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 呪いを治療できるのはあたしだけ? ~忌み嫌われた災厄の黒魔女ですが、世界初の呪い治療専門の聖女になります~  作者: 鏑木カヅキ


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34話 私は一生忘れない

 日が落ちて数時間。

 もうすぐ就寝時間になる。

 中庭に一人、ユリウスは佇んでいた。

 シャツと簡素なズボン姿で、寝間着に使っている服を着ていた。

 腰には小さな鞄を取りつけている。

 すでに夜の沐浴は終えているため、髪は少ししんなりしている。

 満月の光と手に持つ松明が辺りを照らしており、比較的に視界は良好だった。

 手入れされた植物が並んでおり、日中は修道院に住む人々の憩いの場となっている。

 そこにはユリウス以外には誰もいなかった。


「お待たせしました」


 物陰から現れたのはテレジアだった。

 何の気配もなく姿を見せた少女に、ユリウスは驚く。

 騎士として訓練を積み、実戦を何度も経験したユリウスでも、テレジアの存在を察知できなかった。

 災厄の黒魔女はいまだ健在。

 彼女の力は圧倒的で、誰も抗えない。

 それは先日の反教会派の襲撃でより顕著になった。

 目の前で初めて見た、あの凄惨な光景。

 怖ろしいほどの黒魔術。

 それを使った人物が目の前にいる。

 しかし、不思議とユリウスに恐怖はなかった。

 三か月前、最初に待ち合わせした時に感じていた、彼女への忌避感はまったくない。

 ユリウスはテレジアに向き合うと、すぐに敬礼した。


「先日は助けていただき、ありがとうございました」

「……あ、やはりバレてましたか」

「あれほどの黒魔術の使い手は他にいないかと。それに影を使われていましたので」

「そ、そうですよね……わかりますよね……」


 テレジアは苦笑しながら、なぜか自虐的な言葉を漏らしている。

 

「まさか、誰かに正体を知られたのですか?」

「え? い、いえ、そ、その……大丈夫です。多分、きっと、恐らく」


 表情の変化は乏しいが、目が泳いでいる。

 明らかに動揺しているように見えた。

 かなり怪しいが、ユリウスは言及をしなかった。

 彼女はベロニカを助けるために力を振るったのだ。

 恐らくはその時に勘繰られたのだろう。

 ベロニカという少女は吹聴するような人物には思えなかった。

 問題ないだろうとユリウスは自分を納得させた。


「それで、何かお話があるとのことですが」

「ええ、いくつかお伝えしたいことがあります。まずはテレジア様。正式に聖女になられるとのこと、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「私も正式に聖騎士になることとなりました」

「おめでとうございます、よかったですね」


 テレジアは胸の前で小さく拍手をする。

 少女然とした愛らしい行動にユリウスは虚を突かれたが、すぐに気を取り直した。


「……つきましては後日、聖伴の儀にて、パートナーとなりますのでよろしくお願いいたします」

「聖伴の儀では事前に相手が決まるものなのですか?」

「いえ、本来はそのようなことはありません。様々な条件により相手が決まるのです。性格や相性、能力……それと、あまり言葉にしたくはありませんが、伝手や金銭など」

「ああ……」


 テレジアは得心いったとばかりに視線を落とした。

 バファリス王国の王であるラインハルトがすでに手を回している、そういうことだ。

 清廉潔白を聖女に強いながら、教会自体はそれとは乖離している体制である。

 権力と金が集まれば、必然的にそうなるものだ。

 腐敗しない組織はない。

 だが教会が人々を救っていることもまた事実。

 聖女の存在やその活動は非難されるべきではないだろう。


「次に先日の襲撃に関してのご報告です。まず襲撃者たちは反教会派の連中でした。各地で聖女や聖騎士、教会関係者や信者たちを襲撃している連中の一派でした。奴らは手段を選ばず、犯罪者は元軍人、黒魔女などを取り込んでいる模様です。我々が慰問した村から情報を得て、襲撃を計画したようですね。情報を売った村人は捕縛されております」

「……そうですか。やはりあたしたち狙いだったのですね」

「はい。昨今、協会関係者、特に聖女を狙った犯罪が多発しているようで。聖騎士には警戒しろという下知があります。各襲撃には黒魔女が関わっているようで、余計に気を張っているようで」


 黒魔女の扱う黒魔術に対抗できる人間は、同業である黒魔女か、白魔力を持つ聖女と聖騎士だけである。

 ただ聖女は黒魔術への耐性を持つだけで、戦う術を持たない。

 それゆえ白魔力を持ち、黒魔術に対抗できる聖騎士の責任は重くなる。

 だが聖騎士は白魔術を使えない。

 ただ黒魔術に対して耐性があるだけだ。

 それでも多少は抗える程度だ。

 先日の襲撃でも、ユリウスは呪いに抗いはしたが、ほとんど動けずに終わった。

 白魔力を持たない人間であれば、あの呪いで後遺症があるか、あるいは精神に異常をきたしていただろう。

 無事だったのは白魔力とユリウスの頑強さゆえだった。


「襲撃者全員、極刑になるでしょう。すでに教会と査問委員会を通し、近場の処刑場に送られる予定です。ですが、今回の襲撃は今までと違い、聖女見習いと聖騎士見習いを標的にしています。今までは少数の聖女や聖騎士を狙っていたようですが。反教会派の勢力が増しているのかもしれません。テレジア様もお気を付け」


 言いかけて、言葉を切った。

 彼女に心配など必要ない。

 最強の黒魔女なのだから。

 だが、彼女も人間だ。

 それはこの三か月で理解している。

 完璧でもないし、完全でもない。

 最強ではあるが、常に最善の状態であるとも限らない。

 いつか彼女が力を使えない時が来るかもしれない。

 少なくとも聖女として振る舞っている時は、彼女は黒魔術を使えないのだから。

 そんな風に思える自分に少し驚きながらも、ユリウスは再度口を開いた。


「お気を付けください。何があるかわかりませんので」

「そ、そうですね……ありがとうございます。気を付けます」


 テレジアは意外そうな顔をしつつも、慌てて頭を下げた。

 小首をかしげ、ユリウスを一瞥すると目が合う。

 するとなぜか慌てて目を逸らしてしまった。

 表情は乏しいし反応は少ないが、よくよく見ると人間味のある反応だった。


(盲目だったな。私は何も見えてはいなかった。彼女は災厄の黒魔女である前に、一人の女性であるということを……愚かだった)


 噂や事前の情報、思い込みで彼女を色眼鏡で見ていた。

 怖ろしい存在であると勘違いしていたのだ。

 だがそれは恐らく違う。

 まだ完全にそうだとは言い切れないが、そうかもしれないと思えるほどには彼女を知っている。

 直接話したわけでもないし、接したわけでもない。

 だからこれもまた思い込みなのかもしれない。

 けれどユリウスは見て、知って、理解している。

 テレジアという少女は、悪人ではないということを。

 曇りなき眼で見れば、ちょっと変な善人だということがわかる。

 彼女はコミュニケーションが得意ではないのだろう。

 その上、髪が長すぎるし、空気がなんだか重いので、印象が悪くなっているのではないだろうか。

 ユリウスはふと思い出し、腰の鞄からハサミを取り出した。


「これは?」

「先日おっしゃったでしょう? 髪を切りたいと。剣は貸せませんが、ハサミを用意しました。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 テレジアはハサミを受け取ると「うーん」と言いながら悩んでいた。

 すると意を決したように、自分の前髪を掴み、ハサミで切ろうとした。


「お、お待ちを! ご、ご自分で切るおつもりで!?」

「え? はい。切ってくれる人もいないですし……お店に行くのも……その……勇気が」


 ごにょごにゅと何か言っているテレジアを前に、ユリウスは驚きを隠せなかった。

 彼女は繊細で不器用なくせに、行動力がありすぎる。


(少しずつ、テレジア様の性格が掴めてきたな……)


 ユリウスは嘆息しながら、苦笑する。


「よければ私が切りましょう。妹の髪を切っていたこともあるので」

「いいのですか? お願いします!」


 角の縁石に座るテレジア。

 その後ろに立つユリウス。

 満月の光が照らす中庭で、髪を切る音だけが響き渡る。

 ユリウスは不思議な気持ちだった。

 あの災厄の黒魔女の髪を切っている。

 今はグレーの髪だが、呪いと穢れを表わすとされる漆黒の髪をその手で切っているのだ。

 だがユリウスには恐れも不安も、負の感情は何もなかった。

 むしろ楽しかった。

 綺麗な髪を整えていく中で、テレジアの頭が少しだけ左右に揺れていた。

 テレジアの表情は見えないが、恐らく彼女も悪い気分ではないのだろう。

 そう思うと余計に嬉しく思えて、ユリウスは小さく笑った。

 シャキシャキという小気味いい音が夜に響く。

 腰まで長かった髪は、肩の少し下まで短くなっている。

 残すは前髪だけ。

 ユリウスはテレジアの前へ行くと、屈んだ。


「では最後に前髪を切りますね」

「お、お願いします」


 前髪から少しだけテレジアの目が見えた。

 狼狽するように目があちこちに動いているようだった。

 しかしまだ彼女の眼はほとんど見えない。

 ユリウスはテレジアの前髪を慎重に切る。

 彼女の目がきちんと見えるように。

 散切り髪にならないように。

 彼女が自信をもって前を見られるように。

 気づけばテレジアは目を閉じていた。

 両手は膝の上でぎゅっと握られている。

 緊張しているようだった。

 そうしてユリウスはテレジアの前髪を切り終える。


「終わりましたよ」


 ユリウスは一歩後ろに下がり、鞄から手鏡を差し出した。

 テレジアは手鏡を受け取り、恐る恐る目を開ける。


「あ」


 テレジアは鏡に映った自分の姿をじっと見つめ、はっと驚き、そして戸惑っていた。

 ユリウスはその様子を少し離れた場所から見守っていた。

 いつものテレジアとは違い、表情豊かな姿に思わず微笑んでしまう。

 恐らくはあれが彼女の本来の姿なのだ。


「あ、あの」


 不意に呼ばれ、ユリウスは顔を上げた。

 手鏡が陰になっていて、テレジアの顔は良く見えなかった。

 しかし、テレジアが立ち上がった瞬間、目を開けた彼女の顔や全身が視界に入ってきた。

 満月に照らされ、幻想的な世界の中で、ただ一人テレジアが立っていた。

 黒魔女なんて要素は一つもなく。

 美しい光に照らされた存在。

 伸びっぱなしになっていた髪は綺麗に切り揃えられており、左右の紫水晶アメジスト緑柱石エメラルドの瞳がキラキラと光っている。

 その佇まいは聖女そのものだった。

 ユリウスは騎士という肩書から、数々の女性を見てきた。

 絶世の美女と呼ばれる女性も目にしたことがある。

 だが心を揺り動かされることはなかった。

 しかし。

 ユリウスの心臓は高鳴り、鼓動でその存在を主張している。

 美しかった。

 夜を照らす月の光が彼女を映し出すその光景が。

 まるで物語の一幕のように。

 強く、強くユリウスの心にその情景を刻み込んだ。


「ありがとう。ユリウスさん」


 初めて自分の名が呼ばれた。

 それがこの瞬間であったことが、幸か不幸か自分にはわからない。

 だが一つだけわかるのは。

 この光景は死ぬまで忘れないだろうということだった。

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