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 呪いを治療できるのはあたしだけ? ~忌み嫌われた災厄の黒魔女ですが、世界初の呪い治療専門の聖女になります~  作者: 鏑木カヅキ


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26話 犯人は誰だ?

 テレジアは戸惑いを隠せなかった。

 広めの個室で一人、ソファに座り、落ち着きなく辺りを見回している。

 ここは村長宅にある客間。

 寂れた村にしてはかなり豪華な造りになっている。

 恐らくは教会や国関係のお偉方用の部屋なのだろう。

 明らかな好待遇だ。


(ううっ、落ち着かない! みんなと同じ共同部屋でいいのに!)


 他の聖女見習いは全員が大部屋に泊まっているようだ。

 シスタークレアと聖騎士見習いの教官であるレイモンドはさすがに個室を与えられているようだが、テレジアよりは粗末な部屋だろう。

 呪いを治療しただけで一人だけ優遇されるのは心苦しかった。

 テレジアからすれば黒魔術関連の知識や技術を活用することは、大したことではないと思っていたからだ。

 だからこそ余計に落ち着かない。

 しかし、村長や患者の少女と父親からの熱い、それは熱い申し出があり、結局断り切れなかったのだ。

 しかし、とテレジアは思い出す。


(呪物を売った商人って何者だったのかな? あの女の子に聞いたけれど男性だったみたい。ということは黒魔女本人ではないってこと。たまたま呪物を手に入れて、装飾品だと思って売っていたのかも? だとしたら格安で譲っていたのはなぜ? たまたま売れ残ったから? それとも紅玉ルビーじゃなく、血石ブラッドストーンだと知っていた? そうなら、呪物だと知っていた可能性が高い。じゃあ、呪物をこの村の女の子に売ったのはなぜだろう? 何か意図があるのか、それとも厄介払いしたかっただけなのか。あたしたち聖女見習いがいたのも偶然なのかな。だとしたら村の人たちからすれば不幸中の幸いだったのかな。うーん)


 呪物を売った商人に直接聞くくらいしか方法はなさそうだ。

 一応、今考えた程度のテレジアの推理はシスタークレアには伝えているし、上に報告するとは言ってくれたが。

 いかんせん、情報が少なすぎる。

 これが計画的なものだったとすればかなり用意周到だ。

 ふむ、とテレジアは視線を床へと向けた。

 思考の海に自ら飛び込む。

 テレジアは仮定を重ねていった。


(仮にこれが何らかの謀略だったとすれば、理由はなんだろう? 女の子への恨み? あるいは父親への? だとするならば感染型の呪いにする必要はないよね。どちらにしても村全体に恨みがあるか、村人たちが死んでもいいと思っていたかってところかな)


 なんとなくだが、テレジアは後者のように感じていた。

 それは呪物の所持者、創作者の悪意のようなものを黒魔力から感じたからだ。

 そこで一旦、思考が停止する。

 テレジアは思わずあくびをしてしまう。


(今日は色々あったから疲れちゃったな……早く寝たい……推理は後にしようかな)


 外はすでに夜の帳が下りている。

 そろそろ沐浴の時間だ。

 村にはお風呂がないので、必然的に近くの湖で水浴びをすることになる。

 普段、修道院では沐浴用の大きな浴槽があるのだが、さすがに慰問中にそれは望めない。

 基本的には井戸の水や湖で沐浴することになっている。

 毎日一回、必ず身を清めるのは聖女の義務である。

 テレジアは沐浴の時間が苦手だった。

 人前で裸になるのは抵抗があったのだ。

 そこでいつもは最後の最後、時間ギリギリに入り、カラスの行水で済ませていた。

 髪を洗うだけで大変なので湯船につかる時間は少なめだ。

 と、不意に部屋の扉がノックされた。

 どうやら他の聖女見習いたちの沐浴は終わったらしい。

 気は進まないがしょうがない。

 テレジアはソファから立ち上がると扉へと向かった。


   ●◇●◇●◇


 村の近くの湖。

 テレジアは一人、沐浴をしていた。

 空には巨大な満月が浮かんでいる。

 湖の水面はキラキラと瞬き、幻想的な雰囲気が漂っていた。

 衣服はすべて脱いで畔に置いている。

 お腹の辺りまで浸っていたテレジアは思わず空を見上げた。


「……つめた! さっむ!」


 尋常ではないほどに冷たいし寒い。

 真冬ではないので気温はやや高めなのに、それでも夜の湖は極寒だった。

 身震いしながらも意を決して、頭まで水を被る。

 しかしすぐに顔を出した。


「ひいいぃ!? づ、づべだいぃ」


 あまりの寒さに震えが止まらない。

 カチカチと音が聞こえた。

 それは自分の歯がぶつかる音だと気づくと余計に寒くなってきた。

 沐浴は最低五分。

 すぐに出たいが我慢しなければならない。

 誰も見ていない、しかし自分が、女神シアが見ている。

 だからズルをしてはいけない。

 その行為は必ず己の白魔力に影響を与えるからだ。

 テレジアは肩まで湖に浸かりながら、必死で耐えた。

 このままではダメだ。

 別のことを考えよう。

 テレジアは再び推理を開始した。


(じゅ、術者か……あるいは商人は村人全員が死んでもいいと思っていたのかも。村そのものに恨みがあったってことなのかな? こ、この村にそんな闇があるようには思えないけれど。全員いい人に見える)


 今まで多くの人間の悪意を身に受けてきたテレジアは、相手が完全な善人か完全な悪人かの区別くらいはついていると自負している。

 もちろん演技をしていたり、表面上だけ取り繕っていたりする人間は多い。

 普通の人も、時と場合には悪人になることもあるだろう。

 人は環境や状況、あるいは先天的要素で人格が変わることがある。

 善が悪に偏ることもまた珍しいことではないのだ。

 しかし、そういった罪の意識や過去の過ち、あるいは何かに執着しているからこその違和感や歪さというものを彼らからは感じなかった。

 一般的な、善良な村人たちとしか思えなかったのだ。

 その根拠は他にもある。

 テレジアは湖の畔の地面をじっと見つめる。

 そこに突然現れたのは、テレジアの身体がずっぽり入りそうな影だった。

 これは黒魔術の影。

 中は異空間になっており、広さは無限大。

 伸縮も自由自在で、なんでも飲み込む。

 七万人の兵士たちを飲み込んで生命力を奪ったあの影だ。

 しかし使い方は他にもあり、単純に隠れることや高速で移動することもできる。


(さっき村や周辺を確認してみたけれど、おかしな施設や場所はなかった。変な宗教とかはしていなさそうなんだよね)


 僻地の村は時折、不気味な宗教や慣習に執心していることがある。

 人里離れればそれはより顕著になるのだが、この村にはそんな形跡は皆無だった。

 となれば村人たち全員が何かしらの罪を犯したという可能性は高くはなさそうだ、と仮定を重ねていく。


(村人たち全員を恨む理由……それが村人たちに原因がないとすると逆恨みか……あるいは村人たちやあたしたち教会の人間が当たり前と思っていること、を許せないと思っているとか? うーん、もしもそうなら考える範囲が広すぎて難しいな。まあ、次点で誰でも良かったから殺したかったとか、効果を試したかったとかもあるけれど……さすがにそこを考慮すると推理できないし。この村の人達よりも、教会関連に絞った方が正解に近づきそうかも)


 さすがに僻地の村で暮らす人たちよりも、教会関連、つまり聖女見習いであるテレジアたちに対して何か考えている人間がいた、と考える方が無難だろう。

 ここまでの道中、いくつかの村を訪ねたのだから、テレジアたちの動向を知る者も少なくない。

 つまりこの村に来ることは容易に想像がついたということだ。

 狙っていたのは聖女見習いたちや聖騎士見習い、シスタークレアとレイモンドの誰か?

 あるいはその全員か。

 もしかしたら。


(……あたしの正体に気づいた誰かが、あたしを殺そうとした?)


 教会内の人間で、テレジアが黒魔女であると知っているのはユリウスだけである。

 だがバファリス王国内ではテレジアのことを知っている人間は多い。

 もちろん顔を知っている人間は少ないし、声を聞いた人間はさらに少ない。

 普段はフードを被っていたし、国中の人間がテレジアの顔を見ないようにしていた。

 顔を見たり、目を見たりしたら呪われるという噂が囁かれていたからだ。

 そしてテレジアが聖シア教会自治区で聖女見習いをしていると知っているのはあの日、謁見の間にいた人間とユリウスくらいだろう。

 ラインハルト王がぺらぺらと周りに話している可能性はあるが、他の人間は処刑される危険を冒してまで吹聴するとは思えない。

 しかし、テレジアに呪いは効かない。

 彼女は膨大な黒魔力によってあらゆる黒魔術への耐性があるためだ。

 黒魔術に明るい人物であればそれくらいは想像がつきそうなものだが。

 となるとやはりテレジアを狙ったのではないのかもしれない。


「だ、ダメだ。もう限界。こ、ここ、これ以上、浸かってると死んじゃう!」


 寒さは限界を超えていた。

 テレジアは逃げるように湖から上がる。

 現状、教会関係者に対して恨みを持つ人間の仕業かも? という程度の考えしか浮かばない。

 だが、あながち間違ってはいなさそうだとテレジアは思っていた。

 一旦推理はこれまで。

 それよりも寒すぎてもう頭が働かない。

 早く部屋に戻って温まりたい。

 そう思い、畔に置いていた自分の服を着ようとしたのだが。

 そこには何もなかった。


「あ、あれ? な、なな、なんで? ここに置いたはずなのに!?」


 畔にある木の影に、綺麗に畳んで置いたはずだ。

 しかしそこには何もなかった。

 テレジアは絶望した。

 素っ裸であんぐりと口を開けて、寒さと動揺で顔を青くした。


「どうしよう……」

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