28話 ユリウスという男
焦燥を表すように剣を握る力が強くなる。
戦力はユリウス一人。
相手は四人で、先程のナイフ投擲や態度からある程度の腕利きだと想像できる。
しかも非戦闘員の聖女見習い四人を守りながら戦わなければならない。
かなり厳しい状況だ。
「何者だ」
「名乗るほどの者じゃねぇよ。どうせおまえらはここで死ぬ。教会派の連中は皆殺しだ!」
その言葉だけで相手が誰かすぐにわかった。
(恐らくは反教会派の連中か。偽装の可能性もあるが……)
四人の男たちがゆっくりと道まで出てくると余裕ある態度で構えた。
聖女見習いの三人組は小さく悲鳴を上げると、即座にユリウスの後ろまで移動する。
男たちの行動に違和感を覚えるユリウス。
悠長すぎる。
ならばこちらは先手を取るしかない。
ユリウスは直感的に地を蹴った。
正面の四人組に突っ込んだのだ。
あまりに無謀な行動。
「馬鹿が!」
ユリウスの行動を若さゆえの勇猛だと考えたのか、男の一人が笑いながらユリウスに向かって短剣を振り下ろす。
しかしユリウスはその一撃を振り払った。
手で。
「は?」
ユリウスの手刀が、短剣を握る男の手を打ったのだ。
男の手に握られていた短剣は見事に宙を舞う。
呆気にとられた男はあんぐりと口を開けた状態。
ユリウスはぐるんとその場で横に回転し、男の顎に回し蹴りを放った。
ユリウスの踵が男の顎を激しく揺らす。
男は不自然に体勢を崩し、その場で崩れるように倒れた。
脳震盪を起こしたようだ。
「こ、この野郎!」
残された男三人は一気にユリウスへと剣を振り下ろす。
ユリウスはその場を飛び退き、空中にいる状態からナイフを投擲した。
男のナイフをいつの間にか奪っていたのだ。
「ぐわっ!」
ナイフは一人の男の肩に刺さる。
残りの二人の男は即座にユリウスへと向かってきている。
ユリウスが地面に着地すると同時に男二人は突きと袈裟斬りを放ってきた。
ユリウスはその攻撃を半身になるだけで避ける。
転瞬。
ユリウスは踏み込むと同時に鋭い突きを放つ。
流麗ながら迅速。
それはあまりに美しい型。
何万、何十万と続けてきた、鍛錬の結晶。
ユリウスの一撃は一人の男の喉を貫く。
男は絶命した。
残されたのは最初に話していた男一人。
最初に見せていた余裕の表情は、焦燥へと変わっている。
「つ、強すぎる……てめぇ、ただの聖騎士見習いじゃねぇな!! なんでこんな奴がいるんだよ! 聞いてねぇぞ! くそが! お、おい、話をしようじゃねぇか。あのな」
ユリウスは何のためらいもなく、男の足を剣で突き刺した。
男はまさか話している最中に攻撃されるとは思ってもみなかったのか、反応が遅れた。
「ぐわああああ! て、てめぇ、人が話してる最中は邪魔すんなって教えられなかったのかよ!」
「教えられた。ただし悪党は除くとな」
剣を構えつつ、後方へと意識を割くユリウス。
途中で気づいていたが、どうやらあの聖女見習いの三人組はすでに村へと逃げたらしい。
逃げ足の速さだけは一級品だ。
足を指された男は蹲りながら、肩を震わせた。
顔は見えない。
しかし男からはくぐもった声が聞こえた。
「へ、へへへ。いいねぇ、あんたみたいなのをぶっ殺してやるのが最高に楽しいんだ。ああ……ああ、いいねぇ! この痛み、この怒り、この憎しみぃ! 最高だ!」
怖気が走った。
無意識の内にユリウスはベロニカへと振り返る。
即座にベロニカを抱えてその場から飛び退いた。
勢いのままに地面を転がる二人。
ベロニカは地面に仰向けになり、その上にユリウスが覆いかぶさっている状態になった。
「と、突然何を!?」
ベロニカが狼狽する中、はっとした顔をする。
彼女の視線の先、ユリウスの足がどす黒く変色している。
衣服ごと色が黒に染まっていたのだ。
男は不気味に笑いながら、立ち上がる。
その手には何か小さな箱が握られていた。
「呪物ってのは便利だよなぁ。黒魔女でなくても使えるんだってよぉ。こいつは所持者の負の感情を餌に呪いを振りまく呪物でなぁ。怒りや憎しみや恨みや悲しみ、そんな感情が強ければ強いほど、呪いが強くなるんだとさぁ、驚きだよな? は、は、ははは……」
男の仲間は二人すでに絶命し、一人は気絶している。
男は絶望した顔をしながら仲間たちの死体を見ていた。
泣きそうな顔をしながら近づいていく。
「ひでぇよなぁ……こいつら気のいい奴らだったんだぜぇ。いっつも一緒で、俺の親友だった奴らだ。そんな二人を殺しちまうなんてよぉ。いつも一緒の四人組。それが二人になっちまった……あ? ああ!?」
男は何か喚き散らしながら、気絶したままの男まで近づく。
すると手に持っていたナイフを男の首に突き刺した。
殺した。
仲間を。
号泣しながら。
「死ぬんだったら俺以外全員だろうが! じゃねぇと、演出できねぇだろ! 絶望を! ああ、死んじまった……全員、殺されちまったぜ。可哀想な俺。特に……特になぁ、この足、足だ! いてぇだろうがあああ!! 俺の足に穴が空いちまっただろうがよぉ! いてぇいてぇっ!!」
呪物を持つ男は唾を吐きながら泣き喚いた。
その度に呪物から溢れる不穏な空気が強くなる。
黒魔力はユリウスにもベロニカにも見えない。
しかし二人は感じていた。
ユリウスを蝕む黒い何かは、間違いなく黒魔術の呪いだと。
「ぐぅっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
足先から込み上げてくる感じたことのない鈍痛。
痛みと共に何かが奪われるような感覚がした。
ベロニカが必死にユリウスに声をかけるも、ユリウスの意識は混濁していた。
これが呪い?
こんなものをあの村の少女は受けていたのか。
窮地の中、ユリウスは必死に考えを巡らせる。
足の呪いのせいでなぜか身体がほとんど動かない。
全身が鉛のように重く感じたのだ。
この状況を打破するにはどうすればいい!?
(村にはすでにあの三人組が戻って伝えているはず。それに……恐らく村も危険な状態。男には他に仲間がいるはずだ。ならばこれしか……)
ユリウスは歯噛みし、決断する。
「湖へ! テレジア様に状況を伝えてください!」
「テ、テレジアさんに?」
ベロニカは戸惑う。
それもそのはず、ただの聖女見習いであるテレジアに状況を伝えても事態は好転しない。
むしろテレジアに伝えに行くことでテレジアにも危険が及ぶ可能性がある。
一人で湖に待機していた方が安全なくらいだ。
ベロニカはユリウスの言葉の意味を理解できていない様子だった。
だが、問答をしている暇はない。
呪物を持つ男はニヤニヤとしながらもユリウスたちへと近づこうとしなかった。
反撃を恐れてのことだろう。
だがそれだけではない。
時間がないのだ。
ベロニカに説明している時間も。
ユリウスにできることはこの数秒の間に、ただベロニカに真意が伝わるようにと祈るだけ。
真摯に、真剣に、彼女を見つめることだけだった。
ベロニカはユリウスの視線を真っ向から受け止め。
そして。
「わかりました!」
ベロニカは質問することなくテレジアのもとへと走ろうとする。
迷いなく走り出す。
呪物を持つ男の方向に湖はある。
どうにか男の横を通り抜ける必要があったが、男は足を怪我している。
突破率は低くないはずだ。
「おおっと、何をするつもりかは知らねぇがさすがに止めないとなぁ?」
ベロニカが近づくと、男は呪物の小箱を僅かに掲げた。
瞬間、男が首をかしげると同時にナイフが顔の横を通る。
男の頬に傷が走る。
ユリウスがナイフを投擲したのだ。
「外したか……!」
「野郎……また俺の仲間のナイフを盗んでいやがったのかぁ!!」
怒りに飲まれる男の横をベロニカが素通りする。
闇夜の中、ベロニカは健足を発揮する。
ユリウスの視界からベロニカの姿は消えていく。
月明かりがあろうとさすがに遠くの姿までは見えないはずだ。
松明も持たず暗闇を走るベロニカを止める手段は男にはなかった。
そう、呪物を持つその男には。
「きゃああああああ!」
道の先で悲鳴が上がる。
それはベロニカの声であることは間違いなかった。
暗闇の中からベロニカを拘束している男が現れた。
その仲間は十数人いた。
(くっ、やはり仲間がいたか!)
ユリウスはギリッと奥歯を強く噛む。
呪物を持つ男の態度から恐らく援軍があると想定していたユリウスは、決着を急ごうとしたのだが。
ベロニカは捕まった。
己は呪いで動けない。
万策は尽きた。
そんな中、ベロニカを拘束する大柄の男が歓喜の声を上げた。
「おいおいおい、この女。エッフェンベルクの末娘じゃねぇか!?」
「ああ? エッフェンベルクってのは確か……ルーロンド帝国の大貴族だったか?」
呪物を持つ男が怪訝そうに大柄の男を見ている。
「おおよ! 以前、いざって時のために貴族連中の顔を覚えようと思ってよ、色々と見回ってたんだがその時に見たことがあるぜ! まさか聖女見習いなんてやってるとはなぁ。こいつは良い拾い物をしたぜ。殺すなんてもったいねぇ。こいつは人質にするぜ!」
「はん! 好きにしな。俺ぁ、あの小童をぶっ殺せればそれでいいからよぉ!」
大柄の男は部下らしき男たちにベロニカを預けた。
ベロニカは部下の男たちにどこかへと連れていかれてしまう。
「ま、待て……!」
連れ去られるベロニカに手を伸ばすユリウス。
目の前で守るべき存在を連れ去られる。
騎士として、聖騎士として最もしてはならないこと。
守るために、誰かを助けるために生きてきた。
それなのに。
誰も守れないのか。
ユリウスは地面に倒れている。
そこから身動きが取れなくなっていた。
「てめぇは無力だ。憐れだなぁ? 聖騎士様? ひゃはははは!」
懸命に身体を動かそうとしても、立つことさえできない。
先ほどナイフを投げられたのは奇跡だったと思えるほどに、身体がほとんど動かない。
呪物の力が増しているのか。
呪物を持つ男は剣を持ち、切っ先をユリウスの背中へと向ける。
恍惚とした表情を浮かべていた。
「死ねや」
剣はユリウスの背中へと突き立てられた。




