7話 修道院へようこそ
時刻は午後一時を回ったところ。
修道院内は静寂に包まれていた。
静謐たる聖女たちを擁するこの修道院は、厳かな空気を漂わせている。
こつこつと歩く音が二つ。
前を歩く初老の女性。
綺麗に整えられた銀髪が歩くたびに僅かに揺れていた。
白を基調にした修道服を着ている。
彼女はシスタークレアと言われる聖女見習いの教官的な役割を担っている。
そしてその後ろを歩いているのはテレジアだった。
修道院に足を踏み入れるとシスタークレアが立っていた。
彼女は一瞬だけ、顔をしかめるも「あなたがテレジアですね、私はシスタークレア。今後は私があなたを教え導くこととなりました。それでは付いてきなさい」と言われたのである。
「まずは寮へ向かいます。荷物を置いた後、白魔術の授業、午後の治療、沐浴、お祈り、就寝となります。通常、午前中は早朝に起床、お祈り、朝食、掃除、白魔術の練習、患者の怪我や病気の治療、昼食となります。質問は?」
淡々と一方的に説明をするシスタークレアは一切、テレジアに振り返らない。
棘のある物言いと繭一つ動かさない顔。
明らかにテレジアへの態度は悪いのだが、当の本人はあまり気にせず修道院を見回していた。
修道院内は礼拝堂、寮や食堂などの生活区画に分けられているようだ。
今、テレジアは玄関から生活区画のある方向へと進んでいる。
窓からは反対側の区画が見えた。
「……あちらは聖騎士見習いの方々が住まう区画。決して入ってはなりませんよ。聖女は見習いと言えど、異性間交友を禁止しております。患者と聖伴の相手以外とは会話することも禁じられていますからね」
聖伴とは、つまり聖女と聖騎士がパートナーになることを言う。
聖女一人に聖騎士一人。
聖騎士は聖女を支える唯一無二の存在となる。
以前、調べた文献でそんなことが書かれていたなと、テレジアは思考する。
そんな中、シスタークレアは突如として足を止め、テレジアに振り返るとギロリと睨んだ。
「当然、聖騎士との過剰な交友も禁止です。決して、そのような行いをしないように。いいですね?」
「は、はい」
あまりにまっすぐ睨んでくるものだから、テレジアは少し驚いた。
釘の差し方があまりにあからさまだ。
シスタークレアは数秒間、テレジアを睨み、そして再び前へと向き直ると歩を進めた。
「……わかればよろしい。まったく、若者はすぐに異性へと興味を持ち過ぎる。聖女たるもの清廉潔白で居続けることこそが信心の現れ。恋愛など、言語道断。そもそも……」
などとぶつぶつと不満を漏らしながらシスタークレアは歩き続ける。
その後ろを気まずい気持ちでついていくテレジアだった。
●◇●◇●◇
寮の個室に到着するとテレジアは思わずあんぐりと口を開いた。
狭い。圧倒的に狭い。
小さなベッドと小さな机と小さなクローゼットと小さな窓があるだけで、後は何もない。
寝転がって両手足を伸ばせば壁に届くくらいの広さしかなかった。
まるで牢屋だ。
宮廷魔術師であるテレジアは、この数百倍規模の部屋を与えられていた。
当然、お給金も出ていたし、物に不自由することは一切なかった。
まあ、そのお金の大半は教会に寄付し、残った少しばかりのお金は聖女見習いになるための費用に使ったのだが。
つまり今、テレジアは素寒貧である。
お金に頓着はなかったので別にいいのだが。
鞄を床に置き、ベッドに寝転がってみる。
「……硬い」
寝心地は最悪。毛布も薄くて寒そうだ。
でも、きちんと清掃は行き届いており、布団からはお日様の香りがした。
それがなんだか嬉しくてテレジアは目を細める。
「こんなことしてる場合じゃなかった!」
テレジアはばっと起き上がり、クローゼットを開ける。
そこには聖女見習い用の修道服が入っている。
質素な造りの真っ白なローブで、シスタークレアが着ていたものよりもやや安っぽい。
飾り気はないが、どこか神々しい見目をしている。
テレジアはさっさと今着ている服を脱ぎ、修道服に着替えた。
クローゼットに備え付けられている小さな鏡を見つめるとそこに自分の姿が映っていた。
まったく似合っていない。
ぼさっとした長い灰色の髪と陰鬱な空気を醸し出しているため、静謐たる聖女らしさは皆無である。
テレジアは一瞬、後ろ向きな思考に囚われそうになるも頭を振った。
黒魔女時代とは違うのだ。
「まだですか? 早くなさい!」
部屋の外からシスタークレアの怒号が響く。
テレジアは慌てて修道服のしわを伸ばした。
この後は同期たちとの顔合わせと魔術の授業があるのだ。
楽しみ半分、緊張半分。
こんな気持ちは本当に久しぶりだ。
テレジアはドキドキしながら部屋を出た。