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第30話 仲間

――静寂。



音も、風も、葉の揺れすら存在しない世界。

マリネの咆哮は空気を震わせたまま、完全に停止していた。



「……」


天空神は、ゆっくりと息を吐く。


(間に合った……)



翔は叫ぶ直前の表情のまま固まり、聖夜神は一歩踏み出した姿勢で静止している。

リュミエも、驚いたまま目を見開いていた。



(解除順を間違えたら終わり……)



天空神は自分の胸に手を当てる。

鼓動だけが、この世界で唯一動いているものだった。



(まず翔を安全圏へ)



彼女は翔の肩に手を置く。



「……ごめんね」


呟きは、誰にも届かない。



翔の身体をそっと抱き寄せ、天界への転送陣を展開する。

本来なら詠唱が必要な術式だが、時間が止まっている今なら――強引にねじ込める。



光が翔の足元に広がる。


(次に聖夜神……)

そこまで考えた瞬間、天空神の視界の端に違和感が走った。


――動いている。


ほんのわずか、マリネの羽がきしりと音を立てた気がした。


「……っ!?」


(嘘……タイムストップが……)


完全停止のはずの世界で、マリネの“核”だけが、微かに反応している。


(こいつ……時間の外側に近い存在!?)


焦りが喉を締め付ける。


(急がないと――)

天空神は判断を変えた。


(翔だけ先に戻す。聖夜神は……信じる)


「翔」


当然、返事はない。



「……生きて」



次の瞬間、翔の姿が光に包まれ、消えた。


――転送完了。



同時に、マリネの羽が大きく震えた。


(まずい!!)



タイムストップの維持が限界を迎えている。



本来なら () ()() ()()()() ()() ()()() が最適解。


だが翔はすでにいない。


天空神は歯を食いしばる。



「任せたわ、聖夜神」


天空神は彼女に触れ、天界への座標を重ねた。



――転送。


光が弾け、聖夜神の姿が消えた。


同時に、世界が軋んだ。



静止していた空気が悲鳴を上げ、止められていた時間が、無理やり動き出そうとする。


「……っ」


天空神の喉から、かすれた息が漏れる。


「限界だ」


マリネの羽が、大きく脈打つ。

完全に止めていたはずの咆哮が、空間の奥で蠢いている。


「時間の外側に触れてる……この怪物……」


解除順は、もう残されていない。


私だけだ


逃げ場はない。

だが――恐怖は、不思議と湧かなかった。


「……来なさい」


誰に向けた言葉でもない。


天空神は、ゆっくりと手を下ろした。


⸻タイムストップ解除。


音が爆発した。


「――――ッ!!!」


マリネの咆哮が、至近距離で解き放たれる。


鼓膜が耐えきれず、破れる感覚がはっきりと分かった。鋭い痛みと同時に、音が歪む。

視界が白く飛び、鼻の奥が熱を持つ。


「っ……ぁ……!」


鼻血が、止まらない。

重力を思い出した身体が、地面に叩きつけられる。


……覚えてる全部……覚えてる……


時間を止めたこと。

翔を転送ったこと。

聖夜神を転送したこと。


消えていない。


だが、思考するたびに、脳が軋む。


「……くっ」


立ち上がろうとして、ふらつく。

耳鳴りがひどい。

世界が、水の底に沈んだみたいに遠い。

マリネはまだ、そこにいる。

羽ばたくたび、森の生命が削り取られていくのが分かる。


「……まだ……終わってない……」


声は、自分でも驚くほど小さかった。

それでも、天空神は立ち上がる。

血に濡れた指で、地面を支えながら。


(翔は……無事だ)


(聖夜神も……)


それだけで、十分だった。


マリネがこちらを向く。


巨大な影が、空を覆う。


――その瞬間。


「……やっぱり、無茶しすぎ」


聞き慣れた声。


歪んだ空間の向こうから、裂け目が開いた。


「……聖夜神……?」



「護衛任務、途中放棄するわけないでしょ」



マリネが咆哮しようとした瞬間、

天空神が指を鳴らす。


「――黙りなさい」

そっちの存在なら対処法はいくらでもある。

空間が圧縮され、咆哮が途中で潰れた。


聖夜神は、思わず息を吐く。


「……助かった」


「あんた護衛任務破棄しないために戻ったのよね?」


聖夜神は一瞬、天空神の顔を見る。


鼻血。

耳から流れる血。


「……記憶が残っただけ、マシよ」


そう言って、天空神は笑った。


震える笑みだったが、確かに――生きている証だった。


森の奥で、マリネが再び羽ばたく。


戦いは、まだ終わっていない。


天空神は拳を握り、前を見据えた。

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