第15話 閉会式でも神は油断しない
体育祭も終わりに近ずいていますね。
「騎馬戦、勝ったぞーーーッ!!」
勝利の雄叫びが、乾いた校庭に響き渡った。
砂煙がまだ舞っている。
汗で重くなった体操服が肌に張りつき、喉は焼けるように乾いている。それでも、そんな不快感を吹き飛ばすほどの高揚感が、クラス全体を包み込んでいた。
「うおおおおおおお!!翔サイコー!!」
「誰か!!誰か翔の背中の汗を拭けーーー!!翔、塩分に弱い!!」
「俺はナメクジか!?」
肩を叩かれ、背中を押され、気づけば俺は輪の中心にいた。
騎馬の上で帽子を奪った瞬間の光景が、まだ頭の奥でフラッシュバックしている。
土煙。
叫び声。
伸ばした指先に触れた赤帽子。
あの一瞬だけ、世界がスローモーションになった気がした。
そして――勝った。
興奮が冷めやらぬまま、俺たちは校庭の端へ移動する。
記念撮影だ。
夕方が近づき、日差しはやや傾き始めている。
それでも地面はまだ熱を持ち、空気はじっとりと重い。
「ハイチーズ!」
クラスメイトがスマホを構えた瞬間――
\バチッ!!/
空気が裂けるような音とともに、カメラ付近で小さな閃光が弾けた。
「って、なんで落雷起きてんだよ!?神力でカメラ焼くなァァ!!」
「だって……うまく笑えなかったから……神の威厳的に……」
天空神が頬を押さえ、少しだけ視線を逸らす。
「ポーズとか関係ないのよ!?地球の法律守って!?」
勝利の余韻は、最後まで騒がしかった。
⸻
⸻そして、閉会式。
全校生徒が校庭に整列する。
太陽は西へ傾き、空は薄く橙色に染まり始めている。
さっきまでの喧騒とは違い、どこか静かな疲労が場を支配していた。
足が重い。
ふくらはぎが悲鳴を上げている。
立っているだけで内臓が抗議してくるような感覚。
「翔、見て。うちのクラスの女子、七人くらい意識飛ばしかけてる」
「お前はなんで他人の意識ばっか観察してんの!?見守り天使かよ!!」
「あと先生の魂が二割抜けかけてる」
「やめろ、それ以上言うな心配になるから!」
壇上では、校長先生がマイクを握った。
「え〜〜〜本日は皆さん、お疲れ様でしたァ……」
その“え〜”が、校庭の空気をさらに重くする。
校長の話は止まらない。
明治時代の体育教育。
健康とは何かという哲学的考察。
そしてなぜか孫の話。
夕焼けが少しずつ濃くなり、影が長く伸びていく中、生徒たちの魂は順調に削られていった。
「……長かったな……」
「何年分喋ったのかしらね……」
「俺の寿命三日は削れた気がする……」
「私は途中から無我の境地だったわ。さっき転生しそうになった」
「天界に帰る準備するな」
ようやく閉会が宣言され、最後の行進が始まる。
全員、疲労困憊。
リズムは崩れ、足並みは微妙にズレている。
ドン、ドン、ズンチャ、ズチャ。
「……なんか軍隊がバグったみたいになってるけど?」
「たぶん俺たち全員、魂が限界超えたんだよ……」
それでも、最後まで歩ききった。
⸻
解散後。
夕方の空気は少しだけ涼しくなり、昼間の熱をゆっくりと冷ましていく。
校庭にはまだ砂の匂いが残り、遠くで片付けの音が響いていた。
「翔、あたし頑張ったでしょ?」
天空神が、どこか誇らしげに胸を張る。
「いやお前、途中で飴食ってたぞ?」
「神にも糖分は必要なのよ……」
思わず笑う。
「……お疲れ、天空神。」
「うむ!お疲れ人間!」
拳を軽く合わせる。
その瞬間だけ、今日という一日が、確かに特別だったと実感した。
だが――
「あんたたちなにやってんのよ!!汗臭いわね」
背後から聖夜神の声が飛ぶ。
「何言ってんだよ!校長の話一回聞いてみろ!?転生しそうになるぞ!?」
「私はすでに半分浮いてたけど?」
いつもの騒がしさ。
いつもの帰り道。
――のはずだった。
「翔、なんか最近、夕方の空……変じゃない?」
聖夜神が何気なく空を指差す。
「そう?夏に近づいてるからじゃね?それより腹減ったー!」
軽く流しかけた、その時。
天空神がふと足を止めた。
「……いや、違う」
視線が、遠くの空へ向けられる。
茜色と灰色が混ざり合った、不自然なグラデーション。
その境界線の奥で――
一瞬だけ。
まるで、空そのものに“ヒビ”が入ったかのような、細い黒い筋が走った。
それは雷でも雲でもない。
もっと異質な、空間そのものの裂け目のような違和感。
「……今、見えた?」
「え?なにも見えねぇけど……」
翔には見えていない。
だが天空神の胸の奥に、はっきりと残った。
均衡が、軋む感覚。
(……嫌な感じがする)
夕焼けは、何事もなかったかのように静かに広がっている。
誰も知らないところで。
誰にも気づかれないまま。
ゆっくりと。
確実に。
“神の均衡”は、崩れ始めていた。
――第二章
神々の狂い始める歯車 開幕。




