27話 聖騎士の本分
村は鬱蒼とした森に囲まれている。
十数の家屋が連なる中、松明の灯りがぽつぽつと点在していた。
その一つを手にしているのはユリウスだった。
聖騎士見習いの任務は聖女の守護である。
常に周りに気を配り、危険をいち早く察知しなければならない。
時として聖女を守るために即座にその場から離脱する必要もあるだろう。
今は同期たちがいるが、聖女と二人だけで慰問することもある。
その時は己一人で聖女を助けなければならないのだ。
そこまで考えてユリウスは我に返ってしまう。
(……あの方に、私の護衛が必要なのだろうか)
テレジアは最強最悪災厄の黒魔女。
ユリウスの手助けなどなくとも、一人でどんな危険にも立ち向かえるだろう。
むしろ相手の方が危険だ。
そこまで考えてユリウスは頭を振った。
確かにテレジアは強い。強すぎる。
だが彼女も一人の人間。
常に全力で戦えるわけでもないはずだ。
特に聖女として活動中は、人前で力を使えないはず。
そんな時こそ自分の出番なのだ。
聖女であるテレジアを守れるのは自分だけだ。
自虐的な考えを持つなんて愚かでしかない。
やるべきことをやるだけのこと。
と、不意に笑いが込み上げてくる。
(……災厄の黒魔女と呼ばれた彼女を守ろうと思うだなんてな。最初はてっきり何かの企みがあると思っていたが……)
ユリウスが与えられた任務は、テレジアが亡命する際に妨害することだ。
自身で課した命は、周りに危険が及びそうな時は身を挺してテレジアを止めること。
そしてそれらの使命を達成するために彼女を監視すること。
表向きはテレジアの護衛という名目だったはずだ。
だが、今はどうだ。
テレジアを本当の聖女として扱い始めている。
それもそのはず。
この三か月、ユリウスはテレジアをずっと観察していた。
常に一生懸命で努力家で、しかしおっちょこちょいで人と接するのが苦手で、聖女の才能がないとされていた。
そんな彼女の姿を見て、ユリウスも心を動かされ始めている。
テレジアは本気なのだと理解していたのだ。
それに呪いを治療した時のあの姿。
あれはまさにユリウスの知る、聖女そのものだった。
ユリウスは気を引き締めつつ、辺りを見回した。
村内には怪しい人物はいない。
同期たちも何人か村内を見回り続けているので問題はないだろう。
今回の慰問は聖騎士見習いたちの審査も行われている。
よほどのことがない限りは教官であるレイモンドから指示は下りない。
自分で考え、自分で行動しなければならない。
特にテレジアの動向には注意だ。
彼女が何かしでかすとは思えないが、何かをやからす可能性はある。
おっちょこちょいな性格のテレジアを、ユリウスは違う意味で信用していなかった。
確か、この時間はまだ聖女見習いたちは沐浴をしているはずだ。
本来は沐浴中でも聖騎士が近くを警護すべきなのだが、さすがに聖伴も行われていない中では、距離感を考える必要がある。
うら若き乙女が裸になっているというのに、若い男が近くにいるわけにもいかないだろう。
護衛という任務を考えると些か無防備ではあるが今回の慰問では仕方ない。
まあ、教官であるレイモンドはそこに関しても何も言ってこないのだが。
それゆえこれが正解なのかどうか、ユリウスにはわからなかった。
(……湖の近くに行かなければ問題ないだろう。そちらを見てみるか)
ユリウスは村を出て近くの森に足を踏み入れる。
途端に暗闇が視界を覆った。
枝葉で空が覆われ、月の光を遮った。
ユリウス以外の松明の光は見えない。
さすがにあてもなく森の中をさまよう愚か者はいないらしい。
だがだからこそ森の中に不審者が隠れている可能性が高いのだ。
湖へと向かうユリウス。
近づきすぎると覗きだと勘違いされるかもしれないのである程度までしか近づけない。
村からほど近い場所に湖はあり、非常に小さな道があるとは聞いているが、敢えてそこから外れた道なき道を行く。
わざと大きな音を出しつつ、ユリウスは歩き続けた。
と、少し離れた場所に小さな松明の光が四つ見えた。
ユリウスは咄嗟に松明の光を消す。
消した途端に己の愚かさに気づいた。
そもそも不審な人物を探そうとするのならば松明を点けた状態で歩き回っては意味がない。
光を見れば相手は逃げるだろう。
(いや、それでいい。私の任務は聖女見習いの……テレジア様の護衛と警護。ならば不審な輩がいなくなる方が安全だ)
しかし四つの松明の光は移動する様子はない。
相手はこちらに気づいていないのだろうか。
ユリウスは慎重に音を鳴らさないように、茂みに分け入りながら光へと近づいていく。
「お返しなさい」
鋭い声が耳朶を震わせる。
女性の声。明らかに怒りを含ませた声だった。
さらに近づくと女性が四人立っていることに気づく。
不審者ではなく聖女見習いの四人だったようだ。
一人は確かベロニカという少女。
残りの三人はベロニカと対峙するように立っている。
三人組はテレジアを茶化したり、馬鹿にしたりしていたあの連中だ。
なぜこんなところに?
「もう一度言いますわ。隠した衣服をテレジアさんにお返しなさい」
ベロニカがキッと三人組を睨む。
三人組は狼狽している様子で辺りを目を白黒させていた。
「な、なんのことやら?」
「ええ、ええ、本当に。まったく皆目見当もつきませんね」
「い、衣服を隠すだなんてそんなこと、するわけがありません」
「あなたたちが大声で話しているのが聞こえましたわ。沐浴中のテレジアさんの衣服を隠し、困らせているのでしょう! 清廉潔白な聖女を目指すものとしてあるまじき行為ですわよ! あなたたちは聖女として失格ですわ!」
ベロニカは激昂していた。
普段の彼女は冷静で淡々としている。
感情的に叫ぶような姿は見たことがない。
ユリウスもベロニカという少女を何度も見たことがある。
よほど腹に据えかねている様子だ。
それはユリウスも同じだった。
(馬鹿なことを……! 嫌がらせもここまで来るとただの窃盗罪だな。私が騎士の身分のままであれば即座に拘束するのだが。テレジア様のもとへ馳せ参じるか? いやしかし、恐らく彼女は服を着ていない……男である私が行くわけにも)
怒りと同時に焦りが生まれた。
同性であれば何の憂いもなく駆け付けられるのだが。
聖女と聖騎士との間にはこういった弊害があるのだろうか。
正直、ヤキモキするがここは動向を見守るしかない。
しかし、その後もベロニカは三人組を詰問し、三人組は誤魔化し続けるだけだった。
これではテレジア様が湖から上がれず、風邪を引いてしまうだろう。
その刹那。
ユリウスは咄嗟に茂みから飛び出しながら、剣を抜く。
ベロニカの前に立つと同時に剣を振る。
鋭い金属音と共に何かが木に突き刺さった。
ナイフだ。
「あ、あなた、何を」
まだ状況が理解できていない様子のベロニカ。
しかし彼女の声は震えていた。
剣を手に暗闇に向かって身構えているユリウスの姿を見て、誰もが緊張感を抱く。
「よく防いだなぁ、小童」
ユリウスがいた場所の反対側にある茂み。
そこから松明を持った四人の男たちが出てきた。
動きやすい革の鎧と粗末な服を着ている。
腰には何本ものナイフや剣を帯びている。
にやにやと笑うその顔は明らかな敵意と悪意に満ちていた。




