第34話 海の定番
「早速だけどBBQしよっか!」
明るい声と同時に、クラスメイトたちが一斉に動き出した。
炭に火をつける者、クーラーボックスから肉や野菜を取り出す者、紙皿やトングを配る者。
海辺に設けられた簡易スペースは、あっという間に夏らしい匂いに包まれていく。
潮風が強く吹き、白いテントがぱたぱたと揺れる。
少し離れた桟橋には、午後に乗る予定のクルーズ船が停泊していた。
今日のメインはBBQとクルーズ。
しかも、まさかの一泊二日。
高校生にしてはやたら豪華なスケジュールである。
そんな浮かれた空気の中、数名の女子がさりげなく翔の近くをキープしていた。
偶然を装って隣に立つ。
さりげなく飲み物を渡す。
やたら距離が近い。
明らかに狙われている。
「BBQのお肉焼く人と海行く人で別れない?」
どこかの女子が提案した。
炭はまだ安定せず、肉も焼けるまで時間がかかる。
待っているのが退屈になってきたのだろう。
「べつにいいかー」
「確かに暇だしな」
軽いノリで賛成の声が上がる。
そして自然な流れで、二手に分かれることになった。
――最初の希望制ではこうだった。
【BBQチーム】
天空神、桜、幾名、虎拓、翔
【海チーム】
その他リア充5名
一見バランスは悪くない。
だがその瞬間だった。
「翔くん、せっかくだし海入ろーよ!」
「え、ちょ、待っ――」
翔の腕を女子が掴む。
逃げる翔。
追う女子。
なぜかそれを面白がって煽る男子。
「捕まえろー!」
「お前モテ期じゃん!」
砂浜で繰り広げられる、謎の鬼ごっこ。
そして数分後。
チームはこうなった。
【BBQチーム】
天空神、桜、幾名、虎拓
【海チーム】
翔、その他5名
完全包囲網である。
女子たちの作戦勝ちだった。
天空神は翔の顔をちらりと見る。
てっきり鼻の下でも伸ばしているのかと思いきや――
真っ青だった。
海と翔を並べたら、翔のほうが透明感がある。
というより若干透けている。
もはや魂が半分抜けている顔だ。
対して女子たちはきゃっきゃと楽しそうにしている。
「翔くん真ん中ね!」
「浮き輪貸してあげるー!」
地獄への招待状である。
そんな様子を見て、天空神がぽつりと言った。
「翔、私水触らないからさ、行ってきていいよ」
気を利かせたつもりだった。
自分が足枷にならないように。
楽しめるなら楽しんできてほしいという、純粋な配慮。
だが。
翔にとっては地獄の背中押しである。
ゆっくりと振り返る翔。
その目は完全に助けを求めていた。
――行ってきていいよ、じゃない。助けてくれという無言の圧。
しかし天空神はそれに気づかない。
なぜなら今の彼女の関心は別方向に向いていたからだ。
(ボート……楽しみだな)
ほんの少しだけ口角が上がる。目もとてもキラキラと輝いていた。




