第32話 亜空間の管理人は眩しい髪色
一方その頃、翔は――
椅子や机が宙に浮いている。
見たことのない光景だった。
翔は、まだ焦点の合っていない目をゆっくりと開き、その異様な空間を映す。
「……こ、ここは?」
口をぱくぱくと動かしているうちに、眠気は一気に吹き飛んだ。
「どこだよここ!? 神様たちは!?」
叫ぶと、部屋の奥から少女の声が返ってくる。
「おやまぁ、珍しいお客さんだね。
差出人は……五大神様じゃないか」
姿を現したのは、子供のような少女だった。
足元まで届くほど長い緑色の髪。
目に鮮やかなその色に、メガネと赤いロープがよく映える。
背は低く、年齢も判別しづらい。
「あの……ここは?」
翔が首を傾げると、少女は当然のように答えた。
「ここは亜空間さ。
主に荷物とか、外に出しておけない物を管理する場所だよ。
私はここの管理人」
「……亜空間?」
「あんた、そんなことも知らないのかい?
嫌だねぇ、今どきの若い子は」
(俺よりあんたの方が若そうだけど……)
その言葉は、心の中で飲み込んだ。
「亜空間ってのはね、
現実世界と天界の狭間にある虚無の世界だよ。
普通の人間が迷い込むことは、まずない」
(まずい状況なのは分かる)
転送の位置が、あまりにも正確すぎる。
これほどの座標指定――さすが五大神、と言うべきだろう。
亜空間は一時間ごとに場所が変わる。
つまり、座標は一つではない。
複雑な暗号座標を一つ一つ計算して辿り着く必要がある。
(天空神は……間違いなく天才だ)
翔が黙り込んだのを見て、少女は楽しそうにくすりと笑った。
「そんな怖い顔しなくても、すぐ消したりはしないよ。
五大神の一人、天空神様の“荷物”だしね」
「……荷物?」
翔が聞き返すと、少女は意味ありげにメガネを押し上げる。
「そう。
あんたは今、一時保管中ってわけさ」
そう言いながら、赤いロープを揺らした。
「意味が分からないんだけど!?」
声を荒げる翔をよそに、少女は宙に浮いた机に腰掛け、足をぶらぶらさせる。
「まあまあ。
ここに飛ばされる人間なんて、そうそういないんだ。
それだけで誇っていいよ」
「誇れるか!!」
即座にツッコミを入れると、少女は声を上げて笑った。
「ははっ、いい反応だね。
……やっぱり“今代”の翔も面白い」
「……今代?」
翔は眉をひそめる。
「ちょっと待て。
なんで俺の名前――」
「おっと、そこまで」
少女は人差し指を立て、会話を遮った。
「それ以上は“管理外情報”だよ。
私が怒られちゃう」
赤い瞳が、きらりと光る。
「……誰にだよ」
「さあね?」
少女はにやりと笑い、立ち上がった。
「でも一つだけ教えてあげる。
あんたがここにいる理由」
翔は息を呑む。
「今、外――
森で起きてる戦い。
それが予定より早く進みすぎてる」
「……え?」
「だから天空神様は、
あんたをここに“避難”させたんだ」
その瞬間、亜空間全体が小さく軋んだ。
浮いていた椅子や机が、不規則に揺れ始める。
少女は空間の歪みを見つめ、ぽつりと呟いた。
「……まずいね。
あいつが“探し始めてる”」
「何を――」
翔が問いかける前に、少女は振り返った。
「安心しな。
まだ、200回目には届いてない」
その言葉の意味を、翔は理解できなかった。
ただ一つ確かなのは――
この場所が、決して安全な避難所ではないということだけだった。




