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 呪いを治療できるのはあたしだけ? ~忌み嫌われた災厄の黒魔女ですが、世界初の呪い治療専門の聖女になります~  作者: 鏑木カヅキ


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32話 黒炎の黒魔女

 襲撃者の大半が倒された時、一人の女が現れた。

 漆黒の髪に、陰気な目。

 妙に露出が多い服を着ていた。

 禍々しいオーラを身に纏うその女は、一目で常人ではないことが伝わる。

 ベロニカは黒魔力が見えない。

 だがその女は黒魔女だと直感的に理解した。

 そしてそれはすぐに事実だとわかる。

 

「私はこいつらに雇われた黒魔女だ。名は……名乗る必要はないだろう。大した使い手のようだが、なんだ、影の使い手か」


 くすくすと笑う黒魔女。

 その顔には明らかな侮蔑が浮かんでいた。


「黒魔術の中で影は最弱。下から『影』『精神干渉』『呪い』『死霊』『黒炎』の序列になっている。そして私は」


 黒魔女は人差し指を眼前に持ち上げる。

 その瞬間、人差し指の先端に黒い炎が点いた。


「私は黒炎の使い手だ。ククク、残念だったな」


 勝ち誇る黒魔女。

 下卑た笑みを浮かべていた。


「黒炎使いの力量は一度に生み出す黒炎の数と規模で決まる。指一本分で半人前、指二本分で一人前、指三本分で中級者……そして指五本分で熟練。そして私は五本分使える」


 ボッと音を鳴らしながら黒魔女の右手の指すべてに黒炎が点火する。

 女は自信満々に口角を上げた。


「黒炎は地獄の業火。触れれば燃やし尽くすまで消えないし、消せない。最強の黒魔術! 貴様はここで終わりだ!」


 長い口上を終えた黒魔女は右手を振った。

 同時に五つの黒炎が人影へと飛んでいく。

 避けられる速度だ。

 しかし人影はその場から動かず、黒炎をすべてその身で受けてしまう。


「馬鹿め! 避ける素振りも見せぬとは! あまりの恐ろしさに身が竦んだか!?」


 黒魔女は高笑いを浮かべていた。

 勝利を確信し、感情を抑えきれない様子だった。

 だが。

 表情は徐々に強張っていき、最終的に歪んでいく。

 黒魔女の視線の先、そこにいる人影はいまだ健在だった。

 最初と同じ場所、同じ体勢でただ立っているだけだった。

 まったく同じ状況。

 つまり黒炎は消えていた。


「……なんだ? 何が起こった? なぜ私の炎が消えている!? 貴様何かしたな!?」

「何も」


 端的に返す人影。

 あまりに感情が含まれない声音に、黒魔女は青筋を立てる。


「何をしても無駄だ! 私の炎は無敵なんだよぉ!」


 叫びながら再び指先サイズの黒炎を五つ投げる。

 両手をぶんぶんと振り、黒炎を投げ続けた。

 人影は動かない。

 再び着弾。

 そして、黒炎は消えた。

 人影の身体に飲み込まれ、綺麗さっぱり消えてしまったのだ。

 

「な……んだと……? な、なぜ最弱の影が黒炎を消せる!? 影さえ燃やし尽くす黒炎だぞ!? 影なんてものは近づかなければ弱い黒魔術! 飲み込めるものの大きさも精々が人一人程度のはずだ! か、影で物質を発現させても同じ大きさが限界だ! そ、それに物質以外を飲み込めるはずもない! それこそ熟練の……いや上位層の黒魔女でも、大して差はないはずだろう!? 影の使い手の癖に強いなんて……あり得ない!」


 人影は地面に覆っていた影を更に広げる。

 一瞬で野営地全体を影が覆った。

 ベロニカがいる影の空間が広がったのだ。

 おかげで視界がさらに広くなり、黒の世界から現実の世界がよく見えた。

 黒魔女の足元も影で覆われている。

 黒魔女は激しく狼狽しながらも、そこから動けない。

 それもそのはず。

 辺り一面が影で覆われているのだ。

 逃げ場はどこにもない。


「な、なんだこの規模は!? な、なぜこんなことができる!? き、貴様は一体何者だ!? きょ、教会の人間か!? だとしたら、黒魔術を扱えることは大問題だぞ! 権威が揺らぐ、世界最大の問題だ!」


 黒魔女は目を白黒させながら叫んでいる。

 人影は右手を掲げる。

 すると黒魔女の周囲を城壁の如き巨大な影の壁が囲った。


「ま、待て! わ、私はただ雇われただけだ! お、おまえも黒魔女ならわかるだろう!? 私たちは世間から疎まれ、嫌われ、恐れられ、差別されている! まともな仕事なんてできない! だ、だからこういう後ろ暗い仕事しかないんだ! 同じ黒魔女のよしみだろ!? た、助け」

「あなたも黒魔女なら知っているはず。あたしたちが一番嫌いなことを」


 頬を痙攣させつつ、黒魔女は強引に笑みを浮かべた。

 自分は敵じゃないと演じているのは間違いなかった。


「わ、わかるぞ。ああ、あれだ! そう、黒魔女を馬鹿にされることだろう!? どうだ?」

「正解は『手のひら返し』」


 人影は掲げていた右手の手のひらを返して、そのまま地面に向けて振った。

 同時に黒魔女を囲っていた影の壁が勢いよく倒れる。


「ぎゃあああああ!!」


 逃れるすべのない黒魔女は影の壁に押しつぶされた。

 黒魔女は地面に倒れると、踏み潰された虫のように四肢を蠢かせ、ぴくぴくと痙攣を続けている。

 そして、人影は気絶した黒魔女を影の空間に飲み込ませた。

 ベロニカのいる影の空間にまた一人仲間が増える。


(……なんて強さ。黒魔術に関しては詳しくないけれど、あの人影の強さは常軌を逸していますわ。まるで……噂に聞く災厄の黒魔女。影を扱う世界最強の黒魔女の……)


 そこまで考えてベロニカは、はっとする。

 今の今まで気づかなかった。

 いや、気づくはずもなかった。

 なぜなら災厄の黒魔女の名は口にしてはいけないと言われていたし、考えてもいけないと言われていた。

 それはどこの国でも、老若男女、誰もが知っていることだ。

 曰く災厄の黒魔女のことを話せば、どれほど遠くにいても呪われる。

 曰く災厄の黒魔女と目が合えば、呪い殺される。

 曰く災厄の黒魔女の近くにいれば、影に飲み込まれ殺される。

 不穏な噂には枚挙に暇がなかった。

 だが、そうやって人の口に戸を立てようとしても、噂はどうしても広まる。

 そして大貴族であるベロニカの耳にも一度だけその名が届いたことがあった。

 そう。

 確か彼女の名前は。


 そこまで考えるとベロニカは我に返った。

 外の光景が移り変わっていることに気づいたからだ。

 まるで馬で移動しているかのように、視界が流れていく。

 影に入った状態で移動しているらしい。

 そんな芸当が可能なのかとベロニカは驚嘆する。

 驚きの連続、知らないことだらけの光景。

 それを前にしてもベロニカは不思議と忌避感を抱かなかった。


(……人影に……いえ、彼女に敵意がなかったからかもしれませんわ)


 ベロニカは大貴族の娘。

 ゆえに時に敵意を感じることがある。

 それを感じない鈍感な貴族もいるが、ベロニカは目端が利き、聡い。

 ゆえに人の悪意を感じることは往々にしてあった。

 だからこそ人影が自分の味方だとすぐに気づいたし、恐れもしなかった。

 いや、原因はそれだけではなかったのかもしれない。

 ベロニカは自分の中にある仮定を真実へと書き換えていく。

 それは確信だった。

 

 流れていた画面が突如として止まった。

 そこに見えたのはあの村。

 そこかしこに襲撃者たちの死体が転がっており、聖騎士見習いや教官であるレイモンドが辺りを警戒している。

 聖女見習いたちの姿は見えない。

 恐らく家の中に隠れているのだろう。

 どうやら村も襲撃されていたらしい。

 と、不意に視界が一変する。

 ベロニカの身体は影の空間から徐々にせり上がる。

 全身が外の世界に出たと思ったら、影は一瞬にしてどこかへ行ってしまった。

 送ってくれたらしい。

 自分の身体を見回すも、怪我も汚れもなかった。

 攫われる前と同じ、綺麗な身体だ。

 

 怖ろしい目にあったばかりだというのに、こうも心が軽いのはなぜだろうか?

 ベロニカは村へと走っていく。

 己の無事をみんなに伝えるために。

 ベロニカは人質にされていた人物とは思えないほどに、清涼な笑顔を浮かべていた。


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