6話 大聖女になってみせる!
聖シア教会自治区。
バファリス王国から馬車で一週間ほどで辿り着く、平原に存在している特別宗教国家。
事実上の独立国家である、通称『教会』と言われる聖女を要とする組織であり、国家である。
ちなみに教会は幅広い意味で使われ、団体そのもの、あるいは礼拝を行う施設などを指すが、修道院は聖女や聖女見習いの住居として扱われ、聖女たちが日々女神シアへの信心を深め、白魔術の鍛錬を行う場所である。
そんな聖域へと足を踏み入れたテレジアは目を輝かせていた。
聖シア教会自治区は一般的な国家と違い、城壁がない。
つまり城塞都市ではない。
円状の都市であり、外周は小さなテントや小屋が並び、そこに大量の患者たちが並んでいる。
まだ若い聖女たちが患者の治療をしているようだった。
門や城壁がないため、外から誰でも入れるようにしている。
たくさんの聖女が治療に勤しんでいる様子を見て、テレジアはワクワク感を抑えきれない。
「あんなに沢山の聖女が……フフフ」
不気味な笑いを浮かべると、御者がびくんと身体を一跳ねさせた。
そんな御者の怯えに気づかぬままテレジアは窓の外を眺めている。
テレジアは比較的簡素な幌付きの馬車に乗っていた。
他に乗客はおらず、幾つか木箱が乗っている。恐らく聖女見習いであるテレジアを一人だけ送れば周りに訝しがられるという理由から、配達のついでを装うために乗せているのだろう。
テレジアはただの平民であるという肩書だ。
バファリス王国の宮廷魔術師であり、かの有名な災厄の黒魔女だ、などと名乗るわけにもいかないため、身分を隠すことになっている。
髪色は黒からグレーになっているし、黒魔女の業務時はほとんどフードで顔を隠している、それに大体の人間はテレジアを恐れて目を見ようとしないので、顔を知っている人間はほぼいない。
左右の眼の色が違うためやや目立つが、オッドアイの人間がいないわけでもないので、そこまで気にする必要はないだろう。
身バレは避けたい。バレたら聖女への道は閉ざされてしまうだろう。
テレジアは少しばかりの緊張を持ちながらも、まあ大丈夫だろうと楽観視していた。
自治区内の構造は特殊だ。
都市の外周は慰安地区となっており、患者の治療や修道院や教会への入会、入信手続きを行う場所だ。
その慰安地区を馬車が抜けると、心もとない木柵が並んでいた。
しかしそこには誰もおらず、女神シアへの崇敬の念を以てこの地に足を踏み入れなさいと書かれている看板があるだけだ。
その手前で大抵の人間は足を止め、地面に膝をついて空へと祈っている。
教会入信者のための祈祷場所がそこかしこに用意されているようだ。
入信者の条件は女神シアへの信心が不可欠だが、それ以外に必要なものは何もない。
しかし修道院への入会は条件が厳しく、清廉潔白な女性であること、白魔力を持っていること、犯罪歴がないことなどの項目を突破することで、ようやく聖女見習いになれる。
木柵を抜ければそこは修道院地区。
いわば聖女たちの居住地区である。
居住地区とは言われているが、巨大な修道院が連なっている地区であり、一戸建てが幾つも並んでいる住宅街とは違う。
こじんまりとした施設は少なく、どれも巨大でありながら、年季の入っている家屋ばかりだった。
「すごい……これが修道院」
そこかしこに聖女らしき女性が歩いている。
誰もが簡素な修道服を着ており、色合いは地味だが、髪色が目立っていた。
白魔力を持つ者は髪色が白へと近づくためだ。
「つ、着きました」
上擦った声を出す御者。
テレジアは馬車から降りると、眼前に聳え立つ修道院を見上げた。
「そ、それでは自分はここで」
御者がそそくさと馬車を走らせ去っていく。
お礼を言う間もなく、いなくなってしまった。
テレジアは嘆息し、いつものこととばかりに再び修道院へと向き直る。
ここでキラキラとした聖女人生を過ごすことができるのだ。
過去の陰鬱な黒魔女人生とはさよならだ。
「……フフ……フフフフ、楽しみだなぁ」
抑えきれず笑みを浮かべるテレジア。
明らかに禍々しい何かを放っており、周囲を歩く聖女たちは奇異の視線を向けてきていた。
「な、何かしら、あのお方」
「……しっ! 近づいたらダメですよ」
誰もテレジアが黒魔女だと知らない。
だが醸し出す空気が何かヤバい奴だという証明になっていた。
テレジアは黒魔力を抑えている。
だが黒魔力とは違う、陰の者の空気感やなんか違う奴感は隠すことができない。
本人に自覚がないのが厄介なところだ。
テレジアはひとしきりワクワクし終えたところで、鞄片手に修道院へと入っていく。
この場所で聖女見習いとしての知識や技術を学び、そして教会へと正式に所属すれば聖女として活動ができる。
聖女としての活動が認められ、多大なる功績を残せば、教会の顔であり、聖女の頂点におわす大聖女へと昇り詰めることができる。
それはつまりもっとも気高く清廉で美しく、そして誰からも愛される存在ということ。
「あたしは大聖女になってみせる! そして誰からも愛され、必要とされる存在になってみせる!」
もう誰からも嫌われる黒魔女人生はこりごりだ。
これからは薔薇色、いや百合色の人生が待っているのだ!
そしていつか見たあの人。
大聖女ベアトリス様のようになる!
テレジアは決意を新たに修道院へと足を踏み入れるのだった。