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第37話 海は何が起こるか分からない

「あれ!?ない!ない!」


慌てた声が船内の洗面スペースに響き、天空神は焦った様子でショートパンツのポケットを何度も叩いたり、中を探ったりしていた。右のポケットを漁っては首を傾げ、今度は左のポケットに手を突っ込み、指先で布の感触を探るように何度も確かめるが、どう探しても目当てのものは見つからない。さっきまで確かに持っていたはずなのに、どこにもないことに気づくと、天空神の表情はみるみるうちに困ったような顔へと変わっていった。


「あれーどこいったかな?」


小さく呟きながら周囲を見回すが、洗面台の上にも床にもハンカチらしきものは落ちていない。クルーズ船はすでに沖へと進んでおり、船内ではクラスメイトたちが夕食を食べ始めている時間だった。

天空神も手を洗ってから合流するつもりだったのだが、肝心のハンカチが見当たらないため手についた水滴を拭くことができず、その場で立ち尽くしていた。


海に入ってしまうと外都度タオルで拭かなければいけないというめんどくさい作業と身体の何処かに水滴がついてれば神力が使えないため「手ぐらいならいいか」という天空神の独断で起こってしまった事である。


「なにか布で拭かないと!神力使えない!」


焦りが声に滲む。神である天空神にとって、水滴が手についたままハンカチがないという状態は非常に厄介だった。

神力を使うためには体を乾かしておく必要があるため、手が濡れたままでは何もできないのである。

天空神は困ったように眉を寄せながら頭の中で記憶を辿り、どこでハンカチを落としたのか思い出そうとした。


「はっっ、、そういえば、、」


突然、何かを思い出したように目を見開く。船に乗った直後、強い風が吹いていて、その時にハンカチを取り出したような気がする。

その瞬間、嫌な予感が胸の中に広がった。もしかすると、あの時に船の先頭あたりへ飛ばされてしまったのかもしれない。


そんな天空神の背後から声がかかった。


「何やってんだよ神様。もうみんな夜ご飯食べてるぞ?」


振り向くと、翔が少し呆れたような顔で立っていた。片手をポケットに入れたままこちらを見ており、状況がよく分からないというように眉を軽く上げている。天空神は少し気まずそうな顔をして頭をかきながら、どこか申し訳なさそうに口を開いた。


「いやーそれがハンカチを船の先頭に落としたみたいで、」


言いながら視線を逸らすその姿は、明らかにやらかした時の顔だった。翔は一瞬だけ黙り込み、軽くため息をついたあと、何も言わずに船の先頭へと歩き出す。


「ハンカチ取ってくるから神様はここにいてよ」


振り返らずにそう言う翔の背中を、天空神は腕を組みながらじっと見つめていた。普段は何かと文句を言ってくる翔が、今回は妙に素直に手伝ってくれることに少し違和感を覚えたのだ。


「……」


疑うような視線を向けていると、それに気づいた翔が振り返り、呆れたように眉をひそめた。


「俺信用無さすぎじゃね?」


苦笑しながらそう言うと、翔は船の先頭へ続くドアを押し開ける。夜の海風が一気に吹き込み、甲板に出た瞬間、強い風が髪を大きく揺らした。甲板はすでに薄暗く、波の音と風の音が混ざり合って不穏な雰囲気を作り出している。翔は手すりの近くを探し、やがて床に落ちていたハンカチを見つけるとそれを拾い上げた。


「ほら」


軽く振りながら戻ってくる翔に、天空神の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとう!」


本気で嬉しそうな声だった。翔は肩をすくめながら答える。


「そりゃ水に触れたらやばいからな」


二人がそんな会話をしていたその瞬間、突然、海の向こうから巨大な水の壁が迫ってきた。船よりもはるかに高い津波が夜の闇の中から現れ、轟音と共にこちらへ押し寄せてくる。


翔の表情が一瞬で変わった。考えるより早く、翔は天空神の肩を強く押し込む。


「中入れ!!」


天空神の体が船内へ押し込まれ、同時に翔はドアを閉めた。次の瞬間、津波が甲板を飲み込み、ものすごい勢いで海水が叩きつけられる。轟音が船体を揺らし、数秒間すべてが水に覆われた。


やがて水が引き、ドアがゆっくり開くと、そこにはびしょ濡れになった翔が立っていた。髪から水がぽたぽたと滴り、服は完全に濡れて体に張り付いている。天空神は驚いて目を大きく見開いた。


「だ、大丈夫!?」


翔は顔をしかめながらも手を振る。


「へーきだよ。あと俺に近づかない方がいい」


「着替えいってらー」


天空神がそう言ってドアを閉めようとした瞬間、再び海が唸るような音を立てた。強風に煽られた海面が荒れ、もう一度巨大な波が船へ向かって押し寄せてくる。夜になってから風はさらに強くなっており、船体も大きく揺れ始めていた。


その時、濡れた甲板の上で翔の足が滑った。


「うわっ!」


体が大きく傾き、このままでは海へ落ちる。


天空神の目が大きく見開かれる。しかし天空神はさっき手を洗ってしまったため神力が使えない状態だった。今日一日、翔は万が一に備えて海から天空神を守るように動いてくれていたのに、今ここで何もできないまま見ているだけというのは耐えられなかった。


(このまま何も出来ないのは嫌!)


そう思った瞬間、天空神は迷わず前へ飛び出した。翔の腕を強く掴み、力いっぱい引き寄せることで二人の位置を入れ替える。次の瞬間、足場を失った天空神の体はそのまま海へ落ちていった。


「神様!!」


翔の叫び声が響く。落ちながら天空神は必死に顔を上げた。


「翔!大丈夫だから!なんか浮き輪とかない?それか引き上げて欲しい!」


翔は必死に周囲を見回すが、船の揺れも激しく状況は最悪だった。


「引き上げるのは無理だ!途中で巻き込まれて死ぬぞ!」


「神は神力使えるから死なない!」


「いまつかえねぇだろぉー!!」


二人とも完全にパニック状態だった。


「ロープだロープゥゥ!」


翔は慌ててロープと浮き輪を掴むと、そのまま海へ飛び込んだ。本来ならロープを船の柵に結びつけてから飛び込むつもりだったのだが、焦りすぎてそのまま飛び込んでしまったらしい。翔の手にあるのは子供用の小さな浮き輪と、まだ結ばれていないただのロープだけだった。


「ぎゃぁぁぁなにやってんのよあんた!!」


天空神が絶叫する。


「うわぁぁぁ最悪だぁぁぁ!!てかハンカチ落としたのだれだよ!?」


翔も怒鳴り返す。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


二人が断末魔のような悲鳴を上げている間にも、船はどんどん遠ざかっていった。気づけば周囲は真っ暗な海ばかりで、上には夜空、下には深い海、右も左も波しか見えない。クルーズ船の灯りはすでに遠く小さくなり、ほとんど見えなくなっていた。


そうして今――


天空神と翔は、夜の海のど真ん中で、無一文のまま浮いていた。

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