魔法使いの、学校へ行こう!
「学校へはひとりで行けますからッ!」
僕は元気よく玄関を飛びだした。
「いってきまーすっ!」
お外は晴れて、公園の桜は満開。幼い子を連れたご近所さんがお花見をしていたり、木登りの練習をしていたり。
春だなあ。
「あら、こんなに朝早くに、どこへいくの?」
ご近所のおばさんに呼び止められた。
「おはようございます! 僕、今日から学校へ行くんです!」
「あら、まあ、そうなのね。気を付けていってらっしゃい」
「はーいっ!」
道を歩いていると、いろんな人に声を掛けられる。
「おーい、どこへ行くんだい?」
こんどはご近所のおじさんだ。
「はーい! 今日から学校へ行きます」
「学校!? いったいなにをしに?」
やれやれ。こんなふうに目を剥いて驚かれることも珍しくはないと思うけど。
「僕、いろんなことを知らないんです」
「そりゃそうだ、まだ若いからな。これから覚えていく事が山ほどあるんだから、しかたないだろ?」
「だから、その、僕のおか……」
うっく、噛んだ。使い慣れない単語をムリヤリ喋ろうとしたからだ。
「お、おかあさん、が、自分は仕事が忙しくて、ご近所のほかの親みたいに、僕のお勉強ぜんぶの面倒はみられないから、いっそのこと学校で習ったらどうかっていいまして」
僕を引き取ってくれた後見人かつ保護者は『まま』あるいは『ママン』と紹介して良い、と言われたけれど、僕は断固拒否した。
だが、僕は正式に『養子』にされたそうだ。なので、学校へ行くにあたり、対外的には『おかあさん』と紹介することにしたが、まだまだ抵抗があるなあ……。
「ははーん、そういうことか。それにしても教育を受けるために学校へ行くとはなあ。いくらここが一風変わった街でも前代未聞の出来事だよ」
「え、そうなんですか? この街の学校ならおかあさんの顔が利くから、僕が行っても何も問題は無いって言ってましたけど」
おかあさんはときどき女子生徒への特別マナー講座をしているから、先生達のこともよく知っていると言っていた。
「いや、顔が利くからって、ふつうは学校へ行くという発想をしないだろ?」
「そういわれると、そうかも……。僕みたいな子はほかにはいないみたいだし……」
ふと、ほんとうに僕が学校へいっていいのか、不安になってきた。学校にはときどき遊ぶ仲良しの子もいるから、行けば楽しいかなって思ってたけど……。
そんな僕の様子を見たおじさんは慌てた。
「え、や、いや、そんなにしょんぼりしなくても! あわわ、これは聞かなかったことにしてくれ! 君のおかあさんには俺がこんなことを言ったなんて、頼むから黙っててくれ!」
「え? は~い……?」
僕に何度も念押しして、おじさんはすごく急いで、逃げるようにいってしまった。
「なんだったのかしら……?」
僕は気を取り直してほてほてと歩みを再開。
学校はそんなに遠くない。
ほら、もう校門だ。
僕は「おはようございま~す!」と同じように通学してくる生徒に挨拶しながら、校門をくぐった。
「やあ、おは……ようッ!?」
近所で顔見知りの生徒たちは挨拶を返してくれたが、僕のことを知らない生徒は立ち止まって僕を見つめて、絶句していた。
このことを僕のおかあさんが知ったら、最近の若者はマナーが悪いって、ちょっと怒るかもしれない……。
僕自身は、あの子達のマナーが悪いというより、やっぱり差別されているのかなって、ちょっぴり気になるけど――いや、気にしちゃダメだ。ささいなことは無視しよう。
ここにはご近所でよく会う仲良しの生徒もいるから。
今日からはその子達と、机を並べて勉強をするんだから……。
というわけで、僕は校内を正々堂々と歩いて、まずはじめに、おかあさんから聞いていた職員室へ向かった。
先生から教室の場所を聞いて、いよいよ教室へ。
僕が入っていくとざわついた。
「あの、僕はどこに座れば……」
目の前にいた男の子にたずねた。初対面じゃない。街で時々見かける生徒だ。顔を見れば挨拶するていどに知っている。
「え? うん、そうだね。とりあえず、ここに座ると良いよ」
一番前の空いている席。
僕はその机の上に、ちょこんと座った。
だって、椅子に座っちゃったら何も見えなくなる。椅子の上にずっと立ちっぱなしなんて疲れるもの。
先生が入ってきて笑顔でご挨拶。
いよいよ僕をクラスメートに紹介してもらう時間だ。先生に呼ばれた僕は、教壇にある教卓の上へ飛びあがった。
「さて、特別入学した特待生を紹介しよう。今日からいっしょに勉強するノワくんです」
僕に名字は無い。ただのノワだ。
「正式名はノワール・ドルリス。そう、きみたちもよく知っている、この街の猫のボスのご子息だ」
あれ、僕の名前ってそんなに長いの? 知らなかった。そうか、おかあさんの名字がくっついているのか。
この先生、おかあさんのことをボス猫だなんて言って、だいじょうぶかな。
「あの、先生」
「なんだね、ノワくん?」
「僕のおかあさんは魔法猫の女王様です」
「あ、そうだったね。義理とはいえ、魔法猫の女王のご子息だから、きみは王子殿下?」
「いえ、僕はただの黒猫のノワです。でも、あのおかあさんへの呼びかけを間違えたのがバレたら、マナーが悪いとクレームを言いにくるかもしれません」
その一瞬、先生の顔に恐怖の陰がよぎったのを、僕はたしかに見た!
「失礼した。そういうわけだから、皆も気をつけるように」
なんだか生徒の皆は「いや、何に気を付けるの!?」と言いたげな、腑に落ちないような表情だったけど、先生は気にしなかった。
「きみたちも知っての通り、魔法猫とは魔法を使う猫の一族だ。ふつうだと子猫は大きくなるまで親猫に育てられるんだが、このノワくんは魔法猫にしては珍しい捨て猫……失敬、わけあって、この街で、魔法猫の女王に育てられることになった。今回は特例の特待生として、主に境海世界の歴史や魔法学の授業に参加する予定だ。では、ノワくんから一言挨拶を」
僕は教卓の上で、きちんと前足をそろえた。
「はい。ご紹介にあずかりましたノワです。見ての通り、まだ半分子猫期の黒猫ですが、今日からよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げたら、パラパラと拍手が起こった。歓迎されているのかそうでないのか、いまいちわからない反応だ。もし、クラスメイトにいじめられたらすぐおかあさんに言いなさいと言われている。けど、学校が更地になるのは嫌だから、黙ってるつもりだ。
「では、ノワくん、席について。授業をはじめる――」
こうして僕は、魔法使いの街『白く寂しい通り』で、魔法使いの学園へ通うようになった。
うーんと体を伸ばして、クワア、とおおきなあくびをひとつ。
机の上で香箱を組んで授業を聞きながら、考えた。
僕はたくさん勉強して、立派な魔法猫の大人猫になるんだ。
でも、立派な魔法猫ってどんな猫かな?
まあ、こうして勉強していれば、そのうちわかるだろう……たぶん。
〈了〉