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 呪いを治療できるのはあたしだけ? ~忌み嫌われた災厄の黒魔女ですが、世界初の呪い治療専門の聖女になります~  作者: 鏑木カヅキ


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33話 合格発表

 それから十日後。

 テレジアは同期たちと共に修道院に戻っていた。

 襲撃者たちを倒した後は大変だった。

 影の空間に閉じ込めていた連中の体力を奪ってから、村の近くに吐き出し、その後はすぐに湖まで戻って、冷たい水に浸かり続けた。

 比較的すぐにシスタークレアやベロニカが助けに来てくれたのは幸いだった。

 教官のレイモンドは反教会派の尋問をしたり、本部に連絡したりと大変そうだった。

 近隣都市から官憲が派遣されるまで村に留まり、官憲到着後は事情を説明。

 その話にはなぜか人影として襲撃者を倒したテレジアの話は出てこなかった。

 ユリウスもベロニカも「危ないところで誰かが助けてくれました。姿は見えませんでした」と答えていたので、きっと正体はバレていないはずだ。

 そう思い、修道院に戻ってきたテレジアだったが。


「じーーーーーーー」


 いつもの修練場。

 いつもの席。

 普段は周りに誰も座らないか、距離を開けられるのだが。

 なぜか今日に限っては隣に人が座っている。

 しかも至近距離で凝視してくる。

 それはベロニカだった。

 おかしい。距離感も行動もおかしすぎる。

 テレジアは正面を向いて、彼女から目を逸らし続けた。

 しかしすぐ横でベロニカの綺麗な瞳が、自分に向けられているという事実に平静を保てない。


(な、なな、何が起こってるの!? ま、まさかやっぱり正体がバレて!?)


 影を使うことで姿はわからないようにしていたし、声も変えていた。

 バレる要素はないはずだ。

 しかし、ベロニカは明らかに疑いの目を向けている。

 帰途では特におかしな素振りはなかったはずなのに。

 今はおかしさの塊だ。

 テレジアは黒魔女演技で平静を装い、クールな態度を取った。

 しかし胸中では身震いしている。

 もしも災厄の黒魔女だとバレれば……いや、そうでなくとも黒魔女だとバレただけで終わりだ。

 もう聖女にはなれないだろう。

 それはイヤだった。

 とにかく今、自分にできることをしよう。

 知らぬ存ぜぬを押し通すのだ。

 そんなことを考えていると、ベロニカは目を逸らしてくれた。

 ほっとした瞬間。


「ありがとう、助けてくれて」


 ベロニカは正面を見つつ、そう呟いた。

 テレジアは思わず聞き返しそうになったが、ベロニカは正面を見据えたままだった。

 周りから見れば誰に礼を言ったのかわからないだろう。

 だからテレジアもわからないふりをした。

 しかし胸中では様々な感情が入り交ざっていた。

 バレているのかという不安、気付いてくれて嬉しいという感情、それになぜか少しだけベロニカと仲良くなれたかもしれないという思い。

 けれどテレジアは何も言わない。

 ベロニカはそんなテレジアを横目で一瞥すると、目を細めて小さく笑った。

 二人の間には不思議な空気が漂っていた。

 互いに意識し、互いを気遣う空気が。

 しかしそんな柔らかな時間に水を差す存在がいた。


「いよいよ、聖女昇華審査の合否が決まりますね」

「ええ、ええ、本当に。当然、私たちは合格でしょうが」

「けれど絶対に不合格の方がいらっしゃいますわね? ほらあそこに」


 いつもの三人組の声。

 くすくすと笑いながらこちらを見ているのがわかる。


「あの呪いの治療も嘘だったに違いありません」

「ええ、ええ、本当に。誰にも見えないのにあの人が見えるはずがありませんからね」

「どこかで聞きかじった知識を話していたのでしょう。シスタークレアまで騙すなんて、ずいぶん口が上手いですねぇ」


 呪いはあった。

 そして確実に治療した。

 だが呪い自体はテレジア以外には見えない。

 それに呪物の効果も。

 患者である少女が健康になった、という事実以外は呪いの証拠はないのだ。

 三人組の言葉もあながち的外れではなかった。

 だからテレジアは何も言い返さないし、どうとも思わなかった。

 自分にできることをやっただけ。

 正しいことをしたのだ。

 胸を張れど、俯く理由などありはしない。

 テレジアは無視を決め込むつもりだった。

 そんな中、パチンと小気味いい音が部屋中に響き渡る。

 思わずテレジアはそちらを見やった。

 いつの間にか席から移動していたらしいベロニカが、三人組の一人を平手打ちしたのだ。


「な、なな」


 呆気に取られている長女――と勝手にテレジアが呼んでいる同期――と残り二人。

 ベロニカは次女と三女をキッと睨むと流れるように、二人も平手打ちした。


「ぎゃっ!」

「ひぐっ!」


 小さな悲鳴とパチンという音が二回響く。

 三人組は赤くなった頬を抑えつつ、震えながらベロニカを見ていた。


「あなたたちは聖女失格です、自分の利益しか考えず、人を貶めるような人間が、聖女になれるはずがありませんわ! テレジアさんの衣服を盗んだこと、わたくしは許したわけではありませんわよ!」

「そ、そんなこと、す、するはずありません」

「え、ええ、ええ、本当に! 証拠がおありで!?」

「ふ、服は森の中に捨てられていたとのこと! 私たちは関係ありません!」


 この期に及び言い訳をする三人組を前に、ベロニカは射殺すような視線を向ける。

 三人組は小さく「ひぃ」と悲鳴を漏らすと顔面蒼白になっていく。

 彼女がこれほど激高するとはテレジアも思わなかった。

 当の本人であるテレジアはどうしたらいいかわからなかった。

 そもそも何が起こっているのかさえ、理解できなかったのだ。

 ベロニカが何か言おうとした時、修練場の扉が開いた。


「騒がしいですね。全員席に座りなさい」


 シスタークレアだった。

 彼女はいつも通り冷静な様子でベロニカたちを見ていた。

 三人組は何か言おうとしたが、ベロニカが睥睨すると言葉を飲み込んだ。

 ベロニカは明らかに憤っていたが、呆れたように一呼吸すると、テレジアの隣の席に戻ってきた。

 彼女の横顔は不機嫌そうで、苛立っていた。

 負の感情をあからさまに表に出している。

 テレジアはそんなベロニカの顔を見て、不意に込み上げてくる感情に驚く。

 それは喜びだった。

 自分のためにここまで怒ってくれる人はいなかった。

 言葉だけじゃなく、行動し、諫めてくれた。

 実感はすぐにはわかなかったけれどベロニカの気持ちは伝わった。

 何か伝えなくてはと思うも、何を言えばいいのかわからなかった。

 テレジアがまごまごしている間に、室内は閑寂に包まれ、シスタークレアの通る声に満たされていく。


「それでは聖女昇華審査の合否を発表します。事前にお伝えしていますが、今回の審査で合格できなかった方は次回の審査を受けることができます。ただし、年齢やその他の条件を満たさないと判断された場合は退会していただきますのでご理解ください」


 今回の審査を通れなければテレジアは聖女になれない。

 次回の審査時には条件である十八歳を超えてしまうからだ。

 つまりこれが最後の機会だ。

 テレジアは、ぎゅっと唇を引き絞ってシスタークレアの次の言葉を待った。


「まず一人目……ベロニカさん」


 感嘆の声がそこかしこから上がった。

 ベロニカは先ほどの騒ぎがなかったかのように、流麗に席を立ちあがる。

 その姿は神々しく、自信に満ち溢れていた。

 柔らかさや優しさよりも、凛々しさに溢れている。

 彼女なら立派な聖女になれるとテレジアは素直に思った。


「次に二人目」

 

 シスタークレアの言葉を全員が待っている。

 祈っている同期も少なくなかった。

 そして。


「テレジアさん」


 名前が呼ばれた。

 自分の名前が。

 テレジアは呆気にとられ、反応できない。


「え?」


 思わず聞き返してしまう。

 頭では理解はしているのに、心がついていかない。

 本当に?

 災厄の黒魔女で、落ちこぼれだったあたしが?

 合格したの?

 シスタークレアと目が合う。

 彼女は小さく頷き、優しい笑みを浮かべていた。

 肩を優しく叩かれた。

 見上げるとベロニカの笑顔が迎えてくれた。

 テレジアは立ち上がる。

 その瞬間、涙が頬を伝った。

 嬉しいという言葉だけでは表現できない、複雑な感情が胸中を駆け巡っている。

 こんな気持ちは生まれて初めてだった。

 安堵感、達成感、少しの不安。

 けれど一番大きな気持ちは。

 頑張ってよかった、という気持ち。

 諦めずによかった、という思い。

 そして第二の人生が始めるという高揚感。

 テレジアは涙を拭い、そしてまっすぐ前を見つめた。

 これから聖女としての人生が始まるのだ。

 シスタークレアはテレジアを見ながら、もう一度大きく頷くと室内を見渡した。

 他の聖女見習いたちがシスタークレアを凝視したり、祈ったりしている中、シスタークレアの声が響く。


「以上です」


 短い言葉。

 そして完全な静寂。

 誰も身動きせず、呆然としていた。

 立っていたベロニカとテレジアでさえそれは同じだった。


「ど、どういうことですか? 説明を求めます!」

「ええ、ええ、本当に! 合格者は二人? し、しかも片方はあの落ちこぼれの、無能魔女だなんて!」

「お、おかしいです! こんなの不公平ですよ!」

「わたしは侯爵家の娘ですよ! こんなことが知れたら、どうなるかおわかりですか!?」


 三人組がシスタークレアを詰問し始めると、次々と不満を漏らし始める同期たち。

 気づけば全員が立ち上がり、シスタークレアに詰め寄っていた。

 が。


「お黙りなさい!」


 シスタークレアの一喝で、全員が閉口する。

 彼女は厳しさと優しさを併せ持つ、冷静な女性。

 しかし、今の彼女は明らかな憤りを見せていた。


「聖女の条件の一つに、清廉潔白であること、というものがあります。あなたたちに清廉さ、潔白さがあるとそう思っているのですか? 他者を見下し、侮辱し、あまつさえ危害を加える。そんな人間たちが清廉潔白だと? 聖女としてふさわしい人間だと言えると? 恥を知りなさい!」


 それは叱咤を越えていた。

 テレジアに対する行動を責めている。

 恐らくは同期たち全員が思い当たったのだろう。

 誰も言い返すことはしなかった。


「私は教師ではありません。導き手ではありますが、道徳や倫理を教える立場にはない。それは人として当然であり、聖女として不可欠な要素であるからです。教えではなく、気づきであり、己を律し、己を定める理です。聖女の誰もが持ち合わせるものです。ここでは子供の教育を行っているわけではありません。人を助く聖女を育てているのです。私が見て見ぬふりをしているとでも思いましたか? いいえ違います。己で気づく機会を与えていただけです。そして、人の悪意を受けても、なおも前に進めるか、己を見失わず聖女として歩めるかを見定めていただけです。その結果が合否です」


 テレジアは同期の悪意にも負けず、才なき現実にも折れず、ひたすらに邁進した。

 不器用ながらも患者を思い、努力をし、そして助け続けた。

 それゆえのシスタークレアの言葉だった。

 行いはすべて己に返る。

 清廉潔白さとは、因果応報にも繋がる。

 黒に染まれば黒に、白に染まれば白に。

 黒魔女にも、聖女にも言えることだ。


「ベロニカさんは聖女として必要なものをすべて持っています。そして、その上で常に邁進し続けている。まさに聖女の鏡のような存在。そしてテレジアさんは、才能はないとされていましたが、努力し続けた。その結果、彼女の才能を見つけることができた。そんな二人が合格するのは当然のことです。何か言いたいことは?」


 シスタークレアの呆れたような口調に、同期たちは何も言い返せない。

 顔を見合わせ、そして諦めるように席に座るだけだった。


「そしてもう一つ。他者への妬み嫉み、己への劣等感から悪意を持ってしまうことは時としてあるでしょう。それにより弱者と定めた人へ攻撃することもまた、人の業としてあり得る。一度は許しましょう。ですが、幾度も……あるいは度を越えた悪意は許すことができません。そこの三人。あなたたちは強制退会を命じます。聖女になる資格もはく奪します」

「そ、そそ、そんなぁ! お、お許しを! 魔が差しただけで」

「え、ええ、ええ、本当に! わ、悪気はありませんでした! こ、今後は改心します!」

「ど、どうか機会を! 両親になんて言えば! は、反省しています!」

「女神シアは慈悲深いお方。ですが悪人まですべて許すわけにはいきません。悪意が行き過ぎると人は悪になる。どれだけ許しを請おうと、その思いは今だけ。反省している、許して欲しいと思っていても、また同じことを繰り返す。そして本当に反省しているのであれば、まずテレジアさんへの謝罪を言葉にするはず。ですがあなたたちは真っ先に言い訳と己の保身、私への謝罪を口にした。それは贖罪ではありません。ただ、己の罪をなかったことにしたいだけの言葉です」


 シスタークレアは一切の迷いなく言い切った。

 三人組は魚のように口を何度もパクパクしていた。


「質問はありませんね? 以上。この件を胸に刻み、人として成長することを切に願います」


 いつものシスタークレアの厳しくも優しい声音。

 大抵の同期たちは俯き、落胆し、そして自戒していた。

 三人組は立った状態のまま放心していた。

 あれだけうるさかったはずの三人組は、呆然と立ち尽くし、そしてその目はどこか遠いところを見ていた。

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