第35話 恋も気温も肉もアゲアゲフィーバー!!
「BBQ準備できたよー!」
炭の前で格闘していた男子たちが、大きな声で海の方へ呼びかけた。
煙がもくもくと上がり、ジュウ、と肉の焼ける音が響く。
風向きが変わるたびに、香ばしい匂いがあたり一面に広がった。
波打ち際ではしゃいでいた翔たちがこちらを振り向く。
――が。
翔の顔は、死んでいたそうだ。
さっきまで青白かった顔色はさらに悪化し、魂が半分ほど抜け落ちている。
両腕には女子がぶら下がり、片手には無理やり持たされた浮き輪。
完全なる包囲網。
一方そのころ。
天空神は海に近づけないため、テントの下で桜たちと黙々と野菜を切っていた。
ラッシュガード姿のまま、ゴーグルは額に上げている。
日差しを避けながら淡々とトングを並べ、皿を配る。
楽しそうな歓声が波の音に混じって届くたび、ほんの一瞬だけ視線を海へ向けるが、すぐに作業へ戻る。
そんな天空神の横顔を、桜はじっと見つめていた。
そして、ぽつりと口を開く。
「ねぇ、宙ちゃん。翔くんのこと大丈夫なの?」
包丁を持つ手がぴたりと止まる。
だが天空神はすぐに作業を再開し、数秒考えてから首を傾げた。
「……なにが?」
本気で分かっていない顔。
その反応に、桜は思わず額を押さえた。
「いやいやいやいや! 毎日一緒に登校してて、お弁当の食材も何故か一緒ってことは、宙か翔のどっちかが作ってるってことでしょ!? なんで!? てか距離感近すぎない!? それで女の子にモテてる翔見てなんとも思わないの? 嫉妬とか!?」
早口。勢い。目はかっぴらいている。
天空神は目を瞬かせる。
「嫉妬……?」
聞き慣れない単語のように繰り返す。
「そう! 嫉妬! 独占欲! 好きな人が他の子と仲良くしてたらモヤッとするやつ!」
桜は両手をぶんぶん振りながら説明する。
天空神は、ゆっくりと海の方を見る。
ちょうど翔が女子に腕を引っ張られて転びかけているところだった。
でも、天空神は翔が女の子と一緒にいてほんとになにも思わない。
(やっぱり人間の心とは分からないものだ)
そう天空神は考えつつ野菜を切っていた。
「翔が彼女出来たら、彼女じゃない宙は翔に構ってもらえないんだよ?」
その一言。
天空神の眉が、ぴくりと動いた。
空気が一瞬止まる。
「……構って、もらえない?」
桜は畳みかける。
「お弁当も一緒に食べられないかもよ? 朝だって彼女優先になるかもしれないし。放課後もデートとか」
その言葉を聞いた瞬間、天空神の顔色が目に見えて悪くなった。
頭の中に映像が浮かぶ。
――朝、部屋の前まで起こしに来てくれない。
――お弁当を開けたら自分の分はない。
――「今日は彼女と約束あるから」と言われる。
(翔に彼女ができたら、お弁当も作ってもらえないし……)
(朝も起こしてくれないかも……)
(……一緒に学校、行ってくれない?)
さらに最悪の想像がよぎる。
(もしかして、彼女が嫌がったら……翔の家から追い出される?)
がたん、とトングが落ちた。
「え、宙ちゃん?」
天空神は固まったまま、真顔で遠くを見ている。
その目は、神界の未来を見通す時よりも真剣だった。
桜と幾名は顔を見合わせる。
「……幾名〜」
桜がひそひそ声で言う。
「宙、絶対恋愛的な意味じゃない心配してるよね」
幾名は小さく笑いながら頷いた。
「うん、私にはわかる」
天空神の心配は、“翔が誰かに取られる”ことよりも、
“自分の生活が変わること”に向いている。
それが余計に厄介だった。
海の方から、再び翔の叫び声が聞こえる。
「ちょ、待て! 沈む! 浮き輪奪うな!」
波の音に混じる必死な声。
天空神はぎゅっと拳を握った。
そしてこう考えた。
(あっぶなぁー桜に言われなきゃ気づかなかったわ!!)
そしてひとつの結論にたどり着く。
「あれ?私が彼女になればいいんじゃね?」




