなかったんだけどさ、こんな所に寝てるし万が一に備えて場所を移そう」
そう言いながら周囲を見回すが、森の中には人を寝かせられるような場所がなかった。仕方なく、天空神がさっき見つけた凹んだ崖の下の涼しそうな場所まで青年を運ぶことにした。
二人でなんとか青年を運び、崖の影に寝かせたところで、青年はゆっくりと目を開けた。
「あれ、誰?」
眠そうな声だった。
天空神は少し姿勢を正し、珍しく丁寧な口調で話しかける。
「海から漂流してきました。森に寝ていたので心配してました。大丈夫ですか?」
青年は少しだけ体を起こし、こちらを見た。
「大丈夫っす。あんたら遭難したんでしょ」
気の抜けた声でそう言いながら、大きくあくびをする。よく見ると目つきはつり目で、髪は赤色に染められており、どこか態度も大きい。話し方からも、明らかに面倒くさそうな雰囲気が漂っていた。
青年は周囲を見回しながら言った。
「てかさ、俺あそこで寝てたんだけど」
完全に迷惑そうな顔である。
「へー人が住んでたんだね!びっくり」
天空神はその空気をまったく気にせず、興味津々といった様子で話しかける。青年の「どっか行け」オーラを完全に無視している。
青年は軽くため息をついた。
「まぁいいや。俺は住処に帰るからお前らも帰れよ」
「いやここがどこかも分からないまま漂流したんだよ」
翔はすぐに青年の腕をがっしり掴んだ。何か知っていそうな雰囲気だったからだ。真剣な顔でじっと見つめる。
その時だった。
天空神は青年の服に顔を近づけて、ゼロ距離で青年の服を見ていた。
くんくんくん。
「うわぁぁぁ何やってんだてめぇー!」
青年は驚いて天空神の額をぺちんと叩いた。いきなりグイグイ近ずかれ、相当びっくりしたらしい。
天空神は叩かれた額を押さえながら、小さく呟いた。
「使者?」
その言葉を聞いた瞬間、青年の目が血走った。
勢いよく天空神の肩を掴む。
「おい!俺が使者って言ったのか?何を知ってるんだ!!」
その声には明らかな焦りが混ざっていた。
天空神はその必死さの理由が分からないまま、素直に答える。
「刺繍が似てるなぁって思って」
その名前を聞いた瞬間、青年の表情が変わった。
「お前この刺繍知ってるのか!?あいつは!ノア今どこで何をしてるか知ってるか?」
肩を掴む手の力がどんどん強くなる。青年の指が食い込み、爪が天空神の肩に食い込んでいく。もう少しで血が出そうだった。
その時、翔が青年の腕をもう一度強く掴んだ。
ぐいっと引き離す。
翔の目は完全に怒っていた。
「お前何やってんだよ。それが人に物を聞く態度かよ!?」
低い声だった。
青年は舌打ちを一つすると、何も言わずその場から離れていった。




