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5話 黒魔女テレジアの正体


 ユリウスが凛々しい顔で、空に決意表明していたその時。

 テレジアはまだあの小さな丘に佇んでいた。

 迎えの馬車が来ていないという理由もあるのだが、なぜか先ほどの姿勢のまま、視線は王都に向けた状態で微動だにしていない。

 冷たい空気、時折流れる微風。

 そんな中、突如としてテレジアの肩が震え始めた。

 そして、ぶはぁ! と勢いよく息を吐くと。


「……き、きき、緊張したぁっ!」


 その場に座り込んで叫んだ。

 ぐわっと目を見開き、ぜいはあと息を荒げている。

 全身汗だくで沐浴したいくらいだった。


「あ、あんなに近くで人と話したの、ひ、久しぶり過ぎる。ああ、怖かった。変に思われてないかな……いや、思われてるか。災厄の黒魔女だし、あたし」


 自分で黒魔女という言葉を発すると、頭が一気に重くなった。

 災厄の黒魔女だなんて……別に誰かを不幸にした覚えはない。

 人を殺したことだって人生で一度もない。

 できる限り、怪我をさせないようにしているくらいだ。

 黒魔術で生み出した影に相手を閉じ込めて、生命力を奪うだけ。


 先日の七万の兵士も影に飲み込ませてから、その足でルーロンド帝国まで移動して、影から七万の兵士たちを吐き出して返してあげた。

 もちろん生命力を奪っているのでしばらくは動けないが、死ぬようなことはない。

 ちゃんと複数の場所に分散して数百人ずつ吐き出したので、救助側も対応できたはず。

 一か月ほど移動して吐き出す、移動して吐き出すを繰り返したことを思い出す。

 影の中で死なないように気を張っていたし、かなり大変な作業だった。

 当然のごとく誰も手伝ってくれないし。

 なのに。


「なんで脅したことになってるの!? ただ気を使っただけなのに!?」


 いつでも殺せるんだぞ、ということを暗に示していると勘違いされたのか、ルーロンド帝国からは終戦と同盟の申し出があったらしい。

 おかげで黒魔女の悪評はまたしても世界中に轟いてしまった。

 良かれと思ってやったことが裏目に出ることなんて、数え切れないほどあったが、今回は段違いだった。

 思えば人助けに黒魔術を使えば呪われると逃げられ、傷つけないように影に飲み込ませたら化け物だと蔑まれ、視線を合わせれば死の呪いをかけられたと騒がれ、声を発すれば呪文だ、呪いの言葉だと逃げられ、散々だった。

 気づけば目も合わせず、言葉も発せず、黙々と任務をこなしていたら、余計に怖がられる始末。

 追い打ちとばかりにラインハルト王の黒魔女演出。


「なんなの、あの黒い馬車と服! 禍々し過ぎるでしょ! なんでもかんでも黒ければいいってもんじゃないよ! 魔女は黒い物って誰が決めたの、もうっ!」


 はあはあと息切れするテレジア。

 ああ、こんな風に誰かに心情を吐露できればいいのに。

 でもそんなことはできない。

 あたしが黒魔女だから? いや、違う。


「人が……怖い……ッ!!」


 幼い頃から化け物だ魔女だ呪いだ災厄だと蔑まれ続けたテレジアは、年月をかけて負の感情と恵まれない境遇と人の悪意により、じっくりとコトコト煮込まれ、陰の者として見事に完成してしまっていた。

 多くの人間が他者との関わりを経験し、成長するという機会を失してしまったのだ。

 おかげで人との会話は、自分の中の黒魔女を演じることでしかできなくなり、相手の顔を見られず、緊張すれば沈黙してしまうようになってしまった。

 そのせいで余計に恐れられ、忌み嫌われるという悪循環である。


 先ほどのユリウスとの会話は、その影響が多く出ていたのだ。

 しかも視線は王都へ向けて、物憂げな感じに見えていただろうが、ただ何となく見ていただけで、王都にはなんの思い出もなかった。

 その上、なんだか黒魔女っぽく、答えは沈黙とばかりに黙っていたが、その実、ただ緊張して何を話していいかわからなかっただけである。

 テレジアは先程のセリフを思い出す。

 お待ちしていました。


「ああああああああッッ!! 恥ずかしい、恥ずかしすぎる!! お待ちしていました……じゃないよ、あたし!」


 頭を掻きむしって黒歴史をどうにか排除しようとするが、余計にちらつくだけだった。

 だってかなり後ろの方から魔力の気配がしていたのだからしょうがない。

 しかも白魔力の気配だったから余計に目立っていた。

 存在に気づいているのに、じっと待っている時のあの感覚。

 そわそわして、何か言うべきか、それとも相手が何か言うのを待つべきかという意味のわからない緊張感。

 結局は耐え切れず、言葉を発してしまったのだが。

 思えば、まるで強者が見ずとも気配を察知してしまった、みたいな流れになってしまった。

 違う。あれはただ耐え切れずに話してしまっただけだ。

 テレジアは顔を両手で覆う。

 耳まで真っ赤だ。


「恥ずかしい! 恥ずかしい!」


 声に出して誤魔化そうと悪あがきをするも、やっぱりダメ。

 恥を越えて恥辱。

 しばらくはふとした瞬間に思い出して、悶絶することは間違いないだろう。

 瞬間。

 テレジアは即座に体勢を戻し、乱れた衣服を整え、再び視線は王都へと向けた。

 これがいつもの黒魔女状態である。

 その、数秒後。


「た、大変お待たせしました、テレジア様。お、お迎えに上がりました」


 上擦った声が背後から聞こえた。

 恐らく御者の男の声だ。

 テレジアは僅かに背後を向き、小さく頷いた。


「こ、こちらです」


 御者は明らかに怯えながらテレジアを案内する。

 テレジアは素直に応じ、御者の後に続いた。

 さっきのことは忘れよう。

 これからは黒魔女としてではなく、聖女として生きるのだから。

 きっと今までとは違う世界が待っているはずだ。

 そう。

 黒魔女の陰鬱とした世界ではない。

 聖女の素敵で、清浄で、美しい世界が。

 もう人に嫌われ、疎まれる世界とはお別れだ。

 これからは人に好かれ、敬われる世界へと足を踏み入れるのだ。


「フフフ」


 思わずテレジアは笑みを浮かべた。

 それはそれは不気味な、地獄の底から聞こえるような歪んだ笑い声が生まれていた。

 御者は恐怖から顔を青ざめさせ、小刻みに震えていた。

 深夜、小さな森の中、背後には呪いの権化と言われる災厄の魔女、そして怖ろしい笑い声が聞こえる。そんな状況なら誰だって怖いだろう。

 そんな御者の様子に気づかないテレジアは、陰の者特有の気持ち悪い笑いを浮かべ続けるのだった。

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