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第12話 ドッキドキ(動悸)借り物競争

夏の日差しが校庭を白く照らしつけ、砂埃の舞うグラウンドには、生徒たちの歓声と実況の声が絶え間なく響いていた。体育祭もいよいよ後半戦に入り、各クラスの点数は僅差。そんな中、次の競技である借り物競争には、どのクラスも期待と緊張が入り混じった空気を漂わせていた。


「俺、借り物だから並んでくる」


翔が軽く手を挙げながらそう言うと、額にはうっすら汗が滲み、しかし表情には気負いのない落ち着いた笑みが浮かんでいた。


「りょーかい」


天空神はいつもの調子で手をひらひら振りながら見送る。その隣には翔の友人である花登と湊も立っており、三人でスタート地点へ向かう翔の背中を見ていた。


翔の姿が人混みに紛れた頃、不意に花登がにやりと意味深な笑みを浮かべて天空神へ顔を近づけた。


「そーいや宙ちゃんって、翔とどういう関係なんだい?」


「……え?」


湊も興味津々といった様子で首を傾げている。二人の視線が一斉に向けられ、天空神は思わず頬を引きつらせた。


(まずい……これは答え方を間違えると面倒なやつだ)


脳内で高速会議が始まる。


①付き合ってるのー

②同居してるけどビジネスって感じ

③親戚だから同じところに住んでいる


どれも地雷の匂いがする。しかし、この中で最も被害が少ないのは――。


天空神は咳払いをひとつすると、作り笑顔を浮かべて口を開いた。


「実は私たち親戚で、ここの高校通うために翔くんの家に住んでるの」


(決まったぁぁぁぁ!!)


心の中で盛大にガッツポーズを決める天空神。だが外見はあくまで涼しい顔を装っている。


「へぇー、そーなんだ」


花登と湊は意外そうに目を丸くしながらも、特に深く追及する様子はなかった。天空神は胸を撫で下ろし、内心で勝利を確信する。


その時、グラウンド全体に実況の声が響き渡った。


「借り物競争スタート!!」


大きな歓声と共に第一走者たちが一斉に駆け出す。天空神たちのクラスから出場するのは中村だった。


「第1走者は中村くん! 一体お題は何だー!?」


中村は走りながら紙を開き、次の瞬間、その表情が凍りついた。


「えっと……エベレストの天然水500ml。は?」


一瞬の静寂の後、花登が絶叫した。


「おい誰だよ! あんなお題書いたやつ!!」


怒りのあまり地面を蹴りそうな勢いで暴れ出す花登。湊が慌てて肩を押さえている。


その騒ぎの中、天空神はふと何かを思いついたように指を立てた。


「ちょっとトイレ行ってくる」


そう言い残して物陰へ消えると、その姿は次の瞬間ふっと掻き消えた。


数十秒後――。


「中村くん! はい! 水!」


息一つ乱していない天空神が、中村の前に500mlのペットボトルを差し出していた。だがその制服は雪まみれで、髪にも氷の粒がくっついている。


「え? でもエベレスト……」


「大丈夫、ラベル見て!」


そこにはしっかりと“エベレスト天然水”の文字。中村は理解が追いつかない顔のまま、とにかく受け取って全力で走り出した。


「第1走者、中村くん無事バトンタッチ!! 第2走者、翔くんです!!」


実況のテンションも最高潮。翔は紙を開き、その瞬間、眉間に皺を寄せた。


「アホ毛」


「おいゴラァァ!! 誰だ書いたやつ! ぶち殺してやる!!」


またしても花登がブチ切れ、今度は本気で走り出しそうになる。湊と天空神が両脇から必死に抑え込んだ。


その時、翔がこちらを見て大声を上げた。


「かみっ……宙!! ちょっと来い!」


「え?」


「いいから!!」


翔に呼ばれるまま近づいた天空神の頭に、翔の手が伸びる。そして次の瞬間。


ぷちっ。


天空神の頭頂部で揺れていた一本のアホ毛が見事に引き抜かれた。


「……え?」


何が起きたのか理解できない天空神。だが翔の手に自分のアホ毛が握られているのを見た瞬間、全身から力が抜けていった。


「アホ毛がなくて力が出なーい……」


ぐにゃりと膝から崩れ落ちそうになる天空神。しかし数秒後、頭頂部から再びにょきっと新しいアホ毛が生えてきた。


「復活したー」


「なんなんだよその生態」


翔は呆れながらも、そのアホ毛を掲げて走り去っていった。


会場は爆笑に包まれる。


そして最後のアンカー、松本の番となる。


「第3走者、松本くん! お題は……自分の彼女!!」


一瞬で空気が凍った。


「おいゴラァァ!! 書いたやつー!! 松本が彼女いないの知ってんだろーが!!」


花登、三度目の大暴走。もはや今日一番忙しい男である。


しかし当の松本は不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりとリュックを開けた。


そして中から取り出したのは――美少女キャラクターの等身大抱き枕だった。


「いや、僕にはいるのさ……彼女」


「……あいつ、勝つために自分をここまで犠牲に……」


花登が感動と困惑の入り混じった顔で涙を流す。感情の処理が追いついていない。


「第3走者、最初にゴールしたのはなんとキャラクターの枕を持った2年1組だぁぁぁー!!」


歓声が響く中、松本は誇らしげに抱き枕を掲げていた。


「よくやった松本ぉぉぉ!!」


花登は号泣していた。


こうして、数々の問題作を乗り越えた借り物競争は、2年1組の優勝で幕を閉じたのだった。

お気ずきだろうか。

そう天空神はエベレストまで飛んでいきました。

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